第227話 サザーメリド国軍 某兵士視点
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その日は突然やって来た。全ての魔道具が動かなくなっちまった。
このサザーメリド国は、世界一の魔石の産地で、魔道具技術も進んだ国らしい。貴族様は当然として、平民でも魔道具を生活に利用できるのは凄いことなんだそうだ。
ところが、この前起こった大きな魔物暴走が終息したというお触れが出たと思ったら、色々な所で異常が起こり始めたんだ。まず、兵舎の空調用の魔道具が止まった。それと、掃除に使っている魔道具が動かなくなった、と新兵が騒いでいた。兵士用食堂の厨房では、加熱用の魔道具が動かなくなったので、料理人達は薪を燃やして食事を作ったらしいが、いつもと調子が違うから肉が生焼けになったり黒焦げになったりで、酷い飯を食わされた。
色々な所が混乱する中、夜になった……が、いつもなら盛り場では照明用魔道具が灯っていたはずが、今は魔道具が全く動かないから、王都全体が暗い。一部では、提灯を使ったらしいが、それでもいつもの明るさには程遠い。王城の方を見ても、ほとんど明かりが見えないから、状況は同じなのだろう。俺達に出来ることは、とにかく戸締りをして、寝て朝を待つだけだった。
一夜明けた次の日、王都中を伝令が馬に乗って走り回っていた。かなり疲れているようだ。馬も元気が無いように見える。まあ、通常は鞍に魔道具を装着して、疲れを軽減している筈だから、全ての魔道具が動かなくなっている今、疲労がいつもより溜まっているのだろう。
伝令が伝えていた内容は現状の説明だ。どうやら、何らかの手違いで、精霊を怒らせたそうだが、すでに政府が動き始め、じきに元の生活に戻るので安心せよ、という話だった。とは言っても、暫くの間は魔道具が使えない中で生活をしなければならない。さっき分隊長が、治安が悪化するから巡回を増やすと言っていた。俺達の仕事も増えるわけだ。誰が精霊を怒らせたんだよ、全く。
……あれから一週間経ったが、魔道具が使えない状況は変わらなかった。王都全体の雰囲気が暗く、人通りもまばらだ。皆家に引きこもっているから、心配された治安の悪化は今の所見られないが、空調や水汲みなど、生活に直結した魔道具も止まったままだから、疲労も不満も溜まっていく。
何かの拍子に爆発することのないよう、祈るしかない。また、王城勤務の友人が言うには、王様がどこかに話し合いに行ったらしいが、不調に終わったそうで、暫くはこのままだそうだ。暫くって、いつまで続くんだよ!
魔道具が使えないことで仕事が無くなった奴らが増えた。王都に仕事が無いなら地方に行った方がいいのかもしれないが、今は定期便も殆ど出ていないし、一人で歩いて出ようものなら、魔物か野盗に襲われるのは目に見えている。職にあぶれても王都に残るなら、商工組合が急遽作った薪や油を取り扱う商会の作業員とかにでもなって、凌ぐしかないかもな。
一方、王城勤務の友人達が言うには、貴族様達は、今回の責任やら何やらで争っているらしい。かなり雰囲気が悪いそうで、会う度に言われている。正直、飯は少なくなった上に不味いし、盛り場に繰り出すことも出来ないから、愚痴でもこぼさないとやってられないからな。
で、友人達の話によると、どうやら、今回下手を打ったのは王家で、精霊女王の愛し子とかいう娘を王家に取り込もうとして、かなりあくどい手を使ったそうで、それで精霊女王が怒って、この国には力を貸さないと言ったそうだ。王様も直接謝ったが、謝り方が悪くて許して貰えなかったと、その場にいた高官が言っていたらしい。
まあ、自分で仕組んだくせに、王子に全ての責任を押し付けようとしていたのが、全部ばれていたらしいから、当然だろうな……。だから、今の王家を倒して、取って代わろうとする勢力がいつ現れてもおかしくない状態らしいんだが……。
ただ、新しい国が出来たとしても、精霊女王の怒りが収まらないと意味が無いから、王都にいる貴族様達は様子見らしいし、他国も飛び火するのを恐れて、この国との付き合いを見合わせているという話だ。隣国との街道も閉鎖されたそうで、他国に逃げるのも無理らしい。不安は広がる一方だ。
王都に住んでいる農民達が話していたが、畑が荒れてきたらしい。また、王都ではかなりの数の井戸が枯れた。今は雨を集めて飲み水にすることで何とかやっているが、今後はどうなるか判らん。これも、精霊が力を貸してくれなくなったからだそうで、もう、誰も彼も暗い顔をしている。日々の食事にも野菜類が少なくなり、彩が欠けてきた。このままでは、次の収穫も期待できないかもしれない。
異変が始まってから1か月以上経ち、とうとう騒動が起こった。と言っても、誰かが王家を倒そうと思って始めたわけではなく、切っ掛けは上の王子が、兵士に当たり散らしていて、それがあまりに酷かったからという話だが……つい反撃したら、あっけなくやられちまったらしい。以前なら、身を護る魔道具なんかがあったから助かったかもしれんが、今はそんなもん動かないからな。
それからは、城内は歯止めが効かなくなって、王様をはじめ、お偉い方々が襲われたそうだよ。本当は、逃げるための隠し通路とかもあったらしいんだけど、どうやらその入口も魔道具で開くようになっていたそうで、当然使えないから、そのまま捕まって殺されちまったという話だ。
それで王城は閉鎖されてしまったんだ。そもそも、お偉い方々は、俺達のような魔法をろくに使えない平民を人だと思ってなかったみたいだからな……。これまでは、魔法や魔道具があるから圧倒的に強くて、やりたい放題だったんだろうけど、今は違う。それが明らかになったことで、これまで溜まっていた不満が一気に出て来たわけだ。
王様達が襲われた時に、王城の宝物庫とかも荒らされて、中にあった金品が王城の前にばらまかれたそうだ。その時俺は、王都の入口で門番をやっていたから、拾いに行けなくて残念だったが、ある意味その方が良かったかもしれん。何せ、その時ばかりは話を聞いた住民達も一斉にやって来て、奪い合いを始めたもんだから、王城の衛兵達にもかなり被害が出た。
友人の一人が、住民達に巻き込まれて大怪我をしたらしいし、他にも怪我人が多数出た。騒ぎを収める際に、住民側にも結構な数の死人が出た。金は欲しいが、命は金じゃ買えないからな。
その後は、一応騎士団長が仕切って騒ぎは収まり、俺達もこれまでと変わることなく警備を行っている。まあ、王都の住民は皆、怖がって外出を控えているから、表通りには人を見かけない。俺達兵士の多くは、正直な所命令に逆らう気力もないから動いているだけだし、何も起こらないのはいいことだけどな。
そういった騒動はあったが、相変わらず貴族様達は、次の王様に誰がなるかで揉めているらしい。まあ、まだ魔法も魔道具も使えないからな。最近は先が見えないことから自棄になり、暴れたり、盗んだりする奴等が増えた。俺達も正直捕まえたくはないが、分隊長にどやされたくはないからな。
カラートアミ教なんかも、生活に困った者達を助けたりはしているが、それ以外には動いていないようだし、俺達はどうなるんだろう……。
たまに他の町などから話し合いのために貴族様達がやって来るが、そういった時には護衛達とも情報交換をしている。他の領についても王都と似た状況で、幾つかの領では暴動が起きて、領主様や町長が死んじまったそうだ。まあ、王都と同じで、これまでの悪政から恨みを買って、襲われたという話だけどな。
普通は誰が跡を継ぐかで争いが起きると思うんだが、今回は王都をはじめ、誰も跡を継ぎたがらねえ。今後どうなるか判らない土地を貰っても、迷惑なだけだからな。
嫌な予想が当たって春の収穫が激減し、とうとう災害用の備蓄食糧が食事に使われ出した。ここに来て、やっと各地の領主様を中心としたお偉い方達が王都に集まって、次の王様を決めることになった。
そこでどういった話し合いが行われたのかは知らんが、王都から少し離れた所に領地を持つ公爵様が、新しい王様になると決まったようだ。俺達下々の者は、このありさまを何とかしてくれるなら誰だっていいよ、としか思わなかったが。
閉鎖が解かれた王城で、戴冠式とやらが行われ、新しい王様が生まれた。すると、精霊術士という女性が精霊の言葉を聞いたそうで、試しに魔道具を使ったら、また動き出したんだよ!
その後は色々な所で新しい王様を祝う宴が開かれた。まあ、俺達はこれでやっと元の生活に戻ると、喜び合ったんだがな。料理人達も、久々に魔道具で調理できたもんだから張り切って作ったのか、備蓄用の材料でも美味かったよ。流石に酒は造れてなかったから出なかったが。
今回、王家が替わったことで、国名も新しくなった。以前の国とは違うという所を知らしめるためだそうだ。国名は「ラルプシウス」で、これは王様の元々の家名らしい。それと、多分王都の誰もが初めて見ただろうが、何と地龍様が王都にやって来たんだ! それで、王城の所で浮かびながら新しい王様と話をしたそうだ。何を話したのかは知らんが、重要な話だったんだろうな。
その後、新しい王様が国民に出したお触れの中に、精霊への感謝を忘れるな、というものがあった。確かに、姿が見えなくても精霊が俺達の生活に深く係わっていたことが、今回の騒動で良く解ったから、皆忘れないだろう。もう精霊を怒らせるのはこりごりだ。
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