第147話 前アルカドール侯爵 グラスザルト・アルカドール視点
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フィリスがカルテリア領の山林火災対処に出動したと聞き、いつもとは違う意味で心配していた。義兄とは、マーサの葬儀の時に酷く罵倒されて殴られて以来、連絡を取っていなかったから、そのせいでフィリスに対しても悪感情を持たれるのではないかと危惧していたのだ。無事帰宅したフィリスから状況を聞き、杞憂であったと胸をなでおろした。
マーサとは、儂が魔法学校在学中に出会った。当時儂は、次期領主としての道が定められており、求められる勉学や剣術、魔法、礼儀作法など、それなりにはこなしていたものの、何も打ち込める物が無く、暇を見つけては遊び歩いていた。そのおかげで顔だけは広かったが、恐らく当時の周囲の評価は、芳しくなかっただろう。
ある時、親が精霊課長だった友人が、精霊に関する資料を読みたいという理由で、精霊課に行くと聞き、何となく興味を持った儂は、同行した。精霊術士は美人・美少女揃いなので、目の保養にはなるだろうと考えていたからだ。
精霊課長の許可を得て、友人と資料班に向かい、資料を読み始めた……が、当然儂はすぐに飽き、精霊術士達の方を覗き見していた。10人程の精霊術士達が、書類を書いたり本を読んだりしていた。その時、そのうちの一人が立ち上がり、こちらにやって来た。
恐らく、資料を取りに来たのだろう……そう思って儂は資料の棚から離れるために席を立ったのだが……儂は、その時やって来た少女から目が離せなくなった。
芸術品の様に整った容姿、紫がかった艶やかな銀髪、きめ細やかで瑞々しい白い肌、優しい温かみのある茶色の瞳。儂より年下に見えたその少女は一言
「失礼致しますわ」
と言って、一冊の本を取り出し、自分の席へと戻って行った。外見もさることながら、その洗練された所作に、儂は暫く見惚れていた。友人が呼びかけて、漸く我に返り、以降はその少女のことで頭がいっぱいになった。
後日、その友人からあの少女について、詳しく話を聞いた。名前はマーサグリア・カルテリア。カルテリア伯爵令嬢で、年は儂より一つ下、国一番ではないかと噂される程の美少女で、その頃第1王子殿下が精霊課に良く顔を出していたが、それは彼女目当てではないかという噂があったほどだ。
儂はそれを聞いた時、死の淵に立たされたような顔をしていたそうだ。儂の気持ちを察した友人は、次期国王になられる方だから、25才まで勤務することになっている精霊術士を妃にする可能性は少ないよ、と慰めてくれた。
その言葉に一縷の望みを抱いた儂は、彼女に求婚すべく、行動を開始した。まず、両親に手紙を書き、マーサグリア嬢と婚姻したい旨と、魔法学校卒業後も暫く王都で仕事をしたい旨を伝えた。当初両親は、一粒種であった儂を早めに婚姻させたかったようで、難色を示していたが、年末年始休暇の際に帰省して説得した。
何とか両親を説得し、魔法学校卒業後も、王都への販路を拡大しようと計画していた、牛などの特産品の売り込みに関する業務を行うということで、王都に住むことを許可して貰った。そして、アルカドール家からカルテリア家に対して、婚姻の申し出を行った。ただし、精霊術士の婚姻相手については、24才頃に魔法省総務課が統制することになっており、当時は何とも言えない状態だった。
儂は、それまでの自堕落な態度を改め、勉学や魔法の鍛錬に励むとともに、人脈を作ることを心掛けた。また、魔法省にも、理由を付けて度々足を運んだ。当然精霊課にも足を運んでみたが、噂通り、第1王子が精霊課に顔を出しているのを何度か見た。いない時には顔を出せたが、頻繁に顔を出すと心証が悪くなる。彼女を遠目で見ては、思いを募らせていた。
そうしているうちに、魔法学校を卒業し、アルカドール領の特産品の販路拡大の業務を行いつつ、人脈を生かし、彼女に関する情報収集や、彼女との婚姻を望む男達の情報、あと、可能であれば儂が彼女との婚姻を望んでいるという話を、彼女の周囲に伝える様に働き掛けた。
一つ幸運だったのは、アルカドール家もカルテリア家も、領政中心で、中央の政治には関心が薄い家であったので、派閥的なしがらみが少ない事だ。体制派も改革派も、彼女の美貌に目を付け、取り込もうとしている節はあったが、我が家の方が安全であると判断される可能性は少なからずあった。様々な伝手を使って働き掛ける日々だった。
そのような中、一つの情報を掴んだ。彼女が、アルカドール領に来るというのだ。精霊術士達は、何名かで一組になり、各領を巡回する業務があるが、その時、彼女はアルカドール領に来る組だったのだ。儂はその機を逃さず領に帰り、彼女達がやって来ると、領の案内や、売り込む特産品についての意見を聞いたり、色々行った。
彼女は最初は警戒していたが、そのうち普通に接してくれるようになった。後で当時の事を聞いた所、悪い人ではなさそうだというのは判った、と言っていた。彼女は体が弱かったため、領内の温泉を勧めると、喜んでくれた。
また、最大の不安要素は、やはり王太子殿下だった。立太子されたのだから、早く身を固めるべきだろう、と儂が各所で話したことが原因だとは思わないが、程なくして東公令嬢と婚約が発表された。流石に法改正までして彼女を妃にしようとは思わなかったようだ。
そもそも、25才まで精霊術士を政府で管理するのは、自分達が管理しない所で精霊導師を誕生させたら、国家が転覆してしまう、と王家が危惧しているからだと、昔から噂されていた。それが本当ならば、おいそれと法改正が出来ないのも頷けた。
三公嫡男も婚約者が決まっていたため、身分的には不利な相手はいなくなった。後は自身の実績を作って世間に評価されるとともに、人脈を駆使して有利な態勢を作るだけだ。収穫祭や新年の祭りの際には催し物を行い、牛や水晶などの特産品を売り、領と自分の知名度を上げた。
牛肉には「アルカドール牛」という商標名を付け、領での品質管理体制を整え、王都だけではなく、央公府などでも販売を行った。この時は、央公嫡男のタレスにも力を借りたりした。おかげで、高級料理店などで取り扱って貰えるようになった。王城や政府に卸す際は、出来る限り立ち合い、その際に精霊課や総務課にも寄って、自身の存在感を高めた。
20才になった頃には、領政の補佐をやることになり、王都を離れてアルカドール領に帰ったが、主要な所とは、定期的に手紙でやり取りをした。その甲斐あって、毎年のアルカドール領の巡回には、彼女が来るようになった。
彼女との逢瀬は、儂にとって至福の時だった。彼女は、精霊術士としても優秀で、作物の育ち具合などを精霊に確認し、適切な助言を与えてくれた。食べ物が美味しいのは貴女のおかげだ、と賞賛したところ、「お役に立てて光栄ですわ」と微笑んでくれた。
そして、カルテリア伯爵からの手紙がアルカドール家に届いた。内容は「魔法省との協議の結果、アルカドール侯爵家からの婚姻の申し出を受ける」だった。儂は、この幸運を神に感謝した。
約1年後、彼女は退官し、婚姻準備の為にカルテリアに一旦戻り、暫くしてからカルテリア伯爵達と共にアルカドール領にやって来た。その際、彼女が家族からとても愛され、使用人達からも大変敬われているのが感じられた。
義兄となるカルテリア伯爵嫡男は「マーサを不幸にしたら絶対に許さん」と、射殺す様な殺気を放ちながら儂に言った。儂は「力の限り、彼女を幸せにすると誓います」と、偽りなき言葉を返した。その後、セイクル市の聖堂で婚姻式を行い、儂とマーサは夫婦となった。
マーサとの生活は、この上なく幸せだった。クリスとレーナを授かり、暫くして、父の後を継いで領主となり、仕事は増えたが、マーサや子供達を見ると、やる気が満ち溢れた。マーサは領主夫人として、領内の貴族夫人達との交流を図りつつ、精霊術士としても各地を回り、領政を助けてくれた。
体が弱いのだから無理はするな、といつも言っていたのだが「この力は領民のためにあるのですわ」と言って聞かなかった。だから定期的に湯治を行うことを条件に、活動して貰った。実際に、マーサが来てから、収穫量が上がり、領民もマーサに大変感謝していたようだ。
両親が逝去し、クリスがエヴァと一緒になり、レーナもビースレクナに嫁ぎ、一段落付いたところで、マーサは体調を崩して寝台で過ごすことが多くなった。カイが生まれたものの、寝台から出られず、エヴァがカイを抱いて見せに来たりした。体力が衰えていることは、明らかだった。
そして、冬に入った所で、風邪が悪化してそのままマーサは天に召された。家族はもとより、多くの領民が、マーサの早すぎる死を悲しんだ。生きる気力が湧かず、葬儀後暫くして、儂は領主をクリスに譲り、隠居した。
その後は別邸にて、天に召されるのを待つ日々だった。友人達が会いに来てくれたり、手紙をくれたが、返事を返すのも億劫になっていた。そんな中、エヴァが第二子を身籠ったという話がクリスからあった。
出産の際には、一緒にいて欲しいと言われ、立ち会った。クリスなりの励ましなのだろうと思い、出産の部屋の前で待った。
新たな生命が誕生する際の、奇妙な高揚感。儂も久方ぶりに感情が高ぶっていた。暫くして、微かに泣き声が聞こえ、扉が開いた。医者が「お生まれになりました!女の子です」と言って出て来た。
クリスはすぐに部屋に入り、エヴァと赤子の所に行く。産婆に抱かれた赤子を見て、エヴァは安心したようだ。医者が体調を確認して、休ませるらしい。神官も待機していたから、大丈夫だ。
問題は、赤子の方だった。別の部屋に移った産婆が赤子の属性を確認しようとして瞼を開け、暫く首をかしげていたと思ったら、わなわなと震え始めた。その様子を見たクリスが問うと、産婆は「全属性と思われます」と言っていた。
その言葉を聞いて、儂は赤子を見た。目を瞑っていたが、何か心が温かくなっていくのを感じた。産婆の説明通りなら、この生まれたばかりの命は危機に晒されていた。狼狽えるクリスを落ち着かせて、儂は伝手を使うことにした。
幸い、魔法研究所長は友人だ。直ちに王都侯爵邸を通じ、魔法研究所に緊急の連絡を出し、また、クリスや数人の魔法士の力を借り、王都に転移した。その日は侯爵邸で魔力を回復させ、次の日やって来た専門家のアネグザミア子爵達とともに本邸に戻り、様々な処置を行った。幸い、フィリスは命を落とすことはなく、皆が安堵した。
暫くしてクリスが「フィリスを見に来て頂けませんか」と言って来た。確かに、あれ以降顔を見ていない。健康だとは聞いていたが、一度様子を見てみることにした。丁度エヴァが笑っているフィリスを抱きかかえ、カイがその下で喜んでいた。儂は、エヴァからフィリスを受け取り、その顔をよく見てみた。
すると……マーサの面影があるように見えた。瞬間、儂はマーサが戻って来てくれたように感じ、フィリスを抱きかかえたまま涙を流した。違う人間であることは分かっていたが、それでも嬉しかったのだ。
エヴァは「お義父様、フィリスが泣いてしまいますわ」と言って、フィリスを再び抱いたが、それ以上は何も言わなかった。クリスもエヴァも、解っていてフィリスを儂に見せたのだろう。
以来、儂はフィリスを見ることが生き甲斐になった。成長するにつれ、思い出の中のマーサに似て行くフィリスを見る度に、生きる気力が湧いて来るのだ。しかも、マーサ同様、精霊が見えることに、儂は運命を感じずにはいられなかった。
また、フィリスはどうやら容姿だけではなく才能にも恵まれ過ぎたようで、教育方針などについては何度も家族間で話し合われた。しかし、少々お転婆な所はあるが、素直で優しいフィリスを、儂達家族は本当に大切に思い、幸せに生きて欲しいと願っていたのだ。
そんな中、フィリスが7才になった夜、精霊女王に呼ばれてしまう事件が起きた。そのような可能性も考えてはいたが、もっと後だと思っていたため対策は無く、ただフィリスを心配し、帰って来るのを待った。
夜が明けて、フィリスは帰って来た。暫く休ませて、夜に話を聞くと、恐れていた通り、精霊女王の加護を貰ってしまったらしい。まずは陛下に報告しなければならない。そのための算段を付け、クリス達に連れられて、フィリスは王都に向かった。
一週間近く経って、クリス達は王都から帰って来た。洗礼まではこれまで通りということになり、儂は安堵したが、フィリスの態度がおかしい。何かよそよそしい感じがした。
夕食後に、フィリスから話があると言って皆が集まり、そこで驚くべき話を聞いた。何と、フィリスには前世の記憶があるという。儂は、もしや……と思い、フィリスに誰であったのかを尋ねた。しかし、フィリスはマーサではなく、この世界とは異なる世界の住人だったそうだ。その事を改めて認識しつつ、話を聞いた。
どうやらフィリスは、儂達家族に嫌われることを恐れて話さなかったが、精霊女王から話を聞き、話す決心をしたということだった。確かに常識からは外れているし、危険があるかもしれない。しかし、儂は既にフィリスのいない世界は考えられなかった。多少変わっていようが、そんなことはどうでもいい。クリス、エヴァ、カイも同様だったらしい。結果的には、家族の絆はより深まった。
フィリスは、精霊導師の力や前世の知識を用いて、アルカドール領を救うとともに、ロイドステア全体を発展させている。クリス達も、当初はフィリスの知識や力を領地経営に利用することをためらっていたものの、ノスフェトゥスの一件以来、戦場に送るよりは良い、と考えているようだ。
一方儂は、陛下からの指示を受けたクリスから依頼され、数年前から、領内の動向に気を配り、暗部の者を使ってフィリスに害を成す存在を排除している。また、何があっても我が領だけは、フィリスを守れる場所にしたいとの思いから、1年半ほど前にフィリスを信奉する団体を密かに立ち上げた。
だが、何も働きかけなくとも噂は広がって会員は千人を越え、分領や他の町にも支部が出来てしまった。我が孫ながら凄まじい人気だ。その上、活躍の枚挙に暇ないから、会報の執筆が捗る事この上ない。当初は季刊だった筈が、何時の間にか月刊になってしまったが……孫の話をするのがここまで楽しいとは思わなかった。出来る限り続けて行きたいものだ。
最近王家は、フィリスと関わりを持ちたいという他国からの要望の多さに頭を悩ませているらしいし、その上婚姻となったらどうなるのか、この儂でも全く予想が付かん。
願わくば、その頃まで生きて、マーサへの土産話にしたいものだな。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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