第259話 ロイドステア国軍騎士団トリセント領派遣隊分隊長 オズワルド・メリークス視点
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私はその日、一人娘の晴れ姿を、妻と一緒に見つめていた。
私は現在、トリセント領派遣隊の分隊長を務めている。とは言え、若い頃に比べると体力が落ちてきているのが分かる。まあ、そのうち退役することにはなるだろうが、まだ騎士を続けていたいのが本音だ。
私は、トリセント領中心都市であるバナード市で生まれ育った。祖父が男爵だったそうで、それなりに裕福な家庭で高い教育を受けた私は、騎士を志して王都騎士学校に入学し、卒業して騎士団に入った。それから騎士として励むうちに妻と一緒になり、少し落ち着いた生活を望むようになったので、故郷であるトリセント領の派遣隊に転属希望を出し、希望が通ってバナード市の勤務が始まって暫くして生まれたのが、我が娘であるレイテアだ。
当然私達は娘に出来る限りの愛情を注ぎ、育てた。職場の仲間達も私達親子を祝福し、実の娘の様に可愛がってくれた。妻が娘を抱いて訓練を見に来ると、何故か皆気合が入り、白熱した訓練になったのは笑い話だが……そのような環境が良かったのか悪かったのか……物心ついた娘は、私に剣を教えて欲しいとせがんで来た。
当初私は、娘が自分の仕事に理解を示してくれるのが嬉しくて、それこそ手取り足取り教え込んだ。また、仲間達も面白がって、真面目に剣術を教えてくれた。娘は筋が非常に良かったらしく、型がとても綺麗な上、非常に目が良く、同年代の少年達が相手にならないほど強くなった。
娘は剣術の虜となり、普通の少女が行う遊びや手習いなどには目もくれず、ひたすら剣に打ち込んだ。しかし私は、女性騎士が殆どおらず、また、怪我や婚姻などが原因ですぐに騎士を辞めてしまうことを知っていたので、娘が騎士の道に進むことに反対していた。
それでも娘は、どうしても騎士となって剣の道を進みたいという意志を曲げず、遂に私と妻の方が折れ、騎士学校への入学を認めた。そして娘は騎士学校に入ったが、最初は問題無かったのだろうが、次第に男子との体力差に悩まされるようになったのか、年1回の長期休暇で家に帰って来た時は、疲労の色が顔に出るくらいだった。それでも何とか卒業したものの、娘は騎士団への入団試験に落ちてしまった。
娘は家に帰って来たが、この近辺で剣術を活かせる仕事を探すという。妻と話し、もし今年中に職に就けなかった時は、嫁に行ってもらうことを条件に、職を探すことを許可した。
そうして暫く職を探していたところ、何と、娘は隣領の領主令嬢の専属護衛に就くことになったのだ。確かに、戦場で馬上の人となる主君を護る為に騎士は馬に乗るのであり、騎士の本質は馬に乗ることではなく、貴人の護衛にある、というのが我が国やその他多くの国の常識だ。そういった意味で、娘は名誉ある騎士の座を得たと言って良いだろう。しかし……娘にそのような大任が務まるのだろうか?
領主邸に住み込みとなって以降、たまに手紙が届くが、私達の心配をよそに、日々充実しているという内容ばかりだ。そして、訝しがる私達の元にやって来た新たな手紙には、驚愕する内容が書かれていた。何と、娘が武術大会に出場するというのだ!
慌てて収穫祭に合わせて出発する王都行きの馬車の予約を取り、暫く取っていなかった休暇を取って、王都に向かった。
王都に到着し、友人の家に無理を言って泊めて貰い、武術大会が始まってから会場を探し、漸く娘を見つけ、話し掛けた。最初に驚いたのはその表情だ。以前はどこか辛そうな感じだったが、今は溌溂としており、健康そのものといった表情だ。
また、その体は、しなやかで力強く、かなり剣の腕が上達していることが明らかに見て取れた。だが、所詮は女性なのだ、怪我をする前に試合をやめさせよう、そう思って止めようとしていたところ、恐らくは娘の護衛対象である、侯爵令嬢らしき少女がやって来た。
正直こんな場で無ければ、見惚れていたであろう麗しき少女だったが……娘を試合に参加させようとするのだから対応に困ってしまった。娘の懇願に負け、つい了承してしまったが……怪我はしないで欲しい……!
そして娘の試合を観戦したが……あれは私達が教えた剣術を基礎とはしているが、教導術でしかない受け流しなどの多用……どうやらそれが良い方向に作用しているようだが……あの剣術を誰に習った? 一体娘に何が起こったのだ?!
激しく動揺しながらも、娘の試合を観続けた。辛くも副団長に勝利したものの、あの疲労状態では試合の続行は無理だ、そう思って次の試合を止めに行ったのだが、侯爵令嬢が娘を止めて下さった。どうやら娘は、良い雇用主に出会えたようだ。
それからも毎年、娘は武術大会に参加し、何と3連覇を達成し、殿堂入りしてしまった。娘は以前の伸び悩みが嘘の様に、本当に強くなった。
最初の頃は、娘への賞賛もあったが、女のくせに何だとか、どんなあくどい手を使ったのだ、と誹謗中傷されることも少なくなかった。しかし、そういった声は、更なる娘の活躍により、消えて行った。特に副団長との再戦は、歴史に残る名勝負となったと、専らの評判だ。正直、観ていて私自身も血肉が湧き踊ったものだ……おっと、つい興奮してしまった。
娘の活躍は親として非常に誇らしい限りなのだが、今度は別の悩みが出て来た。娘は婚姻する気が無く、既に世間で言うところの行き遅れと言っておかしくない年齢だ。このままでは、人としての根底を支える幸せを捨ててしまうことになる。
丁度名誉を得たことから、縁談が沢山来ているのだ。今を逃しては今後まともな婚姻は望めない。私は妻とともに、娘を説得にかかったのだが……。
私達との話でも納得することが無かった娘が、どうやら導師様に諭されたらしく、求婚者達に次の武術大会に参加して貰い、その中で相手を選ぶという形で、婚姻に納得してくれたようだ。私達としては、娘が納得して婚姻してくれるのであれば何も言うことは無い。聞く限りでは変な求婚者はいないようだし、私は承諾の返事を書いた。
1年はあっという間に過ぎ、武術大会が開かれた。娘は今回の参加者の中から婚姻相手を選ぶのだ。当然妻と一緒に観戦した。いずれの求婚者達も真剣に戦ってくれたが、多くの猛者達の中にあってなお、圧倒的な力で優勝したシンスグリム男爵を、娘は選んだ。
少し話してみたが、噂に聞いていた通り、真面目な人柄だし、娘のことを好いてくれているようだ。彼なら大事な娘を預けても良いと思った。
それからは、婚姻準備のために色々忙しかった。王都にも足を運び、シンスグリム子爵のご両親も交えて話す機会があったが、どうやら彼も以前は婚姻に消極的だったらしく、自分の意志で求婚してくれたことを非常に嬉しく思っており、そういった意味で、娘には感謝していると言っていた。どこの親も同じなのだなあと、仲間意識を持ってしまった。それはあちらも同様だったようで、何だかんだと話が弾んでしまった。今後も仲良くやっていきたいものだ。
そして年が明け、遂に娘が嫁に行く日がやって来た。式前日は家族水入らずで食事をしたものの、あまり話は弾まなかった。しかし、思わず口から出た
「昔は菜花が食べられなかったお前が……大きくなったものだ」
という一言を切っ掛けに、昔話に花が咲いた。
婚礼装は、特に個性を出す物でもないので一般的なものを選んだが、頭を飾る冠は、白百合を選んだ。これは、メリークルス家……祖父の頃の家名であり、現在娘が継いでいる家名の紋章の意匠として使われているからだが……今後新たに家名を継ぐ子孫が現れて欲しいものだ。
婚礼装に着替えた娘を見た時、思わず涙が零れそうになったが耐え、娘と共に式場へ向かった。シンスグリム子爵のご両親をはじめ、式に参列する方々に挨拶をした後、式場に入場し、婚姻式が始まった。
神官が祝詞を上げ、新郎新婦が誓いを立て、私達が承認し、婚姻は成立した。
自分の時の式以上に気負っていたのだが、あっさりと終わってしまい、拍子抜けしてしまった。
新郎新婦は暫く王都の街並みを馬車で進み、道行く人々から祝福されてから、祝宴の会場へ向かう。我々は会場であるシンスグリム邸に移動し、祝宴に合わせた服装に着替えた後、休憩を取っていた。
暫くすると、新郎新婦が到着し、色直しを始めた。色直しの盛装は、二人に任せているから私と妻は初めて見るわけだが……後の楽しみということにして祝宴会場に入場し、改めて多くの方々から挨拶を受けた。祝宴については、騎士団関係の参加者が多く、私も見知っている者が多かった。団長からも挨拶され、正直恐縮してしまったが。
準備が整い、会場に新郎新婦が入場したところ、私を含め、多くの人達が驚いた。サムスワルドが騎士団の礼服を着ていたのはともかく、娘についても、騎士団の礼服に所々を似せたと思われる盛装を着ていたのだ。基本的には、仲の良さを主張する企図ではあったのだろうが……我が娘ながら、なかなか似合っていると思えるのは、笑う所なのだろうか?
当然その盛装は騎士団員達に大受けし、祝宴が始まってから途切れることなく祝福を受けていた。
祝宴も酣となったところで、新郎新婦から、それぞれの両親に対しての言葉があった。サムスワルドがあちらのご両親にお礼などを伝えた後、レイテアが私達の目の前に来て、言った。
「お父様、お母様、これまで私を温かく見守り、愛情深く育てて下さり、感謝致します。私は今日からシンスグリム家の者となりますが、彼と共に歩む人生の中で、お父様とお母様に育てて頂いたことを忘れず、お二人の様に幸せな夫婦となりたいと思います。今まで有難うございました」
そう言われた時、流石にこらえることができず、涙を零してしまった。妻も涙ぐんでいる。二人してレイテアを抱きしめた。周りの拍手が気恥ずかしいが……レイテア、私の娘でいてくれて有難う。
こうして、婚姻式及び祝宴は恙なく終了して、私達はバナード市に帰り、通常の生活に戻った。レイテアはたまに手紙を書いてくれるが、内容は夫婦の事……というより彼を友人か何かと思っていないか? 毎日一緒に鍛錬をしているとか、サムに負けないよう頑張っているとか……孫にはいつ会えるのかと、妻と一緒に心配する毎日ではあるが……仲良く暮らしていてくれるなら、いつかは会えるだろう。
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