最終話 世界そのものである私と争おうとした時点で既に負けているのですわ
ここまでお読み頂き、誠に有難うございます。
今回、最終回ですので長めですが、宜しくお願いします。
神命により、魔王を討伐した私は、和合を解いたところで魔力の大量消費や戦いによる身体への負担が一気に現れたため動けなくなり、大司教台下達に手を貸して貰って何とか神域に戻った。そのダメージは大きく、数日間寝込むことになった。
目を覚ました時には、世界中で起こった魔物の大発生、所謂「魔物騒乱」は終息しつつあると聞いたものの、故郷のロイドステア国が心配だったので、教主猊下に断りを入れて帰国した。
なお、魔王との戦いにより、背中をはじめ所々破れていた導師服は、いつの間にか修復されていた。恐らく、私が眠っている間に例の精霊達が直してくれたのだろう。有難う。
王都に戻ってみると、かなり騒がしく、先に戻っていた大司教台下に確認した所、王都近郊でも魔物が大量に発生したため、王都在住貴族や騎士学校・魔法学校の学生を中心に義勇軍を編成して対処したそうで、今は負傷者の治療や大量にある魔物の死体の処理で忙しいらしい。
で、義勇軍を率いたのは、何とお父様だったらしい。当時の王都は、陛下自らが命じて、最低限の兵を残し、国軍主力が国内各地に出兵した状態だったので、国防大臣が義勇軍の編成業務を行うことにはなっていたのだけれど、大臣自らが指揮を執る必要は無かったらしいが……。まあ、お父様の性格上、仕方ないかな……無事らしいからいいや。
暫く待っていると、やけに豪華なオープンカー仕様の空動車がやって来て、それに同行していた空動車から、お父様、お母様達が降りてこちらにやって来た。
「フィリス! 無事に帰って来てくれたのね!」
お母様が私を見つけるなり、走って来て抱きしめてくれた。いつもの淑女然とした所作ではなく、本当に私を心配してくれていたのだな……有難うございます。
「フィリス……怪我は無いようだな。安心したぞ」
お父様も、私が無事な事を確認して、本当に喜んでくれているようだ。有難うございます。
「お父様もお母様もご無事のようで、何よりですわ」
両親と無事を喜び合っていると、同行者達のうち……確か、宰相補佐官の一人だったかな……から、話があった。
「導師様……いえ、神使様、突然の事で申し訳ございませんが、登城に際しては、あちらの空動車にお乗り頂けないでしょうか。併せて、凱旋を執り行いますので」
面倒なので辞退しようとも思ったが、恐らくもう予定に入っているのだろうし、こういう行事は国家的に避けられないのは解っているから、おとなしく乗ることにした。
王城までの主要道路に、忙しいと言っていた割に作業を中断してやって来たのか、多くの住民達がいつの間にか集まっており、皆の歓声を受けながら登城した。
城の入口では、王太子夫妻や宰相閣下以下、政府の主要な方々が勢揃いして、私を出迎えてくれた。誰もが私の帰還を喜んでくれているようだ。精霊術士達は殆ど並んでいなかったが、聞いたところ、現在国軍に同行しており、逐次帰って来ているそうだ。精霊術士の死傷者は報告されていないということなので、恐らくは無事なのだろう。
そのまま侍従に案内されて、謁見の間にやって来た。いつもの様に、陛下の前で跪こうとしたところ
「良い。そなたは神使であり、既に王に跪く身ではないのだから」
と仰り、立ったままで報告をすることになった。
「陛下、フィリストリア・アルカドールは、魔王を討伐し、神命を完遂致しました」
「うむ。現在、魔物騒乱が終息しつつある。そなたが魔王を討伐した何よりの証拠であろう。大司教からも簡単に連絡を受けたが、そなたの働きは我が国のみならず、世界を救ったのだ! 王として、感謝する」
陛下の言葉で、謁見の間にいた多くの人達から、大きな拍手を頂いた。
「誠に光栄の極みに存じます」
私は王命ではなく神命に基づく行動を取っていたので、復命ではなく単なる結果の報告として、あっさりと謁見は終了した。また、落ち着いたら今回の国内の戦闘結果や被害の状況などをまとめるための報告会なるものがあるそうで、私もそれに参加することになった。
それから政府内で色々な所に顔を出して無事を報告し、精霊課にも顔を出したところ、課長達はいたものの、やはり精霊術士達は殆どいなかったので、いる人達から状況を確認して、王都邸に戻った。
なお、王都邸でも使用人達全員が出迎えてくれたが……アルカドール領の様子も気になっていたので、早めに帰宅したお父様、お母様と一緒に転移門で一時帰領した。
家令のハルワナードに確認したところ、やはりアルカドール領でも大量に魔物が発生し、お兄様が領軍を率いて討伐したらしい。お兄様は現在、その事後処理のために領行政舎の方にいて、お義姉様は負傷者の慰問に行っており、お祖父様は、記録を残す為に撮像具を持って魔物の解体現場に行っているそうだ。
皆、とりあえずは無事のようで、夜には帰って来るそうなので、安心して皆の帰りを待った。
暗くなって、お義姉様、お祖父様、お兄様の順で帰って来たので、皆で無事を祝い合った。その日の夕食は、甥のフェルを除く家族全員が集まり、お兄様やお父様の状況を簡単に知ることが出来た。
まずお兄様だが、遠視により魔物の大量発生を知り、セイクル市に待機していた領兵を率いて討伐に出向き、その際魔力増幅を使った上での強力な氷魔法で一度に魔物の群れを氷漬けにしたらしく、お義姉様曰く、領軍の被害が抑えられたのはお兄様が活躍したおかげだそうだ。治療所でも、お兄様の活躍で命を救われた兵達が少なからずいて、感謝の言葉を言っていたらしい。
また、王都を襲った魔物達に、貴族や学生達を率いてお父様が立ち向かった話も面白かった。何と、お父様、魔法課長、精霊課長の3人が力を合わせて魔物の群れに大きな雷を落として攻撃したそうだ。確かに以前、雷が発生する仕組みを教えた気はするけど……最近三人がつるんで何かをやっていると思ったら、そんな練習をしていたらしい。まあ、大事が無くて良かったよ。
10日程で国軍が全て帰還し、王都では帰還式が行われた。
パティやリゼルトアラ達、精霊術士も無事に帰って来たので喜び合うとともに、状況を聞いたところ、当初の魔物の勢いはどの地域も凄まじく、国軍に少なからず犠牲が発生して命の危険を感じていたところ、私が魔王を倒したと思われる辺りから魔物の勢いが弱まり、何とか討伐出来たという話を聞き、私の戦いは皆の役に立ったのだな……と、改めて思った。
宰相府の大会議室で今回の魔物騒乱に関する報告が行われた。国軍だけでなく各領からも、領主又は代理人が参加していたため、お兄様やヴェルドレイク様も来ており、久し振りに見たヴェルドレイク様と目が合って嬉しくなったが、残念ながら話す時間は無く、会議が始まった。
各方面派遣部隊指揮官や領主達から報告された中で特に気になったのは、やはり最も激戦区となったビースレクナ領についてだ。飛行兵団主力が増援に向かうとともに、水龍様とも緊密に連携を取って、大勢力となる前の魔物の群れを片っ端から潰していき、最後に残った大勢力を討伐したそうで、団長のオスクダリウス殿下以下、大いに活躍したそうだ。
変わったところで、ワターライカ領では領内の陸地では魔物が発生しなかったものの、ボルク漁港近海で大量の魔魚や魔海獣が発生して、漁港から領内に上陸したため、風魔弾発射具を並べて一斉掃射により討伐したそうだ。どうやら、今回の魔物の襲来を予期して地人族達の力を借りて、急いで発射具と弾を増産したらしい。流石はヴェルドレイク様だ。
各領の状況を聞き、大変ではあったが何とか魔物騒乱が終息して良かったな……と思っていたところ、宰相閣下からの言葉があった。
「皆承知しているだろうが紹介しておく。此度の魔物騒乱は、魔王誕生に起因するものであり、その魔王を討伐して下さった神使、フィリストリア・アルカドール殿が最大の功労者である。皆、感謝するように」
その場にいる皆から拍手をもって迎えられ……ここでこの話が終わればまあ良かったのだが、とんでもない続きがあった。
「今回、神使殿の戦いは孤島で行われたため、その偉業に比して余りに見聞者が少ないのが気掛かりであったところ、画期的な魔道具が開発されたことにより、神使殿の戦いの状況を周知出来ることとなった。魔道具研究所、コルドリップ研究員、前へ!」
一体何?! 会議場に現れたネリスが、喜びながら私に会釈し、宰相閣下の所に向かった。何かやらかしたのか?
「宰相閣下、まずこちらの『撮動画具』の説明を簡単に行った後、神使様のご活躍を上映させて頂きます」
すると、ネリスが魔道具らしき何かの説明を始めた。確かあれは……大司教台下が持っていた……! まさか、前世で言うところのビデオカメラ?! ネリス……恐ろしい子……!
そして暫くして、真っ白い壁に向かって光が投射された。そこに映し出されたのは……私が四大精霊と和合した所から、魔王を倒すまでの一部始終だった。
しかも、無駄に高性能で、私の呟きなども収録されているし、動きが速過ぎて常人には見えなかったであろう場面なども、コマ送り? などによりきちんと判別出来る状態になったし、報告会参加者が、所々で感嘆の声を上げていたが、やがて
「世界そのものである私と……争おうとした時点で、既に負けているのですわ……」
という私の呟きで上映が終わり
「神使殿の、筆舌に尽くし難い程の凄まじい戦いにより、世界に平和が戻ったのだ。今一度、神使殿に感謝を!」
と宰相閣下が締め、皆から拍手を頂いたが、私は恥ずかしさのあまり、帰ってしまいたいくらいだった。
なお、報告会が終わった後、真っ先に宰相閣下の所に行き、記録を抹消するよう頼んだが
「この記録は史料として国宝級の価値となります故、抹消など論外です」
と、すげなく断られた。その上、既に複製されてカラートアミ教にも提出済みだそうで、最早手遅れだった。
確かに、魔王対策を考えると仕方ないと言えばそうなのだろうが……。実際、精霊女王様からも、今後は精霊導師、つまり女王様の加護を持つ者を増やすと聞いている。世界の仕組み上、いつか新たな魔王が誕生する筈なので、それに備えるよう、神様から言われたそうだ。
そして私にも、新たな精霊導師となるのに相応しい者を育成して欲しい、と仰っていたが、魔王対策を含めてというなら、私の記録は非常に重要になるからね……遠い将来、記録を抹消したから魔王に負けました、ということになったら困るので、残さざるを得ない。ぐぬぬ……。
こうして、一部個人的な問題は残ったものの、魔物騒乱は、終息した。
時は過ぎ……
「フィリス、とても、とても綺麗だわ」
「お母様、これまでこんな私を愛して下さり、有難うございます。お母様の娘に生まれて、幸せでしたわ」
「フィリス……本当に、嫁に行ってしまうのだな……」
「何故お父様が泣いているのですか……式の立ち会い、お願いしますわ。嫁には行きますが、お父様の娘であることは変わりありませんもの。これまで大切に育てて頂き、有難うございました。お父様の娘に生まれて、幸せでしたわ」
「フィリス……いつでも帰っておいで。私もそうだし、領の皆は大歓迎するよ」
「お兄様……こちらはまだまだ発展途上ですし、アルカドール領にも顔を出させて頂きますわ。そして、陰に日向に、私を見守って下さり、有難うございました」
「フィリスや……今日もお前を撮らせて貰うぞ。マーサに自慢するのじゃ」
「もう……お祖父様ったら……お祖母様にお見せするのは、まだ当分先になさって下さいね……」
そのようなやり取りをした後、お忙しい陛下達も式に参列されることから時間調整のため一旦待機となり、椅子に座った。
目の前にある鏡に映っているのは、婚姻式のために着飾った私だ。シンプルな白い絹のドレスを着ており、頭にはヴェールの様な薄い布と、花冠。花については通常有り得ないが、今朝神域から届いたアルフラミスを使っている。神使である私に一番相応しい花だ、と言われて持って来られては、断れないよね……。
魔王討伐後、私は魔法省勤務から外れ、国王相談役という、何とも曖昧な立場になった。神使となった私を政府で使うのは難しくなったらしい。決まった業務は特に無いものの、困ったことがあれば相談に乗り、国から多額の給金を貰えるという、前世で喩えれば、会社の顧問みたいな扱いだ。
そこで、今後の身の振り方を検討することになったわけだが……この世界の常識としては、女性ならば結婚相手を決めるのとほぼ同義なわけで……。
既に相手を決めていた私は、魔王討伐の褒賞として、結婚相手を自分で選ばせて欲しい旨の話を陛下に告げた所、感情を読まなくても判るくらい緊張した面持ちで、相手の事を聞いて来たので、とりあえずは国内の人だと答えると、陛下達は目に見えて安心していた。お父様はとても動揺していたけれど。
その後、18才になってからヴェルドレイク様の所に行って、正式にプロポーズを受けたわけだけれど……前世では結婚なんて全く考えられなかった私が、どこでこうなってしまったのか……まあ、好きになってしまったものは仕方ないからね! 前世の両親にも報告したかったけれどね……。
それから、結婚に向けての各種調整やら、私も絡んでいる精霊術士の勤務期間に関する法令の改正やら、ワターライカ家の陞爵の話やら色々あって1年以上経った。
そして、私はこのワターライカ領で、前世で得た合気道の教えをこの世界に合わせた形で広めるため、また、精霊導師と成り得る子を育てるために、新たな流派を創設した。日本語に訳すなら「合魔武術」といったところかな。
私自身のネームバリューは自慢ではないが非常にあるので、一般部門の方は門下生が増えてきている。こちらはナビタンにも任せつつ進めていくが、精霊視を持つ少女はなかなか集まらない。まあ、こちらはのんびりやっていくかな……。
といった感じで割と忙しく、漸くこれから行われる婚姻式に至ったわけだけれども……
「新婦様及び家長様におかれましては、入場口までお越し下さい」
と、案内の人が入って来たのでそのまま誘導されて、入場口の前に移動した。そこには、夫としてこれからの人生を共に歩む、ヴェルドレイク様……ヴェルと、私の義父となる、マリクナルス・セントラカレン公爵がいた。
「本当に綺麗だ……私を選んでくれて有難う」
「私こそ有難う……素敵な旦那様」
……何なんだろうね、この胸の高鳴りは。解っているんだけれど止まらない。でも、とても嬉しい。
実は一時期、前世もある私が、本当にヴェルに受け入れられるのか迷っていた時期があり、やっぱり結婚前に言わないといけないと思って先日打ち明けたのだが、あっさり受け入れられた。やっぱりこの人を選んで、良かった……。
「……仲が良いのは結構だが、これから式本番なので程々に」
お義父様からの指摘により、少々冷静になり、扉の方に目を向ける。やがて
「新郎新婦、及び、各家の家長が入場します」
という声と共に扉が開き、多くの方々の拍手の中、入場した。目に付く所では、お兄様、お義姉様、お祖父様……は、こちらを撮動画具で撮っているね。
陛下と王妃殿下もわざわざ来られているが、これは神使関係だ。何せわざわざ神域長が来られてこの式を執り行っているしね。
その他、ビースレクナ家、テトラーデ家、カルテリア家の親戚達や、パティ、ネリスなどの友人枠もいるが……パティも来年には結婚すると報告があったので祝福しているが、ネリスは魔道具研究所を辞めてワターライカ領に住むと言い出している。これまでの功績で男爵になった筈なのに良いのだろうか? まあ、ワターライカ領にも研究施設はあるから、そこで勤務して貰えばいいのかな。
当然、セントラカレン側にも多くの方が来ていて、結構顔見知りも多い。なお、義妹になるライスエミナ様……ライザは、内々の話だが、オスクダリウス殿下との結婚が予定されている。こちらも色々あったので、漸く落ち着く所に落ち着いた感がある。
そう言えば参列している女性達の髪は皆、艶々に輝いている。昨年実用化された美髪魔道具のおかげだろうか。ただし、私は今日を含めてあれを殆ど使ったことは無い。四大精霊との和合が影響しているのか、あれ以来髪が更に綺麗になってしまったらしく、使う意味が無いとローゼイラが嘆いていたからね……。
そして、私やパティにしか見えていないと思うが、沢山の精霊達がやって来ていた。ワターライカ領にはこれまでも精霊が多く見られたが、今後もいてくれるらしい。有難いことだ。
私達は、神域長様の前に立った。神域長様が祝詞を唱え、それが終わると私達に問いかけた。
「ヴェルドレイク・ワターライカ。汝は、この女を妻とし、神の教えに従い、共に生きると誓うか」
「誓います」
「フィリストリア・アルカドール。汝は、この男を夫とし、神の教えに従い、共に生きると誓うか」
「誓います」
「両家長よ、新たな夫婦の誕生を認めるか」
「認めます」「認めます」
「神の御名において、婚姻は成った。新たな夫婦の誕生に、祝福を」
神域長様の言葉で、その場に居合わせた人達の拍手の音が、聖堂内に鳴り響いた。
これからも様々な出来事があるだろうけれども、皆がいるし、精霊達もいるから、何とかやっていけると思う。そしてヴェル、貴方と共に、私の新しい世界が幕を開ける。貴方がいてくれるだけで、何でも出来るような気持ちになってしまう。
何故なら私は「世界そのもの」なのだから!
お目汚しでしたが、ここまで楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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