第073話 産業振興の状況確認
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
領に帰って来て、とりあえずお父様に挨拶に行き、先日の手紙を見せると、やはり機嫌が悪くなった。お母様にも確認して貰ったが
「今の所は、何とも言えないわね……私達が安心して貴女を送り出せるか、これだけでは判断ができないもの。特に他国の場合は、あちら側の都合を言うだけで、あまりかみ合っていないようね。情報が不足しているのかもしれないわね」
ということだった。私があまりしっくり来なかったのも、その辺りにあるのだろうか?
その日は、手紙の裏の意図の読み方について教わったり、お父様達の方に直接来ている手紙などのうち、私に関連するものについても話して貰った。2家からの縁談の話は継続で、その他、産業振興が進んでいるため、お父様や私に感謝の声が沢山届いているということだ。皆に喜んでもらえるなら、頑張っている甲斐もあるというものだ。
今日はセイクル市の領行政舎で、お父様や担当者達と一緒に、現状を確認している。
「甜菜ですが、お嬢様が改良された種を使い、市周辺で栽培を始めました。秋頃には収穫できます」
「分かった、それに合わせて砂糖製造施設を建設しよう。当面はセイクル市だけだが、収穫量が増えれば周辺の町村でも製造できよう」
「では、施設の場所を選定し、施設建設を商工組合に依頼します」
どうやら順調のようだ。さて、次は……?
「精霊酒についてですが……現在少し問題が発生しております」
「何だ」
「熟成の際の保管場所についてですが、暗く涼しい場所で、出来れば温度変化が少なく、何年も保存できる場所を大量に確保するのが困難なようです」
「確かに難しいな。地下室を作ることが出来れば良さそうだが、工事費用が捻出できるか……」
「まさしくその通りです」
なるほど……そこは盲点だった……そうだな、地下だと湿度の調整が難しそうだ。では……
「お父様、地下ではなく、丘などを利用してみては?地下ですと湿度の調整が難しいですし」
「なるほど。しかしそれでも、現状では工事費用の捻出が難しい」
「それでしたら、私が空間と通気口を作りますわ。内装の工事だけでしたら、如何でしょうか」
「それなら現状の予算でも大丈夫です。それに、今から製造工場を建設するのですから、どうせなら保管場所の近くに建設しましょう。条件は、良好な水源が近傍にある丘でしょうか」
ということで、私が貯蔵庫の基礎工事を行うことになり、場所の選定と設計図が出来次第、取り掛かることになった。これでとりあえずの問題は解決だ。次の案件の確認に入る。
「プトラム分領では、新しい料理が幾つも完成しましたので、旅行客が増加する夏季に合わせ、宣伝を行うことになりました」
アルカドール領は、夏は割と涼しいので、観光客が増える。しかし、プトラムはこれまであまり売りがなかったため、観光客が少なかったのだ。確かに、海水浴には向いてないしね。新しい料理で興味を引くことが出来ればいいなあ。私もカニ食べたい……。
おっと、次の案件は……っと。
「ドミナス分領では、少量の水晶の製造に成功しました。今後、更に熟練すれば、分領全体の活性化に繋がると思われます」
おお、成功したか。一度成功できれば後は大丈夫だろう。
「なお、それに合わせて、オペラミナー太守殿から、雇用の促進、特に火属性・地属性の魔法に優れた者を多く雇用したいとの要望が届いております」
「なるほど。確かにそれは必要だな。我が領内だけでなく、周辺領からも募集するべきだな」
「承知いたしました。早速取り掛かります」
あの技術を使えば、これまで無かった大きさの水晶を製造したり、精緻な造形の水晶の彫像を制作できる。しかも初期費用は殆どかからない。精々人件費や作業場の維持費くらいだ。儲かってくれればいいなぁ。
「あと、セイクル市の人口が人の流入により増加しております。最近の産業振興により、職にあぶれていた者達は既に無く、その噂を聞いて、職を求めて来る者が殆どです。また、観光客も増加しております。理由は……細部調査したわけではありませんが、恐らくは、精霊導師たるお嬢様にあやかりたいという者が多いかと」
「私に、でしょうか?理解しかねるのですが」
そんなことの為に旅行に来るなよ。私は客寄せパンダじゃないし。まあ、今後は色々アピールできる物が増える予定だし、知名度が上がる分にはいいんだけどね。
「……不埒な考えを持つ者を発見したならば、その場で処分せよ」
うわー、お父様が機嫌悪くなった。
「領主様、人の考えまでは判別不可能でございます。ただ、物証を発見次第、連行いたしましょう」
「そうだな、市の警備隊を増員しよう」
何だか不穏な空気になって来た。宥めてみるか……。
「あの……私のためでしたら、そこまでせずとも……」
「何を仰るのですか!お嬢様は、領の英雄であり、既に私達領民にとってかけがえのない方でございます。今も、領民の生活のために尽力されておられる。まさに、我が領の至宝でございます!お嬢様の為であれば、領民は一丸となりましょうぞ」
「……お気持ちは嬉しく思いますわ。ただ、私は皆に幸せに暮らして欲しいと願っているだけの小娘です。どうか、争い事は避けて頂きたいのです」
「フィリス、分かった。ただし、人口が増加し、今後もその傾向は続くのであれば、警備隊は増員する必要があるのだ」
「領内は、今後も甜菜や大麦の需要増加に伴い、開墾のため人手が要りますし、その他産業振興のため人口は流入しますが、そうなった場合、人同士の係争も増加しますので」
「はい、それは承知しております。ただ、我が領内で生活する者は、新規流入者であろうと領民ですわ。慈悲の心で接して下さいませ」
「分かった。併せて領法の見直しも進めよう」
「有難うございます」
何とか収まってくれた。過剰に対応するのは勘弁願いたい。
そういえば、その旅行者達は、結局ここで何をしているのだろうか?
「ところで、セイクル市を訪れる旅行者達は、具体的にどのような事をなさっているのでしょうか?」
どこかで私の行動を監視しているとかなら、個人的に対応が必要となる場合もある。
「基本的にお嬢様に直接危害を加えたり、積極的にお姿を拝見しようというわけではないようです。ただ、市内の工芸品店などで商品を買ったり、最近ではそばを食べたりするのも人気だそうです」
「そばは解りますが……工芸品店とは?」
「以前から、お嬢様の絵は人気でしたので。最近は絵だけではなく、刺繍や彫刻などもございます」
「私はあまり好きではない。実物にはかなわんからな。しかし、領民の敬愛の情と考えると、禁止するわけにもいかんのだ」
「それは……私の容姿を、絵や刺繍や彫刻の題材にしている、ということでしょうか?」
「はい、その通りです。お嬢様ほど世の芸術家達の創作意欲を掻き立てる方は他におられませんので」
「そ……そうですか……解りました……」
流石にどう反応していいか解らん。もう、変な宗教に祭り上げられるとかでなければいいや。
その話の後、話の種になるかと思い、件の工芸品店に行ってみた。というか、何軒もあった。とりあえず看板はやめて。うち1店に入ると、客全員がこちらを見て「本物だ……」と言っていたが、遠巻きに見ているだけだったので気にしない事にした。店には私の絵や刺繍、彫刻が売っていた。変な内容のものは無かったが、やはり気分の良いものではない。こういう世界もあるのだと思い、何も買わずに出た。もうここには来るまい。
その後、市内の店でそばを取り扱いだしたと聞いたので、試しに食べに行ってみた。入ったところで、給仕の動きが止まったので、訝しんでいたところ、店長っぽい人が来て、個室に案内された。メニューを見ると、確かにそばがあるので注文した。さて、味はどうだろうか。
そばが来た。新年に食べた時と同様、一口サイズにまとめられていた。つゆはやはり魚醤をベースとしたもので、後はねぎやわさびが添えてあった。シンプルなそばだ。では、いただきます。
蕎麦と小麦の割合を少々変えてある以外は以前食べたものと同じで美味しかった。食後に店長が来て
「うちのそばは如何でしたでしょうか」
と聞いてきたので、素直に感想を述べた。あと、薬味にはしょうがなども合うし、摩り下ろした山芋をかけたりするのも美味しいので、試してみては?と言ってみた。
まあ、色々理解できないことはあったが、そばが食べられたので、良しとしよう。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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