第024話 兄様が洗礼を受けました
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春になった。今度の春で兄様は10才になる。この国では10才になると、戸籍に本登録されるので、重要な結節だ。平民は10才までの間に2~3割が死亡する。貴族でも1割弱は死亡するらしい。やはり小さい頃は魔力量が少ないから、免疫機能もうまく働かないのかもしれない……。
このため、それまでは仮登録で、10才になった時に本登録される仕組みになっている。平民の場合、四半期に1回、2月1日、5月1日、8月1日、11月1日の4回、その日までに10才となって洗礼を行っていない者が各地の聖堂や教会で洗礼を行い、その際に戸籍に登録するのだ。貴族の場合は、誕生日に洗礼を行い、戸籍に本登録するとともに貴族名簿に記載される。
洗礼は、受ける者が神に祈りを捧げ、神官以上の神職者が洗礼用の祝詞をあげることで成立する。で、洗礼の際は神から特殊な能力を授かることがあるらしい。「神の恩寵」又は単に「恩寵」と呼ばれるものだそうだ。
神職者は色々な恩寵を授かっているが、神職者でない者が洗礼の際に授かる可能性があるのは「異空間収納」か「遠視」らしい。1万人に一人くらいの割合だそうだから、授かる人はよほど運がいいか凄い人なのだろう。
異空間収納は、話に聞く限り、前世のマンガであった、某ネコ型ロボットのポケットみたいなもので、遠視は遠くの場所の風景が頭に浮かぶものらしい。ただし、両方ともまともに扱うには、魔力が多くないとなかなか難しいそうだ。
貴族が洗礼を受ける場合は、領中心都市の聖堂か王都の大聖堂になる。この時は、司教様か大司教様が祝詞をあげることになるのだけれど、その時、併せて「鑑定」を行ってくれるらしい。鑑定も恩寵の一つで、名前、属性、出身、種族、健康状態、魔力量、特殊技能や犯罪歴などが頭に浮かぶそうだ。個人情報を頻繁に覗かれたら、正直いい気分はしないのだが、司教様以上の神職者が使用の都度神に祈りを捧げないといけないそうなので、洗礼や裁判など、特別な時しか使われないらしい。それならあまり気にする必要は無いだろう。
新年の祭りが過ぎ、兄様の誕生日である1月25日がやって来た。この日は朝から兄様がセイクル市の聖堂に向かう。父様、母様と私も、同行させてもらった。
聖堂の本堂で、司教様の前で兄様が祈りを捧げ、司教様が祝詞をあげる。そうすると、微かに兄様が光ったように見えた。兄様も、何かを感じたようだ。
「司教様、私の体に何かが入ったような気がします。温かいものを感じました」
「そうですか。ではカイダリード・アルカドールの鑑定を行います。神よ、この者の状態を教えたまえ」
司教様はお兄様の頭に左手をかざして祈り始めた。暫くして、目の前に置いた紙に右手をかざしたところ、紙が一瞬光った。
「鑑定を終了します。こちらが鑑定結果になります。領主様、ご覧下さい」
先ほどの紙に司教様が署名し、父様に渡された。どうやら、鑑定結果が記載されているらしい。
「名前、属性、出身、種族、はその通り。犯罪歴は当然なし。各種状態は健康。剣の鍛錬もそうだが、しっかりと体調管理がなされている結果だ。魔力量は8090。こちらも十分だ。良く頑張っている。そして特殊技能だが……カイ、神はお前に「遠視」の恩寵を授けて下さった様だ!何と素晴らしいことか!お前は次期侯爵として、国王陛下から賜ったこの地と領民を導けるよう、今後も研鑚に励むといい」
「父上、私は次期侯爵として、更に研鑚して参ります。今後もご鞭撻をお願いします」
何と、兄様は恩寵を授かった様だ。各種状態は正直どう評価して良いか分からないが、少なくとも、兄様が父様の跡を継ぐのに問題ないレベルではあったのだろう。そしてこの場で次期侯爵に正式に決定したようだ。遠視なら、領主として活動する際、わざわざ現地に足を運ばなくてもある程度状況が把握できるということだから、非常に有用だと言えるわけだ。何にしろ良かったよ。
その夜は、いつもの誕生日パーティーより豪華だった。通常は、領主である父すら誕生日パーティーは身内だけで行うが、今回はセイクル市の主要な貴族がお祝いに来た。まあ、正式に次期侯爵に選ばれたわけだから当然だよね……。
あの鑑定は、絶対者である神様の評価に基づいて、兄様が跡継ぎとして瑕疵がないかを見るためのものだったわけで、パーティーの連絡は鑑定後に行ったはずだが、そこは皆さん解っていたようで、準備をしていたのだろうな……。
アンダラット先生やミニスクス執政官も、兄様の所にやって来て、お祝いしている。ちなみに、私が以前茶会に招き、その後も定期的に手紙のやり取りなどをしている令嬢方も来ている。ルカなどは、大人達の挨拶が終わるや否や兄様の所にやって来て、色々話している。
4人の令嬢は、私の所にもやって来て、先日送った手紙に入れた土産の礼を言ってくれた。3人はその後去って行ったのだが、パティだけ、何か言いたそうな顔で残っていた。
「パティ様、どうかなさいましたか?」
「フィリス様……。実は自分の今後について、フィリス様の助言の通り、両親と話し合いまして……有難うございました」
「まあ、それは良かったですわ。差し支えなければ、どのように進まれるのか、伺っても宜しくて?」
「私は……、恥ずかしいので……秘密にさせて頂きたいのですが……」
「それは仕方ありませんわね。私も、父からは複雑な事情となりそうなので、まだ誰にも話してはならない、と言われておりますの」
と言って、微笑んでみると、パティも少し緊張を解いたようで、微笑んでくれた。その後、パティは去って行った。まあ、精霊術士の件はおいそれとは言えないよね。私の場合は、父様の言いつけを守らないといけないし。
ただ、精霊が見えるかどうかを知る方法はある。ぶっちゃけ精霊を使えばいい。パティの場合なら地精霊に「あの子と話をしてみて」と言って近寄らせて、パティが地精霊の話に反応すれば、間違いなく精霊が見えていると判断できる。ただ、洗礼の時には鑑定で明らかになるようだから、今聞く必要もないのでやっていないだけなのだが。
そんなこんなで、兄様の誕生日パーティーは終了した。
兄様は、剣術や魔法の鍛錬を更に頑張るようになった。授かった恩寵である遠視の練習も始めたようだ。実際の所、剣と魔法、どちらが好きなのか気になったので、兄様は魔法学校に行く予定だけれど、騎士学校に行こうと思わないのか、聞いてみた。
「そうだね。私は立派な領主となるために、どちらも頑張りたいんだ。ただ、騎士学校の内容は、こちらでも出来るけれど、魔法学校の方は、なかなか難しいからね」
「そうなのですね。流石兄様、素晴らしい向上心をお持ちですわ。でも、体には気をつけて下さいね」
そう言って話を終えた。まあ、最近の兄様は、かなり逞しく成長しているように見える。体操も欠かさずやっているようだし、実際今も魔力循環に異状は見られない。いいことだ。
ふと思ったが、私の場合は、10才での洗礼後に精霊術士になるなら、学校には行かず、魔法省での勤務になるのよね。正直、前世でさんざん通ったわけだし、今更感が強いからいいけど、学校でやるのは勉強だけではないからね……。微妙に俗世間から離れてしまいそうな危機感を感じるよ。
そういう意味では社交の方をもっと頑張るのもいいかもしれないな。ということで、情報収集……というか、話のネタになるものを意識して探す癖をつけるようにするといいと、母様が以前言っていたな……。やっぱり領地に引きこもっているよりも、色々出歩けた方が、話のネタには困らないんだろうな……。
と、この時は考えていたのだが……。
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(石は移動しました)




