第403話 魔王誕生に関する神託と試練 4
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「始まりの地」は、緩やかな登りが続いており、頂上も見えるので、移動自体は楽そうだ。南極圏なのに雪も無く、さほど寒くないのは魔素が大量に湧出しているからだそうだ。
それは良いのだが、私の体質上、この地では気を付けないと自身の限界を超えて身体に魔力を蓄えてしまうから、先程から必死に魔力操作を行って身体を維持している。このため、走る事すら出来ず、ゆっくり歩いて登っているわけだが……まあ、そのうち着くだろう。急いて事を仕損じては元も子も無いからね。
……結構な時間をかけて、漸く山頂に着いた。確かに魔素が常に吹き上がっており、魔力操作が非常に厳しい状態だ。しかしこの試練は、別に魔力操作は関係無く「世界の意志」を感じられるようになるまでこの地にいることだ。その方法が解らない以上、とりあえずはここにいるしかない。
幸い? なことに、この環境では、空腹を覚えることが無いようなので、まずは落ち着こうかな。
私はその場に座禅の姿勢を取って、魔力操作を行いつつ、瞑想することにした。
南半球は現在夏なので、この付近は白夜になっているらしく、いつまでも暗くならないので時間が判り辛い。いつもは大概寄って来る精霊達も、私が現在女王様から試練を受けていることを知っているので近くにはいないようだ。こうなると、瞑想とは言いつつも雑念が浮かんでは消える。
試練が終わらないうちに魔王が誕生してしまったら、世界はどうなってしまうのか……考えてもどうしようもないことを考えてしまう。
こういった焦りを何とか捻じ伏せたりしていると、ある時異変が起こった。
突然天地が動揺して、大地から黄金の光が吹き上がったように見えた。その光が私の身体を包み、そのまま意識が遠のいていった……。
あれ? わたしはだれだ? どうしてここにいる?
うーむ……あ、そうそう、わたしはふぃりすとりあ・あるかどーる……であり、わたらいかれんでもあったもの……だったね。
……そうだ! 私は今、女王様に課せられた試練を受けている所だった。
しかし何と言うか……何故か何も見えず、何も聞こえない。頬をつねろうとしても、身体が動かせない……一体今、私はどんな状態なんだ? もしや……あの光に飲み込まれて死んでしまったのか?
そう思った途端、何故かこれまで行って来たこと……アルカドール領で、ロイドステア国で、このフィアースという世界で、家族や友人、親戚、同僚、その他多くの人達と関わったあらゆることが思い浮かんで来る……これが所謂走馬灯というものなのか?
私は試練に打ち勝てなかったのだろうか……そして次に、前世での数々の思いも浮かんで来る……思えば好き勝手生きたけど、結局親不幸をしてしまったな……ごめんなさい……。
そういえば私は、何で合気道を好きになったんだろう。
最初はお父さんに無理やりやらされていたんだけど、ある時、偶然綺麗に小手返しが決まって、特に強い力を加えたわけでもないのに、お父さんを投げたのが切っ掛けだった。
勿論、お父さんが派手に投げられてくれたという可能性もあるけど、私はその現象にとても興味が湧いて、それから稽古も頑張ったし、色々勉強した。それが今まで続いて来たのは、やっぱり、楽しかったんだよね……。
何かこう、自分と世界が一緒になって、自分の意志が起点となって世界を動かすような大きな一体感が……丁度今と同じ……ように?
そうだ! そもそも私にとって、私がいなければ世界は成り立たないのだ!
だから、世界に飲み込まれてはいけない。それでいて、世界の動きと調和させるのだ。そう、こんな風に!
その瞬間、何故か世界全ての情報が一斉に私の中に入って来た気がした。そんな筈は無いのに、世界にいる、生きとし生けるもの達の息吹が伝わって来る。何なのだろう、この安心感は。
そして、丁度世界の反対側に、この世界を破壊する何かが存在するのが解る。あれが魔王、神の手から零れてしまった、哀れな存在。
気が付くと私は立ち上がっていて、涙がとめどなく頬を流れていた。
神様の愛は、世界に遍く届くとカラートアミ教では教えられているけれど、魔王や魔物達に対してはそうではない。彼らがそう望んでいたわけではないのにね……。だから、世界が飲み込み、新たな存在としてやり直させるのだと。
そのような思いが、頭ではなく身体の中から自然と湧き出て来る。不思議なのだが心地良い。
何とも奇妙な感覚でその場にいたところ、女王様から念話が届いた。
『フィリストリア、戻って来い』
どうやら試練は終了の様だが……そう言えば、来た時のような、魔力操作に手一杯という感覚は無くなったな……というより、自然に魔力操作が出来ていて、全く違和感が無い。
不思議に思っていたところ、執事風精霊がどこからか飛んで来て、私の目の前で止まった。
『フィリストリア様、試練は終了しました。主の所に戻りましょう』
私は執事風精霊に連れられて精霊界に戻り、再び女王様に謁見した。
『さて、フィリストリア、世界の意志は感じられた……ようじゃな。先日会った時とは雰囲気がまるで違っておるわ。さて、世界はお主にとり、どのような存在かの』
女王様の問いに答えようとしたが、それ以前に身体の中から言葉が溢れて来た。
「世界は私、私は世界。一にして全、全にして一。そして世界は私の在り様を映す鏡なり」
『うむ……試練は合格じゃ』
どうやら私は、いつの間にか世界の意志を感じ取っていたようだ……というかむしろ、身体に世界を内包した、と表現すべきか、和合した時の様な一体感がある。これが試練の成果なのか?
『さて……四大よ、我が前に集え』
女王様がそう言うと、四大精霊が女王様の前に現れ、跪いた。
『我等も神命に従い、魔王討伐に参加する。フィリストリアよ、魔王討伐に際し、我が権限を預ける。四大を率いて魔王を討伐せよ。四大よ、フィリストリアを助けてやれ』
「拝命致しました」
『承知』
こうして試練を終え、私は執事風精霊に送られて神域に戻って来た。
何日経過したか判らなかったが、1週間程経っていたそうで、私を発見した神官には酷く慌てられ、まずは教主猊下の所に案内された。
「試練達成、おめでとうございます。……確かに、試練を受ける前とは、存在の大きさがまるで違いますね」
「有難うございます。ところで現状は如何でしょうか?」
実は感覚的に、魔王がまだ活動を開始していないことは理解出来ているが、念の為確認してみた。
「日に日に世界中の魔素が活性化しつつある状況ですが、まだ魔王は現れておりません」
「間に合ったようで何よりです」
「貴女はまず休息を取り、体調を整えて下さい。それが神命達成の第一歩です」
「そのお言葉、有難く頂戴します」
それから私は教主猊下の前を辞し、一旦休息を取った。
久し振りに寝て、起きると1日経っていたらしい。まだ状況は変わらなかったので、食事を頂いたり、身体を動かしたりしたが、全く異状は無かった。むしろ、調子が良い位だった。これなら技も意のままに出すことが出来るだろう。
合気道の型稽古を行い、動作を点検していると、ノーブレド神官将がやって来た。
「神使殿、何か我々にもお手伝い出来ることは無いでしょうか?」
……私は、神命を授かったので「神使」と呼ばれるようになってしまった。これが今後も続くのかは判らないが、慣れるまでは暫くかかりそうだ。それはともかく、出来るかどうかは解らないが、可能なら是非やって貰いたい事がある。
「ノーブレド神官将殿、もし可能でしたら……元ブールイスト国で拝見した、神の恩寵による身体強化を付与された神官兵達と対戦を行ってみたいのです」
そう、あの凄まじい動きをしていた神官兵達、それでも魔王の相手にはならなかったのだ。ならば今から魔王を討伐しようとしている私も、彼らに対応出来なければならないわけだ。
「承知致しました。あの恩寵は、鍛錬用としても許可されております。こちらへ」
どうやら本来は、区域を限定して発動するタイプの恩寵らしく、特別な鍛錬場でのみ使えるそうだ。そして来光旗が、戦場を使用区域に設定するための神器らしい。そういった説明を受けつつ、私の要望を伝えながら、鍛錬場にやって来た。
「では、まず1人との対戦から行います」
ノーブレド神官将はそう言って、鍛錬場にいた神官兵達に説明した後、1人を指名し、恩寵を発動させた。
「では、対戦を行う。始め!」
私は魔王戦を想定しているので、いつもの棒は持たず、素手の状態だ。魔王に破壊されてしまう可能性が高いから武器は使えないが、望むところだ。
そして超人的な動きで、神官兵が木剣で斬り掛かって来た……が、今の私は、動きが見える……というより自然と理解出来る……という表現になるだろうか、動いた時には既に、自然に合気道の技で対応しているのだ。ということでいつの間にか、神官兵を投げていた。
恐らく剣取りの後、小手返しを行ったようだ。速度が凄い分だけ、床に叩きつけられた勢いも強く、神官兵はかなり苦しそうだ。
「……流石は神使殿。これならば、遠慮は要りませんな。人数を増やして参りましょう」
それから神官兵の数を増やして対戦を行った。最終的にはノーブレド神官将も含め、そこにいた10人と対戦を行ったが、やはり私はそれらの攻撃全てに対応し、攻撃を受けることは無かった。
「はははっ! ここまで見事にやられるといっそ清々しいですな! 神使殿に攻撃しようとすると、何故か全てが自分に跳ね返って来るような気分になります」
ノーブレド神官将からそのような評価を頂き、対戦は終了した。この様子なら、体術に関しては、しっかり動けるように維持すれば良いだろう。後は何かやっておくことはないだろうかと、使わせて貰っている部屋で柔軟をしながら考えた。
何となくヴェルドレイク様の事が思い浮かび、少々呆けそうになったので気合を入れ直したりしていたものの、魔道具製作の際に聞いたことのうち、何となく役に立つかもしれないと思った事を試してみたりしていた。
そして、心身共に万全の態勢を整えていたところ……遂に魔王が動き出した。
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