第163話 ロイドステア国軍総司令部監察官 アイクラーム・レクストシン子爵視点
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
12月1日の午前中、突然総司令官からの呼び出しがあり、総司令官室に出頭した。用件を伺うと、先日発生した海兵団の事件について、明日から調査を開始せよ、とのことであった。急な話ではあったが、元々年明けに定期調査を行う予定であったため、実施する分には問題ない。調査団の編成を取って、明日から向かう旨を報告すると
「その調査団に、精霊課から数名と、精霊導師殿を加えてくれ」
という指示があった。背景が凡そ読めて来たので「なるほど……」と呟くと
「まあそういうことだ。あちらさんは相当お怒りだ。特に今回はこちらの不手際もあるから逆らえんし、影響が大きい調査になるかもしれん」
と言って、今朝あった話を説明してくれた。どうやら、海兵団では精霊術士への性的嫌がらせが恒常的に存在し、その挙句に先日の事件が発生した可能性があるにも関わらず、犯人を処分しただけであったため、抜本的な改善を行って貰いたいと、精霊導師様と精霊課長が直接こちらへ来て要望したらしい。
しかも、かなり前からその要望は精霊課長から総司令部に何度も伝えられていたが、海兵団連絡官が重大性を認識せず、対応を疎かにしていたため、全く改善されることが無く、総司令官自身、そういった要望があったことを今朝知ったらしい。
「確かにそれでは、精霊課としてはこちらに不信感を持って当然ですね」
「しかも海兵団からは、今配置している精霊術士が怖がって勤務をしないので、精霊課から代わりを寄越せ、と言われたらしい」
「……それは……誰でも怒鳴り込んで来ますね……」
「今後は魔法兵団などを通じ、国軍と精霊課との連携は非常に重要となる。そんな中でこの騒動だ。状況によっては、我々とて只では済まんぞ。心して調査を進めてくれ」
「了解しました」
「……それと、調査に当たり、一つ注意しておく。導師殿だけは、敵に回すな」
「……勿論です。喩え少女であろうと、王家に次いで重要な方ですから、相応の配慮は致します」
「まあそうなのだが……ただ、儂が彼女に持つ印象を一言で言うと「少女の姿をした何か」だな。外見や年齢で彼女を判断するな。下手をすると、こちらが滅ぼされると思って緊張感をもって接しろ」
「……解りました。肝に銘じます」
その時私は、総司令官は導師様の強大な魔力を恐れているのだろう、と捉えていた。しかし、それが誤りであったことを知るのは、導師様や精霊課長と共に、海兵団長と話をした時だ。海兵団長の状況を全く理解していない対応に、導師様が威圧をもって応えたのだが、それはもはや魔力云々ではなく、人を超えた何かに思えたのだ。
「海兵団程度ならいつでも潰せる」と導師様は仰ったが、権力を行使することの比喩ではなく、物理的に可能なのであり、必要とあらばその力を揮う事を躊躇わないのだろう。即ち、人を超えた強大な力を扱うのに相応しい、強い意志を持たれた方だということだ。総司令官は、領主でありながら今でも軍の猛者達と共に剣の鍛錬を行う程の剛の者だが、その方があのように評価した……その事実を、真の意味で理解し、背筋が震えた。
また、導師様に対する、海兵団長以下、海兵団の態度は、確かに隊紀の乱れと判断せざるを得ないものだった。公爵と同等の扱いをすべき方が、直接調査を行う重みを全く理解出来ていないし、導師様に対して、こともあろうに性的な視線を向けるとは……。
王家や上級貴族の女性は、貞淑であるべきとされている。最も確かな血統が必要な家に嫁がれるからだ。このため、尊い身分の女性達は、定められた方以外の性的な接触を断固として排除する姿勢が必要だ。故に、不埒な真似をしようとした者に対し、時として苛烈に処罰することになる。そうしなければ、事の真偽は関係なく、噂が広がり、嫁ぐことが困難になってしまうからだ。
従って「責任が取れる」方以外が不用意に接触すれば、その場で斬り捨てられても当然だし、斬り捨てた護衛達が罪に問われたことも皆無だ。絶世の美少女である導師様を見ても何も思わないのは無理だろうが、最低限畏敬の念をもって接しなければならないということすら、海兵団の兵士達には分からないというのか?今後の調査を思い、頭を抱えたくなった。
実地調査が始まり、まず精霊術士達の話を聞くことになった。暴行を受けた精霊術士には、女性の方が話し易いだろうということで導師様と精霊課の女性職員が状況を確認しに行き、その他の3名の精霊術士には、一度談話室に集まって貰い、そこで話を聞こうとしたのだが、最初は精霊課長が扉越しに話しても
「あそこに戻す為に来たのですか!」
と、拒絶され、私も一緒に説明し、調査の為に来た事を懇切丁寧に説明し、やっと信用して貰えた。他の2名は、その精霊術士が話し掛けると信用し、やっと全員を集めることが出来た。
そこで、性的に嫌悪を覚えた事例について尋ねると、暫く沈黙していたが、一人が意を決して少しずつ話し始めた。そうすると、他の者も、その補足などを話し始め、次第にこれまで受けた性的嫌がらせへの感情がぶり返してきたためか、口調が激しくなった。時には
「何故もっと早く対応して貰えなかったのですか!」
と、精霊課長を責める事もあった。精霊課長はただ「すまなかった」と謝罪していた。
気が付くと導師様達もこちらに来ており、話している内容が繰り返しとなって来た所で一旦聞き取りをやめ、女性職員に任せて私達は部屋を出た。
彼女達の話は、監察員達に衝撃を与えたらしい。特に、海兵団出身の者などは
「俺がいない間に、海兵団はここまで腐ってしまったのか……」
と悔し涙を流していた。だが、この状況を細部調査し、改善策を案出するのが我々の仕事だ。今後の調査の分担を決め、我々は兵士達への聞き取りを開始した。
事務室や練兵場などに顔を出し、所属や特徴、質問への回答の要約を、質問票に書き込んで行った。基本的には調査に協力する制度になっているから、回答を断られることは無かったが、我々自体を煙たがる者は少なからずいた。まあ、そこは仕方ないのだが。
質問は、先日の事件を知っているか、から始まり、犯人や被害女性を知っているか、精霊術士は何をやっているか知っているか、などを聞いていった。これは、事件のような誰でも知っていて、答えないわけにはいかない話題から入ることで、話し易くして、次第に調査目的に応じた考え方などを調査する手法だ。ある程度聞き取りを行い、監察員達と合流して、質問票をまとめて分析したところ
「勤務歴の長い者は、所属を問わず、精霊術士の仕事を理解して、感謝している者が殆どですね。犯人のせいで精霊術士達が引き籠ったことを嘆いています」
「勤務歴がそれなりにある者は、精霊術士の仕事を理解しているものの、反応は様々ですね。中にはいなくてもいいと考える者もいるようです。目の保養になる、と言った者はかなりいますね」
「ここ1~2年以内に海兵団に入った者は、精霊術士が何をやっているか判らない者が殆どで、中には自分達が汗水流している時にただ見ているだけか、と強い不満を持っている者がいました。あと、誰が好みだ、などと水を向けたりすると、下卑た笑いを浮かべて性的特徴を話す者も多かったです」
今の所、海兵団の勤務歴では差が出ているが、彼女達の配置先である運用班以外では、配置上の差があまり見えない。明日以降も引き続き調査する必要があるだろう。
「そういえば、団長達が、たまに宴会を開いて精霊術士達を呼び、酒を注がせたりしていたのを、羨ましい、と言っていた者もいました」
……酌は給仕の仕事だ。美しい女性に酌をして貰うのが嬉しいのは解るが、精霊術士達にさせるのは職権乱用だろう。そんなことをやっているから、兵士達も良からぬことを考えたりするのだ。嘆かわしい。
とりあえずの調査結果をまとめ、導師様達と合流して、話し合った。我々は引き続き兵士への聞き取り、導師様は基地内の施設の確認、精霊課長は一旦王都へ戻り、配置換えの調整を行うことになった。しかし……流石と言うか何というか、導師様の女性としての指摘には頭が下がる思いだった。
これまで我々は、女性の立場で見て、問題のある状態について、何ら調査を行っていなかった。我々自身、考えを改めなければならない。導師様からも言われたが、今後は女性兵士にも監察員となって貰うことにしよう。
調査2日目も、我々は兵士への聞き取りを続けた。概ね全ての所属の者に確認できたが、やはり初日に抱いた感想と変わらなかった。結局その日は調査の進展自体は無かったが、海兵団出身の者が
「ここまで新兵達が、精霊術士の業務について知らないのは変ですね。必ず教育しますし、私がいた時には精霊術士達から実際の話を聞いたりしましたから、印象に残ってますよ」
と言った。確かにそれは変だ。明日は新兵教育班などを確認することにした。
調査3日目は、海兵団本部、特に新兵教育班を重点的に確認することにした。ただ、新兵教育班は、次の新兵受け入れの準備の為、班長以下、事務室にあまり人がいなかったので、書類を中心に確認した。
「確か、精霊術士の業務に関する教育も、計画や成果を保管していたよな」
海兵団出身の監察員が言うと、最近の教授計画は班長が持っていると言われたので、古い資料を確認するとともに、聞き取りを行った。やはり前はきちんと教育を行い、精霊術士の業務への理解を深めていたらしい。
しかし、最近の新兵教育全般計画と、週間予定表を見比べると、全般計画には教育を実施する記述があったが、予定表には、精霊術士関連の教育は記載されていなかった。班員に確認したが、解らなかったので、班長に直接聞くことにした。
その移動中に、導師様とすれ違ったのだが、導師様をちらりと見た者が、突然苦しみ出し、隣の者に介抱されて何処かへ行くのを見た。あれが先日言っていた仕置か……。
その後、教育班長に会って、話を聞いた所、教育は自分が行ったが、予定表は記載が漏れていたかもしれない、と言われた。その際に、何か変わったことはなかったか聞いたが、何も無いと言う事だった。対応に少々違和感を覚えたが、確たるものもないので、その場を離れた。
少し気になったので、帰りに基地の医務室に寄ってみると、多くの負傷者がいた。とりあえず止血はしているが、神官から治癒を受けるため待っているらしい。若い兵士がいたので話を聞いてみた。
「監察官、聞いて下さいよ、精霊導師の嬢ちゃんをちょっと見たらこれだぜ?何とかして下さいよ」
「無理だな。我々とてあの方に逆らえばどうなるか判らん。ちなみにこの辺りは、全員導師様が?」
「そうだよ、みんな俺と同じで、ちょっと見たらいきなり知らない魔法でやられたよ。魔力が高い精霊術士としか聞いてなかったけどよ、見てくれはいいがとんだじゃじゃ馬だよ」
「おいおい、聞かなかったことにしておく。冗談でもそんなことを言うな、また血を見るぞ」
「この程度で黙ってちゃ、海兵団の名が廃るってもんよ!」
「……いや、どうみてもその傷、導師様は手加減しているぞ。見てみろ、みんな怪我は腕だ。つまり狙ってやっている。しかも、きちんと変な視線を向けた者にだけ、攻撃していたぞ。ところでお前、導師様の魔力量が幾つあるか知ってるか?」
「……さあ?魔導師が1万らしいから、そのくらいじゃないですかね?」
「先日魔法研究所で測ったら、30万近くあったらしいぞ。知り合いが測ったから間違いない。導師様からしたら、これでも軽い挨拶程度だろう。次は脳天に風穴が開くかもしれんぞ」
私がそう言うと、そこにいて私の話を聞いていた者全員が、顔を青くして震え出した。
調査4日目、引き続き本部の様子を確認していた所、導師様がやって来たので、話を聞いた所、何故か明日、海兵団全員を集めて、導師様と海兵団有志とで、試合を行うことになったらしい。
「何故そのような事を行う流れになったのですか?」
「団長から、仕置をやめて欲しいと懇願されまして、交換条件として提示したのですわ。彼らが勝てば、私は基地から出ていくと」
導師様は、噂では、貴族令嬢には珍しく剣を嗜んでいるそうだが……精霊の入ることが出来ない試合場では、危険ではないか、そう思ったので止めようとした。
「……そのような危険な真似はお止め下さい。怪我でもされてはかないません」
「心配せずとも、怪我など致しませんわ。ただ、こう言えば、海兵団を集める口実にはなりますでしょう?その際に、少しお話をさせて頂こうと考えておりますの。ご協力をお願い致しますわ」
導師様はそう言って、拡声具の準備や精霊術士達の観戦場所の確保及び警護などを私に依頼して宿舎に戻った。ああ言われては、こちらはその通りに準備するしかない。監察員を集め、調査を進めつつ、密かに準備した。
次の日となった。早めに試合場に行き、観戦場所を確保したり、拡声具の調整を行った。時間近くなると、海兵団の者が集まり始め、集まった所で団長が一度試合場に上がり、導師様は恐らく海兵団の練度を見たいのだろう、確認したら帰ってくれるそうだ、と、全く見当違いのことを言っていた。ついでにその際、私も試合場に上がり、審判を務めると言うと、特に問題なく承認された。
暫くすると、導師様達が入場した。流石に暴行を受けた精霊術士は外で見ているようだ。その他の精霊術士を監察員が観戦場所へ案内している間に、導師様が試合場に上がり、試合を行うことになった。
軍共通試合規定に基づくことを宣言し、剣の確認を行って、異状が無かったため、内心悩んだものの、導師様が怪我を負いそうなら止めるつもりで、試合を開始した……のだが、あっさり導師様が勝った。
海兵団の者達は、全く相手にならなかった。しかも最後には3人同時に相手にしたにも関わらず、導師様は常人を超えた動きであっという間に3人を倒した。海兵団の者からしたら、悪い夢でも見ている様な気分だっただろう。私も導師様が剣を嗜んでいるという噂は聞いたことがあったが、正直ここまでの腕だとは思わなかった。
そして、3人を倒した直後、何故か導師様が後ろを振り返ったと思ったら、観客席にいた一人が逃げ出した。暗殺だと気が付いた時には、既にメリークルス殿が犯人を捕えていた。また、団長も逃げ出そうとしたので、メリークルス殿が捕まえた。
海兵団が騒ぎ出したため、そこで試合を中断し、話をする方向に持って行った。何とか海兵団の動揺は静まり、導師様や精霊術士が話をした後、団の各隊に解散するよう指示を出し、この場を収めたが……まさか暗殺未遂にまで発展するとは……。
結局その次の日に、精霊術士の配置換えの人事命令が発出され、導師様以下は王都に戻り、その後は憲兵隊の暗殺未遂の捜査に協力することとなった。そして、驚くべきことが判明した。実は、暗殺実行犯であった新兵教育班長が、精霊術士への悪感情を新兵や知人達に植え付けていたのだ。細部の捜査状況は、流石に教えて貰えなかったが、導師様に対しても、暗殺を企てるほどの因縁がありそうだった。
週が明けた所で我々は王都に戻り、総司令官に状況を報告した。総司令官からは労いの言葉を頂き、また、今後の改善策についての指針を頂いた。
特に、女性に対する理由のない蔑視の防止、同じ部隊の者を仲間として尊重し合える環境の醸成、それと、不自然な働き掛けへの対応についても検討することになった。
なお、団長は暗殺とは無関係であることは判明したものの、それまでの精霊術士への不当な扱いや、部下への指導不足により、更迭された。
後釜には、総司令部参謀長が就任した。参謀長は、前任の海兵団長で、人事としては降格にあたるため異例なのだが、今回の話を聞き、あまりの体たらくに、海兵団を鍛え直しますので自分を再び団長にして欲しい、と総司令官に直談判したそうだ。あの厳格な方が指導されるなら、大丈夫だろう。
多くの課題は頂いたが、総司令官に意見具申し、新たに女性監察員を加えて改善策を逐次検討している。……そう言えば、今後精霊術士について、海兵団以外の団でも概要を教育することになったが、併せて、精霊導師という存在についても教育させないと駄目だ。でないと、次こそ潰されかねん。教育課目に追加しよう。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
評価、ブックマーク、いいね、誤字報告を頂ければとても助かります。
宜しくお願いします。