第139話 ロイドステア国行政府魔法省精霊課長 ライトマグス・フェンシクル子爵視点
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私はステア政府魔法省精霊課長を務めている。出身はウェルスカレン領のシクルス分領になる。家は代々分領太守で、現在は兄が太守を務めている。
思えば、私は小さい頃から特に秀でたものは無く、やりたいことが特になかったので、役人になる予定でお決まりの魔法学校に入学したのだが、周囲からは覇気がなく、軟弱な人間に見えたようで、ある先輩から目を付けられ、魔法戦闘研究会に入会させられ、2年近く指導される羽目に陥ってしまった。
最初は激しい鍛錬と無茶な課題に振り回され、毎日が嫌で仕方が無かったが、ふと気が付くと周りが私に一目置いていた。友人曰く「良く生きてるな」と。
その言葉で、何となく生きている実感が湧いた私は、次第に生活が楽しくなり、あれだけ嫌だった会活動も面白くなった。魔法の実力も伸び、自分に自信が付いた。魔法戦闘研究会に誘ってくれた先輩には、経緯はどうあれ、とても感謝している。
卒業後はウェルスカレン領で行政官となり、男爵に叙爵され、婚姻して子供にも恵まれ、幸せな日々を送っていたが、一番充実していた学生時代を思い出し、物足りなさを感じていた。そんな中、公爵閣下から呼び出された。訝しんでいたのだが、ステア政府に勤めてみないか、という異任の話だった。
公爵閣下は、私の能力を買ってくれているようで、ここで勤務していても配分枠の関係上、子爵に陞爵させることは難しいが、政府に勤務すれば、課長職に就くことも可能だろう、と言われたのだ。これは好機だと思ったので、妻と相談の上、公爵閣下の有難い話を受けた。
私は魔法省精霊課の運用班長になった。最初は美女・美少女揃いの精霊術士と同じ職場ということで、内心喜んでいたのだが、各省各課の様々な要請を、何とか優先順位を付けて、精霊術士に配分すると、そんな仕事は受けたくないと言われたり、人が怖くて受けられないと言われたりして、すぐに幻想は醒めてしまった。
それでも根気よく頼んだり、人と接することに慣れて貰ったり、その他色々やっているうちに評価され、課長が退官する際に、後任として推薦され、現在に至っている。
精霊課長として勤務する中で、重大な出来事が起こった。約300年ぶりに、精霊導師が誕生したのだ。それも、学生時代にお世話になった先輩、アルカドール侯爵の令嬢である、フィリストリア・アルカドール様だという。
ノスフェトゥス軍の司令官を捕縛して侵攻を阻止し、戦争を最小限の被害で勝利に導いた存在であり、奇妙な懐かしさを覚えるとともに、今後の精霊課が騒がしくなりそうな予感がした。
早速、彼女の立場について政府で検討され、魔法省付ということになり、職務としては精霊課業務の全般指導、魔法に関する各種助言といった内容になった。また、公的には公爵と同等の扱いをするよう陛下直々の命もあり、執務室となる部屋の改装、馬車や備品などの準備、秘書官や警護員の増員調整、規則の改正などが進められた。彼女が当時まだ8才で、洗礼までの準備期間があったのは、ある意味助かったと言えるだろう。
また、歴史研究家達と協力し、エスメターナ様に関する資料の見直しや、新たな精霊導師に関する資料集めが進められた。とはいえ、彼女の情報は基本的に、周囲の聞き取りのみであるため、真偽が定かでないものも多かった。こちらについては、資料班に継続的にまとめさせることにした。
各領巡回組が出払い、残留する精霊術士が殆どいない中、導師様の着任日を迎えた。出勤の時間に合わせて、魔法省全員で出迎えた。肖像画は見ていたが、聞きしに優る美しさだ。男性職員の多くが放心して、導師様が通った後も暫く動かなかったという事象が発生したので、午後に案内する際は、このようなことが起こらない様、各課長に伝えておいた。不興を買う恐れのあることは、早目に対処すべきだからだ。
午後となり、予定時刻丁度に導師様の執務室に入室した。挨拶時は、流石に緊張していたため、必要最小限の言葉しか話せなかったが、魔法兵課長の自慢話への対応を横で見ていた限りでは、我儘という訳ではなく、また、話の通じそうな方だろうという想像がついたので、それ以降は多少気を楽にして案内が出来た。しかしマルダー、いくら何でもあれは拙いだろう。私が説明しなければ、変人認定されていたぞ。導師様の魔力が化けも……常人を遥かに超えているのはある程度解っていたのだから、慣れないと。
その後、精霊課までやって来て、各班の説明を行った後、精霊術士に挨拶させた。事前に言っておいたので、言葉遣い以外は、無難に挨拶していた。また、導師様が精霊術士に仲間意識のようなものを持っていることが判った。傲ま……貴族的な意識が高すぎる方でなくて、本当に良かった。正直、リゼルトアラ嬢の様な令嬢だったらどうしようかと思っていたのだが、先輩とご家族に感謝しよう。
その後一旦休憩の後、精霊課の現状について報告した。精霊術士の運用が非常に厳しいので、業務をいくらか分担して頂けないか、お願いするつもりだったのだが、期待以上に相談に乗って頂けた。感覚共有とは……流石に導師様は素晴らしい能力をお持ちだ。
その後も、導師様にはウォールレフテ国大使殿から貴重な書物を頂いて来て貰い、精霊術士の鍛錬に力を貸して頂いたり、精霊術士が失敗すると、代わりに業務を行って頂くなど、色々助けて頂いた。それに、導師様がいる限り、精霊視を持つ者を取りこぼす事は無さそうだ。
導師様が来てから、精霊課は業務がうまく回り出し、皆の顔が明るくなった。私も、精霊術士集中鍛錬という、我が国初の事業を企画させて貰い、忙しいながらも充実した日々を送っている。ただ……導師様はとても10才とは思えないほど聡明で、人間的にもできた方だが、それでも欠点……というより、やり辛い所はある。能力が我々の常識を超えた所にあるので、本気で動かれると、周囲が付いていけないのだ。
例えば、治水工事の視察については、単に様子を見て手伝うくらいだと思って治水課長や建設大臣に説明したのだが、結局工事の全工程を終了させてしまった。あの時は正直唖然としたが、気を取り直して建設大臣や治水課長に謝罪に行くと、逆に同情されてしまった。
精霊課の業務以外でも、新しい魔法を次々と開発し、研究所や魔法課は非常に喜んでいるようだが、魔法兵課などは運用の変化を考える必要が生じ、困惑しているらしい。まあ、変わることは悪い事ではないと思う……楽しめる範囲なら。
導師様や、公爵閣下以下、ウェルスカレンの知人達にも協力して貰い、精霊術士集中鍛錬が開始された。転移門を使用出来たため、移動に日数と経費を掛けずに済み、十分な鍛錬期間を取ることが出来た。鍛錬成果は当然として、今後の参考となる教訓も十分得られた。
ウェルスカレン領としても、導師様や精霊術士達を見ようと人手が増えたり、注目度の高い事業の最初の実施場所となったことは好ましいことだったようだ。まあ、公爵閣下としては、導師様との関係を深めることが出来たのが一番の利益だったようだが。この期間だけでも、紙製造事業の立ち上げ、吸込岩の撤去?など、領の発展に寄与している。今後は砂糖を帝国に輸出する件などで、更に関係が深まるようだ。
そういえば、その砂糖の輸出の件と言っていたが、先輩がステア政府へやって来た。やはり愛娘のことは心配らしく、時間が空いた時に導師様の所に顔を出していたようだ。商務省での話し合いが終わり、また導師様の所に来たので、マルダーを連れて挨拶に行った。
マルダーも先輩に鍛えられた口で、当時は色々文句を言っていたが、結構慕っていたのだ。私達が挨拶に行くと、導師様は席を外し、3人で思い出話や、それぞれの近況の話に興じた。
思い出深いのは、先輩が会長を務めていた時の山籠もりだ。あの時は魔熊と遭遇し、先輩がかまいたちなどで牽制しながら囮になっている間に、地属性の者で落とし穴を作り、マルダーが風圧をかけて魔熊を落とし穴に落とした所に、私が口に水弾を流し込んだり、火属性の者が属性弾を放って、何とか倒したのだ。あの時は本当に、生きた心地がしなかったものだ。
そこで、マルダーが、今なら雷魔法で魔熊だろうが一撃ですよ、と、先日覚えたばかりの雷魔法を自慢すると、何と、先輩も雷魔法を習得していたようで、機会があったら狩り比べをやるぞ、という話になってしまった。私も氷魔法を習得しておかないとまずいかもな。今度水属性研究室に聞いてみよう。
昔のことを話している時は、先輩は昔のままだな……と思っていたのだが、近況を話していたところで、私が導師様に非常にお世話になっていると話した途端、顔が緩んで、娘自慢をし出したのだ。「北の暴風」と呼ばれ、学生だけでなく教官達にすら恐れられた先輩も変わったな、と思ったが、まあ、あの方が娘なら、自慢したくなる気持ちは解る……先輩も親なんだなあ、と強く感じた。
この、強引だが面倒見が良く、信頼できる先輩や、外見はともかくとして、どことなく似ている令嬢、私は今後も二人に振り回されそうな気がするが、知らないうちに微笑んでしまうのだから、それも悪くないと、思っているのだろうな。
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