第261話 ヴェルドレイク様の論文を読んだ
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
月末の休日を鍛錬や鎧作成に費やし、3月に入った。レイテアは騎士学校の教官に正式に就任し、併せて騎士団の顧問になったそうだ。学校についてはこれまでと殆ど変わらないそうだが、騎士団では、当初は増加しつつある女性騎士を鍛えて行くそうだ。とは言っても、今の騎士団の女性騎士の殆どは、騎士学校での教え子なので、問題無くやっていけるだろう。
今週精霊課は、魔法兵団との協同訓練を行っている。幸い、精霊術士集中鍛錬で魔法強化を成功させることが出来なかった精霊術士達も、1か月の間に何とか成功させることが出来たようで、各領巡回助言や工事支援などに行っている者以外は、全員協同訓練に参加しているそうだ。
ということで先日は訓練の説明会をやっていたらしいが、やはり軍隊のことなど何も知らない少女ばかりなので、基礎的な知識を教える事に終始したそうだ。まあ、最初の時も、そんな感じだったね……。
一方私は、特に差し迫った業務も無いので、書類を片付けた後、田んぼに行ったり魔法研究所に行ったり、たまに感覚共有して協同訓練の様子を見に行ったりしていた。
それほど忙しくなかったおかげで鎧の作成も無事終了し、夜に一旦アルカドール領に帰った。
「おお、フィリス、これが鍛錬用の鎧の部品か! 有難う」
「お父様に喜んで頂けて、幸甚ですわ。後は職人に発注して頂ければ、完成致しますわ」
「早速そうさせて貰おう。カイも喜ぶ」
「お兄様はカルセイ町に視察に行かれているそうですわね。お体に気を付けて下さい、とお伝え下さいませ」
「判った。お前も気を付けるのだぞ」
「お気遣い頂き、有難うございます。では、王都に戻りますわ」
ということで、鎧の作成は終了した。今度会う時は、魔力量がかなり増えているかもしれないな。
協同訓練の方も、何とか無事に終わったようだが、初めて兵士達と接したからか、あまりなじめていない者が多かった気がする。今後の課題かな。
第2週に入った。今日は重力魔法活用会議が行われる日だ。事前に配布された資料を見ていたが、特に空動車関連が進んでいるようだ。重空動車については、複数の魔法士で操縦する方式を取ったようだ。浮遊担当と航行担当に分かれて操縦するらしいが……実際の説明を聞いてみよう。
……なるほど。重力魔法を複数人で重ね掛けをするのは結構容易らしいので、機能別に分ければ扱い易くなる。後はそれに応じて魔道具を作って操縦すればいいわけだ。なお、新素材を使ったワンボックス型の空動車の研究も進んでいる。今週末には依頼されていた3つの車体を完成させ、引き渡す予定だ。
省定例会議が行われたが、精霊課に関係する内容としては、先週の協同訓練の話があった。かなり魔法強化を使える精霊術士が増えたので、精霊術士を加えた上での部隊の編成や配置を検討していると魔法兵課長が言っていた。
特にこの際把握しなければならないのは、魔法強化の有効範囲だ。これは精霊術士の能力などで決定するようで、人によってまちまちなのだが、最小限の範囲が概ね分かったので、それを基準に配置を考えているそうだ。まあ、これについては能力を発揮する上で必要なことなので、頑張って貰いたい。
週末に、ワンボックス型空動車の車体を研究チームに引き渡し、時間が空いたところに、ヴェルドレイク様が相談にやって来た。実はヴェルドレイク様が開発した魔道具「計算具」が、これまでの魔道具の枠を大きく外れたものであったため、改めて論文という形で発表することになり、その内容について相談を受けたのだ。論文の案を先日ニストラム秘書官から渡されたので、事前に読ませて貰ったのだが、基本的には良く出来ていると思った。
魔道具「計算具」が、従来の魔道具と異なる点は2つある。
1つ目は「無属性」である、ということ。これは、計算具が魔力のみで動き、属性は関係ないということで、魔道具が「魔法を行使するための道具」であるという定義から考えるとおかしな話になる。すなわち「精霊が関与していない」ということであり、魔法を使用していることにならないから、本来の意味での魔道具ではないわけだ。まあ、今のところは魔道具の枠組みだけれども。
2つ目は、従来の魔道具が、魔石に魔技士の持つ魔法のイメージを記憶させることで作成していたのに対し、計算具は「ある」「ない」という状態を組み合わせて、論理演算により結果を出力している。
電子回路で喩えると、従来の魔道具がアナログ回路、計算具がデジタル回路のような感じなのだが、この工程が何を意味するかというと、従来の魔道具は、作成者自身でないと修理出来ないが、計算具は、仕組みを知っていれば誰でも修理できる、ということになる。
このため、従来の魔道具をデジタル(?)方式で作れないかという研究も始まったそうで、魔技士の間では、結構ホットな話題らしい。
そして、計算具の今後の展望という章を読んだ時、正直私は、ヴェルドレイク様の様な人を天才と言うのだろう、と思った。
「計算具を応用して、人の思考を模擬することが可能な、高度な計算力を持つ仕組みを作る、ですか……」
「はい。現在は四則演算しか出来ませんが、計算具を高度に集積することで、それが可能になるのではないかと思いまして……やはり絵空事だと思われますか?」
「いえ……このようなことを考え付くことが出来るヴェルドレイク様の才能に、畏敬の念を持ってしまいましたわ」
「お褒めに与り大変光栄なこととは存じますが……周囲には呆れられているのですよ」
「人の思考は簡単に割り切れるものではありませんし、単純なものでもございませんが、それでも無数の論理式で模擬するのは、不可能ではないと思いますわ」
「貴女にそう仰って頂けましたので、更に研究のし甲斐が出て来ましたよ。とは言え、今のところは絵姿すら見えませんし、長期的に研究を進めて行こうと考えております」
「その方が宜しいですわね。では、直近ですと、どのような魔道具を作られるのでしょうか?」
「現在考えているのが、遠方との意思疎通を可能とする魔道具です。以前導師様に伺った、雷の素の性質を利用して、作ることが出来ないか、研究しているのです」
もしかしてそれは……電話……はまだ早いだろうから無線機の事か? 確かに無線機があれば便利だろうとは思うけれど……?
「まあ。遠方との意思疎通とは、どのような感じで行うのでしょうか?」
「はい、雷の素は、実は微小ながらあらゆる所に潜み、声などを伝搬することも可能である、という話でしたが、あれを形にしてみたいと、考えております」
「それは、現段階でどの程度、実現可能と考えていらっしゃるの?」
「感覚では2割ほどでしょうか。雷魔法の習熟により、雷の素の性質を肌で感じ、理解を深めた結果、案外荒唐無稽な話ではないな、と思う様になりました。現在、遠方との連絡に使っている魔道具は、かなり使い勝手が悪いものですから、全く新しい手法で軽易に遠方との連絡を可能とする魔道具を作ってみたいと考えた次第です」
現在、遠方に意思を伝達する魔道具は、声を遠くまで伝声させる風魔法を利用したマイクみたいな魔道具、離れた場所に同じ空気振動を発生させるインターホンみたいな魔道具、そして、ファックスみたいな感じで遠方に書き記したものが伝わる魔道具がある。
マイクやインターホンはいいとして、ファックスもどきについては、セイクル市と王都の間などの緊急連絡用に使われている魔道具なのだが、統一書式と定められた記号などに基づいて書いたものが遠くに伝わる、というものだ。
その際やっているのが、風精霊に書いている内容を覚えて貰い、相手先まで飛んで行って同じ内容を書いて貰うというもので、風精霊にかなり負担があるので使用する魔力も多く、魔導師クラスなら1人で使えるが、通常は風属性の魔法士が数人がかりで魔力を使って送っていると聞いている。それで簡単な内容しか送れないのだから、無線機などが出来たら、非常に有り難いだろう。
「それは各方面で喜ばれる魔道具になりますわね。私にお手伝い出来ることがあれば、仰って下さいな」
「有難うございます。研究で手詰まり等ございましたら、相談させて頂きたく存じます」
そう言った後、論文の細かい修正点などをまとめて、ヴェルドレイク様は退室した。無線機についても文明の発展に寄与すると思うが、コンピュータやAIなどを見据えているのは、凄いとしか言いようがない。彼の研究には、今後も協力していこう。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
評価、ブックマーク、いいね、誤字報告を頂ければとても助かります。
宜しくお願いします。




