第207話 ビースレクナ侯爵令嬢 フェールミリナ・ビースレクナ視点
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物心付いた頃には、毎日色々な勉強やら練習やらをさせられていたけれど、体を動かすことは好きだった。ここは侯爵領で、しかも魔物暴走多発地帯の森の一部が領内にあり、魔物から身を守るために、女子供といえども武器を取って戦うことを教わるのだ。
それは領主家の娘であっても変わりないけれど、野蛮だと非難する貴族家も少なくないと知ったのは、国内の勉強が進んでからだった。不思議に思った私は、当時侯爵嫡男であったお父様に聞いてみた。お父様は
「他所は他所、うちはうち、うちには必要な事だからやっている。いいかミリナ、我が家の家訓は『我が道を行け』だ。家や自分にとって必要な事であれば、周りの戯言など気にせず邁進しなさい、ということだ。覚えておきなさい」
と言って、頭を撫でてくれた。
ある時、お父様とお母様が談話室で話をしていたので、気になって談話室に顔を出したところ
「ミリナ、私達は大事な話をしているから、また後でね」
「いや、ミリナにも話を聞いて貰おう。何せ当人だからね」
と、お母様には部屋を出るよう言われたが、お父様に残る様言われて、お父様の近くの椅子に座る。そこで話されていたことは、私や弟のワルターへの教育内容を見直そうかという内容だった。何でも私の母方の従兄弟にあたる子供達、特にその妹がとんでもなく優秀ということだった。私より1才下で、今は5才のその子は、既に魔法学校入学程度、科目によってはそれ以上の学力を持っているそうだ。贔屓目にしても、流石に出鱈目では?
「でも、エヴァはこんな事で嘘は書かない筈ですからね……」
お母様は、その子の家であるアルカドール侯爵家が実家だ。お兄様が侯爵家を継いでいて、侯爵夫人とは親友の関係だそうで、よく手紙のやり取りをしている。その内容から、今回の話になっているようだ。
「ミリナ、今でも結構一生懸命勉強しているけれど、これ以上時間を増やしたいか?」
「無理よ……だって体も動かして、早く剣術を始めないといけないんですもの」
私は、精一杯時間を使って勉強してるし、7才から剣術を学ぶために、体力を付けている所なのだから、他の子のことなんか知らないわ、と思ったので、そう答えた。
「そうだな……まあ、無理をしても良い事にはならんし、現状のままで行こうか」
ということで、私達の教育については、変更されないことになった。あと、その子、フィリストリアのことが気になったので、他にも聞いたところ、お母様のお母様、つまり私のお祖母様にあたる方にそっくりらしい。お祖母様は「ステアのアルフラミス」と呼ばれた大層美しい方だったそうだけれど……もう亡くなられているそうで、お母様は、良く解らない表情で、私に教えてくれた。
8才の時に、第3王子殿下が交流会を開いた。恒例行事らしく、婚約者候補や側近を決めるためのものだそうだ。ちなみに私は……婚約者候補の本命ではないそうなので、気楽に参加した。
従兄妹達も参加していたので実際に会ったけれど……カイダリード様は端正ながらも穏やかそうで、好感が持てた。フィリストリアは、正直、近寄り難いほど美しかった。何となくは思っていたけど、自分と比べてはいけない類の人間だと、その時はっきり悟ったわ。
まあ、基本的には従姉妹なので、交流するには良い相手だし、色々話し込んだ。その中で、フィリストリア自身は話し易い事は判ったのだけれど……凄まじい威力の氷魔法を放つし、実は剣術も嗜んでいて、集まった貴族子弟の中で一番強かったカイダリード様より強いらしいと聞いて、嫉妬するより呆れてしまった。
それはそれとして、武術大会で活躍したレイテア・メリークス様が専属護衛と聞いて、密かに憧れていた私は、喜び勇んで会いに行ったのだけれども。
その後、アルカドール家との交流はかなり親密になった。というのは、フィリスが精霊導師となったからだ。うちの領は、建国王やその妹君であり、伝説の精霊導師であったエスメターナ様の出身領として知られ、当時の領軍長が領主に任じられて、ビースレクナ領となって以降、一貫して体制派という話だし、今は少なくなったけれど、エスメターナ様を信奉する団体の本部もある。
そういった関係で、領主夫人の実家から精霊導師が誕生したとあっては、親密にせざるを得ない状況だったらしい。まあ、お父様自身、乗り気だったみたいだけれどね……。フィリスがうちに来る事になった時のはしゃぎ様は……本人に見られなくて良かったわ。
そのおかげで、ビースレクナ領は今、かなり景気が良い。長年の懸念だった塩不足は、アルカドール領との間に隧道が出来たことで解決しそうだし、兵士や冒険者の引退後の生活も、砂糖の原料となる甜菜の生産を斡旋することによって安定するだろうと言われている。暫くは領内の道路整備もあるから人手が足りないくらいで、冒険者組合などを通じて、人が集まっているらしい。
そんな中、私は魔法学校に入学した。お父様からは、ビースレクナ領は中央の貴族には恐れられているから、交友の幅は増えないかもしれない、と言われていたのだけれど、入学当初から結構な数の貴族子女から挨拶された。
理由は2つ。1つはビースレクナ領の景気が良い事から繋がりを持ちたい者が増えていたこと、もう1つは、私がカイ兄様やフィリスの従兄妹だからだ。カイ兄様は学生会副会長で、成績は2年連続首席。容姿、人柄も良く、学校内での人気は非常に高い。フィリスは言うまでもない。
つまり、アルカドール兄妹に取り次いで貰いたいという者が多いのだ。正直、辟易するくらいに多い。ちなみにカイ兄様からは
「フィリスに変な虫を紹介したら、従兄妹の君でも許さないよ?」
と言われている。前から思っていたけれど、カイ兄様は、フィリスを溺愛しているようだ。いえ、氷魔法を教えて下さるし、フィリスが絡まない時は、尊敬する従兄妹殿ですわよ? ええ。
これだけなら、かなり入学当初の滑り出しとしては順調と言えるのだけれど、腹立たしい事が1つある。それは、隣の席の馬鹿野郎のことだ。あいつは一応、顔は知っているし、同格の侯爵家。あちらは嫡男だからその分少し格が上なので、入学式の後に落ち着いた所でこちらから挨拶を切り出して、少し話したのだけれど、その際に
「ビースレクナ嬢は、従姉妹なのにアルカドール嬢とは似ていないな。まあ、比べるのは悪いか」
とか言って鼻で笑われたものだから、内心頭に来て
「そう言えばいつぞやの交流会では、カイ兄様にあっさり負かされましたが、剣の腕は上達されたのでしょうか?」
と返したら、あちらも頭に来たのか、言い争いになり、課外に剣と魔法で勝負することになった。私を女だからと侮っているようだし、絶対倒してやる! と意気込んで対戦したのだけれど、あの馬鹿はしっかり鍛錬しているようで、普通に強かった。
特に構えが綺麗で一撃が重く、正攻法では不利だと悟った。なので、あの馬鹿に私の木剣を落とさせて、こちらに剣を突き付けようとする隙を狙って、魔力波で場外に叩き落してやったのだけれど、あの馬鹿は負けを認めなかった。
こうなったら、魔法で白黒付けてやる! という流れで魔法戦闘研究会に入ってしまったのよね……。まあ、研究会の活動自体は楽しいのだけれど、あの馬鹿とは、あれ以来会うと何かと口喧嘩をするようになった。流石に王子生誕の宴の時は弁えようと思ったのだけれど、あの馬鹿が女性の褒め方を知らないから悪いのよ!
何だかんだと楽しく暮らせていたある日の朝、学校に向かう前に、魔道具による緊急の連絡が本邸から入った。大規模な魔物暴走があると、水龍様が教えて下さったそうで、領はその対応をするそうだ。あと、水龍様はフィリスにも連絡をしているそうで、フィリスに転移門を使わせるという内容だった。
王都邸の使用人の一人が、その内容をステア政府に伝えに行った。私は、とてもではないが学校に通う事など出来ず、学校には暫く休むと連絡を入れて貰うとともに、本邸には私もフィリスに同行する旨の連絡をして、移動の準備をした。
暫くすると、フィリスがやって来たので同行して、領行政舎での会議に参加した。どうやら、状況は思った以上に悪い様だ。魔物の数が多い上に短時間で対応しなければならず、内心、魔物暴走を抑えられないのではないかと危惧したのだけれど……フィリスと水龍様の助力により、抑えることは可能となったようだ。
ただし、領軍や冒険者の犠牲は避けられない。私は、少しでも助けになれればと思い、会議の後にお父様と話し、剣士として前線に出るのは許して貰えなかったけれど、魔法兵部隊に入れて貰えることになった。最初は反対されたが、これでも魔法学校で学んでいて、その辺りの魔法士より魔法は出来るつもりだし、何の為の鍛錬かと懇願すると、最終的には許してくれた。
次の日早朝、私は魔法兵部隊とともに、砦へ移動した。一列兵としての参加だったけれど、流石に私が領主の娘だと知られているので、丁重に対応して貰えた。砦に到着し、戦闘の準備となったが、魔法兵部隊はあまりやることが無い。邪魔にならない程度に砦内を見回ったが、皆黙々と準備を行っていた。明日には死ぬかもしれないのだ、当然だろう。私だって怖かった。
だけど、フィリスなど、8才の時には戦場に立ったのだ。確かに精霊導師だったかもしれないけれど、それと戦場の恐怖は別だ。そして今回も、自ら1個正面を担当している。私は能力では比較など出来ないけれど、気概では負けないつもりだった。だから、明日は精一杯やろうと、そのためにまず食事をして、仮眠をとった。殆どの兵達と同様、あまり寝付けなかったけれど。
朝となり、皆配置について、暫く経つと、大量の魔物達が森から姿を見せ、砦へ向かって来た!
私達は砦に近づく魔物に魔法を次々と撃った。魔犬や魔鹿などなら一撃で仕留められたから、私はそういった魔物を狙って撃った。大型の魔物である魔熊や魔猪は、地魔法兵が壁を作ったりして一時的に止めた所を火魔法兵が仕留めていた。風魔法兵は、弓兵の放つ矢の威力を増加させたりしていた。
しかし、魔物の数は多く、私達の魔法攻撃をすり抜けて砦に近づいて来た。特に魔狼の多くは素早く接近したが、そこからは槍兵が集団で攻撃し、剣兵や冒険者がとどめを刺していた。流石に皆、戦い慣れている。
このような感じで、大量の魔物に心が折れそうになりながらも、何とか対抗していたところ、西の方の丘から、信号魔道具が光った。あれは確か、フィリスが攻撃するという合図だわ! 私がそう思って周囲を確認したところ、他の者達も信号に気付いたようだった。
私はフィリスがもう1個正面の対処を終了させたことに驚きつつも、砦前の魔物達を魔法で攻撃して、領兵達の砦内への避難を援護した。砦前から避難が完了して暫くすると、先程の丘の方から、青い光が放たれ、砦前にいた魔物の群れを薙ぎ払った! これが、フィリスが言っていた攻撃なのかと、暫く我を忘れた。
多くの魔物達は息絶え、好機と見たお父様が、自ら領兵を指揮して残りの魔物を討伐していった。いくら国内有数の剣の達人とはいえ、領主自ら先頭に立つのはどうかと思うけど、フィリスの攻撃があまりに凄まじいものだったから、多くの兵がとまどっていた。だから敢えて自身で先導したのだろう。まさに「我が道を行く」を体現しているわね。
こうして今回発生した魔物暴走は、その規模に比して非常に少ない犠牲で終息した。その夜の砦内は、前日の悲壮な雰囲気とは打って変わって、領兵や冒険者が一緒になって騒いでいた。ただ、一番の功労者であるフィリスは、何か心配事があるのか、静かなものだったけれど。
今回私は精一杯やったが、まだまだ未熟だ。でも、私はフィリスのようなことが出来る訳ではないし、出来ることをやれば良い。そのために今、魔法学校に通っているのだから。
……しかしあの馬鹿、私が数日振りに学校に行き、事情を知る皆が心配して声を掛けて来る中
「おう、元気みたいだな、心配したぞ」
とか、全く心配している様に見えないお気楽な顔で言わないでよ! 本当に腹が立つわ!
決めた。とりあえずあの馬鹿を年末試験の魔法戦で倒す! もっと魔法の腕を磨かなきゃ!
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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