第305話 セントチェスト国ポールテミナ公爵子息 フェルノーバス・ポールテミナ視点
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フティール銅山に関する、父の企みが明るみとなったことにより、大きな変化があった。
罰する法などは無いため犯罪行為に該当しないものの、明らかな醜聞であるため、陛下から引退を勧告され、父は私に公爵位を譲って隠居することとなった。財務大臣職は既に解任されている。
今後は領内の補償や鉱毒対策のための整備は当然のことながら、鉱毒を放置して他領にも大きな被害を与えたことから、他領に対する賠償も必要となる。暫くは非常に忙しくなるだろう。とは言え、それは家を継ぐ私の義務だ。泣き言を言っている暇すらない。
現在は、今後の補償内容などにも絡んでくるため、今回の顛末に関する調査報告書に目を通している。
フティール銅山が発見されたのは7年ほど前だ。銅は加工が容易な金属であり、様々な場所で使用されるとともに、貨幣の材料でもある。領の財政を大いに潤すであろう存在として、父は期待していたようだ。
銅山は政府としても掌握する必要があるため、開発前の調査とともに、政府の視察も受けることになった。この際、同行した政府所属の精霊術士、リサルティア・ファルカームが地精霊から話を聞いたところ
『えーと、この辺りには銅は沢山あると思うよ? たまに金や銀も採れるんじゃないかな? だけど、人間や自然に悪い影響があるものも沢山出るから、それらを取り除かないと、危ないよ』
と言われたらしい。取り除き方についても聞いたようだが、政府で検討した結果、現在の我が国の技術では解決出来ない内容だったらしく、このため、銅山の開発は一旦停止することとなった。
そして、この件を聞いた父は、銅山の開発を進めるため、地精霊の言葉を無視することにしたようだ。どうも、鉱山を開発する際には、どこの鉱山でもそういった物質は出るそうで、鉱山周辺は多少荒れるものの、それを補って余りある利益を生むため、問題があれば黙らせるのが通例になっていたようだ。
ただし今回は、地の精霊術士を通じて聞いた地精霊の言葉が視察の記録に残ってしまったため、対応に手間がかかったと当時の父の部下が言っていたらしい。
件の精霊術士については、醜聞を作って王都に居られなくなるように仕向けたそうだ。この際父は、精霊術士と婚約していた公爵家の三男に目を付け、手の者を使って誑かしたようだ。
この報告書に記載されてはいないが、上級貴族家の中には、異性を誑かして意のままにするための人員、通称「蜜罠」を秘密裏に養成している家が幾つかある。今回については我が派閥のラクマール侯爵家の者を使ったわけだ。
蜜罠の養成には手間と費用が掛かる上、基本的には1度使うと蜜罠としての再使用は難しいため、諜報組織に異動させて間諜などに使うことになる。とは言え、ここでの使用は成功し、婚約破棄をさせることで精霊術士を王都から追放したわけだ。
なお、父はこの時の婚約破棄を利用し、対立派閥であるバードミネア公爵家への攻撃も行っていたようだ。その結果、三男は横領が発覚し、バードミネア公爵は外務大臣を辞任した。これにより我が派閥の力は増したが、今回の件で勢力低下を余儀なくされているところだ。何とか勢いを回復したいところであるが、現段階では誠実に問題を解決しつつ、時を待つ以外に無いだろう。
ともかく、精霊術士を政府から遠ざけることで、精霊の言葉の記録を一部改ざんし、銅山の開発を再開することが出来た。フティール銅山は、大規模な露天掘りによる採掘が可能な鉱山であったため、以前より考えられていた精錬法を試すことになった。
これは近傍に開けた土地があり、そこに撒いても問題無いほどの大量の鉱石が採掘出来るならば、非常に効率が上がるということで採用されたのだが、その目論見は成功し、採掘開始以降、短期間で我が家に巨万の富を齎した。
しかしながら、暫くすると、領内に異変が発生した。
銅山近くを流れているワズニウ川では魚が大量死し、魚影が消えた。木々や畑の作物は枯れ、領民についても、体調不良を訴える者が増えた。咳き込んだり、脱力感を覚えたりするとともに、老人や幼児の死亡率が目に見えて増加した。
鉱山周辺では、作物が不作となったり、採掘従事者の体力が非常に低下するなど、大抵何かしらの悪影響があるということは昔から言われていたのだが、今回については異変が発生していた地域が非常に広域に亘っていたことから、鉱山を理由と決めつけるには躊躇われた。
他に何か理由がある筈だとして、原因を調査した。思えばこれは、現実から目を背けようとしていただけなのかもしれない。そうして、銅山開発時に、昔から祀っていた精霊の像が壊されたのではないかという話が出て来た。
正直な話、今となっては本当にそういった像があったかどうかは不明なのだが、どうやら父は、その真偽不明な噂を積極的に広めることで、銅山開発に疑念を抱いていた者達からの追及を逸らすことにしたようだ。
その結果、我が周辺領や王都ではこれらの異変は精霊の仕業という雰囲気となった。精霊術士が政府にいれば、これらの状況は発生しなかったのかもしれないが、我が国に2人いる精霊術士のうち1人は、婚約破棄に伴い故郷であるファルカーム領に戻ったリサルティア・ファルカームであり、もう一人の水属性の精霊術士は高齢を理由に退官していたため、精霊を擁護する者はおらず、噂は真実のものとして広まった。
次第に我が領など、フティール銅山やワズニウ川流域の領が荒廃していく中、廃村なども発生するようになったため、政府が調査を行うこととなったのだが、調査に同行可能な精霊術士がいないことが問題となった。
唯一同行可能なリサルティア・ファルカームは既に婚姻によりファルカーム領所属の精霊術士となっていたため、政府が招聘して調査をするならば、過去の冤罪に対して政府が謝罪する必要があるが、ファルカーム伯爵が謝罪を拒絶しているため、それも難しい。
困った政府は、隣国ロイドステア国の精霊導師を招聘することを考え、大使を通じて調整を始めた。ロイドステア国側でも、我が国の状況を放置すると問題になると認識したようで、精霊導師の派遣を承諾した。調査報告書には、その辺りの経緯までが記載されていた。
ただし、その派遣に際しては、内密に注意喚起が行われている。かの精霊導師は、軍勢を単独で撃退する力を持ち、魔物暴走が発生しても、我々の及びもつかぬ業をもって魔物の群れを屠っており、また、魔力循環不全症の治療などを通してカラートアミ教との関係も良好で、神使ではないかとも噂されているそうだ。
故に、決して敵対の姿勢を見せてはならない、と態々宰相補佐官がこちらに出向き、私に告げたのだ。実際、精霊導師を陥れようとしたサザーメリド国は王家が滅び、ラルプシウス国となっているのだ。その様な愚を犯すわけがない。
私は、緊迫感をもって精霊導師フィリストリア・アルカドールを出迎えたことを思い出していた。
初めて目にした際は、聞きしに勝る美しい少女であったため、事前に気を張っていなければ応対に支障をきたしたことだろう。それに、その恐ろしい力がこちらに向けられることを考えれば、そのような浮ついた心も消え去ってしまうものだ。こうして、表面上は問題無く、応対することが出来た。
しかしながら、我が領の状況を説明してみると、精霊から得た知識なのだろうが、発生した事象を明確に解説した上で、鉱毒への対処を訴えて来た。また、驚くべきことに精霊を我々にも見せる能力を持っていて、私達は初めて精霊の話を聞くことが出来たが、まさかあれほど精霊達が怒っているとは思ってもみなかった。
このままでは、サザーメリド国の二の舞いになってしまう可能性が高いと判断したため、基本的に精霊導師の提案に応じる方向で話を進めた。父は財務大臣として王都で政務を行っているため、領政は基本的に私に任されている。連絡自体は行うが、早急に対応していかなければならない。
まずは採掘を一旦停止し、精霊の様子を見ることからだ。精霊導師からは、土地の回復が出来ると言われたが、どの程度可能なのか不明であるため、そちらは話半分で聞いておいた。
精霊導師は、暫く領内の調査を行っていたが、銅山の操業一時停止に伴い、土地の回復とやらを行うということだったので、立ち会うことにした。
何やら精霊らしき存在と少し話をしていたかと思ったら、突然茶色い光に包まれ、髪の色が銀色から茶色に変化していた。そして、精霊導師の目の前に何かの物質が周囲から集まって行き、ある程度の塊になったところで何処かへ消え、暫くするとまた集まり、また消えていくことを繰り返した。
1時間程経ったところで、精霊導師は元の姿に戻ったので、状況を聞いたところ、全ての汚染地域の除染が終了したと告げられたのだ。とても信じられる話では無かったので確認させたが、確かに領内やワズニウ川流域の荒廃した土地は、銅山開発以前の状態に戻りつつあった。
私自身も近傍の様子を確認したが、間違い無く回復していた。その恐るべき力の一端を垣間見て、暫く震えが止まらなかったものだ。
ただ、この時地の大精霊が陛下に謁見を望んでいると聞いた時、嫌な予感はしたのだが、そのまま王城にその件を伝えたところ、精霊の言葉を直に聞ける機会ということで許可が下りた。これについては、当時の判断が本当に正しかったのか、悩んでいるところだ。まさか精霊があれほど会話を行い、人間の状況を把握しているとは、私も政府も考えていなかったのだから。
そして王城での大精霊の証言により、父は大臣職を追われた上、私に公爵位を譲る羽目になったというわけだ。政府についても、今後は鉱毒対策を進めるべく、ロイドステア国から技術者を招くことになった。
対策が終わるまでは、フティール銅山の操業を停止しなければならないため、再開するためには対策に取り組まなければならない。それが終われば補償問題だ。民達の身体の不調については毒成分の摂取を防止すれば、徐々に回復するそうだが、症状の軽重に応じて生活を補助せねばならんし、これまでの田畑の不作分もあるため、相応の補償が必要だ。そちらについては銅山の操業が再開すれば資金的には何とかなるだろうが、予算が厳しい事には変わりない。
自然の回復は良いにしても、領や国内の体制をも変えてしまった精霊導師には、正直憎々しく思う所もあるが、あのままの状況を放置していた場合、国すら崩壊していたであろうことを踏まえると、まだ直前で留まることが出来たと考えた方が良いだろうか。
我々が目にすることの無かった精霊という存在、今回はそれを改めて認識することが出来たわけだ。精霊導師も言っていたが、今回の様な事案を防止するためには、我が国も精霊術士を増やしていかなければならない。精霊視は望んで得られるものではないと聞くが、ここまで精霊術士の数に差があるのだから、何らかの要素がある筈で、それが判れば我が国の精霊術士の数も増加するだろう。
我が国は、ウェルスーラ国との関係が深かったが、無敵艦隊の敗北以降、ウェルスーラ国の影響力は低下しており、今回の事を契機として、ロイドステア国側に付くべきだという意見が多い。思う所はあるが、我が領もその流れに乗ってみるか。
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