第302話 セントチェスト国の鉱毒対応 2
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会議後、書類業務を行ったり、ワターライカ島に様子を見に行ったりしているうちに、セントチェスト国に行く日になった。
本来であればセントチェスト国の王都に行って国王などに謁見してから汚染地域に向かうのが筋なのだが、そうするとロイドステア国軍が長期間国内に存在することになるので、今回は直接向かうことになったのだ。まあ、隣接している領だから移動が楽だしね。
ということで、多くの兵達に警護されながらやって来たわけだが、特徴的なのは、多くは第3歩兵隊から抽出された兵達なのだけれど、その他にも飛行兵団所属の二人乗り空動車10台が護衛のため同行している。まあ、私が空動車に乗っているからなんだけどね。
国境を過ぎて2日、隣接領であるポールテミナ公爵領の中心都市に到着し、領行政舎へと向かった。正直、ここに来るまでに領内の状況を確認したが、確かに異様な雰囲気だった。今は夏だというのに畑らしき土地で作物を作っている所が少なく、森林も枯れている木がかなりあった。
それに、いつもならその辺りで遊んでいる精霊達が私を見つけた途端に寄って来る筈だが、やって来ない。必要最小限しかいない、といった感じだ。これはやはり、この領は精霊達に嫌われてしまったようだな……。
行政舎には公爵はおらず、公爵の長男が対応してくれたが……急場なので仕方ないかもしれないが、本来ならば領主が直々に対応すべきところなんだよね……。まあ、私からは言わないが、その辺りは同行している外務省の職員に任せよう。
「ロイドステア国精霊導師のフィリストリア・アルカドールです。今回の調査を担当させて頂きます」
「フェルノーバス・ポールテミナと申します。ポールテミナ公爵に代わり、対応させて頂きます」
「では早速ですが……状況を説明して頂けないでしょうか?」
私がそう言うと、行政官らしき人が地図を持って来て説明してくれた。
6年ほど前からフティール山周辺で良質な銅山が開発され、その際に昔から祀っていた精霊の像を壊してしまったそうだ。正直、像はどうでもいいが、その銅山について詳しく話を聞いた。
何でも露天掘りで大規模な採掘を行っていて、この銅山のおかげでかなり領政は潤っているようだが、領内が荒廃しているため、他領から食料を買っている状況だそうだ。採掘した石を粉々にした上で水に入れたりして銅鉱石を分離し、その後は精錬して銅を取り出しているらしい。
ロイドステア国の場合、これらの行程で鉱毒を除去できるように魔法で処置をしているが、やはりセントチェスト国はそういった処置を行っていないそうだ。そして、銅を取り出すまでに発生した泥や使用した水などについては、全てフティール山近くに源流を持ち、このポールテミナ領や幾つかの領を通って海に流れるワズニウ川に流しているそうだ。
「今回の異変が起こっているのは主にワズニウ川流域でしょうか?」
「確かにそうですが……それが何か?」
「ええ。状況を伺いましたが、精霊ではなく、銅山の影響で引き起こされたものにしか思えませんでしたので、確認させて頂いたのですわ」
「いえ、それは違います。確かに他の鉱山でも、似たような現象は起こっていましたが、それは限定された地域でした。しかし今回は遥かに広範囲で発生しています。これは鉱山のせいではないということを示しています」
「……その考えは的を射ていないのでは? このような大規模な銅山ですもの。これまでにない規模で被害が起こって当然ですわ。ちなみに、精錬方法なども他の鉱山と同じなのでしょうか?」
「……いいえ、最新の方式を使って精錬しております」
精錬方法については、まず土などを取り除いた銅鉱石を、石炭などと混ぜて広場で一斉に燃やして、酸化銅の状態にした後、回収して溶鉱炉で木炭により還元して粗銅にするらしい。そのような方法で銅の大量生産を行っているならば、亜硫酸ガスはそれこそ大量に放出されるから、相当広範囲に酸性雨が降る筈だ。
前までは広場で燃やすことをせずにそのまま溶鉱炉で燃やしつつ粗銅にしていたので、純度が低かったらしく、現在の方法で効果的になったと言っているが……国土を荒らしてまでやることではない。
「銅鉱石には硫黄が多量に含まれているのは承知されていると存じますが、硫黄は金属をも溶かす物質の元となりますわ。それらが精錬によって大量に発生して拡散したため、領内が荒廃しているのでしょう」
「……い、いや、それも要因には上がるのでしょうが、それだけではない筈です!」
「例えば、具体的にどのようなものが挙げられるのでしょうか?」
「領民や鉱山での労働者に、原因不明の悪寒や発熱、肺の病、急激な体力の衰えなどが発生しております」
「……それは銅鉱石に含まれている重金属の中に、それらの症状を引き起こす成分があるのですわ。症状からすると、亜鉛擬きでしょうか。慢性的に摂取すると、肺や腎臓などに悪影響を及ぼし、酷くなると、骨が脆くなり、少し体を動かしただけでも骨折を繰り返すため、通常の生活を送ることが出来なくなるでしょう」
この辺りは、前世での公害問題などで学んだ内容だ。セントチェスト国に来る前に、酸性雨や銅山の鉱毒問題などについて色々思い出してみたり、地精霊などに聞いたりして、こちらの世界でも同様であることを確認している。
「な、何と……それらの知識は、やはり精霊から教わったのでしょうか?」
「はい、我が国は昔から精霊の知識を活用して発展して来た面がございます。そして、鉱山の採掘の際にも鉱毒に対処して安全に行っているのですわ」
「それでは、ロイドステア国から提供の申し出があった、鉱毒対処技術というのは……」
「環境汚染を防止しつつ、採掘を行うための技術ですわ。当然、導入にはそれなりの資金が必要ですし、これまでの汚染の影響が消えるわけではございません。ただし、これからのことを考えた場合、必要な技術ではございませんか?」
「成程……正直な所、それらに信用が置けるかが分からない以上、導入するにしてもそれなりに時間が必要でしょうが……。それと、これらの件には、精霊は関係無いのでしょうか?」
「能動的に関係しているかについては、否定致しますわ。精霊には自身の像を祀らせる価値観はございませんし、精霊を象った像が壊れても、敵対行動とは考えないでしょうから。しかしながら現在、自然破壊に伴い、精霊達はこの領にいることを嫌がっており、数が減っております。その例として……魔法や魔道具の効果が落ちているようなことはございませんか?」
「そう言えば最近、魔道具の調子が悪いと各所から報告が上がっていますが……まさか!」
「……数年前にとある国で起こった現象そのものではございませんが、それに近いことが起こるかもしれませんわね」
私がそう言うと、そこにいたポールテミナ領の人達の顔色が悪くなった。中にはあからさまに怯える人もいた。まあ、精霊が力を貸さなくなったらどうなるかという、いい見本だからね……。ついでに精霊達の生の声も聞いて貰おうかな。
「それと、丁度良い機会ですから、精霊達の話も伺ってみては如何でしょうか?」
そう言って、私に付いている各属性の精霊達に魔力を与えて姿を見せて貰い、ここにいる人達に文句を言って貰った。皆、自然破壊について怒っていて、特に地精霊と水精霊は怒髪天状態だった。
ポールテミナ領の人達は、突然姿を現した精霊達にも驚いていたようだが、それ以上に精霊達が怒っていることに非常にショックを受けたようで、精霊達に姿を消して貰った以降も、多くの人達が放心状態だった。ただ、フェルノーバス様は、まだ話が出来そうだったので、今後のことを話すことにした。
「お聞きの通り、このままではこの領は精霊達に見放されてしまうでしょう。その前に、精霊達の言葉に従い、鉱毒対策を充実させてみては如何でしょうか?」
「……確かに、私達の考えを修正せねばならないようです。父とも話し合い、貴国の環境技術の導入を検討したいと存じます。それと、確認させて頂きたいのですが、本当に、荒廃した土地の回復が可能なのでしょうか?」
「今後も鉱毒対策を行わないというのであれば、無意味なことになりますが、そうでないと仰るならば、私としても助力する用意はございます。広範囲に亘りますので、どの程度の時間が掛かるかはやってみないと判りませんが、現時点では可能、とだけお答えしておきますわ」
「……成程。では、採掘を一旦停止させますので、土地の回復をお願いして宜しいでしょうか」
「承知致しました。では、採掘停止以降、進めさせて頂きますわ」
こうして、一応はポールテミナ領側にも納得して貰い、土地の回復を進めることになった。
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※ 造語
亜鉛擬き : カドミウム