第154話 ロイドステア国軍総司令部情報部防諜課 特定防護第2班長視点
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「対象は本日、王都アルカドール侯爵邸にいます。現在外出の様子はありません」
俺は定時報告を聞き、隣の監視室の魔道具を確認してみた。防護対象の住居の近くには、遠視とまではいかないが、敷地内の様子を映す魔道具を設置しており、監視室から適宜状況が確認できる。確かに対象が庭にいることを確認し、俺の席に戻った。
ここはロイドステア国軍総司令部情報部防諜課特定防護第2班作戦室。防諜課は各種団体からの諜報活動から対象を防護するための組織だ。細部は言えないが、全般防護支援班、国軍防護支援班、政府防護班と特定防護班が編制されている。
通常、特定防護班は王家を諜報活動から防護することを任務とするのだが、3年ほど前、陛下の命により第2班が編成された。防護対象は、精霊導師となったフィリストリア・アルカドールだ。
精霊導師は、国家間の力関係を大きく変化させる存在であり、王家以上に諜報活動の対象となる。このため、特別に班が編成されたのだ。特定防護第2班は、防護対象の愛称が「フィリス」であることから、防諜課内部で「トリア班」と呼ばれている。
諜報活動とは、国家などの組織が保有する間諜や、民間の犯罪組織や情報屋、そしてそれらの協力者が行っている、組織に有利な情報を入手するための活動であり、その多くは国家からの摘発対象となる、非合法な活動だ。
昔は奴隷という制度があり、人命を無視した諜報活動も可能であったのだが、カラートアミ教が広まるに従い奴隷制度が廃止され、人材育成に掛かる手間などもあり、諜報活動は、まず生き延びることが優先されるようになった。危険な場所には極力行かず、何か異変が起こればすぐに逃亡できる態勢をとった上で活動するのが、現在の間諜の常識だ。勿論、戦争の際などは、形振り構わず諜報活動を行ったりもするのだろうが、現在の所、うちの国はそこまで緊迫した状況にないので、助かっている。
従って、情報部の人間は、基本的に逃げたり危険を察知するのが上手い奴が配置される。そういう奴は新兵の頃から同類の古参兵に見つかって、それこそ逃げ道を塞がれて引き込まれる。その上で逃げ方やら生き延び方、それと情報収集の手管を徹底的に叩き込まれて、新人間諜の出来上がりだ。その後は間諜として様々な場所で働いたり、俺達のように防諜部署に配置されたり色々だ。
近年の間諜は、任務中に死ぬ奴は案外少ない。別に間諜の仕事が危険で無くなったわけではなく、死んだり被害を受けるのが、主にその協力者になった、と言うだけの話だ。間諜は、協力者との何気ない会話の中から、目的に応じて情報を掴む手法を発展させ、目標を達成するようになっていったのだ。
勿論、不特定の者からは、不確かな情報しか得られないが、優れた間諜は、自身の意図を気取られることなく、情報収集に必要な協力者を確保するのだ。仮に協力者が排除されたとしても、多数いる協力者の一部が排除されただけであり、一時的に諜報活動に支障が出るだけの話だ。
このような環境であるため、諜報活動を無効化することを目的とする防諜活動については、非常に広範囲の活動を必要とする。従って、王都はもとより各領にも防諜課の者が人知れず活動しているのだ。防護対象が組織であるならば、不審な動きをする者を特定するために、とにかくあらゆる事象を確認する作業を果てしなく行うことになる。
しかし、俺達特定防護班の場合は防護対象が特定の人物なので、防護対象に接触した人物の動向を探ることが基本だ。大体3次接触者位までは確認している。一説には6次接触者を追うと、世界中の人間を追うことになるらしいが、当然そこまで把握するのは無理なので、経験則上で3次接触者までとしているが、それでも大変だ。
また、諜報活動は、情報収集だけにとどまらない可能性が高い。防護対象に対して暗殺、暴行、脅迫などの直接的な危害を加えたり、情報攪乱や煽動などにより、政治的・社会的地位などへの攻撃が併せて行われることがあり、その対応についても、通常は考慮する必要がある。
ただし、直接的な危害については、我々の防護対象の場合は基本的に考える必要がない。護衛や精霊が常に守っている上、本人も非常に強い。というか、まともにやりあって勝てそうな人間が殆どいない。あれでまだ10才の少女なのだから、つくづく化け物……もとい、素晴らしい才能をお持ちだ。
その上、3年前にトリア班の編成に前後して、防諜課と諜報課が協力して、大々的に他国協力者や間諜を排除する活動を行っている。その際は国内に不審死が相次ぎ、国民が不安を感じた様だが、このおかげで現在はさほど防護対象への諜報活動は行われていない。
通常はこのような大規模な排除活動は行われない。他国の諜報活動から情報を得る事があるというのもそうだが、こちらの手の内を他国や国内の主要な貴族達に晒してしまいかねないからだ。当然、その排除活動の意図を探る動きもあったが、それらしき偽情報を流すことで攪乱できたようだ。
他国の間諜達はその殆どが一度国外に退去したが、現在は様々な手段で情報網を再構築しようとしており、防諜課はその妨害を行っている所だ。防護対象の事を各国に通知してからは、諜報活動が激しくなっている。まあ、そうでなくては、俺達が編成された意味がない。
もし仮にトロスの役が起こる前に他国、特にノスフェトゥスに防護対象の事が知られていたならば、奴らは侵略でなく調略を行い、下手をすれば防護対象は取り込まれていた可能性すらある。そうなっていれば国家の一大事だ。間諜達を排除した際に、無関係な者達を殺してしまったかも知れない、と振り返る時が偶にあるが、大事の前の小事、彼らは運が悪かったのだ。
俺達トリア班が主に対応しているのは、直接的な危害ではなく、政治的・社会的地位などへの攻撃に対してだ。そして、陛下や王太子殿下が一番危惧しているのも、この方面での話だ。防護対象の出身であるアルカドール領内であれば、領主お抱えの防諜組織がある筈なので、何とかなるだろうが、王都をはじめとした国内各地、時として国外で活動する以上、我々の存在は必須だ。
防護対象自身は、我々が把握している限りは善良な人間であり、国民や領民の為に力を使っているので、周囲に悪意無き場合は自然と賞賛され、名誉ある地位を保てるだろう。ただでさえあの美貌だしな。しかしながら、完璧な人間はいないし、また、物の捉え方により、印象はいくらでも変えることが出来る。
常に悪意ある評判に晒されてしまえば、政治的・社会的地位は低下する。自身の行動が欲望に基づくものであると自覚している者であれば、悪評は当然のものとして受け取るため、さして問題ないのだが、善良な者であるほど、自分の思い描いた結果と評判との差異に悩むことになる。特に、防護対象のように常識的に正しい判断が出来る者程、強い違和感を持つ筈だ。それは、調略をする者にとって、付け入る隙になる。
そして、防護対象が直接的・間接的に接触され、我が国への忠誠度を低下させられたり、調略活動を進行された場合、下手をすると我が国の崩壊に繋がる。現在の状態なら全く問題は無いだろうが、仮に防護対象の政治的・社会的地位が低下し、不満が蓄積すると、この危険性が高まるのだ。
婚姻等による防護対象の国外脱出だけならまだ良いが、反乱による国体の変更や、最悪の場合は他国への併合、つまり滅亡の可能性すらあるのだ。防護対象の能力が人知を超えるものであるがゆえに、敵となった場合、被害の大きさは想像を絶する。
こういった諜報・調略活動は、多かれ少なかれ、どこの国家でも行っていることであり、明確な証拠でもない限り非難できるものではない。そして、目立つ者程標的にされるのは当たり前の話だ。しかしそれは、国家としての都合であり、標的にされる本人には何の咎も無い。防護対象には、同情を禁じ得ないところだ。
『アトリ005、報告する。本日前3時、クインセプトに発生した魔素溜まりの対処のため、防護対象が出動する模様。経路は、セントラカレンまでは転移門、その後は走って行くようだ』
先程家を出た防護対象を追っていた者からの魔道具による連絡だ。
「本部了解」
どうやら、防護対象が王都外に動くようだ。こちらも部下に指示を出そう。
「追跡組、セントラカレン派遣組及びクインセプト派遣組と連携して足取りを追ってくれ。経路は恐らく中央街道沿いだ」
「了解~。しかしあのお嬢さん、無茶苦茶な速度で移動するからなぁ。こっちの苦労も知らずによ。俺達のおかげでこの国で暮らしていける癖に」
「そう言うな。あと、護衛対象は、この国でなくとも引く手数多だ。出て行かれたら困る方々の為に働いているのが俺達だ」
追跡組の一人がぼやくも、事実を指摘して納得させる。まあ、防護対象の移動した形跡を追って、その先々で悪意のある噂を流されないよう処置するのは大変な仕事だ。本人が何もやっていなくても「精霊導師が移動時に道を壊した」などといった濡れ衣を着せられる可能性が十分にある、というより、過去2度あった。まあ、悪意のある噂が流れる前に事実を指摘し、未然に防いだわけだが。
そもそも、多少の問題があったとしても、多くの国民を救ったのなら賞賛されるべきであって、細かいことを非難する奴らは何かがおかしいと俺は思っている。例えば国軍などは、駐屯先では大抵住民と諍いを起こすが、兵は命を懸けて国を守るのだから、多少のことは許容するのが一国民としては当然の話だと思うし、国軍が蔑まれている国家があった場合は、よほど腐った国軍であるか、間諜とその協力者が蔓延っていて混乱した国家であるか、あるいはその両方だ。
翻って、俺達の防護対象が国民から蔑まれるような状況であるならば、名実ともに国家が崩壊寸前なのだろう。仮にそういう状況になったならば、俺はさっさとこの国から逃げ出すだろうな、間違いなく。
俺達は別にこの仕事に誇りがあるわけではない。ただ、給金はいいし、防護対象に関与することで、あたかもその功績が俺達のものでもあるかのように思わせてくれるからな。今後も活躍して、俺達に美味い酒を飲ませてくれよ。
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