第038話 アルカドール侯爵令息 カイダリード・アルカドール視点
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私はアルカドール侯爵家の嫡男として生まれ、次期侯爵として、いずれは父上の後を継いで立派な領主になるべく勉強や鍛錬に励んでいる。10才の誕生日の際に受けた洗礼において、遠視の恩寵を賜ることができ、更に頑張っている所だ。
私には3才下の妹、フィリストリアがいる。美を具現したかの様な整った容姿、白く柔らかな肌、やや紫がかった艶やかな銀髪、星の様に煌めく黄金色の瞳、その姿を見た者は誰もが心を奪われるであろう、美しくも愛らしい少女だ。
フィリスは四属性全てを扱うことのできる全属性者で、更に精霊が見える。最初にそのことを聞いたのは私が5才、フィリスが2才の時だ。家族会議が開かれ、その内容が話されたが、当時の私はその内容が理解できなかった。ただ、フィリスがこのままでは不幸になるであろうことが嫌だった。そんなことは断じて許せなかった。
父上達は、フィリスの幸せを思い、令嬢としての教育を徹底した。フィリスはそれに十分に応え、更に美しく成長していった。しかし、それだけではなかった。私が鍛錬で体調を崩した時、聞いたことのない方法で癒してくれたり、魔法では従前の常識を覆し、剣術の授業を受けていないにもかかわらず、私や護衛達以上の強さを見せるなど、嫉妬する心も持てぬほどの才能があった。私は、フィリスが日々見せる輝きに魅せられていた。
そのような中、フィリスが7才の誕生日を迎え、家族で祝った後、部屋に休んでいたフィリスが消えた。フィリス付きの女中が書置きを父上に見せたところ、父上は「恐れていたことが起こったか……」と呟いた。母上や祖父君も同様に嘆いている。私達は、ただフィリスの帰りを待った。
夜が明けた頃、フィリスは戻って来た。寝ていないらしく、ひどく疲れた様子だったので、父上の指示で一度休ませ、夕食後に何があったか、説明を受けた。
フィリスは、精霊界という所に行き、精霊女王に会って、加護を得たそうだ。本当は行く前に相談したかったが、それは許されず、魔力が大きい精霊術士に対する処置であるため断れなかった、とも言っていた。
起こってしまったことは仕方ない上、フィリスに悪い所は何もないので、今後をどうするかの話になった。ひとまず現状を国王陛下に報告することになった。ただし、フィリスを私達家族と引き離すようなことは阻止する、それは家族全員の想いだった。
1週間ほどして父上、母上、そしてフィリスが王都から帰って来た。陛下への報告は恙なく終了し、フィリスは洗礼までは精霊導師となったことが伏せられ、こちらで過ごせることになった。本当に良かった!また、フィリスは妖精族の国であるウォールレフテ国の王にも謁見したり、第3王子殿下がご訪問されたりと、色々あったようだが問題なかったようだ。ただ、フィリスは思い詰めた表情のままだった。
夕食の後、フィリスは家族に告げたいことがあると言った。皆訝しがりながらも談話室に集まり、内密にして欲しいとフィリスに言われ、非常に重要な話になることを理解した。
それから、驚くべきことが明かされた。フィリスは、前世の記憶を持つ転生者だった。どうやら、これまで見せていた異常なまでの才能は、前世の記憶を引き継いでいたからであるようだ。しかも、前世はこことは違う「ちきゅう」という世界の「にほん」という国で育ったという。正直、理解が全く追いつかなかった。
フィリスは、自分の秘密を涙ながらに私達に告白した。自分が転生者であると判ると、家族に嫌われてしまうから、これまで言い出せなかったが、今後誰かから伝わってしまう可能性を考えると、今自分から伝えなければいけない。自分から伝えなければ、家族に対する裏切りだと思って、今回明かしたのだという。
私達家族への愛情は、疑う余地の無いほど明らかに感じ取れた。
私達は、最初は戸惑っていたものの、結局のところ、自分達の目の前にいるのは、愛する家族のフィリスであり、前世の記憶があろうが、それは関係ないことが理解できた。今、泣きながら告白しているフィリスを笑顔にしたいと思う気持ちに、偽りはないのだから。
その後も、教養や魔法に関する話や、時には前世に関する話をしたり、一緒に鍛錬をしたり、収穫祭の時は王都に出かけたりもした。そんな中、私はフィリスを見る自分の目が、以前と多少異なっているのを自覚した。
家族であることに変わりは無い、のだが、気がつけばいつもフィリスの事を考えている。フィリスの姿を見る度、自然と笑みが浮かぶ。遠視を使って、フィリスとともにセイクル市やプトラム分領を見て回った時は、二人きりで出歩いているようで、心が躍った。魔法学校でフィリスがヴェルドレイク様と話している時は、顔には出さなかったが、不快な気分になった。
フィリスは、あの容姿に加え、精霊導師としての能力、その他前世の知識など、計り知れない価値を持つ。多くの人間がフィリスを手に入れようとするだろう。精霊導師と公表されていない今でさえ、多くの家から婚約の打診が来ているのだ。
また、損得関係なくフィリスに恋い焦がれる男は、今後増え続けるだろう。中には、強引に手に入れようとする者や、相手にされないことで逆恨みする者さえ出て来る可能性もある。そのような有象無象の中、フィリスが望む相手と婚姻できるのならそれが一番いいが、我々は貴族であり、それが望めない事も多い。
フィリスを利用するだけ利用して、全く顧みないような者と婚姻させられるかもしれない。この件に関しては、父上達に任せるしかない。フィリスの婚姻に関し、私では力になれそうもないのが口惜しい。
最近、私にも婚約の打診が来ているらしいのだが、今は婚姻など全く考えられない。正直、自分が女性を愛する姿が全く思い浮かばないからだ。いや、一人だけいる。いる……が、それは考えてはいけないことだ。
もしもフィリスが妹でないのなら、誰よりも早く求婚しただろう。誰よりも早く奪い去り、自分のものにしてしまうだろう。しかしそもそも、妹であるから幼い頃から仲良くなれたのだ。全く、あのような凶悪ともいえる可愛さで「兄様」と呼ばれて慕われたら、愛さずにはいられないじゃないか!
最近は少し成長したのか、呼び方は「お兄様」になったが、それはそれで愛らしく、また令嬢らしくもあり、甲乙付け難い。
あのような妹を持てて、私は最高に幸せ者であると同時に、ある意味不幸なのかもしれない。フィリス以上の存在などいないというのに、フィリスの事が忘れられず、婚姻相手を不幸にしてしまうかもしれないから。
いっそ婚姻しないという選択が出来れば良かったのだが、領主としての責務には、後継者を作ることも含まれる。だから次期領主となる者については、私の年の頃には既に婚約している者もいるのだが……。父上には、うちの利益となり、気立ての良い方なら誰でもいい、と希望している。
フィリスは、精霊導師として、今後多くの人々の為に働くことになる。しかし、それは誰の支えも無しに一人で成せるものではない。フィリスを支えられる存在が必要だ。それは家族であり、伴侶となる者だ。そして、このアルカドール領は、フィリスがいつでも帰って来られる故郷だ。
私は、この領を守れるよう、立派な領主になりたいと思う。
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(石は移動しました)