第362話 ウェルスカレン公爵令嬢 チェルシアーナ・ウェルスカレン視点
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やっとカイと夫婦になれるのね!
私は婚姻式用の衣装を着付けて貰いながら、何となくこれまでのことを思い返していた。
初めてカイに会ったのは、オスクダリウス殿下の主催した交流会だった。正直その会が何を意味するのかもよく理解していなかったが、同世代の高位貴族子女が集まると聞いて、友達が出来るかもしれないと期待していた。
私は公爵家の出であったため、気軽に話せる子女が周囲には姉2人しかおらず、少々寂しかったのだ。当時はあまり人前で話す事にも慣れていなかったので、今思い出すと恥ずかしい面もあるのだが、その時はそんなことも気にならなかった。多くの高位貴族子女の中で、一際注目を浴びた人達がいたのだ。
それが、アルカドール侯爵家の兄妹だった。後で知った事だけれど、その当時既に精霊女王の加護を得て精霊導師となっていたフィリスは、正直同年代とは思えない程に美しく、挨拶されたけれど私は舞い上がってしまって、まともに対応出来ていたか怪しいが……。
その時フィリスの隣にいたのが、私の夫となるカイだった。
色々あった後、殿下が希望者を募って剣で対戦を始めたところ、カイも参加し、一番となったのだ!
私を含め、多くの少女がカイの戦う姿に見惚れていた。その時から、私はカイに仄かな憧れを抱いていたと思う。しかしながらその後は、カイと会う機会も無く、せいぜい収穫祭の時に見かける程度で数年が過ぎた。
私も、公爵家の娘としての教育が本格化し、忙しい日々を送っていたが、生来飽きっぽいところがある私は、あまり淑女教育が好きではなかった。
そんな私を変えたのが、アルカドール兄妹だった。精霊術士集中鍛錬でうちを訪れていたフィリスは、変わった視点で淑女教育への興味を持たせてくれた。そして、その後暫くして、製紙業の立ち上げで忙しくなっていた父から呼び出され、こう言われたのだ。
「ウェルスカレン家は、今後アルカドール家との関係をより強固にしたい。丁度、アルカドール家の嫡男が相手を探しているようだ。侯爵家嫡男なら、釣り合いも取れるだろう。チェルシーは、どう思う?」
当時はその言葉の意味が一瞬判らず反応が遅れたが、意味が分かった途端に物凄く動揺したのを覚えている。それでも
「しょ、承知しました!」
と、返事をするのは忘れなかった。父は末っ子の私を溺愛しているから、意に沿わない相手の所に嫁に出さないと言うだろうし、変な返事をしなくて良かった。そして父は私の想いを誤解することは無く、どことなく寂しそうな目をしていたが、アルカドール家に婚約の打診をすると言ってくれた。とても嬉しかった。
しかし、婚約の話は暫くの間決まらなかった。公爵家であるこちらから打診をしたのだからすぐに決まると思っていたのだが、どうやら他家からも打診があったようで調整が難航していたらしい。
恐らくは東だろうか。全く余計な事をしてくれるわね、と思いつつも、彼とアルカドール家が将来とても有望な存在なのは明らかだし、だからこそ我が家も打診しているのだから、仕方ないというのも分かっていた。
そういった中で、父から話があって暫くは気もそぞろで教育が疎かだったのだが、ある時母から叱られた。
「チェルシー、そのような態度では、嫁ぎ先で笑われてしまうわね」
その言葉を聞いて、まずいと思った。仮にも私は公爵家だ。無作法な真似をしては家の恥になるので、嫁ぎ先がアルカドール家ではなく、領内の目の届く所に変更されてしまうかもしれない。それからは必死に淑女教育を受けるようになった。目的が明確になるとやる気が出るのが良く分かったわ。
そして、漸く縁談がまとまり、私はカイの婚約者になった!
地属性ではないのに重力魔法で舞い上がってしまいたくなるような気分だったわ。
それからカイとも手紙をやりとりしたり、たまに王都などで会ったりもした。少年の頃も凛々しかったけれど、成長した彼は更に素敵だったわ。私への態度も細かい所まで気を配ってくれて、男性とはこうあるべきだという手本のような存在だった。
魔法学校へ通い出した私は、多くの友人から羨ましがられた。同時に、彼の隣にいてもおかしくない様に、更に勉強に熱心になったわ。おかげで、公爵家の者として恥ずかしくない成績を修め、学生会長も務めたし、光魔法だって上手になった。
しかし、ある時カイと会っている時に気付いたのだ。カイは私に優しくしてくれるが、私を女性として見てくれていないことに。理由は彼をよく観察してみると判った。彼には、意中の相手がいるのだ。そしてその相手は恐らく…………。
私は暫く悩んでいたのだが、彼と会っている時にどうしても聞きたくなり、思い切って本心を尋ねてみた。
「……正直な所、この婚姻は家同士の結びつきを強くするためのものだから、私個人として望んでいたとは言えない。……私は、貴女を女性として愛することは無いかもしれない。しかし、互いに信頼できる関係を築きたいと思う。貴女とは今後、領を更に発展させるために力を合わせないといけないのだから」
私の考えは正しかった。喜んでいたのは私だけだったのだ。そして、彼の心を奪ってしまった彼女への嫉妬が湧き出て来たが、実際の所彼女が悪いわけではない。道ならぬ恋をしてしまったカイが悪いのだ。
その後、カイが彼女を見て想いを募らせつつも、決して踏み出すことが出来ないという状況を実際に目の当たりにして、こう思っては不謹慎かもしれないが、私はカイを可愛いと思ってしまった。
そして、私に本音を打ち明けてからも誠実に婚約者として扱ってくれる、カイへの想いがますます強まった。それが災いしたのか、婚姻式を前にして気持ちが不安定になり、思わずフィリスの部屋を訪ねてしまった。
私の想いを少しずつ口にしたところ、フィリスは私をカイの婚姻相手と認めていて、むしろそれを応援してくれているのが良く分かった。それが判った私は、思わず笑ってしまうほどに気分が晴れやかになった。
そもそも彼女は、仮にカイを手に入れようとしても無理なのだ。女性として彼女に勝てるとは思えないが、この点だけは負けることはない。勝負にならないのだから当然なのだけれど。
色々考えているうちに着付けが終わり、姿見の前に、清楚な姿の私がいた。
正直、私が私でないようだ。しかし私がこんなに美しくなっても、心の中に彼女がいるカイは、動じることは無いのだろう。でも、それでも構わないと思っている私がいる。
だって、カイはもう、一生私の物なのだから。
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