第058話 領の産業振興に協力することになった
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楽しく過ごした1か月もあっという間に過ぎ、アルカドール領へ帰る日がやって来た。ビースレクナ侯爵一家に挨拶して、馬車に乗って街を出ようとすると、どこから情報を知ったのか、私達を見送る人々が沢山いた。一応手を振っておいたが。
帰りの道中は、多少魔物は出たが、全て護衛達で問題なく対処でき、5日の行程で家にたどり着いた。家で待っていたお父様とお祖父様に、お土産を渡しつつ、ビースレクナ領での出来事について、色々話した。
「やはり、うちの領でも何かやっておくべきだったか。戦死者も少なからず出たため、自粛したのだが」
うちの領でも精霊導師就任のお祝いを開く企画自体はあったそうだが、自粛していたそうだ。
「クリス、それは仕方なかろう。新年の祝いに併せて、盛大に行うのはどうじゃ?」
「そうね、他領で祝っておいて、うちで祝わないのは問題ですからね」
まあ、そういう話になるのも仕方がないのか。貴族は体面も重要だしな。
「フィリス、水龍様の件だが、お前の行動で今後何か変更することはないか?」
「基本的に、魔物暴走が発生した時の為に顔合わせを行っただけですので、変更はございません。ただ、連絡のために、配下の神獣様が時々こちらに来られるかもしれません」
「分かった。そういった時も驚かぬよう、達しておく」
そのような事を話して、ビースレクナ領滞在の報告は終了した。
通常の生活が戻って、勉強や鍛錬に励んでいるが、最近は、レイテアが更に強くなり、私もなかなか勝たせて貰えない。私の方は、恐らく体の成長が落ちつくまで、技の熟達には支障があるので、勝てなくなるのは時間の問題だろう。早く大人になりたいものだ。あちらの方は、兆しを見せているのだが……面倒だ。
今年も武術大会にレイテアは参加する予定だ。今回の参加者がどうなっているか聞いてはいないが、今年も優勝、若しくはそれに近い結果が期待できるだろう。
パティ達にもお土産を渡したかったので、久しぶりに茶会を開いた。何だかんだと忙しかったので、去年の秋以降開いていなかったのだが、皆快く参加してくれた。特にネリスなどは
「精霊導師となられて更に高みへ登られたフィリス様にお会いできるとは、望外の幸せ~」
と、元々赤い目をさらに充血させて語っていた。いや、気持ちは嬉しいのだけれど……。
「フィリス様、この春魔法学校へ入学された、カイダリード様はどのようにお過ごしなのでしょう」
ルカが尋ねた。ルカもそれなりに魔法はできる筈だから、魔法学校に行くと思うけれど、その場合、お兄様と通う時期が1年かぶるのか。お兄様への好意はともかく、普通に気になるところではあるよね。
「兄からは、学ぶことが多く、楽しいと伺っていますが……他の方の話ですと、兄は多くの方から興味を抱かれているようですわね」
「それは当然ですわね。カイダリード様はあのように素敵な方なのですから。私も1年間同じ学校に通えて幸せですわ」
ちなみに、ヴェルドレイク様からの手紙には
「カイダリードは成績は優秀だし、誠実な人柄で多くの級友に好かれているようだよ。もちろん君の事を聞こうとする者も多いようだけどね。特に彼は氷魔法を使えるから、一部の学生達は、彼を「氷の貴公子」と呼んでいるそうだよ」
と書いてあった。良い友人が見つかるかな。
「フィリス様、今年は専属護衛の方、レイテアさんは、やはり武術大会に参加されるのでしょうか?」
セレナが質問して来た。案外興味があるのか?
「勿論参加いたします。2連覇を目標に、日々励んでおりますわ」
「実は私の妹が、彼女の活躍を大変喜んでおりまして……」
ああ、妹さんがレイテアのファンというわけか。なるほど。
「それで……レイテアさんに、こちらの手巾に一筆お願いしたいのです」
「承りましたわ。帰りにでも、レイテアを呼びましょう」
「妹が喜びますわ。フィリス様、有難うございます!」
帰り際に、クラリアにレイテアを呼んでもらって、ハンカチにサインをしてもらった。レイテアは、もはや多くの少女たちの憧れになっているのかもしれないな……。
ある時、午前中の授業を終えるとお父様から呼び出された。
「フィリス、相談がある」
「お父様、私に出来ることであれば、何でも致しますが……相談とは?」
「実は、アルカドール領の産業を振興するための案が何かないかと思ってな」
春の戦いが発生した根本的な原因として、アルカドール領の領兵を、上限よりかなり少なく設定していることが問題であると、お父様は考えているようだ。うちの領はロイドステアの中でも寒冷地に属するため、小麦などの作物が育ちにくいところがあり、多くの兵を保有すると領の財政が破綻するため、ノスフェトゥスの脅威を知りつつも、国軍を当てにしすぎたとも言える兵力整備を行っていたのだ。
幸い、ノスフェトゥス側も暫くは動くことが出来ない。そのうちに、領の経済力を高めて防衛の態勢を強化しようというのだ。それは、私に出来る事ならぜひ協力しなければ。
まあ、私が協力できそうなのは、精霊導師の力を使って資源などの開発を行うことと、前世の知識を活用して、何らかの産業を振興することくらいだが……下手に資源開発を行うと、他領が自分の所も開発してくれと五月蠅そうだということで、前世の記憶をそれとなく活用する方向になった。
ということで、ロイドステア全体及びアルカドール領内の産業、アルカドール領の生態系の細部資料を、コルドリップ行政官の部下に持ってきて貰って、数日間読み込むとともに、精霊達にも色々聞いてみたのだが、前世の知識を踏まえて考えたところ、色々気付いたことがあったので、お父様に報告した。
「我が領の食糧事情ですが、大麦が主体で、黒麦や蕎麦、粟、稗なども作り、食しております。それに加え、輸入した小麦で麺麭や麺を作って食することも多いようです。大麦は食糧の他、麦酒の原料や家畜用の飼料としても使用されております。また、各種野菜や根菜、豆類を作って副食としており、その他、馬鈴薯や甜菜なども作っておりますが、こちらは家畜用の餌として利用されております」
「ふむ、その通りだが」
「この中で、前世の世界では料理などに活用されていたものもあり、産業振興に役立つかもしれません」
「なるほど。聞かせて貰おう」
「まず、甜菜ですが、切り刻んで煮詰め、不純物を除くことによって、砂糖を作ることが出来ます」
「何と!それが本当ならば、産業振興に大いに役立つ」
「次に、この世界の酒ですが……醸造酒のみを製造しておりますが、前世の世界では、蒸留酒というものがございました。麦酒を蒸留すればウイスキー、葡萄酒を蒸留すればブランデー、その他様々な酒を造ることが出来ます。とりあえず、ウイスキーを造ってみては如何でしょうか」
「ほう!新たな酒か!それは産業振興もそうだが、王家や貴族にも受けが良いだろう」
「また、馬鈴薯は調理法を工夫すれば、人間が食しても十分美味しい料理になります。酒の材料にもなりますわ」
「なるほど。活用方法は色々ありそうだ」
「それと、個人的な話なのですが、私の前世の国では、蕎麦を麺に加工して食する料理がございまして、好物だったのです。可能であれば、こちらでも再現したいと思っておりました」
そば、食べたいとずっと思ってたんだよね!ラーメンなども美味しかったが、私にとって麺類はやはりそばとうどんだ。特にそばは大好きで、旅行した時などは各地のそばを食べていた。うどん好きの友人がいて、そばうどん論争を繰り広げたのも懐かしい思い出だ。うちの領は小麦を作ってないし、さしあたってそばを再現した方が良いだろう。他にも米があれば色々出来て良かったのだろうが、今の所うちの領では見つかっていない。残念だ。
「ふふ、そうか。それは再現したいものだな」
知らずに笑顔になっていた私を見て、お父様がそう言った。
その後、お父様と領行政舎に向かい、行政官や職員と、実現の可能性などについて話した。当座の予算は、領の予算には使用できる枠が無かったため、お父様や私の私財を出すとともに、商工組合からの投資も募集することになった。なお、知識の出所は、私が精霊から聞いた、ということになっている。
「お嬢様が精霊からお聞きになった知識の数々、必ずや我が領で実現して見せましょう!」
説明するうち、かなり乗り気になったコルドリップ行政官が言った。どうも王都からこちらに越してきて、発展度のギャップを感じ、色々不満があったようだ。しかし、これらの実現ができれば、独自路線で領を発展させることが出来るかもしれないため、やる気が出たのだろう。
私も、他に領の発展に使えそうなものを考えてみよう。さしあたっては海産物だろうか。プトラム分領とも連携していった方が良いだろう。機会があればお父様に相談してみるか。
領行政舎で職員達の疑問などに応えたりして、忙しく日々を過ごすうち、気が付くと収穫祭間近となっていた。
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