第166話 甘味研究の成果を確認した
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
朝、起床して日課の早朝鍛錬をするために庭に行くと、レイテア以外にも多くの護衛達がいた。
「お嬢様、どうやら皆、久しぶりにお嬢様と鍛錬をしたいそうです」
「それは光栄ですわね。皆の腕がどれだけ上がったか、試させて頂きましょう」
朝から気合を入れて鍛錬したせいで、朝食の時間に遅れてしまった。まあ、こういうこともある。
朝食後、領行政舎へ顔を出した。じゃがいもと甜菜の種を渡すためだ。コルドリップ先生の所に行く。
「コルドリップ行政官殿、約束の馬鈴薯と甜菜の種をお持ちしましたわ」
「お嬢様、早速ご足労頂き、有難うございます。受領致しますので、こちらにお願いします」
行政舎の倉庫に行き、種用のじゃがいもと品種改良した甜菜の種を出した。
「おお、これほど大量の馬鈴薯を……有難うございます。これなら数年内には、領全体で生産が出来ます」
「それは宜しゅうございました。ところで、馬鈴薯の名前は、どうなったのかしら?」
「はい、行政舎や商工組合で意見聴取して、幾つかの案を決めて投票したところ、こちらの楕円の形をした方を『奥方芋』こちらの丸い方を『男爵芋』と呼ぶことになりました」
それを聞いた時、思わず吹き出しそうになったが、何とか口をヒクつかせるだけで済んだ。奥方は当たらずとも遠からずといったところだけど、男爵芋はそのままじゃないか!何たる偶然!
「……ちなみに、名前の由来はどのようなものなのでしょうか?」
「はい、こちらは表面が滑らかで女性的ですし、他の食材と共に煮込むといつの間にか料理の顔になる、そのような意味があるようです。女王芋にしようという案もありましたが、流石に女王は他国の女王のお耳に入った場合にまずいかもしれませんので、却下されました。男爵芋については……武骨な感じが男性的であるということと、品種改良の発案が私であるところから来たようです。コルドリップ芋にしようという案もありましたが、担当者権限で却下し、代わりに男爵芋の案を出しました」
奥方は女王の代案だったか。そう言えば、日本の男爵芋も、確か男爵が広めたんだっけ。
「そうですか。是非多くの畑で生産して、人口増加に対応した食糧として、普及させて下さいね」
「はい!既に、セイクル市周辺の馬鈴薯畑や、開墾した畑に逐次植えるよう調整中です。今回これほど多く準備して頂けましたから、その需要を満たせると思います。本当に有難うございます」
「皆が幸せに暮らす為ですもの。これからもこういった話があれば、聞かせて頂戴」
「承知致しました。果物などでも検討したいと思います。ところで、話は変わりますが、甘味研究所には行かれましたか?あそこも、毎日試行錯誤しながらも努力した結果、今では数多くの甘味やその調理法を販売できるようになりました。恐らく、お嬢様が行かれたならば、皆喜ぶでしょう」
「そうですの?では、帰りに寄ってみましょう。あと、カルセイ町の精霊酒製造工場の建設担当者にお会いしたいのですが。こちらにいる間に、貯蔵庫の工事を支援しようと思いまして」
「ご案内致します」
そして、担当の行政官と会って調整し、3日後にカルセイ町に行くことで、話がついた。
行政舎での用事も終わり、甘味研究所にやって来た。とりあえず、販売所の方に顔を出してみる。
「様子を見に伺いました。皆様、調子は如何でしょうか?」
と、そこにいた者に、普通に声を掛けたところ「お嬢様がいらしたぞ~!」と中に声を掛け、暫くして皆が販売所に出て来て
「お嬢様、お待ちしておりました!」
と、熱烈歓迎され、内心焦った。……が、まあそこは表には出さず、案内されて中に入った。
そこで、現状の報告を受けた。どうやら、私が教えたお菓子については、レシピを完成させ、領内の希望する料理店や貴族などに販売したそうだ。また、販売所でも販売を始め、クッキー、プリン、各種ケーキを扱っているそうだ。更に、ジャムや砂糖漬けなど、一般家庭でも簡単に作れるものは、作り方を無料で教えたりしているらしい。何と、パン屋ではあんパンやジャムパン、クリームパンなどの菓子パンも登場したそうだ。今は切れ目を作って挟んでいる形式だが、そのうち中に入れたものも作れるかな。また、料理人の一人が、真剣な表情で私に言った。
「お嬢様、こちらをご試食頂きたいのですが……宜しいでしょうか」
持って来たのは、シンプルなショートケーキだった。スポンジケーキと生クリームの作り方は教えたが、これを独自で完成させたか。個人的にはイチゴが欲しい所だが、今の時期には無理だろう……それはともかく、現在の腕前を確認して欲しいのだろう。当然、頂くことにした。
「これは……台粉卵に乳糖泡を装飾しておりますのね、有難く頂きますわ……」
前世ではスポンジケーキと生クリームと呼んでいたそれらの出来は、単体でも、組み合わせたお菓子としても、非常に美味しかった。更には
「台粉卵の中に、野苺の砂糖煮も挟んでおりますわね。非常に調和していて、美味しゅうございますわ」
酸味が強い野イチゴのジャムも挟んでいて、ただ甘いだけではなく、短期間で非常に工夫したことが伺える。
「感服いたしました。皆様に甘味の知識を教えて良かったですわ」
私がそう言うと、皆、本当に嬉しそうにしていた。中には泣く人もいた。……嬉しいのなら有難いが。
「お嬢様にそう仰って頂けて、我等一同感激しております。今後も更に励みます」
それは非常に良い事なのだが……私としては、一言言っておかねばならない。
「その言葉、この領の者として、有難いと考えておりますわ。しかしながら貴方達は、新たなアルカドール領の食文化を創っていかれる重要な方々。どうか、過度に試食しないよう、気を付けて下さい」
そう、ここにいる人達は、半年前より明らかに太っていた。相当試食を重ねたのだろう。文化が発展するのは嬉しいが、人の健康を損ねてまでやるものではない。
「実は、お嬢様が年末に帰省されるまでに、一つの形を作りたかったのです。既に基本的な調理法を広めましたので、今後は我々が無理な試食を重ねることはございません。しかしながら、我々の体の事を気遣って頂けるとは……望外の幸せです」
この人は、半年前は精悍な顔つきだったのに、今では結構ふくよかだ。他の人達も似た様な感じだ。内臓の辺りを見ると、魔力の滞留が数か所ある。せめて、今の所はこれを何とかしよう。
「貴方達の内臓に、負担が掛かっておりますわ。とりあえず、皆、こちらに来て下さい。施術します」
そう言って、滞留している部分に服の上から触れ、魔力の循環を整えていった。料理人達は最初は戸惑っていたが、体の調子が良くなったので、私がやったことを理解し、感謝の言葉を言っていた。
「一先ずこのような感じですが……暫くは運動を多めにして、元の体型に戻して下さいな。しかし、これほど体型が変化するとは……胃もたれなどが酷かったのではありませんか?」
「はい。ただ、胃もたれの時は、腹ごなしの汁を飲んでいましたので、苦しくは無かったです」
「その、腹ごなしの汁とは、どのようなものなのでしょうか」
「大麦や小麦の芽を乾燥させたりした後、粉末にして煎じたものですが、昔から胃もたれに効くということで使っているものです。これがそうです」
腹ごなしの汁を見せて貰ったが、前世で言うと、胃腸薬になるんだろうか。何か凄いな……あれ?確か昔、胃腸薬で実験をやった気がするな……。小麦を主体としたお菓子の食べ過ぎがこれで緩和されたということは、酵素アミラーゼに似た成分が入っている筈だ。この辺りは専門外だから思いつかなかったが、デンプンを分解すると麦芽糖になるわけだから、当たり前と言われればそうだな。つまり、これを使えば水あめが作れるわけか。試してみよう。
「すみませんが、馬鈴薯から取った粉はこちらにございますか?」
「はい、こちらにお持ちします」
持って来て貰った片栗粉を鍋に入れ、少量の水を入れて混ぜ、更に熱湯を作って混ぜた。周りで見ている人達には
「別種の甘味を作っています」
と言うと、固唾を飲んで見守っていた。暫くして、概ね均質になり、風呂よりかなり熱いくらいの温度で、先程の汁を入れて混ぜ、放置した。念のため、作り方を紙に記したりして1時間程過ごすと、粘り気のあった液がさらさらになった。あとは魔法で水分を飛ばすと、再び粘り気のある液体になった。少量取って舐めると、確かに甘かった。
皆にも舐めて貰い、甘かったようなので成功だろう。これなら飴も作れそうだ。
「そういえば、麦酒を作る際の麦汁も甘かったと記憶しておりますが、それと同様なのでしょうな。しかしお嬢様、単に甘い水というのであれば、砂糖を水に溶かせば良いのでは?」
「いえ、この甘味料、仮に水糖といたしますが、水糖と砂糖、水を加えてある程度加熱し、果汁や牛乳、牛酪などを混ぜた上で冷やすと、軽易に食せる甘味になるのです。試してみましょう」
調理場を借りて、実際に飴を作ってみた。高校の文化祭でりんご飴なら作ったことがあるのだが……飴部分はさほど変わらない筈だ。バターがあったのでバター飴にしたが、何とか作れた。冷やすのは面倒なので、今回は魔法で冷やしたが……何となく型になりそうな調理具を作っておいて良かったよ。
「完成しましたので、試食して下さいな。ちなみに、これは噛まずに口の中で舐めるものです」
そう言いながら、自分でも試してみる。良かった、普通のバター飴だ。他の人も次々と口にする。
「ほう、これは通常の砂糖とはまた違う食感ですな」
「何と言いますか、携帯用の甘味という感じがしますね。歩きながらでも食べられそうです。子供が喜びそうですな」
「お嬢様、これは今立方体ですが、型を変えることで、色々な形になりますよね」
「あら、そこに気付かれるとは流石ですわ。これは、色も混ぜるものによって様々、形も様々に作れますから、見た目も楽しませることが出来ますのよ?」
「なるほど。そういう意味では、今後の我々に必要な甘味と言えますな」
「水糖の作り方は、少量ならこれでいいと思いますが、大量に使用する場合は、要検討ですわね……」
「そうだ、この機会に、お嬢様にご意見を頂きたいのですが……実は現在、膠を使った甘味も研究中なのです。牛乳、乾酪、牛酪、発酵乳、砂糖などを混ぜた液を膠で固めると、我が領の名産になりそうな気がしまして、色々試しているのです」
それは所謂レアチーズケーキでは?その発想に至るとは、素晴らしい!もう少し腕を上げてからの方が良いと思って敢えて教えてなかったんだけど……うちの領なら、絶対作りたい一品だしね。
「あら、素敵な試みですわね。一度見せて頂けませんか?」
「只今お持ちします……こちらです」
なるほど、単に器に入れて固めているのか。味も……これ自体は問題ないが、やはり物足りない気がする。
「如何でしょうか。個人的には、味が単調ですので、変化を加えたいのですが……」
「……食感に変化が欲しい所ですわね。例えば、焼き菓子を砕いたものを下に敷き詰めたりしては如何?」
「なるほど!確かに膠が固まり辛いため、果物などではあまり変化がつけられず、単調になっていたのです。早速試してみます。貴重なご意見有難うございました!」
そうだ、いい機会だし、テングサを渡しておこうかな。
「そう言えば皆様、先日母の実家から、天草を頂きましたのよ。これは、基本的に膠と同様の使い方ですが、膠より高い温度で取り扱いますし、舌触りも違いますから、また違った甘味が作れますのよ」
そう言ってテングサが入った箱と、簡単な使い方を書いた紙や、お菓子のレシピを渡した。
「……なるほど、このような食材もあるのですね。有難く頂戴し、研究させて頂きます」
「本当に、貴方達の研究熱心さは、尊敬に値しますわ。今後も頑張って下さいませ。ただし、先程も申しましたが、体には気を付けて下さい」
少し様子を見るだけだったのが、ついつい長居をしてしまった。家で昼食を食べるつもりだったが……カロリー過多になりそうなので、昼食をパスしてしっかり運動しよう……。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
評価、ブックマーク、いいね、誤字報告を頂ければとても助かります。
宜しくお願いします。
※ 造語
台紛卵=スポンジケーキ 乳糖泡=生クリーム 水糖=水あめ
※ 難読語
膠=にかわ(ゼラチン) 乾酪=かんらく(チーズ) 牛酪=ぎゅうらく(バター)