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第216話 ロイドステア国軍騎士団副団長 サムスワルド・シンスグリム男爵視点

お読み頂き有難うございます。

宜しくお願いします。

俺はステア政府に勤務する役人の三男として生まれた。父は一応男爵位を持っていたから、それなりに教育を受けることが出来たが、俺は勉強よりも剣術が好きで、やればやるほど強くなっていくのが嬉しくて、親に頼みこんで騎士学校に進ませて貰った。俺には剣術の才能があったらしく、同学年どころか上級生にも引けは取らなかった。まあ、努力も人一倍したつもりだがな。




騎士学校を卒業し、騎士団に入ることが出来た俺は、剣の腕を更に磨きながら実績を重ね、20代半ばにして、騎士団副団長まで上り詰めた。副団長としては経験が足りないが、武術大会2連覇という成果を修めたため、将来を期待されて抜擢されたのだ。周囲の期待に応えるため、俺は更に励んだ。しかしながら、俺は何か大事なものを見落としてしまったのだろう。3連覇がかかった武術大会で、無名の女性剣士に敗れたのだ。


俺はその女性剣士を、試合の相手だとすら思っていなかった。これまでの常識では、剣術において女性は男性に劣るものであり、ましてや俺は、その男性の中でも強者だったからだ。だから俺は、その女性剣士が俺の剣筋を受け流したのを見て、生意気だ、と思ってしまったのだ。


剣を受け流すこと自体は、我が国だけでなく、多くの国の剣術の基礎にも型があるが、それは教導に使用するためであり、実戦には殆ど使わないのが通例だ。というのは、身体強化を使う様になると、一撃が速く、そして重くなるため、受け流すだけでは体に負担が蓄積することになる。従って、より先に相手を倒す方向に力点が置かれるようになるからだ。つまり、試合で相手に剣筋を受け流されるというのは、相手より力量が著しく劣る、と言われているようなものなのだ。


当然俺は、そのようなことを許せる筈もなく、その女性剣士に対抗して、剣筋を受け流し始めた。ただ、ここで誤算だったのが、相手がそもそも受け流しを主体とした剣術だったということだ。そして、相手は俺の剣撃について来ただけでなく、体への負担にも耐えたのだ。未知の剣術であること、そして、相手の実力を俺は見抜けず、作られた隙に誘い込まれて負けた。俺本来の剣で戦っていたなら、決して負けはしなかっただろうに、俺の目は、曇っていたのだろう。




試合に負けた俺は、暫くの間、悩み続けた。それを見た騎士団長が、俺に言った。


「一度負けたくらいで何をやっている。鍛え直したいなら、異動させてやるぞ?」


確かにそうだ。俺は弱いから負けたのだ。ならば、強くなればいい。俺は、剣の修行に打ち込みやすいオクトウェス領の派遣隊長となった。見た目は降格人事なのだが、そんなことはどうでもいい。


オクトウェス領は、西の辺境と呼ばれている、長閑な領だ。派遣隊長としての仕事は、定期的な巡回の他、訓練の指導くらいで、他の時間は自身の鍛錬に充てることが出来る。また、オクトウェス領には国内一の大洞窟があり、魔物が中で繁殖すると危険なため、定期的に駆除する必要があるが、この仕事を通常であれば冒険者達を雇うところを、俺が引き受けていた。隊長自ら担当することに苦言を呈する者もいたが、一瞬も気の抜けない状況が良い鍛錬になるので、申し訳ないがやらせて貰っていたのだ。


また、何度かランドリック師にもご指導賜ることが出来たのも僥倖だった。トレアモース・ランドリック子爵は、3代前の騎士団長であった方で、現役を退いた後、故郷のイクスルード領に帰り、領主家の剣術指南や領軍の顧問として後進の指導を行っているそうだ。現役当時はあまりの強さに、武術大会の対戦相手が逃げ出したという話もあるほどの方だ。


その方が、俺の元を訪ねて来た時は、非常に驚いたものだが、実は騎士団長からの手紙に俺の事を宜しくと書かれていたので、興味が湧いてやって来たということだったので、改めて騎士団長には感謝したものだ。ランドリック師に俺の剣を見て貰うことで、俺がいかに傲慢になっていたのかが分かり、更なる高みを目指す事が出来た。


その指導の中で、あの女性剣士、レイテア・メリークスに関する話も聞く事が出来た。ランドリック師は、気が向いた時に武術大会を観戦されるそうだが、彼女が初優勝した時にも観戦されており、その時の話をして下さった。


「あれは面白い。この国の剣術を変えてくれるじゃろうて。これまでは、体への負担を厭うて、誰もやらなんだ事を平然とこなしておる。勿論、あそこまで出来るのは、あれが女性の特性を生かしておるからじゃ。女性は、筋力が少ない分、柔軟性に優れておるからの。あれをそのまま男性が真似るのは難しいが、一部を取り入れることで、剣の幅が広がるじゃろう」


ランドリック師は、少し試合を観ただけで、多くの事を看破し、俺に教えて下さった。流石だと思う反面、俺は一度戦っておきながら、対策を考えることすら出来なかったことを恥じた。だが、ランドリック師は


「なに、儂が理想とする剣を思い描く中、似ておる部分があったから、分かったのじゃよ。だが……あの剣術は、あの者が単独で考え出したものではあるまい。でなければ、あの者が急に世に出た理由がつかぬ。あの剣術を教えた者に、一度会ってみたいものじゃよ」


ランドリック師にそこまで言わせるとは。噂では、レイテア・メリークスは、あの剣術を精霊から教わったのではないかと言われている。それは彼女の護衛対象が、300年振りに誕生した精霊導師であったという所から結び付けられたもので、真実ではないとは思っているが、謎の実力者であることには違いない。


レイテア・メリークスは当然だが、彼女の師にあたる人物も、警戒すべき人物だろう。彼女が急速に力を付けた一因が、その師にあるというなら、再戦の際には、以前戦った時よりも、はるかに強くなっている筈だ。俺は改めて気を引き締め、鍛錬に励んだ。




俺は鍛錬を積み重ね、納得が行くまで鍛え上げ、再び騎士団副団長となれるよう、人事調整をしていた矢先、長雨のために領の貯水湖が増水し、堰が決壊寸前となった。仮にそのようなことになれば、幾つもの村や集落が濁流に飲み込まれ、多くの人命が失われることになる。対策は最優先だ。領派遣隊や警備隊とともに、周辺の村や集落の民の避難、堰の補強などの作業を行っていた。


暫く派遣隊を指揮していたところ、何と、精霊導師様がこちらに赴いて助力して下さるとの連絡が入った。貯水湖に流れ込む川の流路を変えてしまうということだが……そんなことが本当に可能なのだろうか?


暫く経ってから、本当に導師様は現場に現れ、状況を確認した後、我々の及びもつかない力で、新たに川を作り出してしまった。おかげで堰は決壊を免れ、領民の命や生活は救われた。


そして俺も、後任の派遣隊長に無事業務を引き継ぎ、王都に戻ることが出来た。導師様に聞いたところでは、彼女も俺との再戦を心待ちにしているということだ。俺は体調を万全にして、武術大会の日を待った。




漸く武術大会当日となった。俺と彼女は、勝ち進めたならば、決勝で戦うことになる。逸る気持ちはあったが、一戦一戦を大事にして、俺は勝ち進んでいった。


遂に決勝戦となった。当然相手は、レイテア・メリークスだ。雪辱の気持ちは当然あったが、それ以上に更に高みに上る切っ掛けをくれたことに、感謝したい気持ちで一杯だった。彼女も気合は十分の様だ。では、全力で立ち向かおう!


試合は一進一退の攻防が続いた。やはり彼女も、以前とは比べ物にならない程に腕を上げている。俺は剣の一振り一振りを、魂を込める様に積み重ね、優れた柔軟性をもってしても蓄積していくような衝撃を与え続けた。だが、彼女も並外れた精神力で耐え、俺の剣を躱し、いなし、受け流して反撃を加える。


そうしているうちに、逆に俺の体が、思う様に動かなくなって来たことに気付き、一旦間合いを取った。まずい、これはランドリック師に忠告されていた、剣を受け流され続けることによって、通常とは異なる動きの連続から生じた疲労の蓄積だ。このままでは彼女に勝てない。それを悟った俺は、ここで決めるために勝負に出た。


ランドリック師から授かった秘策、彼女を疲労させた上で、躱せない速度と強威力の剣撃を受けさせ、足が居付いた隙を狙い、最速の突きをもって勝負を決める!


正眼のまま高速で接近して放つ、最速かつ体重を乗せた一撃は、躱されることもいなされることもなく、剣で受け止められた。そして彼女の動きが止まった! 今だ!


しかし、剣先が届いたと思った瞬間、彼女は柄の部分で剣を横に弾き、その体勢から体当たりをしたのだ! 俺は転倒し、逆に彼女に剣を突き付けられた。俺は、負けたのだ。


その一時、俺は何も考えることが出来なかった。喩えるならば、真っ白になっていた。悔しいとか、悲しいとか、そんな感情すら起きなかった。そんな中、手が差し伸べられた。思わず手を取り、立ち上がった。目の前にいたのは、当然、勝者である、レイテア・メリークスだったのだが……。



彼女の姿が、瞳が、流れ落ちる汗すらも、輝くように美しいと、思ってしまったのだ。



それから俺は、負けたことではなく、別の事に悩み始めた。彼女の事が、頭から離れなくなったのだ。正直、業務にも訓練にも身が入らず、皆に心配された。


憂さ晴らしということで、飲みにも連れて行かれたが、レイテア・メリークスのことを、女としては問題外だと貶され、つい俺は頭に来て、彼女は素晴らしい女性だと熱弁してしまった。


また、仕事でステア政府に顔を出すこともあったのだが、偶然彼女を見かけたのはいいが、何故か体が緊張し、つい彼女から隠れてしまったりした。更には、騎士団長から


「聞いた話では、レイテア・メリークスの所に、かなりの数の縁談の話が来ているそうだぞ」


と言われた時に、何故だか知らないが、この世が終ってしまったかのように感じてしまった。




その気持ちが何なのか判ったのは、暫く経ってからのことだった。良く判らない感情に流されているのは生産性が無い。とりあえずは鍛錬や業務に打ち込むことにしたのだが……ある時、騎士団長に呼ばれたので、執務室に行ったところ、とんでもないことを言われた。


「おい、副団長。お前、レイテアーナ・メリークルス男爵に求婚しろ」


それを聞いた俺は、気が動転してしまった。


「な、何を言っているんですか団長! 何故俺が彼女に求婚しなければならないんですか?!」


「理由? お前、彼女に惚れてるんだろう? 彼女も婚姻相手を探している。丁度いいだろう」


「い、いや、でもですね! 俺と彼女は、そういう関係では……」


「下手な言い訳をぬかすな! お前が悩んでいるから、俺があちらさんに話をつけてやったぞ。彼女は求婚相手を来年の武術大会に出場させて、その中から、婚姻相手を選ぶそうだ。あちらさんも相手を選ぶのに苦労していたから、そう提案したら、採用してくれたぞ。その際、お前が求婚することも言っておいたからな!」


「何勝手なことを言っているんですか! これは俺の個人的な問題です!」


「……では聞くが、お前、彼女の事を何とも思っていないのか?」


騎士団長にそう問われた時、そうだ……と言いかけて、口が動かなくなった。心が否定したのだ。改めて、彼女の事を考えると……何だ?動悸がして、顔も熱く……?


「ほら見ろ。やっぱり、惚れてるじゃねえか。素直に認めろ」


暫くして、落ち着いた俺は、改めて騎士団長に確認した。


「やっぱり俺は、彼女に恋をしているのでしょうか?」


「まあ、今のお前を見たら、誰でもそう思うだろうよ。自覚したか」


「そうですね……ここ暫くの、自分でもどうにもならない感情が、何となく分かりました」


「ならいい。で、どうする?」


「それについてはもう少し考えてから、結論を出させて下さい」


「そうか。なら、話は終わりだ」


俺は騎士団長の執務室を退室し、自分の家に帰って、色々考えてみた。確かに俺は、彼女に惚れているのだろう。だが、俺は彼女とどうなりたいのだ?果たして本当に婚姻を結びたいのか?


色々悩んだ挙句、剣を振りながら答えを考えることにした。疲れ切って地面に寝転んだ時、ふと、彼女が手を差し伸べてくれた時の顔が浮かんだ。俺は、求婚することを決めた。




それからの俺は、より一層鍛錬に取り組んだ。何というか、彼女の事を考えると、無性に鍛錬がしたくなるのだ。俺の体調を心配する同僚も少なくはなかったが、事情を知ると、応援してくれた。


そして、武術大会の日となり、俺はこれまでの人生全てを対戦相手にぶつけるつもりで、一戦一戦に取り組んだ。彼女が試合を観てくれていると思うと、体がとても軽やかに動くのだ。そして決勝戦も勝利し、俺は優勝した。後は彼女の気持ち次第だ。

お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。

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宜しくお願いします。


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