第388話 新たな家族が誕生した
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急遽の出張で、武術大会に向けた調整の予定が少々狂ったが、挽回できない程のものではなかったし、ウェルステッド国兵士達の訓練をしっかり観察出来たことは非常に参考になった。何というか、対戦の間の一挙手一投足に、戦場での命の遣り取りを連想させる、執念や激しさが感じ取れたのだ。
私も、日頃の所作や鍛錬などにおいても気を抜かず、動作の一つ一つに魂を込められるようにしないといけないな……と改めて思った。
月末になり、政府全体定例会議が行われ、その際にウェルステッド国の件が紹介されたりしたが、これに関連して、法務省から神学校における我が国出身の学生数が増加している、という話があった。
カラートアミ教本部には、神官や神官兵を養成するための「神学校」という教育機関があるのだが、自国の神官が多いと国内の信仰の状況が良好に保たれるだけでなく、教本部においても影響力が増すことになるため、各国は受入れ枠の増加を常時要請しているらしいが、当然受入れにも限界があるので通常はなかなか上手くいかないそうだ。
ただし、ロイドステア国に対しては、近年布教への寄与度が高いことから枠を融通してくれているらしく、そのため従来より多くの若者が神学校に入学出来ている、ということだった。私の仕事が評価された結果、受入れ枠が増えていると言えるので、頑張った甲斐はあったのだなあと思ってしまった。
そんなある時、陛下から呼び出されたので執務室に向かった。何かの急な仕事なのかと思いつつ、話を伺うと
「今年も武術大会に参加するのだろう? そこで確認したいが、家名を公開する気はあるか?」
と聞かれた。どうやら、家名を公開しないまま殿堂入りを果たしてしまうと、扱いが通常と異なってしまうので確認したかったそうだ。今回も優勝できるかどうかはともかく、この件については両親に相談してからでないと回答出来ないな。
「陛下、誠に申し訳ございませんが、その答えは家長に報告した後とさせて下さい」
「うむ、良く相談せよ」
ということで、早速お父様の執務室で話をしたところ、家でお母様も交えて話す事になった。
「家名を明かして、フィリスの婚姻に悪影響を及ぼさないか、心配なのよ……」
どうやら、家名を明かさないようにと考えていたのは、主にお母様だったようだ。
「しかし現在でも知っている者はそれなりにいるが、どこに行ってもフィリスへの賛辞と、関係を持ちたい者ばかりだぞ。それが変わるとは思えんがな」
「確かに、私も同じ状況なのだけれど……暫く茶会などで、様子を確認してみるわ」
ということで、この件は状況を見極めた後で陛下に回答することになった。
8月に入り、合同洗礼式の方でも1名、水属性の精霊術士候補を確認したりしていたところ、家の方からお義姉様が産気付いたという連絡があった。そろそろ出産予定日なので、本邸から連絡があったら伝えるように、私付メイドのローゼイラに頼んでいたのだ。
私が本邸に行って何か手伝えるわけでもないが、業務が終わったらすぐに帰るようにしようと思いつつ、恐らく心配しているであろう宰相閣下には連絡しておいた。
仕事が終わって帰宅し、やはりすぐに帰って来ていたお父様と一緒に本邸に転移した。お母様については、お兄様が一旦こちらに転移して来て、連れて行ったそうだ。まあ、父親については、ただ部屋の外で待っているだけらしいから、その間は手持無沙汰になるため、ならばということでお母様を連れて行ったのだろう。
本邸に帰ってみると、どうやら先程無事に産まれたようで、館内が騒がしかった。お義姉様の寝室に行ってみると、お義姉様は出産の疲れか眠っているようで、お母様が赤ちゃんを抱いていた。お兄様は自身の子供を見て、微笑んでいた。
「出産は無事に済んだようだな、カイ、おめでとう」
「お兄様、おめでとうございます」
「父上、フィリス、有難う。親になるのは、こんなに嬉しいことなんだね……」
「クリス、フィリス、男の子よ、これで我が領も安泰ね。チェルシーは疲れて眠っていますが、神官の治癒を受けていたから体調は問題無いと思うわ。そうそう、やはりこの子は地属性だったわ」
「そうか。では早速空動車を準備しておかねばならんな」
「お父様、まだ早いですわよ」
寝ている新たな家族を囲みながら、私達は談笑していた。
その後、赤ちゃんを使用人に任せ、夕食を取りながら名前について話したりした後、部屋着に着替えて再び様子を観に行くと、今度はお義姉様が眠っている赤ちゃんを抱いていたので、話し掛けた。
「お義姉様、無事に出産され、おめでとうございます。体に異状はございませんか?」
「フィリス、有難う。体は怠いけれど、目立った異状は感じないわ。先程はお義父様からも祝いのお言葉を頂けたし、一先ず肩の荷が下りた感じだわ」
やはり後継ぎを産まなければならないという義務感があったのだろう。その辺りは避けられない現実だから、仕方が無いのだろうけれど……まあ、今は野暮な事は考えずに、ただ祝うとしよう。後は、やはり身体の所々で魔力の滞留が見られるようなので、施術を行っておこう。
「お義姉様、少々魔力が滞留している所がございますので、一旦寝て下さいませ」
お義姉様は、赤ちゃんを一旦メイドに預け、ベッドで仰向けになった。
「では、始めますわ。この辺りと……ここと……あと、ここですわね」
手早く滞留した部分に手を当てて、魔力循環を正常に戻した。すると
「ふふ、怠さが取れたわ。悪阻を起こしていた時もお世話になったし、本当に有難う」
「どういたしまして、お義姉さま」
それから、再び赤ちゃんを抱きながら、軽く話をした。
次の日早朝、お義姉様も、甥っ子……フェルネワルドも無事ということで、私達は王都邸に戻った。
それから数日は、収穫祭前の熱気に少々当てられながら、通常の業務をこなしつつ、空いた時間は鍛錬を行ったりしていた……のだが、書類を見ていると、侍従が執務室にやって来た。
「導師様、以前調整させて頂いた、例の転移支援をお願いします」
「……王太子妃殿下が産気付かれたのですね、承知致しました」
まあ、リーディラゼフト殿下の時も、メイリスデニア殿下の時もそうだったし、仕方ないよね……。
ということで、早速転移門を使ってサウスエッド国まで転移し、私を目敏く見つけたあちらの侍従が全てを察して国王夫妻を呼びに行ったので、暫く転移門前で待っていると、やはり国王達は急いでやって来た。
「精霊導師よ、今回も案内を頼む」
「承知致しました」
ということであちらの侍従達も含めて転移して、ロイドステアに戻ると、既に勝手知ったる状態なのか、誘導するまでもなく、王太子妃殿下の出産の部屋まで歩いて行く。城内の警備兵達も判っているようで、警戒しつつも敬礼をして素通りさせる。暫く歩いて、部屋の前に到着し、既にいた王太子殿下にサウスエッド国王達を引き渡し、その場を去った。
なお、3度目だったからか、程無く無事に出産されたので、新たに誕生した孫を堪能? し、陛下達やリーディラゼフト殿下達への挨拶の後、国王達には帰って貰った。いい加減、某国王には他国で駄々をこねるのをやめて貰いたいのだが……。
今回生誕された王女、エルズモデリナ殿下は、某国王達曰く、王太子妃殿下の生まれた時とどことなく雰囲気が似ているそうで、もしかすると王太子妃殿下似なのかもしれない。上2人がどちらかと言うと父親似だから、願望が出て来ただけなのかもしれないが。
王都については、ただでさえ収穫祭前で浮かれていた雰囲気だったが、それに加えてエルズモデリナ殿下が誕生されて、一部では派手な騒ぎが起こったそうだ。
このため、王都を警備している近衛騎士隊、近衛歩兵隊をはじめとした王都に駐屯する各部隊の長に対して総司令官が訓示を行い、軍内の浮かれた気分を一掃したそうだ。祭りと慶事が重なるのも、観る側が違えば心配事になってしまうのだよね……。
もしかすると、似た状況のセイクル市もまずいのではないかと思い、確認してみたが、どうやらあちらは既にお父様がお兄様に助言をしていたようで、大きな騒ぎは起きていなかったようだ。流石はお父様。
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