第174話 ロイドステア国アルカドール領ドミナス分領 某工房水晶加工士視点
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今日はいよいよ商工組合ドミナス支部主催水晶像品評会「精霊杯」が開催される日だ。今日は関係者のみ入場可で、審査員達による審査が実施され、優秀な作品は表彰される。そして、明日から3日間は、一般開放されて通常の客が作品を鑑賞するとともに、工房との個別商談が可能となる日だ。私はここ半年、この日の為に生きて来た。その結果が判るのだ。開場を前に、これまでのことが次々と浮かんで来た。
私は貴族の出ではあったが、男爵家の三男で、剣術も魔法もさほど優れているわけではなかった。魔法学校へも通わせて貰ったが、成績は振るわず、人材不足な筈の魔法兵団の入団試験にも落ちた。その年は、たまたま優秀な地属性魔法士が多かったからだ。生活に困っていた私を拾ってくれたのは、親方だった。
親方は王都でも有名な建築士であり、また、彫刻家でもあった。私は土や石を操作する魔法は比較的得意だったので、親方の下で魔法を利用した建築を学ぶとともに、彫刻の材料を作成したりしていた。意外にも私は建築や芸術に適性があったようで、この仕事が楽しくて婚姻する気も起きないまま30才を過ぎたため、貴族名簿から除外されて平民となった。正直、仕事にあたり、身分は煩わしいものでしかなかったので、これ幸いと、更に仕事に打ち込んだ。
しかしながら私は、多くの優秀な職人や徒弟の中で埋没してしまっていた。もっと実力を発揮できる場所はないか考えていた時、ある話を商工組合から聞いた。何と、魔法で水晶を成形・加工して像にする方法があるという。精霊から教えられたというその方法は、地属性・火属性の魔法士が必要で、北にあるアルカドール領の水晶の産地で、多くの魔法士を募集しているそうだ。
私は、水晶を取り扱っているネストイル商会が持って来た水晶像などを見て、従来の加工とは一線を画した造形に心を奪われた。この大きさの水晶を加工するなど、従来であれば何年もかけて慎重に研磨しなければならない所だが、この加工法では、殆ど研磨を必要としないにも拘わらず、表面が非常に滑らかだ。そもそも、この大きさの水晶など、天然で発見するのは奇跡に近い。このような水晶像が自在に作れるのなら、さぞ楽しいだろう、私はそう思って、長年世話になった親方の元を辞し、ドミナス分領に移住した。
私は応募した多くの地・火の魔法士の一人として、水晶像の成形・加工に関する研修を受け、当時5つあった工房の1つに所属することとなった。工房と言っても、元々水晶を加工して装飾品を作っていた工房で、水晶像を作るための工房ではなかった。というのは、水晶像の成形・加工に関する知識が伝えられたのは最近だったからだ。
しかしながら、その収益性を見込んで、領主様や太守様、商工組合が全面的に支援し、体制を整えていたのだ。何せ、応募してやって来た時点で、狭いながらも住居が与えられ、給金が貰えたのだから。徒弟になる側が労働などで対価を払うことで、所属を認められるのが通例である中、破格の待遇と言って良い。応募者が今後も増加すれば、工房も増やして行くと言っていたが……現在は15、単純に考えて3倍になったのだから、相当な人気だ。国外からの移住者もたまに見かける位だからな。
こうして私の水晶加工士としての生活が始まった。基本は組単位で運用され、地属性2名、火属性4名で一組だ。私と火属性の1名が他領出身で、他はアルカドール領出身だ。当初は商工組合から指定された単純な造形の品を作成し、習熟度が上がれば、複雑な造形の品を任されるようになった。最初は色々失敗した。
特に、連携が全く取れておらず、良く喧嘩をした。火属性の者は荒っぽい者が多く、時には殴り合いになり、その他の仲間に治療されたことも度々あった。だが、仲良くなるにつれ、自分が企図した通りの水晶像が作れる様になって来た。組全体で、私の企図を理解し、補助してくれるようになったのだ。そして、私は前の職場で培った彫刻に関する知識や美的感覚を生かし、自分で言うのも何だが、他の工房からも一目置かれる水晶加工士になった。
そんな中、商工組合が主催して、水晶像の品評会を行うという連絡があった。全ての工房は、その連絡に歓喜した。何故なら、水晶像の作成は、注目を集める産業・芸術となっており、この品評会で実力を認められれば、取引希望が殺到するだろうし、しかも商工組合を通さない直接取引の場合は、高額な商工組合の手数料が掛からないため、組合費と税を差し引いても、相当な儲けが出る。
工房長から強烈な激励を受けつつ、私達の組は、技量を上げるとともに、出品する作品の題材について議論を重ねた。作成自体は、大きさにもよるが、1日で終わるので、出品の期限である12月31日の数日前に作成するように予定を立てた。
通常の作業を行いつつ、水晶加工の技術を上げる日々が続いた。他の組や工房の情報も色々入って来たが、材料となる石英や辰砂について検討したり、可能な限り大きい作品を作る方法を検討しているそうだ。
基本的には、像の大きさは高さ30トーチ程度が精々で、それ以上になると、自重で歪みやすくなり、組としての統制、火属性の者の魔力量などの関係で、極端に難しくなるのが現状だ。うちの組は、大きさは通常だが、その分細部まで作り込むことを売りにすることになった。つまり、私の技量に組の命運がかかるのだ。自然と練習にも熱が入ったが、入り過ぎて寝食を忘れることもあった。そんな時は相棒がやって来て
「あんたは凄い奴だけど、もう少し俺達を信用してくれよ」
と言ってくれたので、焦っていた自分を戒めることが出来た。私は細部の作り込みは得意だが、その調子で最初から最後まで作り続けると、集中が切れてどうしても粗が出来る。相棒が全体を整えてくれるから、素晴らしい作品になるのだ。本当に私は、いい相棒に恵まれたと思う。
年末となり、出品する作品の作成に取り掛かることになった。題材は検討と試作を繰り返した結果「英雄」となった。ロイドステア建国王を描いた絵画を元に設計図を描き、組で共有した。成形担当箇所や加熱者交代時期なども決定し、前日は英気を養った。作成当日、皆は気合十分で臨み、会心の作品を完成させたのだ!
細心の注意をもって商工組合に提出したのが、1週間前の話だ。
展示会場の大広場前で、私を含め、各工房の者達は開場を待っていた。他の工房の作品は、展示された状態でしか見る事が出来ない。開場とともに皆が一斉に入場し、他の工房の作品を見て回った。早く見ないと審査員の方々が来る。審査の邪魔になったら心証を悪くする可能性があるし、審査員には領主様や太守様もいる。無礼があっては元も子もないから、足早に作品を見て、会場を出た。見た限りでは、私達の作品は良い所にいるようだ。ただ、ある工房の水晶像は、他の作品より一回り大きいにも関わらず、高い完成度を持っていた。審査員の方々はどのように評価するだろうか。
午後になり、更に2時間ほどが過ぎ、表彰式の為に全参加工房の者が広場に集まった。主催者の商工組合ドミナス支部長から開式の挨拶があり、次いで成績が発表された。まずは団体の部、ここで、うちの工房は、第2位となった。工房全体で歓声が上がった。惜しくも最優秀は逃したが、それでも個別の取引は増加するだろう。そして、作品の部、何と、私達の作品は、最優秀に選ばれたのだ!組の仲間達と喜び合い、他の参加者からは、拍手が送られた。
興奮醒めやらぬ中、審査員の方々から、評価内容が簡単に説明されていった。好みで選んだ方や、特定の美観で選んだ方、商品としての取扱いの容易性で選んだ方もいた。その中で、私達全員の心を振るわせたのは、この水晶加工技術を伝えた本人、フィリストリア・アルカドール様の話だった。勿論、彼の方が此の上もない程美しく、見惚れた者が数多いたこともあるが、それ以上に、新たな技術課題を私達に与えた事が衝撃だった。しかも、その技術無くしては作り得ない作品を見せた上で、だ。
発色については、素材や要領が検討されたこともあったが、不純物にしかならなかったので、現状は不可能だった。また、あのような茎や葉を作ることも、自重による歪みの問題で難しかった。壇上で表彰されながら、私は次の精霊杯までには、必ず課題を達成しようと、心に誓った。
基本的な色の付け方は、商工組合を通じて我々に伝えられたが、これが非常に難しい。温度を下げる段階で、少量の鉄粉を加え、しかも、鉄粉が非常に細かい粒となって均一に広がることを想像することで、発色出来るそうだ。成功させるまでに、かなりの練習が必要だが、必ず習得してみせる。
また、相棒は、セイクル市で行われる重力魔法の講習に参加する。相棒が重力魔法を覚えてくれるなら、非常に心強い。ただ、重力魔法の所要によっては、組の地の水晶加工士を増員する可能性もあるようだ。
それと並行して、私は、ある水晶像を作ることを、密かに目標とした。それは「フィリストリア・アルカドール」の像だ。というのは、実は彼の方の像を今回の精霊杯で作ろうとした工房は多かったのだが、全て頓挫したのだ。理由は2つあり、1つは彼の方の美しさを再現する事自体が非常に困難な事、もう1つは、この技術を伝えた彼の方への強い尊敬の念があるからか、組としての統制が取りづらい事だ。
かくいう我が組も、当初試作したのだが「本物はもっと美しい」と文句が出て何度も作り直し、しまいには殴り合いの喧嘩に発展したため「作成はやめよう」という結論になったのだ。一人で作り上げるならともかく、共同作業での作成には、相性が悪い題材と言えるだろう。実際どこの工房も似た様な状況だったらしい。
つまり、彼の方の水晶像を作れる者達がいるならば、それは最高の技術と連携を持つ組だということだ。私は、最高の仲間達と、その高みを目指そうと思う。
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