第314話 グラスリンド帝国 第2皇子付侍従視点
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「まさか……殿下が負けるなど有り得ない……」
ロイドステア国武術大会決勝戦を観ていた私は、思わずそう呟いた。
私は、殿下付の侍従として幼少の頃からお仕えしていたが、あの方は初代皇帝陛下の如き才能を幼少から発揮していた。特に剣術においては、13才の頃には既に帝国内に並ぶ者の無い達人として知られており、成人前であるにも関わらず特例で武術大会に参加し、圧倒的な実力をもって優勝した程だ。
ただ、殿下は第2皇子であり、継承権序列を覆して帝位に就くためには、剣術に優れているだけでなく、政治面においても次期皇帝に相応しい功績を挙げる必要があるのだ。しかしながら、帝位を争う第1皇子殿下の後ろ盾であるセベクティラ家は、4大公家の中でも最も中央に近いため、かの家を出し抜いて功績を挙げるのは難しい。故に、殿下は国外に活路を求めたのだ。
その際目を付けたのが、ロイドステア国の精霊導師、フィリストリア・アルカドールであった。
大使館や間諜から得た情報は、当初は信じ難いものばかりであったが、情報を精査した結果、ほぼ真実であるという事が判ったため、友好関係を築き、あわよくば取り込もうということになったのだ。
そこで、精霊導師の情報を収集したところ、どうやら剣術を好んでいるという情報を掴んだ。
そこで殿下は、親交のあるウェルスカレン公爵家の慶事に伴う祝宴を利用し、実際に会ってみることにしたのだが……領事館に戻って来た殿下は、これまでになく上機嫌だった。ただ、あれは好敵手を見つけたような反応だった。確か精霊導師は類い稀なる美貌の持ち主だと聞いていたが……女性を道具の様に見ることしか出来ないのは殿下の大きな短所だろう。
そういった経緯から、本格的に精霊導師との関わりを持つため、殿下は大使としてロイドステア国に赴いた。勿論あちらも警戒しているため順調では無かったが、それでも精霊導師との交流を図ることが出来た上、対処が困難な災害の一つである蝗害を終息させたことは、殿下の功績にもなり、思惑通りの展開となった。
ただし、精霊導師については当分の間、婚姻に関する調整が表立って出来ないことから、取り込みの計画は頓挫していた。
そんな中、外交官の一人が王都のとある噂を耳にした。今年の武術大会には、さる貴族令嬢が身分を隠して参加するらしく、自身を倒せる相手との婚姻を望んでいる、という話だった。
最近は剣術を学ぶ貴族女性が増えているらしいが、それでも武術大会に参加して婚姻相手を探すというのは荒唐無稽だろう、と私は思っていたのだが、殿下の受け取り方は違っていた。外交官や間諜を使って、その噂の真偽を確かめたのだ。
そして、その噂を流したのが、アルカドール家の手の者らしいと判明したところ、殿下はとても楽しそうに嗤いながら
「俺も武術大会に参加するぞ」
と言った。どうやら殿下は、この噂を精霊導師の挑戦状だと受け取ったようだ。
その後、殿下は精霊導師と話をする機会があり、噂の話をしてそれを確信したらしく、それ以降は毎日の鍛錬に更に身が入った様子だった。
武術大会当日となり、殿下は特に家名を隠すことなどせずに参加した。殿下が負けることなど考えられなかったし、精霊導師を取り込むのであれば、身分が明らかであった方が有利だからだ。
殿下の実力は、ロイドステア国でも知られており、優勝候補筆頭と噂されていたようだが、それでも大会規定により、予選からの参加となった。まあ、殿下にとっては準備運動にもならなかったようだが。
本選に進んだが、殿下は危なげなく勝ち進んで行った。恐らく精霊導師であろう「一子」の試合を観る余裕もあった。
あちらも順調に勝ち上がっていたが、準々決勝では前回優勝者と高度な読み合いを繰り広げ、その結果相手を完封して勝利し、準決勝では優勝経験者に対して最後は徒手の技で勝利するという、殿下でなくとも興味を惹かれる試合が行われた。
正直、幼少の頃の殿下にも劣る私程度の腕では勝てそうにないと感じさせる試合であったが、殿下は、攻略の手段を考え付いたようだった。
それから、3位決定戦の後、決勝戦が始まった。
見た限りでは、一進一退の攻防であった。まさか、精霊導師がここまでの腕前とは予想外だったが……しかし、どうやら殿下が仮面の死角から攻撃を行った際は精霊導師の反応が鈍くなった。成程、殿下が考えた攻略手段はこれか……。対戦相手に全く容赦しない様は、昔から相変わらずだ。
更には、奥の手の魔力撃まで……何と! 精霊導師は魔力撃を避けた?
初見であれを避けるとは! これは試合故、力を抑えて放ったから避けられたのかもしれないが……だが体勢が崩れているから次の殿下の攻撃は対応でき……た? 何故だ!
しかし、流石は殿下だ。魔力衝を放つことによって不利な状況を覆した。
いくら力を抑えているとは言え、魔力撃を放った直後に魔力衝も放つのは、殿下であっても身体への負担が相当掛かる。本来魔力衝もあの程度の威力ではないが、試合であることに加え、殿下の体勢が崩れていたため、仕方ない所ではある。
ただ、その甲斐はあった。何故なら精霊導師は得物である棒を魔力衝により落としたからだ。その時私は殿下の勝利を確信した。
しかし、何と精霊導師は、殿下が振り下ろした剣を両手で挟み、そのまま殿下を投げ飛ばしたのだ!
信じられない光景に、思考が停止した。そしてその時、何かに引っ掛かったのか、精霊導師が装着していた仮面が外れた。精霊導師の素顔が現れると思っていた私は、それを見て愕然とした。
精霊導師は、両目を布で覆っていたのだ!
ということは、今まで精霊導師は、視力を全く頼りにせずに戦っていたことになる。それも、本気の殿下と、だ。その事実に、言い知れぬ恐怖が私を襲った。
恐らくは観衆達が皆驚愕し、言葉を発することすら出来ぬ中、精霊導師は殿下の剣を持ち換えて、剣先を殿下の喉元に突き付けた。それを見て、審判である騎士団長が精霊導師の勝利を宣言した。
戻って来た殿下は、負けたにも関わらず、晴れやかな表情だった。
「まさか目隠しの状態で対戦されるとはな。彼女は魔力の流れを見ることに長けていたのだろうが、それでも通常通りの動きにはなるまい。それを、仮面の死角を無くすためだけに行うとは……完敗だ。俺も奢っていたようだ。いつか雪辱を果たせるよう、励まねばな」
と呟いていた。意欲に溢れているところ、誠に申し訳ありませんが、殿下の相手が務まる者は、この大使館にはいないのですが……。
「心配するな。近いうちに帰国命令が出る筈だ」
成程。確かに今回の敗北は、外聞が悪い。恐らくはそうなるでしょうな。しかし……
「殿下は……それで宜しいのでしょうか?」
「まあ、まだ挽回の機会はある。それに、俺という存在を彼女に印象付けることが出来た。次の対戦も望んでいたので、こちらの武術大会に誘ってみるのも良いかもしれんな」
「それはそれで、かなり問題になりそうな気はしますがね……」
こうして殿下のロイドステア国武術大会は、準優勝で終わった。それから暫くして、殿下の言っていた通り、新たな駐在大使が帰国命令を携えてやって来た。ただし、この新駐在大使は第1皇子派だったので、最低限の引継ぎだけを行って帰国した。
こちらがこれまで得た情報を全て渡して、第1皇子派を有利にする必要など無いわけだ。それに、この駐在大使は典型的な文官だからな……あの精霊導師の興味を引ける存在では無いから、話すだけ無駄だろうしな。
殿下は帰国してから、毎日熱心に鍛錬に励んでいるが、その中で、目隠しをした上で対戦することが増えた。明らかに精霊導師のことを意識した鍛錬だ。また、密かに情報収集していた「魔力波」の習得方法なども試しているようだが……こちらは結果が出るのには暫くかかるだろう。
ただ、殿下は以前より鍛錬を楽しんでいるように見える。ロイドステア国で女に負けた、と陰口を叩かれることもあるが、どこ吹く風だ。この様子なら、あの精霊導師にもいつか勝利することが出来るかもしれない。密かに期待させて貰おう。
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