第288話 ワターライカ沖海戦 3
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私は、会議の時に、空動車による襲撃という策……というほどでもないが、意見を出した。
魔法強化した上での遠方からの魔法攻撃なども考えたのだが、敵艦には投石機らしきものも搭載されていたし、現在の海戦は、遠方から魔法や弓矢によって攻撃し、最終的に船ごと相手の船に突撃して兵が乗り込んで制圧するというものらしいので、兵力差を覆すには魔法攻撃では決め手に欠け、根本的な所で戦法を変える必要がある、と思ったのだ。
当然、国防省や軍総司令部も空動車を活用する案は考えていたらしいが、精々魔法などで攻撃することしか出来ない空動車では、ウェルスーラ国海軍の物量と装備を覆せるほどの力は無い、と反論された。
だがそれについては、解決する手段がある。
「攻撃手段ですが、総司令官殿……というより、サウルトーデ伯爵に許可を頂けるなら、良い手段がございます」
サウルトーデ伯爵は領内の復興活動中ではあるが、国軍総司令官としてこの会議に参加している。
「む、導師殿、我が領に、攻撃手段を得られる何かがあると仰るのか?」
「ええ。以前お話しさせて頂いた、地下に眠る油を、利用するのですわ」
以前、各領巡回助言の際に、サウルトーデ領で石油を発見した。あの時は、十分な研究を行った上で活用すべきだと意見したが、このような状況だし、使わせて貰おう。
「あの油は、採掘された段階では様々な成分が混在した状態ですが、その中から燃え易い成分を取り出して燃やすと、通常の油とは比較にならないほど強力な炎を起こす事が、火精霊との話の中で解りました」
まあ、基本的には前世の記憶が元になっているが、火精霊にも確認した内容だから、間違いではない。
ということで、サウルトーデ領で石油を採掘し、その中から前世で言うところのナフサに分類される成分を取り出し、それを空動車で上空から軍艦に落とし、更に火種を上から落として炎上させる、という方向性が決まった。
後は、それを実行する部隊だが……使用可能な2人乗り空動車は30台あるそうで、現在は魔法兵団の地魔法兵を中心に操縦訓練を行っているので、そういった人達で編成することになるのだが、問題は、指揮官だ。
小部隊の指揮官クラスなら重力魔法を使える魔法兵の中にもいるが、重要な作戦の指揮官にはそれなりの地位が必要らしく、適任者がいない、と魔法兵団長から発言があったのだが
「その役目、私に任せて頂きたい!」
そう発言したのは、現在は魔法学校の学生ではあるが、重要な会議のため参加しているオスクダリウス殿下だった。確かに地位はあり、重力魔法についても国内有数の使い手だ。空動車も乗りこなしていると聞いているし、これ以上の人選は無いだろう。当然皆の喝采を受け、陛下も裁可された。
しかし、まだ成人前なのにそのような重責を負わせることに、そしてその切っ掛けを作ったのが、私の発案であったことに、少なからず罪悪感を覚えたが、それを口に出せる雰囲気では無かった。
会議終了以降、私はウェルスーラ国海軍の侵攻に対抗するための準備に携わった。まずは、油の準備だ。これについては、油がどのように燃焼するか知りたいという方も多く、一旦サンプルとして10リットル程入る壺に入れて、燃やしてみることになった。
私はサウルトーデ領の油田の位置まで空動車で前進し、現地で作られていた管理事務所の人に確認して、油を取り出した。石油の研究自体は始められていたようだが、あまり進んではいなかったようで、研究者にもこれから行う作業を説明した。
液体混合物を、沸点の差を利用して蒸留によっていくつかの成分に分ける、所謂分留について概要を話した後、今回については私が精霊導師としての力で同様の結果を発生させ、良く燃える油を取り出すという話をして、実際に両手を火精霊と同化させて無色の油を取り出し、壺に入れて蓋をした。色が原油とかなり違うため、研究者達は驚いていたようだ。
そして王都に戻り、郊外の野原で燃焼実験を行うことになった。主要な方々が見守る中、油を入れた壺を離れた所に置いて、蓋を外して安全距離を取った上で、火魔法を使って着火したところ、凄まじい勢いで油が燃焼し、壺も炎の勢いで割れ、油が零れて更に燃え広がった。
「まさか、あの程度の量の油に火を付けただけで、ここまでの炎が上がるとは……」
「なお、この炎については、生半可な消火行為では効果がございません」
私は、水魔法により結構強めの水を浴びせてみたが、炎の勢いが衰えることは無かった。見学していた人達は、この油の危険性について、十分認識したようだった。その後、油を取り扱う際には周辺で火や魔法を使わないなどの安全管理要領について徹底して貰うよう話し、燃焼実験は終了した。ちなみに、この油は「強炎地油」という名前になった。
その後私は、4斗樽くらいの大きさの壺を、予備を含めて100口、地精霊と同化して作成して収納し、油田まで前進してそれに強炎地油を詰め、蓋をして使用出来るよう準備した。
また、空動車隊という部隊が臨時で編成され、オスクダリウス殿下が隊長として就任し、実際に油壷を落とすための訓練を開始した。
今回空動車は海上を飛ぶため、事前に地精霊をきちんと同乗させておかないといけないし、同乗させるための魔道具にも十分な魔力を与えておかないと、途中で魔道具が止まると地精霊が去ってしまい墜落するので、その辺りの動作や点検は徹底しているようだ。
その他、強炎地油の取扱いなども含めて細部要領を検討した結果、まずは10台で接近し、敵艦の帆を風魔法で攻撃し、機動力を奪った上で、後続の20台が油壷を座席から紐で吊るして運び、動けない敵艦の上空から油壷を落として、仕上げに最初攻撃した10台が、着火済の石炭を上空から落として炎上させる、ということになった。
先攻隊10台には、操縦手の地魔法兵と攻撃手の風魔法兵、壺投下隊20台には、操縦手の他、油壷を運ぶために重力魔法を使える地魔法兵を同乗させることになった。
しかしここで、1つ問題が発生した。敵艦隊の位置を遠方から正確に把握する手段が無かったのだ。私はオスクダリウス殿下から相談を受け、風の精霊術士を一人先攻隊に同乗させ、風精霊によって先導するという案を出した。
ただ、これを実行出来る精霊術士と言えば……私は一人しか思い浮かばなかった。
「導師様、私に何用でしょうか」
「リゼルトアラさん、実は……貴女に空動車隊の先導役をお願いしたいのですわ」
「……何故、私にそのような大任を?」
「理由は2つあります。1つ目は、魔法強化を使える、精霊との意思疎通が容易な風の精霊術士であること、2つ目は、貴女が貴族としての矜持を強く持っていることですわ」
「1つ目は理解出来ますが、2つ目はどういった意味でしょうか?」
「此度の戦は、普段の力を発揮すれば勝利可能でしょうし、生存も可能でしょう。しかしながらこの戦は、我が国の命運を左右するもの。そのような重圧の中で力を発揮出来るのは、困難な中においても民を先導する気概を持った、貴女を置いて他にはいないと、考えたからですわ」
「……貴女は私をその様に評価されていたのですか?」
「ええ。繰り返しますが、この大任、貴女以外の方に任せることは、出来ませんわ」
私がそう言うと、リゼルトアラは自信に満ちた、それでいて「してやったり」と言わんばかりの顔をして、私に言った。
「導師様、承知致しました。このリゼルトアラ・ヘキサディス、ご期待に応えて見せますわ」
こうして、リゼルトアラは空動車隊の先導役となり、先攻隊を率いるオスクダリウス殿下の後方席に乗ることになった。これで、方角の判り辛い海上の空においても、敵艦の場所を把握することが出来るだろう。
空動車隊は投下訓練を続けて練度を向上させ、ウェルスーラ国海軍が近付いた頃に、ワターライカ島の西港湾に向けて出発した。空動車隊は海兵団の船に搭載されて移動した。
この際、海兵団は保有する全ての船、練習船も含む18隻をもって出発した。その中には、海兵団本部の運用班で勤務しているロナリア達も含まれている。まさしく総力戦といったところだ。
更に、国軍司令部庁舎に作戦室という場所が設営され、ユートリア大陸地図やロイドステア東沖海域周辺の海図などが置かれ、ウェルスーラ国海軍の予想位置や、海兵団と空動車隊の現況などが掲示され、戦況が分かるような作りになっていた。そしてここには、海兵団との迅速な意思疎通を行うため、精霊課から風の精霊術士が配置された。
私も作戦室に足を運び、感覚共有などにより、概ね正確な敵艦隊の位置を確認したり、現地の天気予報を行ってその結果を掲示していた。
「明日はいよいよ戦闘になりそうですが……導師様……荒天になるのはまずいのでは?」
本日の当番であるフェルダナが、天気予報の結果を見て、心配そうに私に話し掛けて来た。それは私も思っていた。雨が降るのはまだしも、強風は、空動車の行動を阻害してしまう。あれは正直やりたくなかったが、ここでの出し惜しみは無い。
私は、人のいない所に行き、頭を風精霊と同化させ、風精霊達を招聘して、こう呟いた。
【明日のロイドステア東沖海域の天気は、穏やかな晴天】
呟いた後、風精霊達に魔力を与えると、風精霊達は一斉に北東に向かって飛んで行った。その後、何気なく作戦室に戻ると、フェルダナから
「ま、まさか先程の風精霊達は……導師様が……?」
と尋ねられた。まあ、風の精霊術士なら、察することが出来ても仕方ないが……一応口止めはしておこう。
「フェルダナさん、明日の天気は穏やかな晴天とのことですわ? ……宜しいかしら?」
と、微笑みながら言うと、フェルダナは何度も首を縦に振っていた。天候を操ると、後から皺寄せが来ることもあるから多用したくないのに、出来ることを公表すると、頻繁に頼まれてしまうからね……。しかも今回は私が大っぴらに戦闘に加入してはいけない状況だし、言わぬが花、という奴かな。
そして決戦の日、心配になって風精霊と感覚共有して戦場の様子を確認にも行ったが……ロイドステア国軍は、見事に勝利した!
空動車隊は訓練の成果を遺憾なく発揮したし、残存兵力には海兵団が対応して、一兵たりともワターライカ島への上陸を許さなかった。敵艦を殆ど沈めたのは可哀想に思わないでもなかったが、そうしないと敵は撤退してくれず、こちらへの被害が出たかもしれない。戦争だから、仕方が無いのだろう。
そしてその2日後、海兵団の団長以下、主要な士官達と空動車隊全員が王都に戻り、盛大なパレードが行われた。特に空動車隊はオスクダリウス殿下の空動車を先頭に隊列を組んで行進し、民衆の歓声を受けていたようだ。オスクダリウス殿下は、救国の英雄的な扱いになっているらしい。
パレードに引き続き、海兵団長やオスクダリウス殿下が陛下に戦勝を報告するため、王城に入場した。政府の主要な役職の者は、私も含め、そこで勝利を祝う為に待っていたのだが……オスクダリウス殿下が私の近くにやって来た時、思わず涙が零れてしまった。
どうやら、自分で思っていた以上に、知人の出兵はストレスになっていたらしく、顔を見て安心したらしい。殿下には恥ずかしい所を見られてしまった。殿下も変な反応をしていたし、申し訳ないとは思うが……無事帰って来て良かった。
こうして、今後「ワターライカ沖海戦」と称されることになる海戦は、我が国の勝利に終わった。
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