第354話 タワノーク国第3王子 リーラセルグ・タワノーク視点
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「何でも、グラスリンドの剣聖が、武術大会で負けたらしいぜ」
俺はたまたま寄ったサウスエッド国王都の酒場で飲んでいた時に、偶然噂話を聞いた。それは、一度対戦してみたいと思っていた相手の敗北の話だった。
俺は当然、噂話をしていた奴の所に行って、詳しく話を聞いた。この大陸にあるロイドステアという国で行われた武術大会に何故か出場した、グラスリンド帝国の第2皇子が、決勝で女に負けたそうだ。しかもその女は、目隠しをした状態だったらしい。正直、事の真偽を疑いたくなった。
俺は第2皇子の戦いを見たことがある。俺が出奔し、冒険者ラセルグ・アノークとしての生活を始めた頃、最大国家という所に興味が湧いて向かった帝国で、やはり大きな武術大会があり、そこで優勝したのが、第2皇子だ。
俺より2才若いという話だったが、その剣技は冴え渡り、他の出場者を歯牙にもかけなかった。流石は若くして「グラスリンドの剣聖」と呼ばれるだけのことはあった。
同年代、かつ皇族・王族という親近感もあり、帝国に来てからも各所で噂を聞くにつけ、機会があれば対戦したいと思っていたのだが、試合を観て、それが強まった。俺も大会に出場出来れば良かったのだが、他国の冒険者という、素性の知れない者は参加出来ない規定らしく、諦めざるを得なかったのが残念だ。
基本的に獣人族は強さを求める。俺に至っては、王宮に引き籠っていては強い奴と戦えないから出奔したわけだが、他国ならともかく、うちの場合はそれが仕方ないということで見逃されているわけだ。
最初は魔物多発地帯で魔物を狩っていたのだが、それも飽きて他国の強い奴を求めて旅立った。その際、帝国の第2皇子が強いと噂で聞いたのもあって、とりあえず行先を帝国にしたわけだ。獣人族は単純だ、と良く言われるが、判り易い方がいいに決まっている。
まあ、結局その第2皇子とは対戦できなかったが、何だかんだ言って帝国の強者達と戦うことも出来たので、まあ良しとして、他国に移動したわけだ。
基本的に俺は徒手で戦う。剣を使うこともあるが、最終的には自身の強靭な肉体しか頼れるものは無いと思っているし、獣人族はそういう考えの奴が多いから、剣は適当だな。まあ、殴り合いの方が性に合っている、それだけのことだ。
獣人族社会では、上に立つ者は下の者をねじ伏せられるだけの戦闘力が求められるが、獣人族同士の戦いでは、身体能力の差が対戦結果に直結することが多く、最高度の身体能力を持つ王家に生まれた俺は、正直退屈していた。身体能力以外の物を身に付け、更に高みに上がりたい、とも漠然と考えていた。
だから出奔し、他国の強者と戦っていたのだ。獣人族は他種族に比して身体能力が高く、特に最高度の身体強化「獣化」を使えば、他種族に負けることは無い。相手がどんな武器を使っていてもそれは同じだった。
幸い、獣人族が強いということは知られており、腕試しをしようという強者は少なからずいたため、退屈では無かったが、それでも俺が師事しようと思えるような者に、これまで出会うことはなかった。まあ、弱い奴に教わる物など無いからな。
そういった経緯で、強い奴を探して旅をしているので、次の行先をロイドステア国に決めたわけだ。とりあえず路銀を稼がないとな……。
多くの魔物を倒して得た金で、ロイドステア国に移動し、当面は冒険者をやりながら情報を収集した。あの第2皇子を負かす奴がいる国だ。それなりの強さの奴らがいるに違いない……と考えたのだが、冒険者はそれほどでもないな。王都周辺に強い奴はいなかった。
ただ、魔物暴走多発地帯周辺、確かビースレクナ領だったか? その辺りの冒険者はかなり強いらしい。情報を収集したら行ってもいいかと思いつつ、第2皇子が出場した武術大会の話も酒場などで実際に聞いてみた。
すると、驚くべきことが判った。俺がサウスエッド国で聞いた噂は、ほぼ真実に近い話だったようだ。正直、眉唾物だと思っていたのだがな……。で、その第2皇子を倒した女についても聞いてみたが、家名を明かしていないことから、貴族令嬢であることは判明しているが、それ以上は判らないという話だった。
ただ、それほど強い女なら該当者は少ないだろうと思い、候補者について聞こうとすると、正体を知ってそうな奴らは皆口を揃えて
「それは勘弁してくれ!」
と言う。不審に思ったので、情報屋を探して聞いてみた。
「ああ、そこいらの奴等ならそう言うだろうよ。まあ、俺は対価を頂ければ話すがな」
と言われたので、金を払って聞いてみたところ、その正体は、何とこの国の精霊導師らしい。
他国にいた時も名前を聞いたことがあり、当然この国にいれば、毎日の様に噂を聞くわけだが……それで何故誰も口にしないのか聞いた所、以前精霊導師に関して、事実無根の噂が蔓延した時に神託が下り、事実に反することを口にした多くの者が捕まったらしい。それ以来、精霊導師を貶めるような噂は、表では控えるようになったそうだ。
確かに、事実かどうか判らないことを適当に話しただけで捕まるというのは嫌だからな。成程、理解した。当然、情報屋から情報を買ってその事実を知った俺も、人前で公言することはしない。変に目を付けられても面倒だからな。
あと、第2皇子は帰国したので次の武術大会には参加しないであろうということが判った。それは残念だが、その精霊導師が今度も家名を隠して参加するのであれば、俺も参加させて貰うことにした。
その他、この国の事情について調べた所、最近は好景気で他国からも移民が大勢来ているそうで、その中には俺と同じ獣人族の者も多少いるそうだ。なので、以前は見られなかった獣人族も見かけるようになったらしい。特に、数年前に誕生したワターライカ島という所には、獣人族の集落も出来たそうだ。この王都においても、俺以外の獣人族の匂いを嗅ぐことがあるので、事実だろうな。
また、最近この国は、多くの新魔法や魔道具技術が生まれているそうだ。その辺りには興味が無かったが、他にも騎士学校の教育体制が変化したり、新しい剣術の形が生まれていると聞き、面白そうだと思い、当面はその辺りを調べることにした。
力試しにやって来る冒険者達を軽く捻りながら、情報を集めて行くと、ここ最近の剣術の変化についても、精霊導師が絡んでいて、精霊から剣を学んだという話もあったが、精霊の事は知らないので聞き流して、以前は重視されていなかった、受け流す動作などについても積極的に行い、相手を崩すことを取り入れたらしい、ということは分かった。
身体強化をすると、その辺りは調整が難しいからどうするのか聞いたところ、相手の動作を読んで先手を打つことで、ある程度は可能になるそうだが、それ以上は今の所、本人の資質次第だそうだ。まあ、やってみないと判らん、ということだな。
そんな感じで、この国を楽しみつつ、色々調べて過ごすうちに時は過ぎ、武術大会の日となった。当然おれは参加したわけだが……発表された勝ち抜き試合の予定表を見たところ「一子」という名前があったので、恐らくはあれが精霊導師だろう。当たるのは決勝戦か。負けてくれるなよ?
俺は予選・本選と危なげなく勝ち進んだ。唯一、獣化を使わなければ勝てない奴もいたが、いい準備運動になった。そして決勝の相手は「一子」。漸く目的が果たせるな……昂って仕方がねぇぜ。
決勝戦の試合場に立ち、恐らく精霊導師であろう「一子」を確認すると……確かに、一部の達人が持つ気配を感じるが、それよりも、いい匂いがした。あれはいい女だ。
獣人族の男は、番には強さや容姿の美醜などよりも、匂いが心地良い女を求める。噂では、精霊導師は物凄ぇ美人らしいが、仮面を被っている今は判らんし、そんなことはどうでもいい。全力で捻じ伏せ、俺の物にしてやるぜ!
試合が始まり、俺は攻撃を仕掛けた。獣化をしていない状態での全力の攻撃を精霊導師は悉く躱し、その上俺の隙を突いて来る。これは生半可では勝てねぇな。
飾りついでに使っていた剣を落とされたのを切っ掛けに、徒手に切り替えて戦った。しかし精霊導師には攻撃が当たらず、逆に掠っただけで強烈な痛みを覚える攻撃を喰らった。やはり獣化が必要か。
通常の身体強化より強く、深く、身体の隅々に眠る根源を呼び覚ますように意志を浸透させ、そしてそれらを統合させた時、俺の身体中の筋肉が異常に盛り上がり、かつ、体毛が逆立った。所謂「獣化」の完成だ。さて、この姿を見せた時は常に相手の絶望があった。精霊導師は、どんな反応をするのかね!
俺は沸き上がる力に身を任せ、精霊導師を攻撃した。ところが、先程より速度も威力も段違いに上がっている筈なのに、精霊導師は攻撃を躱した。そればかりか、俺の動きが雑になっていると言う。
頭に来て更に攻撃したが当たらない。しかも俺に攻撃するだと? 何故そんな事が出来る?! 体勢を崩した俺は一瞬ふわりと心地良い風に包まれたような感触を味わったと思ったら、いつの間にか右肩を極められていた!
猛烈な痛みに耐え、何とか逃げ出そうとするも、体格も力も勝る筈の俺が、小柄な女を振り解くどころか、身体を動かすことすらままならなかった。つまりこれは、生殺与奪を支配されていることと同じだ。俺は負けを認め、降参した。
何が何だかよく判らないまま元の位置に戻った俺に、精霊導師は
「獣化は、身体能力が飛躍的に上がりますが、隙も大きくなるようですわね。正直な所、獣化をする前の方が戦い辛かったですわ」
と言い放った。獣化をする前の方が戦い辛いなど、そんなことを言われたのは初めてだったため、衝撃を受けた。俺は、ますます精霊導師に興味を持った。もっと強くなって、いつか倒してやると心に決めた。
それから、暫く王都で冒険者をやりつつ、俺に足りない物は何だろうかと考えていたところ、同じ獣人族であるナビタンと出会った。まあ、貴族街に立ち寄った際に、俺以外の獣人族の匂いがするから気になって行ってみたら、出会ったんだけどな。
話を聞くと、何と精霊導師の家に厄介になっているそうだ。しかも、毎日鍛錬に付き合っているらしい。無茶苦茶羨ましいんだが?
俺は試しにナビタンと冒険者組合の練習場を借りて対戦してみた。獣人族とは言え、流石に子供相手は……とも考えたが、実際対戦してみると、獣化するまでもないが……それでもそれなりに強い。少なくともおれの練習相手くらいにはなる。これでまだ5才らしいから、末恐ろしいぜ。
それに、子供らしからぬ理性的な話しぶりなので、年の離れた友人のように付き合うようになった。その流れで、精霊導師に言われた件を相談してみた。まあ、回答が出るとは思ってなかったんだが
「それなら、魔力操作と魔力波を練習してみたらどうだ?」
と言われた。ナビタン曰く、獣化は速度が速過ぎて俺自身の認識力が追い付いていないから動きも単調になるし、隙が出来やすいのだろう、という事だった。確かに思い当たる節は幾つもあった。
そして、魔力波というものを習得すれば、高威力の攻撃である魔力波を撃てるようになることはもとより、魔力を感じる力も上がり、それに加えて思考加速という能力も身に付くそうだ。
この思考加速を身に着けることが出来れば、獣化していない時と同様に戦うことが出来るのでは? ということだった。確かにそれは、試してみる価値がある。
精霊導師は来年も武術大会に参加するようなので、それまではこの国にとどまることは決定しているから丁度良い。ということで俺は、ナビタンに魔力操作と魔力波を教わることになった。
対価……としては微妙だが、俺はナビタンに獣化を教えることにした。ナビタンは両親が亡くなり、こちらで拾われたそうで、獣化を教えられる者がいないのだ。獣人族に生まれたのに、それは惜しいということで俺が教えている。
来年の武術大会までに俺も魔力波を習得し、思考加速を使えるようになって雪辱を晴らしてやるぜ!
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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