第157話 海兵団への改善要望 1
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12月になった。財務省などは決算やら来年予算執行の準備があるから非常に忙しいらしいけど、魔法省は一部を除いてさほど忙しくない。とりあえず書類を片付け、魔道具課に顔を出そうかと考えていた所、精霊課長が複雑な表情で入って来た。
「導師様、このような件を報告しなければならないのは、非常に心苦しいのですが……」
と、前置きして、話し始めた。海兵団に配置されている精霊術士が、先日酔っぱらった兵士に襲われたらしい。巡回中の衛兵が発見して、大事には至らなかったものの、被害者の精霊術士はショックでふさぎ込み、他の精霊術士も怖がって宿舎から出なくなったそうだ……。
「……それで、海兵団はどのように対応されましたの?」
「はい、精霊術士を襲った兵士は逮捕され、裁判の後何らかの刑を受けるようです。ただ、海兵団側は、今の精霊術士が仕事をしないなら、全員入れ替えて欲しいと、精霊課に言って来ました」
「……正気ですか? 明らかに海兵団の落ち度ではございませんか」
「そうなのですが……これは私見となりますが、どうもあちらは精霊術士を軽視しているかもしれません。以前はそれなりに尊重して頂いていたそうなのですが、最近はかなり酷かった様で……」
精霊術士は、海兵団本部にも風2名、水2名の配置枠があって、1年毎に精霊課から2名ずつ入れ替えて勤務して貰っている。海の仕事において、精霊術士の助言がある時とない時では、海難事故などの発生率がかなり違うそうだ。
このため、海兵団創設当時から精霊術士を配置することが決まって、それは変わらず続いて来たそうだ。精霊課長の話によると、以前は荒くれ者達なりに精霊術士を尊重してくれていたが、月1回報告される勤務月報を読む限り、ここ暫くは対応が変わって来ていたようだ。
最近の勤務月報を読ませてもらったが、いやらしい視線を向けられるのは当たり前、時には着替えを覗かれたり、下着が無くなったこともあったそうだ。
「……そのような報告がありながら、放置していたのでしょうか?」
「実は、総司令部に何度も改善の処置を行って欲しいという要望を出していたのですが、反応がなく、遂にはこのような事件が起こってしまい……申し訳ございません」
「そこは私にではなく、彼女達に謝罪して下さい。……総司令部もこの件を放置していたのですね?」
「はい、今回の事件も、加害者が逮捕されたことで処置が終わったと考えているようです」
「承知致しました。直ちに総司令官に現状をお話ししましょう」
私が微笑みかけると、精霊課長は固まった。……どうやら、殺気がダダ漏れだったようだ。
ニストラム秘書官に今から総司令部に伺う件と、以降の業務予定が変更するかもしれないと伝え、一応大臣にも話をして、精霊課長とともに馬車で総司令部に向かった。
総司令部に到着すると、ニストラム秘書官から連絡があったのか、誰かが待っていて、私に礼をした。
「私は精霊導師のフィリストリア・アルカドールです。総司令官殿にお会いしたく、伺いました」
「は? い、いえ、いくら導師様といえども、予定もなく総司令官と面会させるわけには……」
「……解りました。案内は不要ですわ」
そう言って、強い殺気を込めて睨むと、誰かは知らないが、その場で震え出した。玄関から本部庁舎に入り、配置図を見ると、3階の端に総司令官室があったので、とりあえず手前の庶務室?とやらまで移動した。途中、何人かが私達を見たが、睨みつけると近づいては来なかった。庶務室に入り
「総司令官殿はご在室でしょうか?」
と言うと、女性兵士らしき人が震えながら「ざ、在室、です」と答えたので、ノックをして入った。
「総司令官殿、面会の予定なく、大変失礼なことと存じますが、用件があり、伺いました」
「……導師殿、何用かな?」
総司令官のサウルトーデ伯爵は、怪訝そうな顔をしたものの、私の雰囲気を察してくれたのか、机を離れ、横のソファに案内してくれた。以前話したことはあったが、話の解る方という印象だ。
「機会を頂き、誠に感謝致します。用件ですが……先日の海兵団で起こった事件の話ですわ」
「……なるほど。しかしあれはきちんと処罰を行う。それで良いのではありませんかな?」
「いえ、事はもっと根深いものと考えております。こちらをご覧下さい」
そう言って、先程の月報を見せ、あと、精霊課長が状況などを補足した。
「……もしこれらの内容が本当であれば、個人の問題ではなく、海兵団の雰囲気自体が問題ですな」
「はい、私もそのように考えております。また、この件を以前から精霊課長がこちらに伝え、状況を改善するよう申し入れておりましたが、反応が無いそうですわ」
「それは誰に伝えたのでしょうか?」
と、総司令官殿が言ったので、精霊課長が、窓口となっている幕僚の名前を告げると、総司令官殿が誰かを呼んで、その幕僚を呼んで来させた。暫くすると、その幕僚らしき人が入室して来る。
「貴官は、こちらの精霊課長殿から、海兵団における精霊術士の扱いについて、改善の要望を受けていたそうだが、どのように処置した?」
「はい、あちらに問い合わせたところ、問題ないと言われましたので、そこで終了しました」
こいつ馬鹿か? 問い合わせて判る筈ないだろ! 現場に見に行けよ! と思っていると
「この馬鹿者が! 部隊自体に問題があるのであれば、実際に目で見なければ判断できるわけなかろう! 先日の事件を聞いてなお、そのような口を叩くか? 今後精霊術士と連携できなければ損失どころの話では済まんのだぞ!? 貴様を職務怠慢の廉で処分する!」
総司令官殿は激怒した。そう、こういった雰囲気が国軍にあるのであれば、精霊課との連携などできる筈がない。それは今や、陛下や他の多くの方への背信行為に等しい。だから、私としても強烈に抗議する必要があったのだ。
そもそも、この幕僚がきちんと対応してくれていたら、事件は発生しなかったかもしれない。そう考えるとまた怒りが湧いてきたが……今は落ち着こう。総司令官殿は幕僚の上司に当たる人? を呼んで、その人も叱りつけ、部屋から追い出した。
「……導師殿、精霊課長殿、こちらの対応に不手際があり、大変申し訳ないことをした」
「総司令官殿、顔をお上げ下さい。まだ海兵団の状況が解っておりませんわ。直ちに調査し、問題があれば改善することが、今すべき事ですわ」
「確かにそうですな……。司令部から海兵団へ調査団を派遣しましょう」
「調査団の中に、私や精霊課の者を加えて頂くことは可能でしょうか?」
「勿論可能です。精霊術士側の視点もあった方が、改善策がより良きものとなりましょう」
そのように総司令官殿と話し、早速、明日から海兵団本部に行くこととなった。総司令部からは、監察官という役職の人達が、精霊課からは精霊課長、総務班のカリータ・ラクセンという女性職員、それと当然、私と護衛のレイテアも行く。総司令部には、海兵団基地のあるプレドック直轄港と繋がっている転移門があるので、それを利用して移動することになった。
ニストラム秘書官と業務調整を行って、色々準備をして帰宅した。夕食時に、お祖父様とお兄様に、明日から暫く出張する旨と、その理由を伝えたところ
「何と。それは軍紀が乱れておるかもしれんのう……気を付けるのじゃぞ」
「フィリス、そのような所に行って大丈夫かい?私は心配だよ」
「お祖父様、お兄様、大丈夫ですわ。一人で行くわけではございませんし、レイテアや精霊達もおります。それに、私は一人の女性として許せませんの。あのような考え方は、改めて頂きます」
この世界が前世の日本よりも男尊女卑的な傾向にあることは承知しているが、それでもやって良い事と悪い事がある。それが分からないなら、教えてやるまでだ。
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