第301話 セントチェスト国の鉱毒対応 1
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
執務室で書類業務を行っていた所、あまり気の乗らないような表情で精霊課長と外務省の職員らしき人が入って来た。
「導師様、このような質問を導師様にお伺いするのは心苦しいのですが……」
と前置きして、精霊課長が話し始めた。どうやら、セントチェスト国でここ数年、奇妙な現象が発生しているらしい。
何でも、特定の地域に住む人々が原因不明の病に罹り、森林や畑の作物も枯れていくらしい。魔素溜まりも発生していないことから疫病ではないそうで、しかも、近頃は洪水も頻繁に起こっており、その地方はかなり荒廃しているそうだ。
その原因として、6年ほど前に、鉱山の開発の際に山で祀っていた精霊の像を壊してしまったため、精霊が怒って災害を起こしているのだ、という噂が広まっているらしい。
セントチェスト国政府も、当初は精霊とは関係ないと考えていたらしいのだが、噂が広まってしまったことから、本当にそうなのかどうか、近隣諸国の中では精霊に詳しいとされている私に、外務省を通じて確認して来た、というわけだ。
何というか……前世の言葉で言うなら「呪い」とか「祟り」みたいなイメージだろうか。だが、精霊には自身の像を作って祀らせるような価値観は無いから、像を壊されたからといって人間から攻撃を受けたとは思わない筈だから、悪感情を抱くことは無い筈だ。他の原因があると考えた方が妥当だろう。
「……その奇妙な現象とやらについて、詳細を説明して頂けないでしょうか?」
私がそう言うと、外務省の職員は「私も伝え聞いただけですので、いささか不確かな所はございますが」と前置きして、説明をしてくれた。
初めはある領内のとある川の色が変化したり、川魚が大量死していたそうだ。暫くして、体調不良を訴える領民が増加し、また、木々や畑の作物も枯れていき、不作となった。川は少しの雨で氾濫するようになり、大地は荒廃の一途を辿っているそうだ。
それは……精霊云々ではなく、その鉱山とやらの開発のせいでは? そもそも、精霊が意図して人に危害を加える場合は限られる。今回はその条件には該当しないから、それらの現象は精霊とは関係ない筈だ。疑わしければ精霊女王様に確認してみようと思ったが、聞くまでもないな。
「精霊が意図的に人に危害を加える場合は2つ、1つは誰かが望んだ場合、即ち魔法の発動であり、もう1つは人が精霊に敵対した場合ですわ。今回は大規模すぎるようですから魔法ではありませんし、精霊は自身を象った像を壊されたからといって怒りを覚えることもありませんから、精霊に対する敵対とはみなさないでしょう。従って、精霊が何らかの力を使った結果発生した事象ではありませんわ」
「な、成程……」
「この件で個人的な見解を言わせて頂くのであれば、精霊ではなく鉱山の開発に問題があったのではないでしょうか。むしろ、鉱山の開発によって自然が破壊され、それを嫌った精霊達が周辺地域に寄り付かなくなったため、荒廃が進んでいる可能性すらありますわ」
「……貴重なご意見を頂き、誠に有難く存じます。そのように回答させて頂きます」
その場は、これで終了したのだが、それから数日経って、宰相補佐官の一人がやって来た。宰相閣下が私に相談したいことがあるそうだ。私は宰相閣下の執務室に向かったところ、外務大臣もその場にいて、これから話されることは外国の問題だろうと推測された。
「宰相閣下、私に相談とは、何事でしょうか」
「実は先日、ディクセント領に、セントチェスト国から大量の流民がやって来たのだ。何でも精霊に畑を荒らされて住めなくなったため、村を捨てて逃げて来た、と申しているそうだ」
「その流民達の処遇は、どのようにされるのでしょうか?」
「既に帰る所も無いというのであれば受け入れざるを得ないが、現在のディクセント領は数年前の干ばつの影響もあり、受け入れは困難だ。故にワターライカ島への移民となってはどうかと、代表者を通じて話している」
今はワターライカ島への入植が始まったところだから、移民としてなら受け入れる余地は十分ある。ただ、こういった状況が続けば限界が来るわけだし、それに個人的には精霊への風評被害については何とかして欲しいところだな。
「今回はその方向で宜しいのでしょうが、今後も続きそうであれば、根本的な問題の解決が望ましいでしょう。特に私としては、その精霊への誤解を改めて頂きたいところですわね」
「その通りだ。そのため、この件に関して外務大臣や貴女と話しておこうと思ったのだ」
その後、外務大臣からも話を聞いたが、状況から考えて、鉱山が原因だろうと外務省、引いては政府も推測しているようだ。
我が国の鉱山は、昔から精霊の言葉を参考にして、鉱毒を流出させない様な仕組みにしているから鉱毒汚染は見られないが、鉱毒を流してしまうとセントチェスト国の様になる、と反面教師にして今一度鉱毒対策を確認するらしい。
しかしながら、このまま隣国の国家間で豊かさの格差が出来てしまうと、不和の元になってしまう。直接的には攻め込まれたり、間接的には因縁を付けられたりする可能性が高いと、外務省は危惧しているそうだ。
特に精霊導師である私がいるため発展していると思われている我が国は、非論理的な因縁を付けられることがあり、今回であれば「精霊に国を荒らされた」ことを理由としてセントチェスト国が我が国に恨みを抱く蓋然性が高いらしい。勝手な思い込みで恨まれそうなことに内心げんなりするも、対策の必要性は理解出来た。
「あちらの政府に、現在我が国が実施している鉱毒対策を教えては如何でしょうか?」
「その件については商務省との間で協議する予定だ。本音では技術の流出となるためやりたくない所ではあるが、現在の状況が継続するのであれば、止むを得ない」
「それと、現地を見てみなければ判断出来ませんが、私の力で現在鉱毒に汚染されている地域の除染を行えればと存じます」
「……それは……広範囲に亘る汚染地域において、鉱毒の影響を無くすということだが……可能なのか?」
「精霊導師としての力を使えば、理論的に可能ではあるのですが、それでも所要がどの程度なのかは判りません。1週間で終わるかもしれませんし、数年かかるかもしれません」
「正直、貴女を長期間外国に滞在させるのは、安全の確保という観点から外務省としては承認出来ない。精々1か月といった所だろう。それと、除染行為を『精霊が引き起こした事態の後始末』だと吹聴される可能性もある。これもあちらの政府の出方を見ないと判断出来ない状況だ」
「承知致しました。あと……奇妙に感じていることがあるのですが……他の国でも、各種鉱山を開いている以上、大なり小なり鉱毒汚染がある筈ですが、何故セントチェスト国だけ、精霊の仕業であるかのように言われているのでしょうか」
「……確かにそうだ。我が国の様な対策を取っていない国は多い筈だが、鉱毒汚染を精霊の仕業としているのはセントチェスト国だけだ。何かしらの工作が行われた結果、そのような誤解が広まった可能性がある。あちらの政府との交渉の材料にさせて頂こう」
そのような話を宰相閣下達と行い、今後どのようにセントチェスト国と関わっていくのかを検討した。
その後、1週間程経ち、セントチェスト国への対応の件で臨時会議が行われた。今度は関係省の大臣以下、主要な関係者が宰相府の大会議場に集まった。魔法省からは大臣、魔法課長、精霊課長と私が来ている。まずは概要を宰相補佐官の一人が説明した。
「……ということで、現在のセントチェスト国内の状態は悪化しておりますが、内乱が発生するだけならまだしも、大量の流民が発生したり、我が国に対して領土的野心を持たれる可能性が高い状態であり、対策が必要であります」
「成程。それでは隣接するディクセント領の負担も大きい筈だ。当面は第3歩兵隊に国境警備の支援をさせよう」
国境警備の観点から、国防大臣であるお父様から警備支援について提案が出された。確か第3歩兵隊は、ブラフォルド領のタルアイクに駐屯しているセントチェスト方面担当の部隊だったかな。
「おお、国防大臣、それは有難い。国軍と領軍との間で調整させて欲しい」
ディクセント侯爵もこの会議に参加している。転移門を使って王都までやって来たようだが、それだけ今回の事態に困っていることが伺える。
その後は、先日話した通り、我が国の鉱毒対策技術の提供などについて話された。商務省とはある程度調整が進んでいたのか、そこまで反対意見は出なかった。ただし、見返りという点については今後セントチェスト政府と更なる交渉が必要のようだ。
あと、私の派遣については
「その件だが、精霊に関して見当違いな噂が広まる国だ。精霊導師殿に対しても、何らかの敵意を持っている可能性は無いだろうか?」
お父様が警備上の話なのか、親馬鹿なのか判断出来ない質問をしていた。それについては外務大臣から
「現在、駐在大使を通じて調整中だが、流石に旧サザーメリド、現ラルプシウス国の顛末を知っているためか、精霊導師殿個人に対しては目立った敵意は無いとのことだ。むしろ、現状を打破してくれる存在として期待している節がある」
と回答していた。正直、都合のいい事を考えているな……とは思うが、自然が破壊され、多くの人が苦しんでいるわけだし、私が何とか出来るのであれば、協力するべきだろう。
こうして、私の派遣を含む、セントチェスト国への対応の方向性が決まった。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
評価、ブックマーク、いいね、誤字報告を頂ければとても助かります。
宜しくお願いします。