第379話 ブールイスト国 某候爵 視点
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「……お前は何を申しておるのだ?」
阿片製造を任せていた者が、持ち場を離れて緊急の報告があると言って突然我が館に現れたために、仕事の手を休めて耳を傾けたのだが、芥子畑と阿片製造施設が壊滅しただと? ……薬で頭をやられたのか? あれほど自身には使うなと注意しておいたのに……こ奴を見誤ったか?
「本当です、領主様! 誓って嘘は申しておりません!」
いや待て、こ奴は……中毒者特有の胡乱な目ではない。一度、話を聞いてみるか……。
それから話を聞いた所、儂の想像を遥かに超える出来事が発生していた事が判り、直ちに現地に向かうことにした。施設へは急げば1日もあれば到着可能だ。馬車ではなく、馬になるが、緊急事態だ、仕方があるまい。儂は身体の節々の痛みに耐えながら、現地へと向かった。
「何だ、この有様は……」
「はい、昨日報告しました通り、ロイドステア国の精霊導師、フィリストリア・アルカドールと名乗る女? が、芥子畑及び阿片製造施設一帯を、このような疎林に変えてしまったのです」
それから、当時の状況を事細かに説明されたが……正直信じられない気持ちではあったが、現実が目の前にある以上、認識せざるを得ない。確かに、噂には聞いていた。自然をも操り、一人で一軍を蹴散らし、海底火山の噴火を終息させて巨島を創造する、悪い冗談としか思えないような存在がいることを。
そして、今度は我が国に対し、その超常の力が揮われたのだ。しかも、今回は「来光軍」としてやって来ていると言っていたのだから、下手をすると神敵と見做されてしまう!
長引く戦争への協力を拒み、カラートアミ教の大司教を始めとする主要な神職者達がこの国を退去したのはかなり前だ。苦しむ民を見捨てられなかった一部の神職者が残っているためか、まだ敬虔な信者もいるにはいるが、多くの国民は神の教えなど無かったものとして生活している。
そして、10年ほど前に発生した飢饉により、我が国の財政は破綻寸前となった。そのために、以前はカラートアミ教の監視下に置かれて少数しか製造していなかった阿片や大麻を国家として大々的に製造しようということになったのだ。
阿片や大麻は、どこの国も少数しか製造出来ないが、交易を行うことが出来れば、利益は莫大なものとなる。カラートアミ教の退去によって、現在は通貨製造もままならないため、交易では貴金属や穀物などを物々交換する必要はあるが、それでも十分な利益となるということで、陛下自ら決断され、我が領を含めた幾つかの領が製造を担当することとなった。
戦争については、最初は我がグリタニア大陸とルーランド大陸の概ね中間に位置する島の帰属を巡っての諍いから始まり、小規模の戦が繰り返されるに従い、両国とも引き時を見いだせないまま現在に至っている。
それと、飢饉の際に下がる一方の士気を回復させようとして前線の砦を慰問していた王女殿下が、突然の敵襲に巻き込まれてお隠れになったのだが……その時から、陛下は形振り構わぬようになられた。
愛娘を失われたのだ、ある意味当然とも言えるのだが、カラートアミ教から見た場合、そうは取らないだろう。そうなる前に忠告に従い矛を収めておけば良かったのだから。しかし、政治の世界はすぐに割り切れるものではない。この世界は神ではなく、人間が治めるものであるというのは、神自身が定めた事だ。
故に、教義に反していることとは知りながら、麻薬製造に手を染め、他国に密輸して戦費を稼ぐとともに物資を入手したり、前線の一般兵に麻薬を与えて突撃させたり、果てはウェルステッド国の反体制組織に麻薬を与えて首脳の暗殺に使用したりと様々な事を我が国は行って来た。
その結果、飢饉などのために劣勢だった所を挽回し、今や島を制圧し、奴らの港を抑えようとしていたのだ。そうすれば、我が国の悲願は達成出来る……筈だったのだ。
しかしながら、来光軍が来てしまっては、それも、このような超常の力を持つ者がいるならば、間違いなく我が国の体制は変えられてしまう。早急に対策を取らねばならん!
儂はすぐに引き返し、館へ戻った時に、家令から見慣れぬ封蝋の書状を手渡されて不審に思ったものの、カラートアミ教の封蝋であると気付き、急いで確認すると、やはり麻薬製造に関する内容であった。
既に中央港を制圧し、大量の麻薬を発見したことから、麻薬の密輸に関与していたベスプライザ伯爵は異端審問を受け、背教者として公開処刑されたそうだ。
審問の結果、この国が組織的に麻薬製造を行っていた事は明白となったため、王都へ向けて進軍するという話であった。そして、麻薬製造施設等を破棄し、来光軍に協力するのであれば、神の教えに復帰したものと考える、という事も記されていた。
ここから読み取れるのは、来光軍としては、国全体を滅するといった考えは無く、ただ麻薬に関する組織・施設を壊滅させるためにやって来たということだ。そして今回は、陛下自らが麻薬製造組織を作ったことから王家を攻撃対象としているわけだ。
カラートアミ教は、自身が為政者となることを教義に基づき禁止しているため、次の為政者を我々で決定せよ、という話なのだろう。今後麻薬製造をしないと誓うなら、各領を攻撃対象とはしないのだと理解した儂は、既に施設が破壊されていることもあり、恭順以外の道は無さそうだと判断し、来光軍司令官への書状を認めるとともに、急いで領軍の出立準備を行った。
そして儂は、領軍を率いて王都へ前進した。諸侯の殆どは、来光軍への恭順の意志を示したが、幾つかの領は抵抗したようだ。だがその結果は、神敵として討ち滅ぼされたというものであった。正直な所、半信半疑ではあったが、その疑いの部分は、来光軍の王都攻撃を目の当たりにすることで解消した。
……やはり、神に逆らうことは許されないのだ、と、既に戦とは呼べぬ何かが繰り広げられる中、儂は思い知らされた。
程無くして陛下が拘束され、来光軍の攻撃は終了した。王都を守備する兵達においても歯向かった者は屠られたが、神に懺悔を行った者は放置されたようで、王都の住民の殆どは無事であった。
一方、我々諸侯は、陛下が背教者として処刑された後の体制を考えなければならなかった。王太子殿下が処刑されるかどうかは異端審問次第だが、少なくとも現王家の体制を変えねば示しが付かないだろう。
とすれば……次期王の最有力者は、4名の公爵達となるが……そのうち1名は宰相として陛下と共に拘束されているから除外して、3公爵家の派閥争いになるということだ。まあ、我が侯爵家は、現状の派閥通りに動かせて貰おう。何せこの派閥争いは、ウェルステッド国が介入する前に収めるため、拙速を旨として動かねばならないのだ。満足な働き掛けを行う時間の余裕などない。
1昼夜、会合や時には決闘などを行った結果、他の派閥が勝利した。我が領袖はまだ若かったから仕方が無いところではあったが……やはりもっと兵を準備すべきだったか。
そして、陛下や宰相など、この国の首脳達が異端審問の後に公開処刑されるとともに、王都の大聖堂において再び神域との間に開設され、来光軍司令官やかの精霊導師が神域に戻って行った。
儂はその時初めて精霊導師を見たが、まさかあれほど美しい少女だとは思わなかった。一方、目を凝らしてその魔力量を確認すると、信じられぬほどに膨大であることが判った。確かにあれは既に人の域を超えていると言わざるを得ない。あのような存在が我が国にもいたならば、麻薬などに頼ることは無かったろうに……。
その後、新たに赴任した大司教の元、新たな王が即位したが、そこにウェルステッド国から停戦の使者が訪れた。来光軍の攻撃に乗じて例の島を確保したらしく、あちら側もそれを切っ掛けにして手打ちに持って行こうという心算の様だ。
こちらが新体制構築に手間取っていたら、もしかすると我々の体制の不備を突いて戦争を継続したかもしれないので、最悪の事態を回避出来たと考えれば、まあ良しとすべきだろう。
しかしながら、休戦の協定を結ぶためには、恐らく賠償金などの交渉をせねばならないが、こちらは外務大臣も交代したばかりだから、交渉力に不安が残る状態だ。かくいう儂も本来ならば隠居を考えていた所だったが、人材が足りぬ故国防大臣に任じられてしまったからな……長期の戦争で疲弊した国軍を立て直さねばならん。
暫くは孫の顔も見れんが……麻薬製造に拘泥して滅ぼされるよりは良かったと思わねばな。
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