第004話 アルカドール侯爵 クリトファルス・アルカドール視点
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ユレート歴1510年4月1日夏至の日、我が娘、フィリストリアが産まれた。
2回目の出産ということもあって、妻エヴァンジェラも長男カイダリードの出産時より苦労しなかった様に見えたのだが、産婆が娘の瞳を確認した時、震えながら私に告げた。
「侯爵様、お嬢様の属性は、全属性と思われます」
「全属性?何だそれは」
私は産婆に尋ねた。
「全属性の子は、これまで何人か産まれましたが……すぐに亡くなったと聞いています。全属性はかの精霊女王にしか許されない属性であって、人の身では耐えられない、という噂でございます」
私はその話を聞き、前侯爵である父グラスザルトの伝手を頼り、専門家である魔法省直轄の魔法研究所員を招聘することにした。王都邸に数人で転移し、父上に調整して貰ってアネグザミア子爵達を緊急で招聘し、再び本邸に転移し、必要な処置をして貰った上で話を聞いた。
「アネグザミア子爵、娘への処置感謝する。あと、申し訳ないのだが、全属性という状態について説明して貰えないだろうか。我々は、全属性に関する知識を持っていないのだ」
「侯爵、我々も全てを知っているわけではございません。未知の部分が多く、現在の処置が完全であるとは、現状とても言えないのです」
「何と!では、娘はどうなるのか!」
私達の八つ当たり同然の怒りを受けてなお誠実に、アネグザミア子爵は全属性について語ってくれた。全属性者は全ての属性、即ち火・風・水・地の魔法が使用できる筈だそうだ。しかしながら、これまで全属性で生まれた者は、記録によればわが国に1名、他国に3名いたそうだが、全て赤子のうちに、魔力飽和の症状が出て死に至ったということだ。
全属性者の場合、魔素を際限なく吸収してしまうため、魔力が体の限界を超えてしまうのでは、と推測されているらしい。それを防ぐには、特殊な結界により魔素を極限まで減らした空間を作り、その中で生活させるか、本人が魔力操作を行って魔力を体になじませるしかないそうだ。
そして、どちらも理論的には可能とされているものの、前者は空間内に魔素を入れることが出来ないため、赤子の世話をする者の出入りが不可能になる。後者については、そもそも赤子が魔力操作を行えるわけがないので困難である、ということだ。
結論としては、魔力の多い貴族子女のための結界部屋で生活することで、ある程度の魔素の流入を防いで様子を見るしかない、ということだった。
我々は、毎日神に祈りを捧げつつ、娘を見守った。
娘には、健康に育つことを願い、100才近くまで生きた長生の聖者リストリアスにあやかり「フィリストリア」と名付けた。
その後交代で、フィリスの様子を見ていたのだが、説明された様な魔力飽和の兆候は全く現れなかった。不思議に思ったアネグザミア子爵がフィリスを調べてみると、何と、フィリスが魔力操作を行っていることが判ったのだ!我々は神に感謝し、喜び合った。
また、フィリスの魔力操作は、赤子ではありえないほど熟達したものであり、通常赤子に発生することが多い魔力の滞留が見られないようだった。これならば、滞留した魔力を活性化させてしまうことで発生する、意図しない魔法の発動は起こらないということで、世話をするには不便な結界部屋から1か月で出し、普通の部屋で世話をする事となった。
フィリスには天性の魔力操作の才能があったのだ、と結論付け、アネグザミア子爵は王都に帰って行った。この件で論文を作成するそうだ。フィリスが健やかに育ってくれるだけで有難い、その時は皆がそう思っていた。
フィリスが2才になって暫く経ったある日、フィリス付の女中であるメイリースから、フィリスがおかしなことをやっているという報告があった。また、その際、精霊から教えてもらったと言われたらしい。その話が本当であれば、フィリスには精霊が見えている可能性がある。直ちにメイリースに命じ、フィリスを私の所へ連れて来させた。フィリスは2才だが、非常に頭が良いらしく、しっかりと話を理解して受け答えをしている。
そして話を聞いた結果、フィリスには本当に精霊が見えているのだと判った。何故なら、魔導師は魔力が高いため、その魔力に惹かれて、魔導師と同じ属性の精霊が近くにいることが多い。私も魔導師だが、以前魔法省に行った際に、風の精霊術士から、背中に風精霊がいる、と言われたことがある。
2才のフィリスがそのことを知っている筈がないので、実際に見えていると判断せざるを得ないのだ。その日、フィリス以外の家族を集め、会議を開いた。5才のカイも、内容は解らないだろうが次期侯爵として参加させた。
「クリス。緊急で話し合いたい事とは何かね。カイも疲れているだろう?」
「お祖父様、僕は平気です。父上、話とは何でしょうか」
「皆すまない。今日、フィリスには精霊が見えることが発覚したのだ」
驚く父上とエヴァ。カイは意味が解らないのか、首をかしげている。
「カイにはまだ早いか。そうだな、簡単に説明すると、フィリスはとても有用な人材なので、国に取られて、こき使われて不幸になってしまうかもしれない、と言っているのだよ」
「そんな!せっかく可愛い妹が出来て嬉しいのに!ダメです!」
「初めての全属性精霊術士じゃからのう。その上、フィリスはマーサに似ておるから大層な美人になる。誰もが手に入れようとするじゃろう」
「……けれど、下手に隠そうとしても、精霊視を持つ事は10才の洗礼時に明らかにされるでしょう。それも隠蔽したのでは、叛意ありと看做されてしまいますわ。それよりも、精霊術士として生き易くする方向性が良いと私は思います」
「ふむ、エヴァ、具体的にはどのような対策を取るべきじゃろうか」
「お義父様、まずは洗礼まで、この件に関する周知は必要最小限とするべきです。次に、できる限り早く、フィリスに淑女としての教育を施し、自身の力で対処する能力と、用心深さを養うべきです」
「確かにその通りじゃな。あと、これはマーサが言っておったことじゃ。アルカドール家に精霊が見える娘が生まれても、特別扱いせず、愛情深く育ててやって欲しい、と。精霊術士は、幼い頃から精霊が見えることで、人との接触が苦手になりがちになる。じゃから出来る限り普通に人と接するようにさせ、家族は愛情を持って接するのじゃ。でないと成長した時に人付き合いで失敗し、不幸な結果を呼ぶこともあるそうじゃ。マーサ自身、精霊課で同僚の精霊術士の対応に悩まされたと言っておった。自分は家族に恵まれた、ともな」
「確かにその話は魔法省に顔を出した時にも耳にしました。精霊術士は人付き合いが苦手な者が多いと。では、現段階の対策としては、洗礼までの情報制限、フィリスへの教育の徹底、フィリスの対人経験の積み上げ、我々自身がフィリスをしっかりと愛すること、の4点でしょうか。それと、情報制限の件ですが、毎年巡回している精霊術士達には、フィリスとは当面合わせないようにもするべきですね」
「まあ、もっと大きくなれば、フィリスの婚姻相手のことも考える必要があるが、現段階ではそのくらいじゃろう。皆良いか?」
「ええ、どこに出しても誇れる娘に育てて見せますわ」
「お祖父様、僕はフィリスが大好きです。僕達でフィリスを幸せにしましょう!」
こうして、フィリスを幸せにする会(仮称)が発足したのだ。
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(石は移動しました)