第048話 ノスフェトゥス軍との戦い 1
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アルカドール領内では、疫病の流行は避けられたが、不安から人心が乱れかねない状態なので、冬の間、お兄様と私は手分けして、領内を定期的に巡回し、お父様に報告していた。そして冬が終わりに近づき、そろそろ新年を祝う準備を始めようとしている中、私は不審なものを発見したので、お父様に報告した。
「お父様、実はノスフェトゥス国の方で、軍隊らしき集団が動いていたのです」
「フィリス、それは疫病の検問所ではないのか?」
「いえ、検問所は国境付近にありましたわ。そこから150キートほど進んだ所に、かなり多くの集団がいましたので、不審に思いまして、報告したのです」
「なるほど。カイ、確認してくれ」
私は軍事知識がないので分からないが、お兄様は次期領主として、軍事知識を学んでいる。私よりも状況をうまく説明してくれるだろう。
「はい、父上。暫くお待ち下さい。……発見しました。父上!これは行軍中の部隊です。数は…………ここには3000人近くはいます!軍事行動中と見て良いと思います」
「何!……最近は検問のせいで情報が入手できなかったが……この機に攻めて来るとは……カイ、フィリス、暫くここにいなさい。私は至急王都に連絡して来る」
お父様は慌ただしく談話室を出て行った。私はお兄様から、現在の状況を教えて貰った。アルカドール領と接する隣国のノスフェトゥス国は、比較的好戦的な国で、近年軍事力を強化していたそうだ。
うちは国境警備の任務を王家から受けているので、ここ1~2年は領内のノスフェトゥス協力者を排除したり、逆にノスフェトゥス国を探ったりで、かなり忙しかったらしい。
当然、領軍も整備していて、攻め込まれたとしても、国軍が来るまで十分持ち堪えられるようにしていたり、近傍のトリセントに駐屯している国軍とも連絡を取り合える態勢を作っていたのだが、現在は北東街道と、その周辺の境界を封鎖中で、領兵が少なからず封鎖に人員を割かれている上に、雪がまだ残っていて、国軍の到着が遅れる可能性が高い。
国境付近のトロス砦が落とされてしまうと、街道周辺の町村は蹂躙され、セイクル市まで攻め込まれる危険性すらあるそうだ。そこまでお兄様から説明を受けた所で、お父様が帰って来た。
「カイ、フィリス、今から出来る限りノスフェトゥス国側の情報を探ってくれ。カイは特に、軍旗についても柄を私に教えてくれ」
お兄様と私は、再びノスフェトゥス国側の情報収集を開始した。その間お父様は、セイクル市にいる領兵に非常呼集をかけ、現在の最大兵力でトロス砦に向かうよう、領軍長に命令していた。急げば3日後には騎兵達が砦に到着できるそうだ。
お兄様と私は、ノスフェトゥス国側の情報を収集し、まとめた。
現在行軍中のノスフェトゥス軍は約20000名程度、騎兵や魔法兵もいるようだが、主体は歩兵で、先程見た3000名は、先遣部隊らしい。先遣部隊から約20キート、時間にして半日ほど離れて主力部隊が行軍中で、トロス砦に主力が到着するのは恐らく4~5日後であろうということであった。また、軍旗は青地で、ノスフェトゥス国の紋章と1本の剣が描かれていたらしい。
「2人とも有難う。20000名か、これは拙いな、こちらが早い対応が出来たのが不幸中の幸いか。歩兵主体で軍旗は青地に剣1本、ならば第1軍の第1団がこちらに向かっているということだ。司令官は恐らく第1団長のフォルクロス・マルダライク伯爵だろう。2人とも執務室に来てくれ」
お父様、お兄様とともに執務室に入る。お父様はお兄様と私にノスフェトゥス国軍の情報が記載された文書を渡すと、紙に何かを書き始めた。恐らく、執務室に設置している、王城と緊急連絡が可能な魔道具により、先程得た情報と現在の領軍の状況を報告するのだろう。
お父様が作業中に、お兄様と私は先ほど渡された資料を確認した。
ノスフェトゥス国はユートリア大陸の北端にあり、隣接国はロイドステアとアブドームの2国。このため、ノスフェトゥス国軍は、近衛軍、第1軍、第2軍と海軍で編成されていて、第1軍はロイドステア方面、第2軍はアブドーム方面を主に担当しているようだ。
今回侵攻してきたのは第1軍の一部である第1団。資料には総員20000名弱と書いてあったので、ほぼ全員で来ているのだろう。内訳は歩兵15000名、騎兵4000名、魔法兵1000名弱らしい。司令官のマルダライク伯爵は、慎重な性格で、常識的な戦法をとるだろう、と書かれている。人相書きも付いている。何かふつうのおっさんだな、でもヒゲが偉そうだ。そんなことを考えていると
「第1団だけでなく、他の団が後続で来る可能性もあるね。その場合、アルカドール領全域が戦場になるのは避けられない。その様な意図がノスフェトゥスにあるなら、第1団との戦闘は、早期に終結しなければ、危ない」
と、お兄様が青ざめた顔で言った。
お父様は現状報告の文書を魔道具で王城に送り、私達には今後も情報収集などをやって貰うので宜しく頼む、と言って、領軍の状況や、領行政舎の様子を確認しに行った。私達は自室に戻った。
私は、先程お兄様が言っていたことが頭から離れなかった。もし砦周辺の小競り合いでなく、本格的に戦争になってしまったらどうなる、お父様、お母様、お兄様、お爺様、屋敷の使用人達、レイテア達、パティ達やセイクル市民をはじめとする全ての領民、この人達の生命や財産が損なわれ、あるいは家族と引き離されてしまうかもしれない。考えただけで震えが止まらない。
私は精霊導師として大きな力を持っている。私が戦えば、被害を局限することが可能だろう。しかし、その場合はいよいよ私の事を公表せざるを得なくなり、これから更に身動きが取れなくなる可能性が高い。
そもそも、それ以前の話で、戦場に立つからには女だから、子供だからとかは関係なく、国家の意志で命を奪ったり奪われたりするのだ。私に他人と命のやり取りをする覚悟はあるだろうか?
私は、多くの領民の命を救える力を持っているが、それを使わなかった場合に、実際に被害が出たら、私はどのように思われるのだろうか。そして、そんな私を「私」は許せるのだろうか。瞑想の態勢を取りながら、暫くそのようなことを考えていた。
……自然と、私の心は決まっていた。
お父様は執務室に戻っていたので、執務室に入り、決意を伝える。
「お父様、此度の戦い、私を戦場でお使い下さい」
「フィリス!何を言っているのだ!これは戦争だ。お前を参加させるなど出来ん!」
「お父様、私は決めたのです。私には精霊導師としての力があります。家族が、領民が、傷つき、苦しみ、命を落とす中、何もせずにのうのうと生きるなど、出来ようはずもございません。また、私の存在が明るみになることで、戦争が拡大するのを回避できるかもしれませんもの」
暫くお父様と私は無言で見つめ合った。お父様が口を開く。
「フィリス、戦場に出ると言うことは、人の命を奪い、また、人に命を奪われるかもしれんのだ。お前にその覚悟はあるか」
「覚悟は出来ております……。使える力を使わなかった結果、家族や領民の命を失う事ほど恐ろしいものはございません。その恐怖を思えば、命のやり取りを厭うてなどいられませんわ」
お父様は、私の言葉を聞き、暫く考え、言った。
「…………陛下からは、お前を参戦させるかどうかは、私の判断に任せる、と言われている。正直な所、人の親として、娘が手を汚すのは、ましてや命を失うのは耐え難い。だが、我々には貴族としての義務がある。……フィリストリア・アルカドール、領主として命ずる。此度の戦いに参加せよ」
私はお父様に礼をして、言った。
「領主様、このフィリストリア・アルカドール、確かに拝命いたしました。必ずや、我が領を勝利に導いてみせましょう」
こうして、私は戦いに身を投じることとなった。
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(石は移動しました)




