第267話 隣国王子の魔力循環不全症治療 3
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王子が意識を取り戻した事が彼女達に決断させたのかもしれない。その日の夕方
『愛し子~嫌な感じがする人がいたよ~』
と、風精霊が呼びに来たので、急いで王子の部屋に向かうと、騒ぎを聞いて入って来たのだろう、何人かの衛兵とともに、以前正妃にこちらの状況を教えていた侍女が驚いた様子でしゃがんでいた。私は軽く威圧しながら、尋ねた。
「一体、何が起こったのでしょうか?」
「わ、私は、殿下のお世話を、しておりましたら……何やら怪しい火花が!」
王子はトイレに入っているらしい。この侍女は、下のお世話と称して王子に近づいて、何かをしようとしたのだろう。他の侍女も部屋にやって来たので、とりあえずは他の侍女に王子の世話を任せておいて、私はこちらの対応だ。まずは風精霊に姿を見せて貰うと、周囲が驚いていたが、これからが本番だ。
「精霊が言うには、貴女から王子殿下への強い悪意を感じたそうですわ。貴女……毒を持っておりますわね?」
「と、とんでもございません! 私はただ、お世話をしようと」
『嘘だ』
「精霊は、人間の嘘を見破ることができますの。テルフィ、身体検査をして頂戴」
「はっ!」
テルフィが身体検査を行うと、侍女のポケットから、大豆くらいの大きさの薬のような粒が出て来た。
「これは……何ですか?」
「これは、薬でございます。何でしたら私が今から飲みましょう」
……飲んでも大丈夫なら、毒ではないのか? 他には怪しい物は無いし……いや、精霊が強い悪意に反応したのだから、何らかの行動を起こそうとしていた筈だ。もう一度、確認してみよう。
「貴女は、火花が出る直前、王子殿下に何をしようとしていましたか?」
「殿下は……催されましたので、厠でお世話をしようとしておりました」
……ん? もしかして?!
「貴女……もしかするとこの薬とやらは……口からではなく、下から挿入することで効果を発揮するのかしら?」
私がそう尋ねると、侍女の顔色が変わった。
「もう一度聞くわ。これは、口からではなく、下から挿入する毒なのかしら?」
「い、いいえ!」
『嘘だ』
「では、毒ですわね」
私がそう言うと、これまで事態を見守っていた元々の衛兵達が、侍女を拘束した。後は任せよう。
それから私は、騒ぎを知った国王に呼ばれて執務室に行った。手紙の件も併せて、聞いた限りの正妃の企みを話した。
「……俄かには信じ難いが……動機としては十分あり得る。正妃にも話を聞く必要があるな。精霊導師よ、息子を護ってくれて感謝する」
私はそのまま国王の前を辞し、部屋に戻った。
それから、聞いた話によると、国王自ら正妃の所に行って確認した所、怪しい点があったため、軟禁状態になったそうだ。また、あの侍女は毒について口を割り、また、毒を入手したと思われる侍従も拘束された。この侍従は自死を図ったが、あらかじめ待機していた神官によって命を取り留め、その後も色々あった結果、正妃の命によって王子の暗殺を図ったことを供述したそうだ。
その間私は、施術を行いつつ、王子の話し相手になったり、侍医から色々話を聞いたりした。王子については、話をする他に、精霊の姿を見せると非常に喜んでくれた。あと、王子と話している際に、とても面白いものを発見した。
「殿下、お薬のお時間です」
「うぇー、このくすりにがくてやだー」
「これは飲むと元気になるお薬です。ほら、精霊導師様にも、笑われてしまいますよ?」
侍医と王子の微笑ましいやり取りだったが、お湯に溶かした薬の香りが気になったので、原料を聞いてみた。
「これは、幹生殻葵の実を煎じたものです。ヘイドバーク国から輸入したもので、強壮の効果がございます。王都の市場でも入手可能ですよ」
侍医からその様に説明され、気になったので地精霊と感覚共有して、実物を市場に確認しに行ったところ……何と、カカオ豆だった。道理で香りに覚えがあるわけだ。前世ではチョコレートが大好きで良く食べていたからね。帰ったらうちもカカオ豆を輸入して、チョコレートを作らなくては! 前世の様に作れるかは判らないが、試さないということはありえないだろう。
幸い、侍医からカカオ豆を取り扱っている商会を教えて貰ったので、取引したいという手紙を出しておいた。最初は王都の方に取り寄せて貰うことになるから高くなると思うが、それを差し引いても余りあるだろう。チョコレートだからね!
その他、王子に対して簡単に魔力操作を教えたり、侍従に対して例の体操を教えた。流石に3才では、体操を教えるのは無理があるからね……。
その甲斐あって、王子の体調もほぼ回復し、また、暗殺未遂事案についても概要が判明したということで、私については帰国することになった。来た時とは違い、王子が元気になったので、隠れるような感じではなく堂々と、国王や側妃、王子に見送られて王城を後にした。
カラートアミ教の転移門により王都に戻った私は、陛下の執務室にて、陛下、宰相閣下、外務大臣に対して今回の報告をした。この際、帰りにネクディクト国王から渡された親書も提出した。
「……成程。今回の件は、暗殺自体は未遂に終わったものの、毒による高熱が原因で幼い王子が魔力循環不全症に罹ってしまったということか。不幸中の幸いか、そなたの活躍により、二重の意味で問題を解決したわけだな。ネクディクト国王も、非常に感謝しているようだ。大儀であった」
「陛下よりお褒め頂き、恐悦至極に存じます」
「しかし……そのような方法で毒を使用するとは……精霊導師は知っておったのか?」
「毒について、実物は存じませんでしたが、こういった方法で使用される可能性があることは、把握しておりました」
この世界では、坐薬というものは無いらしい。どこかの民間療法などにある可能性はあるが、あちらの侍医にも確認したので、一般的な療法ではないのだろう。薬は基本的に飲み薬か塗り薬だし、毒は傷や肌に塗り込むもの、香の様に使用されるものも知られているけれど、食事やお茶、水に混ぜて使うものが殆どだ。
あと、直腸で成分が吸収されるという概念も無かったようで、あちらの侍医も驚いていたから、その辺りも踏まえ、坐薬の特徴である、直腸から血管に直接取り込まれるために肝臓により成分が分解されにくいこと、また、経口で体内に入れた場合では胃腸の消化により効果を失う成分でも使用できることなどを説明した。
あの薬も、恐らくは経口だと効果を失う類の毒で、侍女はそれを知っていたから毒だということをごまかすために、自分で飲むと言っていたのだろう。
その他、用法からすると、貴族の幼い子供に対して用便時の処理を行ったりする際に使用する毒なのだろうが、それ以外でも、茶会や夜会に参加する女性などは、参加前に全身磨き上げる様に手入れされるため、その際に今回の毒を使用しても、知識として知らなければ気にしない可能性が高いことなどを説明した。
「今回の毒は、入手先は判明しているのか?」
「詳細は確認出来ませんでしたが、外国産と伺っておりますわ」
「では、今後は我が国でも使用される恐れがある。宰相、関係部署に通達せよ」
「拝命致しました。特に王城勤務者については徹底致します」
恐らく、一番狙われる可能性があるのは、リーディラゼフト殿下だろうから、王城勤務者には特に必要な知識だよね……。毒の確認業務についても、食事だけでなく、王城については精霊の巡視などを加えて貰おうかな。今なら私でなくても、精霊術士なら精霊に依頼してやって貰うことも出来るからね。
こうして、急ではあったがネクディクト国での魔力循環不全症の治療活動を終了した。幼い命を救うことが出来たことは良かったし、それに、カカオ豆の存在を知ることが出来たのも嬉しい誤算だ。入手出来次第、チョコレート作成の研究を行おうっと。
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※ 造語
幹生殻葵=カカオ




