第075話 想定外のことも、たまには起こる
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結局練習試合の後は、態勢の崩し合いと体操をやって終わった。男子学生達は肋骨が折れている者もいたそうだが、このくらいの怪我は日常茶飯事のため、学校には治癒が使える神官も控えていて、問題なく治るそうだ。むしろ、あいつらも懲りただろう、と主任教官が言っていたので、特にお咎めなどもなさそうだ。
なお、私が男子学生を場外に弾き出した技について、テルフィから質問されたが、魔力操作の応用、としか答えられないんだよな。かなりの魔力量が必要みたいだし。要領だけはミリナに教えたことがあるけど、会得できたという連絡はないので、これをそのまま教えても意味がないのよねえ。
今日はアルカドール領の方にいる。精霊酒貯蔵庫の場所の選定や図面などが出来たので、早速基礎工事をして頂きたいと言われ、導師服を着て現場にやって来た。領兵訓練場の近くらしい。現場には、担当職員の方と、内装を担当する業者が集まっていた。
「お嬢様、お渡しいたしました図面の通りの作成は可能でしょうか」
「細部の作りについて、その都度指示を出して頂くことが出来れば可能ですわ」
指示については、業者がその都度行うことになり、私は和合を開始した。
【我が魂の同胞たる地精霊よ。我と共に在れ】
和合を完了し、指示された丘の法面に入口のような所を作り、更に中の土を外に出していく。壁や床をとりあえず固め、ある程度部屋が出来た所で振り返ると、皆唖然としていた。まあ、仕方がないか。
「入口はこのような感じで宜しいでしょうか、宜しければ中の方も作っていきますので」
我に返った業者が、図面の通りの入口の幅を示したので、逐次修正し、ランプを持って中に入った。とりあえずは通気口を指示通りに作る。その後、寸法を測って部屋を作り、念のため天井や壁をある程度固めておいた。また、1つの大きな部屋ではなく、幾つかの部屋を作ることになっているので、通路や別の部屋、入口、排水溝なども作り、作業を終了した。
「いやー、まさか本当に1時間程度で終わるとは思いませんでした」
「それは指示が的確でしたので」
「それ以前の話です。今日の作業、人力だけなら数十人で行っても数か月はかかります」
「まあ、予算が浮いて良かったではございませんか」
後は天井、壁、床、柱、扉などを整え、照明用の魔道具を設置して、酒樽を貯蔵し、温度や湿度を一定に保って数年間熟成すれば、ウイスキー、こちらの世界では精霊酒の完成だ。
懸念事項が解決して、良かったよ。
夕食後に、久しぶりにパティの所に行った。近況を聞いてみると
「ルカやセレナが、貴女にとても会いたがっていたわ。分領の件で御礼を言いたいって」
『手紙は読ませて頂いたのだけれど、私もなかなか特定の日が決め辛くて予定を組めないのよ』
「まあ……そうでしょうね……そうだわ!貴女、3月36日と4月1日はこちらにいるのよね?」
『確かに洗礼はこちらで行いますから……どちらかの日に集まりましょうか?』
「それがいいと思うわ。二人とも、多少予定があっても貴女の方に合わせるわよ」
『4月1日はもしかすると何か入るかもしれないけれど、3月36日なら、茶会が開けると思うわ』
「二人とも喜ぶわ……ああ、当然私も嬉しいわよ」
『ええ、有難う』
ということでお別れ茶会を開いておいて何だが、急遽3月36日に茶会を開きたい、といつものメンバーに手紙を出してみた。次帰る時には返事が来ているだろう。
次の日、お父様から少しトラブルがあったことを聞いた。
「フィリス、先日ある店でそばを食べた時に、感想と意見も伝えたそうだな」
「はい、それがどうかなさいましたか」
「それで、その店と他の店の間で言い争いが起こってな」
要は、私が訪れた上、意見も貰ったからうちが1番だ、とその店が言いだして、それに他の店が反発して、という感じで言い争いになったそうだ。そういうつもりであの店に行ったわけではないのだが。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。私の方から皆に今後の方針などを伝えますので、関係者などを集めて頂けませんか」
どうやらお父様も同じ考えだったようで、次の日には多くの人が領行政舎の会議室に集められた。確かにあの時の店長もいる。何故かうちの家の料理長もいるな。まあいいや、始めよう。
「皆様お忙しい中お集まり頂き有難うございます。先日少し騒ぎが起こったと伺いましたので」
そういうと、何人かが説明を始めたが、概ねお父様から聞いた通りの内容だった。
「そうでしたか。私も軽率な所がございました。お騒がせ致しました」
「いえ、お嬢様のせいではございません。我々がつまらぬ争いをしてしまったのが悪いのです」
商工組合長がそう言ったが、それだけだと今後も似たような事は起こる可能性がある。
「それならば、この件自体はおとがめなしでお願いします。ただし、私の考えも聞いて頂きたいのです」
そこにいた人全てが頷いた。続けて話す。
「私は、セイクル市の店を利用する際は、基本的に一人の客として利用します。勿論私は領主の娘ですし、精霊導師という要職に就いてもおりますので、何かしらの融通を利かせた方が後々利益になる、と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも私は一切考えておりません。今回も、単にそばが取り扱われ出したので、目に付いた店を利用しただけです。そこに他意はございません」
あの店長が少しうなだれた表情になったが、続ける。
「ですので、私については今後も一人の客として扱って頂きたいのです。勿論皆様が私の事を気にかけて下さるのは有難く思っております。私も何かしらの意見を述べることがあるかもしれませんが、そこに何らかの政治的な力を働かせることはございません。一人の客として申し述べているつもりです。皆様は誰かの専属料理人というわけではございません。皆様にはセイクル市民や領民全てを幸せにできるような料理を作って頂きたいのです」
「そのお言葉、我々一同、肝に銘じます」
商工組合長が言った。他の人達もどうやら解って頂けたようだ。ついでに言っておこう。
「そう仰って頂けると私も有難いです。人には様々な美徳がございますが、私が最も好ましいと思っているのは、向上心です。現状を常に顧みて、より高みを目指す、又は足りない面を補おうとする方を私は尊敬しております。当然、料理の面においても同様です」
そう前置きして、現状のそばに関する話をした。蕎麦と小麦の割合は風味やのど越し、コシなどを考えて自分なりの配分を考えて欲しいこと、つゆにしても、そのままではなく、例えば少量の酒などを入れると味がよりまろやかになるし、麺との相性を考えた方が良い、などの話をしたり、かけそばの存在を話したり、具にも肉や卵や魚、野菜や海藻など色々あること、更にはうどんの話もしたりした。食べ易い道具として、麺類用フォークや箸の話もした。また、そばに限らないが、アレルギーの存在も話しておいた。
「今私が申したのは、一例でしかございません。皆様自身で、最高の料理を作れるよう、励んで頂きたいのです。たまたま訪れた料理店で最高の料理に出会う、そのような素敵な出来事を私は望んでおります」
「承知致しました。我々一同、競い合い、協力し合って各々最高の料理を目指します」
うん、やっぱり切磋琢磨して、良いものを作っていくのは素敵なことだ。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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