第050話 ノスフェトゥス軍との戦い 3
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夜明け前にレイテアが私を起こしに来た。私達は砦の上に来た。やはり、ノスフェトゥス軍は、夜明けとともに砦を攻撃するつもりのようだ。私達は、打ち合わせの通りに配置についた。ちなみに私は、導師服を着ているほか、いつもはストレートの髪を編み込んで、邪魔にならないようにしている。
今回、一番重要なことは、戦争を早期終結に導くことだ。特に、第1軍の後続が来ないような状況にしなければならない。私が第1団を全滅させることも、やろうと思えばできるが、それはノスフェトゥス側の本格的な戦争突入の理由になりかねない。講和しやすいように、被害が少ない状態で、ロイドステアと戦争をしても勝てない、と思わせる必要がある。
このため私達は、皆が砦で防御している間に、私が敵本陣に切り込み、敵司令官を捕縛する作戦を立てた。国王から軍隊の指揮権を与えられた司令官が捕縛されてしまうと、新たな司令官を国王が任命しない限り軍隊内の統制がとれなくなる。
しかも、圧倒的な兵力差を覆して捕縛する手段がこちらにあった場合は、今後誰が任命されても捕縛されるわけだから、最早戦争の遂行は不可能と判断され、撤退せざるを得なくなるそうだ。あと、今回あちら側が影武者を用意している可能性が低い事もある。まさにこの状況に最適の作戦と言えるだろう。
本陣は、戦術的妥当性と、偵察結果や捕虜から得た情報を総合して見積もった結果、砦から10キート程北にある森付近だろうと予想されている。常識的な戦法をとる司令官なので、恐らく間違いないだろう。
「精霊導師よ、マルダライク司令官をこの場に連れて来るのだ。交渉の為、可能な限り生かして貰いたいが、死んでも構わん」
「承知致しました。必ず敵司令官を捕縛し、戻って参ります」
「オクター、リカルド、レイテア、領主様を頼みます」
「お嬢様、我等の命に代えましても、領主様をお守りします」
夜が明け、ノスフェトゥス軍の攻撃が開始された。皆が防御態勢を取る中、私は和合を始めた。
【我が魂の同胞たる風精霊よ。我と共に在れ】
風精霊と和合が完了した私は、戦場にいる全員に聞こえるように、伝声して宣言した。
【精霊導師、フィリストリア・アルカドール、参ります】
その場で空に浮かんで全身を竜巻に包み、本陣に向かい飛び出した。
「何だあれは!竜巻がこちらに向かって来るぞ!」
途中の敵兵には、竜巻をぶつけた。特に、機動力を生かして砦の後方に向かおうとしていた騎兵や、投石器などで砦を攻撃しようとしていた兵については見つけ次第攻撃した。
「くそっ、怯むな、矢と魔法で攻撃しろ!」
「だめです、矢が届きません!」
「何故だ!何故魔法が使えん!」
竜巻で防護している私には殆ど矢が届かず、届いたとしても痛みはあるが導師服を貫けない。また、私に対して精霊は危害を加えることが出来ないので、魔法が飛んで来ることはない。第一線攻撃部隊を混乱させた上で、私は本陣に向かった。
暫く飛んでいると、多くのテントが並んでいる、本陣らしき場所が見えた。上空から竜巻で攻撃し、見えている人間が動かなくなったことを確認し、私は地上に降りた。風精霊に命じ、周囲を探らせる。
まだ動ける敵兵がいたが、その都度空気弾で吹き飛ばした。風精霊がこの場から逃げようとする偉そうな人間を発見したので、そちらに向かう。私が立ちはだかると、衛兵と思われる敵兵が襲って来た。
「司令官をお守りしろ!……っがはっ!」
衛兵らしき数人を空気弾で片づけた。どうやら残った人がマルダライク司令官のようだ。身なりが立派だし、あのヒゲは確かに見覚えがある。動揺する司令官?に私は一礼し、端的に用件を述べた。
「マルダライク司令官殿とお見受けします。私はアルカドール侯爵の娘、フィリストリアと申します。御同行願いますわ」
「ふ、ふざけるな!この化け物が!死ねーっ……ぐほっ」
抜剣して襲い掛かって来たが、空気弾をぶつけると、あっけなく気絶した。
偉そうな格好や私への態度から、司令官本人に間違いない様に思えたが、念のため所持品を探ってみた。聞いた話では、ノスフェトゥス国では、団長クラスになると、任命時に国の紋章の入った印綬を国王から授かるらしい。
この印綬は、国王から兵を預かった証であり、団長自身が持たないと命に背いたとみなされ、また、偽物も作れないので、団長ならば必ず持っているだろう、ということだった。確かにそれらしき印綬を持っていたので、この男が団長、すなわち司令官だと断定し、首根っこをつかんで、竜巻に乗って砦に戻った。
暫く飛んでいると、砦が見えた。どうやら戦闘が再開しているようだ。早く戻らないと!
漸く砦の上に到着したところ、お父様が出て来たので、男を引き渡した。
「領主様、この男が所持していた印綬です。ご覧下さい」
「これはノスフェトゥス国王が団長を任命する際に下賜する印綬だ!人相も情報通りで相違ない。この男がマルダライク司令官で間違いない!フィリス、私の声を伝声してくれ!」
打ち合わせ通り、私はお父様の声を砦とその周囲一帯に伝声させる。
【全軍に告げる、私はアルカドール侯爵である。只今、精霊導師の力でノスフェトゥス軍司令官マルダライク伯爵を拘束した。ノスフェトゥス軍は直ちに停戦せよ。繰り返す……】
3回繰り返してお父様が告げると、概ね戦闘が終了し、そうでない所も、私が竜巻を放つと戦闘を停止した。そして、暫くするとノスフェトゥス軍は撤退していった。トロス砦から勝鬨の声が上がった。
私達の勝利だ!
しかし私達は、勝利の美酒を味わう間もなく、爾後の処置に取り掛かった。元々兵力差があったため、短時間の戦闘でも領軍に戦死者・戦傷者は少なからず出た。私のいない間は、魔導師であるお父様も魔法で敵を攻撃して、撃退していたそうだ。お父様にもかなりの矢が飛んで来ていたらしいが、レイテア達が楯などで防いでくれたようだ。本当に有難う。
私は魔力と体力を回復させるために、一旦仮眠させて貰ったが、他の人達は全員、負傷者の処置などで忙しくなった。捕虜については、司令官の捕縛に成功したし、当分の間はノスフェトゥス軍は攻撃しないと予想されたので、一部の貴族以外は武装解除させた後、解放したようだ。
仮眠から醒め、ある程度魔力が回復した私は、神官達とともに負傷者の手当を行った。とはいえ、重傷者は神官にしか治せないので、私は軽傷者担当だったのだが。私は全力を尽くしたつもりだが、私がもっと早く司令官を捕縛出来ていれば、もっと死傷者は減ったかもしれない、そう思うとやるせない気持ちになった。
そんな中、負傷した兵の一人が、私に声を掛けてきた。この人は……
「お嬢様、私の事を覚えておいでですか?以前お嬢様の護衛に応募した、アンガス・クリードです」
「覚えておりますよ。以前より立派になられましたね。貴方も、領民の為に戦って下さったのですね」
「はい。あれ以来、心を入れ替えまして、領軍に入ったのです。メリークス殿の噂も聞いております。貴女の言葉は正しかった。そして、今回はこの砦の皆の命も救ってくれた。本当に有難うございます」
「でも、私がもう少し早く司令官を捕縛出来ていれば、もっと助かった方も……」
「何を仰いますか。そういう考えもあるでしょうが、元々あの兵力差では、我々に全滅以外の道は無かったのです。それから考えると、貴女は我々にとって、間違いなく命の恩人ですよ」
「そう言って頂けると、気が安らぎますわ」
「貴女は最早この領の英雄です!英雄は、亡くなった者の為にも精一杯生きなければ」
「……そうですわね。貴方達が、亡くなられた方々の分も生きられるよう、これからも励みますわ」
クリードさんの治癒を終え、別の人の治癒を始めた。先程より、少し心が軽くなった気がした。
いつの間にか年が明けていた。負傷者達の治癒が終わり、増援も到着して当座の態勢を整え、ノスフェトゥス軍の後続も来る様子が無かったので、私はレイテア達と帰ることになった。
お父様は戦死者の名簿作成や遺品の整理、砦の補修作業などの為、暫くは砦に残る。今度は、私はレイテアの馬に乗せてもらい、途中で領軍の施設に宿泊しながら帰ったのだが、よく眠れなかった。レイテアが心配して
「お嬢様、昨日はうなされておりましたが……大丈夫でしょうか?」
と、声を掛けてくれた。割り切ったつもりだったが、やはり魔物とは違い、戦争とはいえ人を殺してしまうと心のどこかにダメージを受けるようだ。暫く続くかもしれないが……仕方がないことだ。
そのような感じで侯爵邸に帰った。扉を開ける前に
「フィリス、お帰りなさい!」
と、お母様達の出迎えを受けた。流石お兄様、遠視で私が帰って来ることを知っていた様だ。塞いでいた気分が、一気に吹き飛んでしまった。
その後、お父様はまだ帰っていないが、とりあえず私が無事帰還したことを家族で祝って貰った。元々新年のお祝いがあった筈だからね。なお、お兄様は魔法学校に入学するので、落ち着き次第、王都に向かう事になっている。入学式自体は1月20日らしいのだが、この状況なので、多少遅れたとしても問題ないようだ。
あと、パティにも感覚共有して会いに行った。噂などで状況は概ね知っていたようで、無事で良かったと喜ばれたが、あまり知られたくないことも知られてしまった。
「精霊達が「愛し子」と呼んでいたのは、やっぱりフィリスの事だったのね。私もこれから貴女の事を「愛し子」と呼ぼうかしら」
それは恥ずかしいからやめて欲しい。
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(石は移動しました)