第015話 私の護衛は女性剣士
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私は、専属護衛として雇うことになったレイテアを、鍛錬場にある女性用の控室に案内した。現在は実質私しか使っていないが、これからはレイテアも使うことになる。
「とりあえずここは、女性用の控室ですので、今後は貴女もこちらを使用して下さい。護衛としての勤務要領などは、オクター・ファンケルに相談して下さい」
「はい、解りました」
「先程、私が戦い方を教える、とは言いましたが、貴女に剣術そのものを教える気はありません。私が教えるのは、体の作り方や戦う際の立ち回り方。後はうちの護衛達と鍛錬していれば、自然と実力がつくと思いますわ」
「……でもお嬢様はあれだけお強いのですから、剣術も教えることが出来るのでは?」
「私は剣術そのものは見様見真似ですからね。基礎から叩き込まれている貴女に教えられることはありませんわ。それに、あの場では私は勝てましたが、条件が互角なら勝てなかったかもしれません」
「それはどういう意味でしょうか」
「私は彼らの戦い方を知っておりました。しかし彼らは私の戦い方を知りませんでした。あと、彼らを挑発し、逆上させたりしましたし、そもそも彼らは体格が大きく異なる者との戦いも不慣れでしょうから」
「知っていた……とは?事前に戦い方を調査された上で、選定戦を実施されたのですか?」
「いえ?あのくらいの実力であれば、選定戦だけ見れば十分ですわ」
「選定戦だけって……それは見ていないのと同じです!そんな方、騎士団にもいるかどうか……」
「……まあ、そうかもしれませんわね。それはともかく、貴女をこちらへ連れてきたのは、体の作り方の基礎を教えるためです。ちなみにこれは、うちの家族にも行っています」
「?、それは一体どのようなことでしょうか?」
「簡単な施術と体操ですわ。貴女、自分では気づいていないかもしれませんが、貴女の体は相当傷ついているのよ」
「?、まあ、古傷もありますし、先ほどの戦いでも少々痛めましたが……」
「それもあるのですが、私が言っているのは体内の魔力循環です。かなりの箇所で滞留しているのですわ。貴女はそこまで魔力量が多くないようですので、ある意味ましなのでしょうが、魔力量が多い方なら、滞留した魔力が体を傷つけ、とうに動けなくなっている筈ですわ」
「お嬢様は……魔力を見ることが出来るのですか?」
「そんな所ですわ。それより、そこに毛布を敷いて寝て頂戴。まずは滞留箇所を治癒します」
レイテアを寝かせ、滞留箇所を治癒した。よくここまで我慢していたなあこの人。私なら絶対に死んでるわ。
「次に、意識をへその下にやりつつ、深呼吸しながら、魔力が血流に乗って循環している様子を感じてみて。次第に心地よくなって来ると思いますわ」
「……、はい、何というか、湯船に浸かっている感じです」
「それでいいですわ。次は、少し苦しいのだけれど我慢して頂戴。深呼吸を維持しながら、柔軟体操を行いますわ」
控室にレイテアの声が響いたが、必要な処置だ。その後、家で広めた体操の要領を教える。
「お疲れ様。毎日の鍛錬後には必ずこの体操を行って下さいな。護衛達は全員知っている筈ですから」
「……、ちなみに、これにはどのような意味があるのでしょうか?」
「魔力循環を整え、体の柔軟性を高めるためですわ。女性は筋力が男性より劣りますから、喩え身体強化を使うとはいえ、男性に力で対抗していたら、女性の体が持たないでしょう?」
「……そうですね、確かに、女性騎士は元々少なく、また、体を壊し、すぐに引退してしまいます」
「でも、筋力が少ないのであれば、その分柔軟性を高め、うまく立ち回ることで、怪我も少なくできますわ。そしてそれが、女性なりの戦い方の土台になって行くのですわ。長所を生かすのは、基本でしょう?」
レイテアはまだピンと来ていないようだ。もう少し教えてみよう。
「筋力がつくと、どうしても体が堅くなり、とっさの対応は体に負担がかかるものですが、女性は男性に比べて体が小さく、筋力が少ないから、男性よりしなやかな体を作りやすいのですわ。つまり、態勢を維持しやすく、臨機の対応が楽、ということよ」
「……なるほど!だから、相手の剣をいなし、態勢を崩す取り回しが、女性向きの戦い方になるのですね」
「その通りですわ。態勢の崩し合いになった場合、実力が同じであれば、男性の方が負担が大きい筈。当然、隙も大きくなります。そこを突けばいいだけ。勿論、自分の態勢を維持しながら、ですわ」
「……そのようなこと、騎士であった父にも、騎士学校でも、教わりませんでした……」
「そこは女性の指導者であれば、気づくのかもしれませんが……現状、いないようですわね」
「そうですね。騎士学校にも女性の教官はいませんでした。女性騎士の実績も殆どありませんし」
「では、貴女が実績を作れば良いのでは?先ほど言いましたが、基礎は私が教えますので、貴女が女流の剣術の歴史を創るのですわ。素晴らしい考えでしょう?」
「……、そうですね……私は、騎士であった父を見て育ち、剣の道に憧れました。何とか騎士学校には入れたものの、成績が振るわず、王都やトリセントでは就職できず、一縷の望みを抱いてこちらに応募したのです。駄目なら諦めて、親の勧めで婚姻しようと。でも、私は、まだ剣の道を歩めるのですね」
「むしろこれからですわ。まずはしなやかな体作りからですわね。それから、後日実地で教えますが、剣をいなすことを主体にした剣さばきと、動作に合わせた身体強化の要領についても、習得する必要がありますわ。貴女は目が良いですから、相手の動きを見て、攻め所を先取りすることも、すぐできるようになる。貴女は、強くなりますわ」
「……、宜しく、お願いします……」
こうして私は、専属護衛になったレイテアに、授業の合間や週1回の鍛錬の時などに、戦い方を教え始めた。彼女は護衛業務自体初めてであったため、当初はかなり戸惑っていたようだが、珍しい女性護衛であり、妙齢の女性ということもあり、オクターさん以下、皆で懇切丁寧に教え込んだらしい。すぐに業務にも慣れ、待機時の鍛錬にも集中できるようになった。
今は、週1回の鍛錬時なので、私が教えている。
「レイテア、相手をいなすには、この時点ではなく、もっと前、ここに剣を出しなさい。でないと力負けします。身体強化をしていても、体への負担が蓄積するわ。相手をいなすには、相手が力と速度を出す前に自分が誘導し、態勢を崩すことが大切なのよ。あと、脱力姿勢を基本として、必要な所で力を入れるようになさい」
「はい、お嬢様」
「この時の相手の体の流れを意識して。ここに剣を置けば、こちらに体が流れるでしょう?そして隙ができる。ただ、この時点では、隙をつけるか判りませんから、更に揺さぶって、隙を大きくすることを考えた方がいいわ。ただ、未熟な相手ならば、即座に突いてしまいなさい。では、一度やってみましょう」
このような感じで教えているが、レイテアは基礎がしっかりしているため、覚えが早い。この分なら、戦い方もすぐにコツを覚え、自分なりに昇華してくれるだろう。教える私も楽しくて仕方がない。
鍛錬の後、体操を行って体の魔力循環を整えたのち、レイテアと少し話をした。
「お嬢様は、このような知識をどこで学んだのでしょうか?知れば知るほど不思議に思えます」
「その辺りは聞かないで頂戴。恐らく周りも、フィリストリアだから……と思っているでしょうし」
「確かに先輩方もそう仰っていましたが……だからこそ、お嬢様の才能は惜しいと思います」
「まあ、一応貴族令嬢ですし、対外的にあまり宜しくありませんからね……。でも、今は貴女がおりますわ。私は、貴女の成長を見るたび、自分の事の様に嬉しく思っておりますの」
「……有難うございます。私はお嬢様や先輩方と出会い、先が開けた気がします。何年先になるかは分かりませんが、相応の実力がつけば、王都の武術大会に出場したいと考えています」
「それは素晴らしい考えですわ!目標は高ければやりがいが出るもの。頑張りなさい」
こうして目標も定まったレイテアは、急成長していった。
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(石は移動しました)