第387話 突発的に魔力循環不全症治療の仕事が入った
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魔法学校での講義も終了し、個人的には武術大会に向けての準備に注力しているところだ。昨年同様、参加者情報の収集などはカールダラスに任せているし、早朝鍛練などでも大会規定に準じた仮面を装着して行っている。
今回は、習得した高速機動時の体術が実際に仮面を装着した状態で行えるかを重点的に確認しているのだが……高速機動時は、視覚情報が案外邪魔になるらしく、むしろ魔力感知で戦う方が楽に戦えるくらいの感じだという事が分かった。敵は目に映る物だけではないから、そういう意味でも良い経験を得ることが出来たな。
さて、この調子で仕上げていこう……と思った矢先に、大聖堂から神官がやって来た。話を聞いたところ
「先日の来光軍の活躍により、ウェルステッド国と旧ブールイスト国、今はロイストルド国となっておりますが、その2国は導師様のご活躍もあり、再び神の教えが遍く届く状態となりました。その中で状況を把握して分かった事なのですが、ウェルステッド国には現在、魔力循環不全症の患者が多数存在しております」
なるほど、そんな状況なら、私の所にやって来るのも仕方ない。
「まあ! それはお困りでしょう。では、臨時ですが施術の為に私をお召しに?」
「ご多忙な導師様に、急なお話を持って来てしまい、誠に心苦しいのですが……」
詳しく話を聞くと、どうやら今年初め頃、ウェルステッド国の王都周辺で疫病が発生したらしく、多くの人々が亡くなったそうで、王都周辺に住んでいる貴族達のうち、少なからぬ人達が疫病に罹った。この際、何とか疫病自体は治ったものの、高熱が続いた影響で魔力循環不全症になってしまった貴族子女も多く、今も苦しんでいるそうだ。
中には重度の症状が出ていて、明日をも知れぬ命という子供もいるそうで、それは確かに直ちに動かないとまずい案件だし、急いで来たのも当然だろう。
神官は、ウェルステッド国の大司教台下からの書状を持っていたので、そのまま一緒に宰相閣下の所へ行き、書状を渡して説明した結果、急ではあるがウェルステッド国に出張することになった。当然、キュレーニル研究員達、いつものチームも同行するので、今日は準備をして明日出発することになった。
今回については、国交も無い国なので摩擦を避けるため、基本的には護衛は神官兵達で行うことになった。つまり、私の身の安全はカラートアミ教が保証する、ということだ。こちら側から行く護衛はリーズのみだが、私の身を案じていたお父様達も、それで納得はしたようだった。
次の日、早朝から大聖堂に移動し、キュレーニル研究員達と合流して、神域を経てウェルステッド国の王都にある大聖堂に転移した。
ウェルステッド国はロイドステア国とはかなり時差があるようで、到着時は夜中だった。ただし、それは聞いていたので、こちらの大司教台下と挨拶をした後、大聖堂で仮眠を取り、朝になってから王城へ移動した。
形式上、大司教台下と一緒にウェルステッド国王に謁見したが、あまり無駄な話をすることもなく、早く治療して欲しいという思いが見て取れた。治療の要領については、移動時の馬車の中で調整して、現在唯一生存している重度の患者であるジースレント公爵家の令嬢の処置を行った後に、中度・軽度の患者の処置を行うことになった。
中度・軽度の患者は大聖堂に集められるそうだが、重度の患者であるジースレント公爵令嬢は、動かすことすらままならないので、公爵邸に赴いて治療を行う。これまでの経験で言うと、1週間もあれば治療は終了する感じだろうか。ただ、その期間体を動かさないと体が鈍ってしまうので、治療に支障の出ない範囲で運動だけでもさせて貰うようにしよう。
謁見が終了し、ジースレント公爵邸に向かおうとしたところ、先程謁見の間にいた、恐らくこの国の宰相らしき人が私に話し掛けてきた。
「精霊導師殿! 私も同行させて貰いたい!」
「宰相閣下? それは構いませんが……」
私が訝しんでいた所、大司教台下が、この人がジースレント公爵だと教えてくれた。つまり、娘の事が心配でやって来たわけか。それは仕方が無い。
キュレーニル研究員達は、神官達に案内されて先に向かっており、既に準備を始めている筈なので、馬車には急いで貰い、ジースレント公爵邸に向かった。
到着すると、神官の一人から案内され、令嬢の寝室に向かった。別の馬車でついて来ていた公爵もいつの間にか一緒に向かっていたが、寝室に入って様々な計測用魔道具を付けられている娘さんを見て、心配だったのか、駆け寄って行った。私はとりあえずキュレーニル研究員に、状況を確認した。
「まだ存命ではありますが、今のままではそう長くは持たないでしょう。一刻も早く導師様に施術を行って頂く必要があります。既に各種魔道具の接続は終了していますので、施術はいつ行って頂いても大丈夫です」
「承知しました。では、取り掛かりますので配置に付いて下さい」
キュレーニル研究員達に配置に付いて貰い、娘さんの様子を見ている公爵に話し掛けた。
「公爵、事は一刻を争います。直ちに施術に取り掛かりますので、少々離れていて下さい」
「本当に、娘は助かるのか?!」
「今ならまだ間に合います。信じて頂けませんか?」
「……いや、貴女の力にすがる以外に助かる方法など無いのは理解している。ただ、どうにも感情が制御できないだけだ。頼む、娘を助けてくれ!」
そう言うと、公爵は娘さんから少し離れたが、娘さんから目を離していない。さて、私は出来ることをやろう。少し高めの発熱があり、衰弱して意識も無い状態だが、まだ命はある。これまで通り行えば、大丈夫だろう。
私は、魔力視でしっかり観察しながら、仰向けになっている娘さんの丹田付近に右手を当てて魔力を同調させ、細心の注意を払って魔力操作を行っていった。
やはり重度の患者の魔力循環は非常に繊細、かつ力強く魔力操作を行わなければ元の通りに循環することは無い。ただし、私もそれなりに経験を積んでいるから、問題無く施術を行うことが出来た。暫くすると、娘さんの魔力循環が正常に戻っていく。
「末端の魔力循環が始まりました!」
計測上の数値も問題無いようだ。その後も久しぶりに循環し始めた魔力の経路上に所々発生する滞留を消しながら、循環を維持していったところ
「魔力循環が、概ね健常者と同等になりました!」
と、キュレーニル研究員からの報告を聞いたので、様子を見つつゆっくりと同調を切った。
「施術は一先ず終了ですわ。公女の体調の確認をお願いします」
私の言葉に、近くで控えていた医者らしき人が、慌てて娘さんの診察を始めた。公爵は
「娘の顔色が……土気色から元の健常な頃の様に……娘は、助かるのか?!」
「はい、暫くは継続的に施術を行う必要がありますが、大丈夫ですわ」
と私が答えたところ、公爵はその場に跪いて涙を流しながら
「有難う、有難う……!」
と言っていた。余程娘さんのことが心配だったのだろう。
暫くして医者の診断も終わり、栄養を取れるようになれば快方に向かうという話を聞き、公爵だけでなく使用人達も喜んでいたようだった。
少し話を聞いたところ、公爵は夫人を先の疫病で亡くしたそうだ。長く続く戦争で国が疲弊した中、慰問などにも積極的だったらしく、素晴らしい夫人だったそうだが、最愛の妻を亡くし、残された娘さんも何時亡くなるか分からない状態だったのだから、公爵の心労は大変なものだっただろう。亡くなった人を生き返らせることは出来ないが、これからは娘さんをしっかり育てて下さいな。
暫く様子を見て、問題無さそうだったので、今日の所はお暇して大聖堂に戻り、中度・軽度の患者達の施術を行っていった。
合わせて30人ほどいたので手間だったが、軽度の患者であれば計測無しでも施術が可能になるくらい練度は上がっている。そのため、中度の患者の準備をする間に軽度の患者の施術を済ませていき、準備の終わった中度の患者の施術を行いながら効率良く進め、全員の施術を終了させることが出来た。
中度の患者は2~4回、軽度の患者は1回でほぼ完治するから、明日以降は中度の患者に対して様子を見ながら施術を行っていく感じだろうか。それと、毎日定期的に公爵邸に通って施術を行わないとね。
こうして、ウェルステッド国の魔力循環不全症患者達の治療は進んだ。勿論、施術以外にも例の体操や、予防の知識などもキュレーニル研究員達が中心となり広めていった。
一方私は、施術の時間以外は割と暇になったので、体調の維持を理由にリーズと鍛錬をしていた。その中で、ウェルステッド国軍の訓練の様子を見学することが出来た。患者の中に、騎士団長の息子さんなどもいて、お礼を言いに来てくれた時に色々話が弾み、見学させて貰えることになったのだ。まあ、通常の訓練だけれども、他国の軍を見られるのは、それだけで勉強になるからね……。
訓練場に案内されて、兵士達が剣や槍を持って素振りをしたり、対戦している所を存分に見させて貰った。見た感じ、剣術は実戦的で力強く、歴戦の勇士といった感じの人が多い印象を受けた。流石に長い戦争を戦い抜いた軍だけの事はあって、他の国でもなかなか見ることが出来ない、強兵達の剣筋だった。残念ながら手合わせは叶わなかったが、非常に参考となる見学だった。
そんなこともあったが、ジースレント公爵令嬢の治療も無事終了し、ロイドステア国に帰ることになった。大聖堂には、ジースレント公爵や、回復した患者の親なども見送りに来てくれて
「貴女のおかげで、愛する娘を失わずに済んだ。感謝する」
と言ってくれたので、来た甲斐はあったと言えるだろう。国家間でのお礼などは後日調整するそうだけれど、そこは外務省などにお任せすることにして、転移門で神域を経由して帰国し、陛下達にウェルステッド国からの親書を渡して報告し、今回の仕事を終了した。
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