第206話 ビースレクナでの魔物暴走対応 5
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アブドームへの移動の日となり、外務大臣及び数名の外務省の職員、レイテアを含む10数名の護衛達とともに、大聖堂の転移門でクェイトアミ山へ移動し、更にアブドーム国の王都にある大聖堂へ繋がる転移門で転移した。通常なら10日以上かかるところを、それぞれの王都内や聖域内しか移動してないから数時間くらいしかかかっていない。
なお、通常なら到着後、迎賓館のような所で歓迎の宴などが催されるそうだが、今回は辞退したらしい。しかもその理由が「先日魔物暴走が発生し、民が苦しんでいるのに不謹慎だから」というのは、既に外交の一部となっている、ということだろう。
次の日、アブドーム側の者に案内され、協議の会場に向かった。今回は単なる協議なので、国王への謁見は無いらしい。会場に到着すると、あちらの外務大臣らしき人をはじめ、何人かの担当者らしき人達がいたが……それ以外にも何人もの視線を感じる。隣室などからこの場を見張っているようだ。中には遠視らしき視線も感じる。既に精霊達には警戒して貰っているが、私自身も、警戒を怠らないようにしよう。
この場の参加者達が、両大臣の統制で一斉に礼をした後、参加者各位の紹介をして、協議が始まった。一応、協議はアブドーム側が取り仕切っているが、ロイドステア側も進行に意見を言うことは出来るらしい。
「本日の議題は昨日相互に提出した資料に基づくが、ロイドステア側は宜しいか」
「実は本協議内容にも関わる件で、国書を持参している。こちらを陛下にお渡し頂きたい」
あの件は、陛下が国書としてあちらの国王に伝えるそうだ。どう反応するかね……。
それから、事前に配布された資料を元に、細部の話し合い……というか、口調は丁寧だが、双方喧嘩腰だ。多少妥協案などを出したりしていたが、双方の歩み寄りが無い膠着した雰囲気の中
「協議中だが入るぞ! ロイドステア国外務大臣。これは一体どういう事だ!」
と、恐らくアブドーム国王が入室して来た。双方とも礼をした後、外務大臣が答える。
「国書にある通りでございます。ロイドステア国は、今回の魔物暴走誘導の件を、侵略行為に準じるものとみなし、貴国に激しく抗議致します。貴国の対応によっては、開戦も辞しません」
うわー、きっぱり言ったよ! 敵国になるかもしれないのに。まあ、このくらいの肚の据わった方でないと、外務大臣は務まらないんだろうな……まあ、今回については転移門を使うことで、カラートアミ教も一枚噛ませているし、理由もこっそり伝えているから、私達が殺されることは無いと踏んではいるのだけれど。
「何を馬鹿な。証拠はあるのか!」
「証拠は、ここにおります精霊導師が、実際に誘導した者を確認しております。また、かの水龍様も貴国が魔物の群れを我が国に誘導したことを、証明して下さるでしょう」
それを聞いた国王が反論しようとしたところを見計らって私は、事前の打ち合わせ通り、アブドーム側の人間に対して、強い威圧を放った。突然の威圧に体が硬直し、口を動かすのもままならないアブドーム側を確認し、外務大臣は話し続けた。
「どうやら反論は無い様ですね。まあ、ポジドリーテ伯爵から精霊導師の力をお聞きになっているでしょうから、精霊導師を敵にするとどうなるかは、理解されていらっしゃるでしょうし、今回の行為は、水龍様の信頼を損なうものですからね。虚偽や韜晦は、身を滅ぼすこととなるでしょう」
そして皆、外務大臣の話を聞いて、顔を青くしている。まあ、水龍様が敵になるのは避けたいだろうしね。今回のこちらの立場が理解されたと判断したのか、外務大臣が合図したので、私は威圧を解く。すると、会場の重苦しい雰囲気から解放された。暫く経ってから、回復したのか、国王が外務大臣に話し掛けた。
「……我が国は、何をすれば良いのだ!?」
「流石は賢明なるアブドーム国王陛下でございます。我が国の要望は……」
そして、外務大臣がこちらの要求を告げた所、困惑の感情が伝わって来た。
「ロイドステア側の、移民の管理については事前の資料通りだが……桑茶毒蛾の家畜化の研究というのは一体何のことだ?」
「それについては、精霊導師から説明した方が宜しいでしょう」
説明を振られた私は、カイコの品種改良や、爾後の収益化へのプレゼンを行った。
「……俄かには信じがたいが……あの毒虫が、利益になるというのか?」
「ええ、この様に、無毒化は成功致しました。後は、産業化への道筋を立てるだけですわ」
そう言って、無毒化したカイコや繭を出してみる。果たして、どう反応するのか……。
「この話は、失敗する可能性も少なくない。我が国にとり、何かしらの利益はあるのか?」
「今後は魔物暴走対応に関して協力関係を結ぶ、ということを提案させて頂きますわ。具体的には、当面は魔物暴走の兆候があった場合は、事前に連絡の上でロイドステア側に誘導して下さるか、私が出向いてアブドーム国軍に助力致しますわ。勿論、この話は桑茶毒蛾の事業の成否とは関係ございません」
これは、陛下や宰相閣下とも話した上で事前に決めたことだ。ぶっちゃけ、前もって通報してくれるなら、ロイドステア側で対処するなり、私がアブドームに出向けば別に問題ないわけだ。また、この体制を作ることにより、ウェルスーラの影響力は下がり、我が国の利益に繋がることになる。私の力が前提にあるのは微妙だが、そこは力を持つ者としての義務ということだろう。
「……承知した。我が国は、ロイドステア国との関係を、より緊密にすることを約束しよう。基本的には先程の提示に沿うことにする。細部は担当者で話し合って貰いたい」
そう言って、アブドーム国王は退室した。後は外務大臣に任せるということだろう。
それから外務大臣は、協定書の作成のためにアブドーム側の外務大臣と調整し、私については養蚕に関する話し合いを、アブドームの暫定担当者と行った。とりあえず、カイコの幼虫に加えて準備していた資料や回転まぶしを出して説明した。
「では、導師様はこの毒虫を、安全に育成可能な様に改良されたと仰るのか?」
「その通りですわ。そしてこの事業が成功すれば、アブドーム国は、新たな服飾文化の立役者としての地位を確立するでしょう。それは、森と共に生きて来たアブドーム国にしか、成し得ない事なのですわ」
「……成程。ならば、我らの誇りにかけて、この事業に邁進致しましょう!」
アブドームの担当者達は、やる気を出してくれた様だ。そもそもアブドーム国は、ファンデスラの森もそうだが、基本的に森林が多い国で、畑は多くないが森林から得られる恵みを糧として生きて来た民が多い国だ。アブドームという国名は「森の民」を意味する古い言葉であったと聞いている。
そのため、国民はその自然を誇りとしているところがあるそうで、養蚕についてもその一環であると、説明したのだ。そこには当然、私が精霊導師であるということも加味されているので、精霊のお墨付き、という考えもあったというのは、後から聞いた話だが。
ということで、養蚕事業については定期的に農務省がやり取りをすることになり、アブドームの人達は白い桑茶毒蛾、つまりカイコをあるだけ渡すとともに、近傍で発見した桑茶毒蛾の卵をカイコに改良して、生育することになった。とはいえ施設が無いので、私が支援して空き地に建物を作った。……ええ、これが普通じゃないということは知っていますので、そんな目で見ないで下さいな……。
こうして、外交的に良い結果を得るとともに、更には養蚕事業の提携を結んでアブドーム国から戻り、陛下に報告して、業務を終えた。
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