第182話 イストルカレン公爵 シェムトリーグ・イストルカレン視点
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ここ数年、とある案件の対処に手間取っている。精霊導師、フィリストリア・アルカドールの件だ。
最初は、王家が目を付けた大層美しい少女という話だったので、箔付けの意味で息子の嫁に宛がおうとしただけだったのだが、実はその娘が、300年ぶりに誕生した精霊導師だったことが明らかになり、我が派閥に取り込むことを考えざるを得なくなった。
そもそも我が国の貴族には、伝統的に体制派、容認派と改革派の3つの派閥があり、我がイストルカレン家は、改革派の領袖として勢力の拡大を図っている。あの忌々しいセントラカレン家などすぐにでも排除してやりたいところだが、現王家は体制派の勢力が盛り返しており、王太后である叔母上とも連携し、主導権を取り返そうとしていたところに、トロスの役が起こり、国内のみならず世界各国が、あの娘に注目することとなったのだ。
あの娘が体制派側にいることは、精霊導師の力で建国された我が国にとり、これ以上ない統治者の証となる一方、我が改革派に取り込むことが出来たならば、主導権の奪還は確実だ。諸外国にとっても、産業振興や国防の面で非常に有用な存在であり、是非とも欲しい人材であろう。
アルカドールは本来容認派であったが、精霊導師を輩出してしまった以上は中央に明確な態度を取らざるを得ず、王家に従っていることから体制派に加入したものと判断されているが……あの娘さえ取り込めれば改革派に転向する筈だ。そう考え、我が家に取り込むために幾度も間諜を差し向けたが、どうやら先行して王家とアルカドールが連携して防諜態勢を取っていたようで、なかなか隙が出来ん。他家や他国も同様らしいが……抜かったわ。
手をこまねいているうちに、息子はあの娘の婚約者候補から外された。息子は少々教育を甘くしてしまったせいかいささか頼りなく、その隙を突かれてしまった。また、精霊導師を国内に留め置く為、外交力を強化するという名目で、王太子妃は我が長女ではなく、大国サウスエッドの王女となってしまった。王太子との婚姻に非常に乗り気だった長女には申し訳ないが、他国に嫁いで貰った。
サウスエッド王女との婚姻によって、サウスエッドとの同盟が締結され、人材交流が進み、進んだ技術を導入することで王太子は次期国王としての地盤を着々と固め、それにより体制派の勢力も増している。サウスエッド側も、精霊導師の存在を無視できず、我が国との婚姻と同盟に至ったと聞く。
このように、あの娘は存在するだけで我々の邪魔となっている上、新魔法の開発や新規事業の立ち上げ、精霊術士の運用改善等、多方面で活躍しており、王家の求心力が格段に上がった。これまでは容認派であったウェルスカレンでさえ、第2王子の婿入りを機に、体制派への協力を進めているからな……。
更に、体制派と言いつつ革新的な改革を幾つも進めているため、改革派の存在意義すら揺るがせている。これ以上あの娘の専横を許せば、我が家の立場が危うくなる。改革派に取り込めないのであれば、非常に惜しいが、排除するしかなかろう。
しかしながら、通常の手段での排除は非常に困難だ。国防面においても、内政面においても、これまでの実績だけで考慮しても閑職に追いやるのはあり得ない。さりとて、暗殺は精霊がいる限り望めない。しかも先日、魔法禁止区域、即ち精霊が入り込めない区域内で暗殺未遂が起こったが、その際あの娘は、背後からの気配にあっさり気付いたそうだ。暗殺は無理と考えるべきだろう。
やはり、国外に消えて貰う方向で準備するのが妥当だろうが……好機が来るまでは、融和的な態度をとり、接点や共通の利益を持てるように働き掛けるべきだ。排除の機会を狙うことが出来るからな……。
さし当たり、精霊術士集中鍛錬を我が領で実施することや、領内の工事支援の依頼などを考えているが……次女をアルカドールの嫡男に嫁がせようという話も進めている。ウェルスカレンも三女との婚姻を申し出たらしいから、最終的にそちらを選ぶだろうが……色々隠れ蓑に使えるからな。
しかし……今回初めてあの娘が力を行使する場面を見たが……短時間で領内各所の情報を正確に把握し、更には存在を気取られることなく、盗賊達を戦闘不能にするとは……あの盗賊達は非常に用心深く、これまでは情報収集すら困難だったのだが、たかだか半日の活動であっさりと捕縛できたのだ。
このような力、使いようによっては今すぐにでも国内を掌握できるだろう。それを私に容易く見せるとは、余程の馬鹿なのか、本人にとっては他愛ない事なのか、どちらかだが……これほどの力を見せても全く誇ることが無く、淡々としている様子を見る限り、明らかに後者だろう。
あのような情報収集力を持つ者を敵に回すなど、本来は賢い選択ではないが、我が一族の将来が掛かっている。用心を重ね、事を進めよう。
この際、本来は改革派で団結して事に当たることが望ましいとは思うが、下手な奴らを使うと、そこから情報が漏洩する可能性がある。それに、今回の巡回助言は、全ての領をあの娘が行う。あの様子を見たならば、尻込みする家が続出するだろう。全く、精霊導師とは度し難い存在だ。平然と人知を超えて来るのだから。
精々役に立ちそうなのは、カウンタールとディクセントだが……陽動として、派閥への取り込みを進めて貰おうか。新規事業などで関わりを持つことや、カウンタールの嫡男に頑張って貰うのも良いかも知れんな。結果を出す必要性は全く無いが。
これと連動して、可能な限り社交の場であの娘の悪評を広めておきたかったのだが、セラブリミアに聞いた所では、王都の現状を踏まえると、非常に難しいということだった。というのは、ただでさえあの外見と所作に多くの者が魅了されている上、砂糖の生産、つまり甘味の普及に貢献したことで、社交の場での好感度が非常に高く、更には、ここ最近の女性の地位見直しの風潮を先導する旗頭となりつつあり、女性の間では崇拝者すら出て来ている状況だそうだ。
各地域での災害対処により、多くの国民の生命を守る様は、初代精霊導師であったエスメターナ様を思い起こさせるものであるし、先日の海兵団での一件は、実際にステア政府や国軍内の女性の扱いが見直されることになった直接の要因だ。
聞いた話では、海兵団の者と剣術の試合を行ったそうで、そこで倒されていれば良かったのだが、逆に対戦した者全員をあっさり倒したということだ。海兵団の奴らもふがいないとは思うが、実際にその場で試合を見た者達は、常人の動きではない、と口を揃えて言っていたそうだ。
通常ならば貴族令嬢としては野蛮だ、位の噂は流れそうなものだが、逆に婦女暴行を行った海兵団を成敗した、という噂が流れてしまう有り様だ。まあ、女性の側からすれば賞賛こそすれ、悪評などとんでもない、という雰囲気のようだ。
その上、カラートアミ教とも関係は良好で、神子からも認められている以上、他国からも表立っての非難は難しい状況だ。明確な醜聞があるならともかく、現状では下手に悪評を流そうものなら、逆に流す者が孤立しかねないため、配下の者達にも様子を見させている。
とは言え、排除する場合は、あの娘の婚約者が国内の誰かになる前に行動する必要がある。恐らく、この数年のうちに王家が何らかの動きを見せる筈だ。特に、第3王子と婚約などされてしまった場合は、改革派にとって大きな痛手となる。
だが、そんなことになる前にあの娘を国から排除出来たならば、それは王家にとって致命的な失策だ。何せこの国は初代精霊導師の力で建国され、そして300年ぶりに誕生した精霊導師により、更に大きく発展する所なのだからな。
その失策を問責すれば、王家とセントラカレンの影響力は大きく低下し、王太子の廃嫡すら可能となるだろう。その後、第3王子をうちの次女と婚姻させて、王位に就いて貰うとしよう。そうなれば、この国はイストルカレンのものだ。目にもの見せてくれる。
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