第047話 隣の領で疫病が発生した
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冬に入ったある日、部屋で本を読んでいると、一体の風精霊が部屋に来た。
『愛し子よ、話がある』
通常の精霊は私の事を「愛し子」と呼んでいる。精霊女王の加護を受けているからだろう。なお、同じく女王の加護を受けているクーリナルルドースさんは人間側の呼称と同様「妖精王」と言われている。
「何用でしょうか」
『森に疫病の元が生まれて、周りを汚染しているのだ』
風精霊に状況を確認したところ、ここから200キート程南西にある森で、疫病の発生源が生まれたようだ。
突然魔素が地表に噴出して暫くとどまる、いわゆる魔素溜まりは、動物を魔物に変えたり、疫病の発生源を作ったりする。大きい動物が魔素溜まりに巻き込まれると、大抵は魔物になるのだが、小動物の場合は、魔物にならずにそのまま死亡する。その死体が、疫病の発生源となることが稀にある、という話だ。
一度疫病が発生すると、普段は病気にならないフィアース人も病気になり、その多くが亡くなってしまう。このため、神託に基づき、汚染源の浄化、流通の制限、人同士や水との接触の制限などが対策として周知されていたり、普段から冒険者などにより、森林内の確認が行われているらしいが、それも万全ではなく、しばしば疫病が発生しているそうだ。
発生場所の森は、アルカドール領ではなく、その南にあるトワイスノウ領にあるのだが、トワイスノウ領には現在精霊術士がいないので、私の所に知らせに来た、というわけだ。
「それは……直ちに対処しなければなりませんね。精霊よ、感謝します」
すぐにお父様の執務室に行き、状況を説明した。お父様の動きは早かった。
「フィリス、カイを呼んでくれ。私は、王都や周辺領への通報、北東街道の封鎖処置をとる」
どうやら、遠視の恩寵を持つお兄様に現場を把握させるようだ。すぐにお兄様を呼び、お父様が来る前に状況を説明すると、早速現場と思われる森の確認を始めた。お兄様の遠視であれば、既に周辺の領なら問題なく確認が出来る。そのうち王都くらい距離が離れていても確認出来るようになるだろう。
セイクル市内のアルカドール領行政舎に疫病対策本部ができ、お父様やお兄様が詰めることになった。既に主要道路である北東街道は領兵による検問所が出来たので、今後は人の往来は制限されることになる。ただし、現段階では領内に疫病患者は発生していない。
問題は、汚染源だ。どうやら、森の汚染地域が拡大しつつあり、トワイスノウ領では対処が困難な状態になりつつあるようだ。その上、その森付近には水源もあり、トワイスノウ領は勿論、アルカドール領にも川が流れて来ている。このままでは、トワイスノウ領だけではなく、アルカドール領にも大きな被害が出かねない。私に何か出来ることはないか、考えた。
出来るかどうか判らないので、一度、精霊女王様に相談することにした。念話で女王様と話をする。
『女王様、フィリストリアです。今宜しいでしょうか』
『……話せ』
『実は、我が領周辺で、疫病が発生したのですが、私が汚染源を浄化して宜しいでしょうか』
『ふむ。浄化か。良いぞ』
『浄化とはいえ、森を傷つける行為ですので、誓いに反しないか心配であったのですが、安心致しました。では、直ちに動きましょう。相談は以上です』
『神の教えに従い、また、精霊に不和をもたらす因とならぬのならば、咎めたりはせん。ではな』
私は疫病対策本部に詰めているお父様の所に行き、少し二人で話をさせてもらった。
「お父様、汚染源の浄化が現在困難であると伺っております。導師服を着た私であれば、疫病には罹りませんし、火精霊と協力すれば、浄化も出来ますわ。……私に行かせて頂けませんか」
「……そうだな、現状それが最速かつ被害を最小限にする方法だろう。フィリス、汚染源の浄化を頼む。トワイスノウ伯爵には、私から話を通す。今からだとどの位で対処できる?」
「今宵のうちに、可能ですわ」
「分かった。今夜我が配下の魔法士が森を浄化する、と伯爵には伝えよう」
私はお父様と別れ、侯爵邸に戻り、お母様に説明した後、導師服に着替えた。夜になるのを待って水精霊と両足を同化させ、風精霊の案内で現場に向かった。
雪道ではあったが、水精霊と同化しているので、通常の地面を走るように移動でき、2時間程度で現場に到着した。私は同化を解き、状況を確認した。目の前には既に汚染されている森がある。一度精霊と感覚共有を行って周囲を確認したところ、直径2キート程度の円状の地域が汚染されていることが判った。
数人の人が近くにいたのを確認したので、ここから遠ざけるために、フードを被って一応顔を隠した上で身体強化をして近づくと、話しかけられた。
「おい、お前、この森に近づくな!ここは今汚染されている」
どうやらトワイスノウ伯爵の部下が汚染源の確認に来ていた様だ。それで、子供が森にいると思って注意したのだろう。
「私はアルカドール侯爵の命により、森の浄化に来た者です。トワイスノウ伯爵へはアルカドール侯爵から話が通っている筈ですが」
「は?お前がこの森を浄化だと?確かにアルカドール侯爵からの話はこちらも聞いているが……我々が対処できないものを、お前の様な子供が浄化できるわけがなかろう!」
話を聞いてくれそうにない。少々実力行使するか。火魔法を発動し、汚染された森の一部を焼く。
「今からこのように、浄化いたします。危険ですので、ここから離れて下さい」
いとも簡単に森が燃やされるのを見た人達が、悲鳴を上げて離れて行く。
彼らがある程度離れた所を見計らい、フードを取って汚染源の中心部へ移動した。先程から何かが弾かれているようだが、恐らく疫病の元となっている菌かウイルスだろう。安心して和合を行う。
【我が魂の同胞たる火精霊よ。我と共に在れ】
和合により、周囲の火属性のエネルギーは全て掌握した。また、汚染源に火精霊達を呼び寄せた。では、浄化しよう。
「躍れ!同胞達よ」
私は、森を火属性で染め上げ、集まった火精霊達は踊る様に木々を燃やし尽した。
30分後、汚染源であった森は、灰と化した。
和合を解いて、類焼のないことを確認後、領地に帰り、侯爵邸で待っていたお父様に浄化が完了したことを報告した。流石に疲れたので、その夜は寝させてもらった。朝遅く起きて、状況を確認するため疫病対策本部に向かうと、お父様とトワイスノウ伯爵が魔法の緊急回線で連絡していたり、お兄様が浄化した汚染源を確認したりしていた。
トワイスノウ領では疫病感染者が増加しつつあるが、汚染源自体は浄化したため、人から人への感染に気を付ければ春頃には収まるであろうとのことであり、また、火の魔法士の協力を感謝する、との連絡がトワイスノウ伯爵からあったそうだ。単なる魔法士と取ってくれた様で安心したよ。
アルカドール領については、汚染源付近の水源から流れて来た川の水を使用禁止にしていたため、感染者が発生することはなく、汚染源が浄化された後暫くして、元通りに水が使えるようになった。
ただし、北東街道の封鎖は春まで続き、人や物の流通が途絶えてしまうので、多少生活が不便になったが、元々冬の間はあまり移動しない。食糧備蓄も十分にあるため、発生後2週間でアルカドール領の疫病対策本部は解散し、領軍の検問業務を除いて通常の業務に移行した。トワイスノウ領が落ち着けば、通常の生活に戻れる筈であった、が。
陸の孤島と化したアルカドール領に、邪な野心を抱いた者達が、手を伸ばそうとしていたのだ。
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(石は移動しました)




