第161話 海兵団への改善要望 5
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海兵団有志との試合の日だ。指定した時間に合わせて、精霊術士達やカリータさんとともに試合場に行くと、流石に多くの人がいた。被害に遭った精霊術士は、中に入るのは怖いということで、カリータさんが付き添い、遠くから様子を見ることになり、その他は監察官達が準備した席に移動した。
私が入って来たことを知ると、視線が集中したが、当惑の視線が殆どだった。しかしながら、試合場に近づくと、すぐに道が出来たので、一応、恐れられてはいるようだ。
「では、導師様、我が団の者が勝ちましたら、お帰り頂くということで宜しいですね?」
「ええ、二言はございませんわ。審判はどなたが行いますの?」
「僭越ながら、私が行いましょう。軍共通試合規定に基づき、試合を行います」
監察官が審判を行ってくれるようだ。これなら不正はないだろう。試合の要領は、刃のない武器を使用し、魔法無し、時間制限無し1本勝負で、戦闘不能にするか、場外に出すか、急所への寸止めを行えば勝ちだ。なお、死亡させると反則負けだ。
「では、両者とも、剣を確認します」
私はあらかじめ異空間から取り出しておいた模造剣を監察官に手渡し、確認して貰った。
「……?、やけに軽いようですが……問題はありません」
まあ、誓約の樹の枝を加工して作った木剣に、魔法銀でコーティングしたものだから、通常の剣より当然軽い。だが、私にとってはこれがいい。
「こちらも問題ありません。では、両者位置について」
相手を見ると……どうやら私を舐めているようだ。ならば、その驕りを後悔して貰おう。
「始め!」
私は開始と同時に素早く相手の側背に回り込み、簡易版魔力波で、相手を場外に吹き飛ばした。本気でやると死んでしまうからね……。
「しょ、勝者……導師様!」
試合場が静まり返る中、監察官の判定だけが響いた。
「団長殿、次の相手はどなたですの?」
「ば、馬鹿な……魔法は使えない筈なのに……おい!次だ!」
団長に急かされ、次の相手が試合場に上がったが……どう見ても気が動転している。付き合う時間が無駄だから、さっさと場外送りにしよう。
その後3人ほど場外送りにすると、漸く気合が乗った相手が登場した。今度は切り結べるかな。
……残念ながら、レイテアと比べると、剣が鈍すぎる。視線で動きも読めるから、余裕だった。とは言え、寸止めだと後で物言いが付くかもしれないので、抜き胴で昏倒させ、戦闘不能にした。
「団長殿?もっと強い方はおられませんの?退屈なのですけれど」
周囲の兵士達も、最初は相手を応援し、私には恨みのような視線を向けていたが、ここに来て、私を気味悪がっているようだ。
「くっ、次だ!行け!……どうした」
団長の視線の先にいる数名を見ると、周囲同様、半ば戦意を喪失している。もう一押しかな。
「では、そちらの方々全員でいらして下さいな。それなら少しは楽しめますわ」
「ふ、ふふ、小娘が調子に乗りおって!お前ら、女に馬鹿にされてもいいのか!」
流石に私の挑発に頭に来たのか、団長から指名された3人は壇上に上がった。監察官が止めようとしたようだが、目で制する。仕方がないといった感じで、全員の剣を確認し、試合を開始した。
「皆位置について……始め!」
開始と同時に、3人が襲い掛かって来た。ここで、私は本気を出す事にした。魔力波の練習の影響で、私やレイテアは、集中すると時間が遅く感じるのだ。これを仮に「思考加速」と呼んでいる。思考加速を行っている時は、相手の動きが遅く見える事に加え、身体強化を使った高速移動時に起こる、視野狭窄などの感覚の鈍化がほぼ見られず、イメージの通りに動く事が出来る。
つまり、常識ではありえない、正確かつ複雑な動作を伴った高速移動が可能となるのだ。
私は左側の相手に高速で突進し、上段から振り下ろされた剣にこちらも剣を出して合わせ、そこを支点として前に向かう力を回転運動の様に変えるとともに、その相手の右側を通って後背をスルーし、不意打ちで中央の相手の背中を強打した。
右側の相手がそれに気づいたが、振り向こうとする前にがら空きの胴を打ち、後の1人がこちらに迫ろうとした所を、抜き胴で昏倒させた。時間にして数秒といったところか。場が静まり返る。
「っ!」
背後から感じた強烈な殺気に、とっさに剣の腹を合わせつつ振り向くと、誰かが吹き矢を飛ばすのに使うような筒を持って構えていた。私の動きが止まるのを待って攻撃を仕掛けようとしたらしい。
「レイテア!」「承知!」
兵士達の中を誰かが逃げて行く。しかし、レイテアはスイスイと人を避けながら素早く追いつき、魔力波で昏倒させた。あれは、人の魔力を的確に読みながら思考加速を行った動作だ。レイテア、やるな。
「……団長殿、場外からの攻撃は慎んで頂きたいものですわね」
「し……知らん!儂は知らんぞ!」
団長はそう言って、逃げ出そうとしたが、先程と同様、レイテアに昏倒させられた。試合場でざわめきが起き始めた。残念だがこうなった以上試合は中止だ。とりあえず事前の手筈通りに動こう。合図をする。
『あー、あー、只今拡声具の試験中!只今拡声具の試験中!』
監察員の一人が、試合場から少し離れた壇上でアドリブをかまして兵士達の注目を集めた。よし、私もそちらに行こう。あそこでないと、魔法や魔道具が使えないからね。ということで、私も素早く移動し、拡声用の魔道具を渡して貰う。
『皆様、お静まり下さい。騒いだ者は、暗殺者の仲間とみなしますわよ』
その意味が分かったのか、騒ぎは静まった。よし、話を始めよう。
『先程の突発事案は、皆様とは無関係として話を進めましょう。海兵団の皆様にこちらに集まって頂くに際し、私が考えておりましたのは、皆様に、お話を聞いて頂く事でした。試合は人集めの口実と、余興ですわ。今回私がここに参ったのは、先日の暴行事件、また、その遠因となっているであろう、精霊術士達の扱いについて、問題視したからです。こちらに来て、精霊術士や皆様の話を聞いているうちに、様々な問題があることが判って来ました。しかしながら、国防の為に海で命がけの任務を遂行する、海兵団の皆様の命を出来る限り失わない為に、精霊術士の力は必要不可欠です。このため、今後は出来る限り、共存の態勢を取って頂きたいのです』
ここで一旦、人の様子を見た。皆、私の話を聞いているようだ。
『私がこちらに来てから数日間、仕置と称して多くの方々に危害を加えましたが、これは、視線とそこに乗った感情が判る場合があることを、身をもって知って欲しかったのです。御存じの方もいらっしゃるでしょうが、精霊は人の悪意や嘘に敏感です。精霊と会話が出来る精霊術士も、それに準ずる存在と考えて下さい』
私の場合は自分の感覚だけどね。まあ、そこは言う必要は無い。続けよう。
『私が申したいのは、たとえ精霊術士であっても、同じ組織に配置されている以上、仲間として見てやって頂きたい、それだけなのです』
ここで、私は後ろに控えていた精霊術士の一人に魔道具を手渡した。
『皆さん、私はこちらに配置されて約2年になります。このような形でこちらを去ってしまう事は複雑な気持ちです。私を含め、精霊術士は、精霊から情報を聞くことで、少しでも皆様が安全に勤務できるよう頑張って来たつもりです。しかし、諸処の事情があり、その思いは皆様には伝わっていなかったようです。精霊術士の仕事は他者には理解し辛いのは承知しておりますし、男性が女性に対して持つ感情の事も、理解は出来ます。それより私達は、貴方達に、仲間として見て頂けなかったことが、ここで勤務していて一番辛かったのです。私達がこちらを離れた後、様々な施策が行われるでしょうが、再び精霊術士が配置された時には、どうか、彼女達を仲間と思って頂けないでしょうか』
ここで、魔道具を監察官に渡して、精霊術士は下がった。
『今回、様々な問題が確認されたが、それは諸官の責任ではなく、体制に問題があったのだ。現在、我々調査団で調査結果をとりまとめ、改善策を案出中だ。改善策が出た暁には、皆で協力し、仲間を思いやれる、誇り高き海兵団を復活させよう。では、解散し、各隊、恒常業務に戻って貰いたい』
このように締めて、海兵団には業務に戻って貰った。とりあえず、切っ掛けにはして貰えたかな。
「導師様、お疲れ様でした」
「監察官殿達こそ、あそこからの軌道修正に対応して頂き、有難うございます。あと、皆様、お辛かったでしょうに、ご立派でしたわ」
「いえ、私達の考えを伝える場を設定して頂けたことは、有難かったです。本当に、次に配置される精霊術士が、仲間として受け入れられて欲しいです」
「そこは海兵団と私どもの仕事です。監察官は、部隊の健全性を取り戻す医者のような存在ですから」
そのように話して外に行くと、被害に遭った精霊術士が泣いていて、カリータさんが背中を撫でていた。単純に悲しいとも言えない、ただ泣きたい心境なんだろうな。
暫くして泣き止んだ精霊術士と一緒に宿舎に戻り、彼女達には休んでもらった。暫くすると、レイテアが戻って来た。
「お嬢様、あの二人は憲兵に引き渡しました。後はあちらが何とかしてくれるでしょう」
「御苦労様。……恐らく団長は、単に気が動転して逃げただけでしょうね。でも、更迭は免れないでしょう」
「そうですか……あと、吹き矢でお嬢様を狙った男ですが、針に毒を仕込んでいた様です。手口を見る限り、暗殺の訓練を積んだ者でしょう。精霊の入れない試合場ならば、と思って暗殺を仕掛けたのでしょうが……今後もあのような場では、同様の手段に注意しなければなりませんね」
「そうね。ただ、最悪針が刺さったとしても、導師服で毒は無効化された筈ですわ。試すのは嫌ですが」
「確かに。しかし、私にも感じられたほどの強い殺気を放っていたあいつは、何者なのでしょうね」
「貴女も、感覚が鋭くなっていますわね……。それはそうとして、そこまで恨まれる理由は知りたいですわね」
実は、来た当初から、他の視線とは異なる視線があることは把握しており、その殺意が乗った視線の主を、密かに探していたのだ。姿を隠して見ていたようで、精霊に聞いても誰かは判らない状態だったが、もしかすると今回何か仕掛けて来る可能性があると思い、レイテアと話していたのだ。まあ、こちらは調査結果を待とう。
次の日、無事人事命令が発出され、精霊術士4名は、精霊課の所属になった。暫くは、海兵団の精霊術士は欠員となる。今後案出される改善施策が徹底された後に、精霊術士を配置する予定だ。
私も人事命令に合わせて魔法省に戻った。その際、精霊術士達の荷物を異空間に収納して運んだ。やはり異空間収納は便利だよね……。精霊術士達は、今日は荷物整理をして、明日、久しぶりの精霊課に顔を出して、様子を見るそうだ。まあ、そちらは精霊課長以下に任せておこう。
ということで、各所に報告して、溜まっていた書類を片付けているうちに、業務の時間は終了した。
家に戻ると、お祖父様とお兄様が、どこからか暗殺未遂の情報を聞いたようで、心配してくれたが、とりあえずの状況を話して、安心して貰った。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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