第155話 予算審議は大変だ
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暫くは、特に何も起こらず、通常の業務が続いた。ただし、政府は全体的に、来週実施される来年の予算審議に向けて、説明の準備で忙しかった。予算審議は、貴族議会で行われる。
貴族議会は、王都や各領から選出した、規定数の貴族をもって構成されている。法令の立案・審議、犯罪を犯した貴族の裁判、予算審議が主な仕事だ。ただ、それらは全て、最終的には陛下に決定権がある。アルカドール領からは2名、前ドミナス分領太守と前プトラム分領太守、つまりルカとセレナのお祖父さんが選出されている。
なお、国民議会という、平民の代表者で構成された議会もあるが、こちらは定期的に国民からの意見をとりまとめ、陛下に奏上するのが仕事だ。アルカドール領からは、確か前商工組合アルカドール支部長、前冒険者組合アルカドール支部長が選出されていた筈だ。まあ、意見のとりまとめには適任だろうな。
予算審議については、政府各省が来年行う事業について、その概要と予算を計上し、作成した資料を元に議会が適正かどうかを判断するのだ。その場には各省大臣や任意の課長にも席が用意され、適宜議員からの質疑に答えたり、場合によっては他省への質疑も行うことができる。そこで納得して貰えば審議を通過したことになるが、当然この場で予算の増減が発生する可能性もあるわけだ。
予算審議の期間は通常6日で、初日は総務省と財務省、2日目は外務省と国防省、3日目は建設省と魔法省、4日目は商務省と農務省、5日目は法務省と宰相府の、それぞれ所轄する事業に関する審議が行われ、最終日には陛下が議場に来られて、疑義が無ければ全ての案が承認される、という流れだ。なお、来年はユレート歴1521年なので、正式名称は「ロイドステア国貴族議会1521年予算審議」になる。
ということで私も、予算審議準備で各課に顔を出したり、会議に出たりで忙しかった。基本的には私は出席するだけで、質疑に答えるのは大臣や担当課長だが、精霊に関する細かい質疑をされた場合などは、私でないと対応できない。しっかり準備しておこう……。
期間はあっという間に過ぎ、予算審議初日となった。総務省と財務省の審議か。総務省は業務の幅が広い。どんな事業に関わるか判らないので、しっかり聞いておこう。
……一応全て聞いたけど、あまり関係しない事業が多かったな。今の所関係しているのは、サウスエッドとの人材交流くらいか。来年の行事や式典の予定が解ったのは良かったけど。ただ、総務省は未成年者への教育全般も担当している。来年以降は、魔法教育の関係などで、協力して貰うかもしれないな……。
財務省は基本的に関係ない気がするが、さて、どんな事業があるのかな。
……やはり財務省は関連事業なし。ただ、年間の通貨の製造量が、国の人口によって決められているとは知らなかったな。そりゃあ産めよ増やせよと言う訳だわ。アルカドール領は現在、国内だけでなく国外からも人が流入して人口が増加しているから、そういう意味では貢献しているのかな。雇用状況と食糧事情はかなり良くなっているから、今後も増えるといいな。
審議2日目、今日は外務省と国防省だ。外務省は今の所あまり関係なさそうだが……やはり関係なかった、良かったよ。国内だけでも忙しいのに、国外を回ることになったら目も当てられない。たまにならいいけど。
国防省の方は、特に新規事業に関係しているようだった。特に「魔法戦力を活用した戦闘要領の検討」という新規事業については、先日の協同訓練の成果を元に、布陣や連携要領を検討するという話だから、精霊課や私にも話が来る可能性が高い。この検討の結果に基づき、来年秋頃に、総合訓練を計画するそうだ。
ただ、魔法兵課の方で作っていた新規事業「魔法兵団と精霊術士の連携要領の検討」については、こちらの事業に統合されることになったため、魔法兵課長が悔しそうに歯ぎしりをしていた。
また、以前話のあった、サウスエッドとの共同指揮所演習についても、冬頃の実施を予定しているそうだ。これも内容次第では、私が参加する可能性がある。ただ、本当に私が参戦すると、検討の意味が無くなると思うから、知識的なものだけだろう。
あと、騎士学校の教育体制の検討という新規事業があった。教育内容の改正や、女性騎士の活用などを検討するらしい。これはレイテアの活躍があったからだろうな……。やはり親しい人の活躍が評価されるのは、嬉しいものだ。
審議3日目、今日が本番だ。とりあえず、建設省の審議を聞いたが、来年は道路工事が1箇所と、治水工事が2箇所あるようだ。道路工事は半年間、治水工事はそれぞれ1年間を予定しているらしい。道路工事には地の精霊術士2名、治水工事には地と水の精霊術士1名ずつが参加する筈だから、地の精霊術士はかなり忙しいな。パティ頑張って。
あと、継続事業だが「井戸の整備」についても、地と水の精霊術士が呼ばれるが、こちらは短期間だ。場所によっては移動が大変かもしれないが。
いよいよ魔法省関連事業の審議だ。まず、全般のところで「魔法教育体制の検討」という新規事業があった。これは陛下からの命に基づくものだから、特に問題は無かった。魔法省が主導して検討するが、各省からも横断的に人を呼んで、定期的に会議を行うという内容だ。これには当然、私も参加する。
その他挙がっていた継続事業は、問題なく進んで行った。しかし、精霊課の新規事業として挙げていた「精霊術士鍛錬施設の整備」については、質疑が幾つかあった。
「定期的に集中鍛錬を行うのであれば、施設を作る必要はないのではないか」
「既存の設備で代用はできないのか」
等だ。施設の必要性については、精霊課長から、新規採用の精霊術士の能力をさしあたり向上させるためと、所属精霊術士の恒常的な能力維持に必要であり、集中鍛錬は、新規採用者数が読めないことから一定の期間を開けて実施するため、ともに必要であるという説明で納得して貰えた。それと、更衣室の設置や、地属性の暖房設備、風属性用の属性エネルギー収集用魔道具の設置は通った。
しかし、既存の施設を代用できないかという件で、残念ながら火属性の施設は暖炉で行うこととの差異が説明できなかったため、取り下げになった。その他、水属性用の施設は、水源を検討しなければならないため、保留になり、調査結果次第で再来年に整備されるという話になった。井戸程度ならすぐに掘れるのだが、排水や他の水源への影響も踏まえて検討中らしい。
なお、継続事業ではあるが、予算額が大幅に減少した「各領巡回助言」については、本当にこの予算で問題ないか、逆に財務省から質疑があった。来年は、全ての領を私が転移門を使って巡回するため、護衛を含めた宿泊費くらいしか計上できないのだ。
例年は、参加する精霊術士、運用班及び護衛達の期間内の移動経費、宿泊費その他諸々が計上されていたため、非常に高額だったのだが、その辺りについては、私から説明することで納得して貰えた。しかし
「再来年以降もお願いして宜しいでしょうか」
と言われた時には
「あくまで精霊課の態勢が整うまでの臨時措置ですわ」
と、強い意志を持って発言させて頂いた。流石に毎年全ての領に行くのは、色々問題が発生しそうだからね……。
魔法研究所の予算は、来年度はかなり増額されることになった。「氷魔法の活用」「雷魔法の活用」については、普及要領も併せて検討することになり、参考としてアルカドール領の話が出て来た。コルドリップ先生、こんな所で知名度が上がってます。
そして目玉の「重力魔法の研究」については、先日発表された論文の深化を図ることと、活用法を検討することが挙げられていた。前者は特に質疑は無かったのだが、後者においては「魔法省内で行う」と言う点に各省から異論が噴出した。一言で言えば「うちも混ぜろ」だ。
結局、魔法省が管轄する、各省横断的な事業となってしまった。その分会議費や移動費、警備費なども計上されたが、取りまとめの観点から、突如担当者に指定されてしまった総務課長は、物凄く嫌そうな顔をしていた。
その他、魔法課は「氷魔法教本の検討」「雷魔法教本の検討」が挙がっていたり、魔道具課は「氷魔法魔道具の製作要領の検討」「雷魔法魔道具の製作要領の検討」「重力魔法魔道具の製作要領の検討」が挙がっていた。これらは特に問題なく、予算案が通った。
ただ、重力魔法については、現段階では教本の作成は難しく、研究が深化するであろう再来年から検討事業を立ち上げるそうだ。
色々あったが、魔法省関連の予算審議は終了した。新規事業が多かったものの、来年は各領巡回助言の予算が減少していたため、逆に今年より全体的に予算が少なくなってしまった。もしかすると来年の予算審議では、巡回助言を戻して行くことで一悶着あるかもしれないな……。
審議4日目だ。商務省も農務省も精霊課が事業支援を行う筈だから、良く確認しておこう。
商務省の事業で気になったのは、継続事業の「船舶の研究」「鍛冶技術の研究」だ。どちらも精霊術士に支援要請が来ていた筈だ。魔法強化が可能となったことで、従来より高負荷の試験環境を作ることが出来るからだ。更に、サウスエッドの技術を導入していくから、より技術が進歩するのではないかと思われる。農務省も同様で、「風車の研究」などが該当する。
その他、商務省では「水晶等の活用」という新規事業があったが、ぶっちゃけアルカドール領のパクりだよね……。ただ、技術が互角になったとしても、水晶の産地でなければコストではアルカドール領には勝てないのよね。現段階でドミナスはロイドステア一の水晶の産地だから。
他に気になったのは、農務省の継続事業の「農作物の品種改良」だ。農業課が担当らしいけど、農業課長がサーナフィアのお父さんだから、そちらの方向から支援要請が来るかもしれないな。まあ、断る理由は無いし、余裕があれば協力体制を作ってもいいかな。
審議5日目だ。法務省は……関係あると言えばある、無いと言えば無い、という感じだ。ただ、前世の感覚だと、宗教関係は総務省っぽい気がしたけど、法務省管轄なんだよね。やはり神が実在する世界だからだろうな……。
宰相府関連では、災害対処の態勢について、宰相閣下からのお言葉があった。私が編成に入ったことで、災害の被害が激減し、復興のための補正予算も例年に比べて少なく済んでおり、非常に良い状態なので、あまり私を長期間拘束する事業に組み込むのは避けて欲しいという、有難い話だった。よし、再来年以降の巡回助言は、この理由付けで減らして行こう。
そして最終日、陛下が予算案を承認する日だ。勿論陛下は、会議資料自体は事前に読み込んでいる筈で、修正箇所と、ご自身が疑問に感じられた事項について、ご確認されるようだ。
魔法省関連では幸いご下問は無く、審議で修正された案で承認された。あと、現在幾つかの領で進められている革新的な事業について、積極的に支援して国家として更に発展させるよう、仰られた。色々やっているアルカドール領としては、非常に有難いお言葉だ。私も更に色々やらせて頂こう。
こうして来年の予算審議は終了した。まあ、来年ものんびりはできなさそうだが、何かしらの血肉にはなっている感じがしている。それに、何だかんだ言って、楽しいのも事実なのだから。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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