第133話 ロイドステア国行政府魔法省精霊課付精霊術士 エナスジェラ・バンケルメス視点
お読み頂き有難うございます。
宜しくお願いします。
私はブラフォルド領の行政官の娘として生まれましたが、現在は、王都の魔法省精霊課に勤務しております。というのは、私が精霊術士だからです。
勤務当初は、家族や知り合いのいない王都での暮らしが不安でしたが、精霊術士の先輩達も基本的には同じ境遇であり、色々相談に乗って貰ったりもしましたので、次第に勤務や生活にも慣れ、楽しく暮らせるようになりました。
精霊術士は出張が多く、特に地属性の者は、各領地を巡回して精霊に様子を聞いたり、工事現場で危険箇所がないか監視したりすることが多いので、長期出張が終わって休暇を取り、仲間の精霊術士達と王都周辺で遊んだりするのが、最近気に入っているのです。
そうは言っても、あまり仲良く出来ない方達もおりました。特に、私より5才上のメグルナリアさんは、同じ地属性の精霊術士にきつく当たります。私が入った頃は今ほど攻撃的ではなく、どちらかと言うと我関せずという感じでしたが、どうも伯爵令嬢のリゼルトアラさんに感化されたようで、伺っているところでは、貴族令嬢として指導を行っているようです。そういう規則はございませんし、実情に合わないところを責めるような指導は、正直勘弁して頂きたいのですけれど。
今年に入って、治水工事で半年間の出張が決まった時も、気楽な環境で有難いと思ったくらいでした。しかし、出張は3か月で終了し、王都に戻ることになりました。というのは、精霊導師のフィリストリア・アルカドール様があと2年近くは掛かったであろう治水工事を、1日で終わらせてしまったからです。
最初に建設省から連絡が来た時は、何を言っているのか全く理解できませんでした。しかし、実際に導師様が来て、私を含めた工事現場の皆が唖然とする中、工事を完璧に終了させてしまったのです。その美しすぎる容姿も相まって、私には人の形をした何か得体の知れぬ存在に思えてしまったものです。
それでも、実際に話してみますと、一応私と同じ人間の少女ではあるということは分かるのですが、普段の仕草も男爵家の私とは比べ物にならないほど美しく、上級貴族とはこういう存在なのかと思い知らされました。私より8才程年下の筈ですが、何でも従ってしまいそうな気分になりました。
王都に戻って来ましたところ、課長から、今後の精霊術士の運用要領が変わるという話を伺いました。そのため、まずは精霊術士の魔力操作の練習や、属性への感受性を高める鍛錬を行っていく、とのことでした。導師様には、新しい魔力操作の方法を教えて頂きました。
日々、魔力操作の練習を行っていたところ、ある時、導師様から話がありました。
「エナさん、お頼みしたいことがあるのですが」
「はい、導師様、何でしょうか」
「来月に1名、地属性の精霊術士が新たに精霊課に配属されるのですが、相談役になって頂けませんか」
「……不定期ということは、貴族令嬢でしょうか?」
「ええ、私と同郷の方で、男爵令嬢ですの」
「それなら、確かに私の所に話が来るのは当然ですわね。お引き受けいたしますわ」
そして私は、新たに精霊術士となる少女、パトラルシア・ミニスクス嬢のことを導師様から詳しく伺いました。アルカドール領の中心都市の執政官の令嬢で、導師様とも親しくされているそうです。大人しそうな感じですが芯は強く、刺繍などが得意だそうです。あと、彼女の事を話す時に、導師様が嬉しそうに微笑むので、本当に親しい友人なのだという事が判りました。
部屋や必要な物、案内の準備を行い、導師様がパトラルシアさんを連れて宿舎へやって来ました。確かに外見は大人しそうでしたが、導師様にも普通に接している辺りは、芯が強そうに感じました。新たな後輩に、ここの生活に早く慣れて貰うべく、張り切って説明しました。
パティが荷物を片付けて落ち着いたところで、色々話をしました。家族の事や趣味の事、故郷の事など。故郷の話になった時に、導師様との出会いや友達になった経緯などを伺いました。そのようなことが出来るとは、やはり導師様は我々とは違う能力を持っているようです。
また、アルカドール領では、導師様の人気は物凄いそうです。領を救った英雄ですし、産業振興にも携わっているそうで、さもありなんというところですが、最近では、非公式ですが「フィリストリア様を讃える会」なる団体まで作られたという噂です。そのうち信仰対象になってしまいそうな勢いですね……。
私も、魔法省での導師様の行いを色々話しました。普通なら信じ難い出来事も「フィリスはこちらでも色々やらかしてるんですね」の一言で済ませてしまえるパティも、ある意味大したものだと思いました。その後、実際に感覚共有した導師様にも会いました。推測ですが、パティが心配でやって来たのでしょうね。
魔力操作の練習は順調で、私もアンダラット法の感覚が掴めてきました。パティは既にアンダラット法を習得していたので、ステア政府や魔法省の規則などを勉強していますが、物覚えが良く、これならすぐに精霊術士としての業務が務まりそうです。
楽しく過ごしていた中、各領の巡回組が戻り始めました。またあの方達と顔を合わせるのかと思うと、正直気落ちします。特に私達地属性の者は、メグルナリアさんの対応が悩ましい所です。パティにも、こういう方達がいるので、何かあったら相談して欲しいと注意喚起はしました。私が相談に乗った所で、どうなるわけではないでしょうが……。
そして、私達が宿舎へ戻ると、休暇に入って宿舎にいたメグルナリアさんは、新規職員のパティに目を付け、部屋に呼び出しました。部屋に帰って来たパティが心配でしたので、部屋を訪ねると、物凄く怒っていました。色々理不尽な指導を受けたようです。
私が愚痴を聞いていると、やはり心配だったのか、導師様も精霊と感覚共有してやって来て、一緒に愚痴を聞き、慰めていました。
その後もパティは、宿舎で顔を合わせる度に、メグルナリアさんに指導されたそうです。しかしそれは、収穫祭が終わるまででした。リゼルトアラさん達は、導師様に厳しい指導を受けたそうです。
その内容は解りませんが、課長が皆を集めて、今後は規則に基づき、職位に法って業務を実施し、過度に身分を振りかざすような振る舞いは慎むように仰り、これまでは自分の指導が不足していたと皆に謝罪されました。また、何かあった時は身近な者に相談して欲しい、自分も相談に乗る、ただし、報復的なことはやめて欲しいとも仰いました。これまでの事を考えると蟠りは残りますが、少なくともこれからは雰囲気が良くなりそうだと感じました。
それからは、メグルナリアさんは、私達への態度を変えました。というより、元の我関せずといった形に戻りました。その代わり、アンダラット法の練習を一生懸命に行うようになりました。実害はないので良いのですが、皆は不気味がっていました。
そのような中、精霊術士集中鍛錬の事前教育がありました。これは、目的や鍛錬内容、全般予定、移動の要領や注意事項などを参加者に教育するものでした。実施場所のウェルスカレン領は、故郷のブラフォルド領と隣接していますが、これまで訪れた事はありませんでしたので、楽しみです。
しかし、その教育の場で、同属性の者で組を作り、組長を決めることになりました。大体こういう時は、身分か年齢で代表者を決めていますが、地組はどちらにせよメグルナリアさんになります。皆解っていますが言い出せない、微妙な雰囲気の中
「身分にせよ年齢にせよ、メグルナリアさんが最先任者なのですから、組長はメグルナリアさんが適任ですわ」
と、少し前まで厳しく指導されていたパティが言ったのです。皆あっけにとられていましたが、暫くして、皆が同意の言葉をメグルナリアさんに告げました。メグルナリアさんは少し考えた後、組長になることを承諾しました。
その後、パティに、何故ああ言ったのかを尋ねたところ
「ああいう雰囲気、嫌いなんですよ。あと、関係を変える最初の一歩、そこを踏み出す勇気を、以前ある人に貰いましたので」
ある人というのは、恐らく彼女のことでしょうが、指摘するのは不心得者のすることでしょう。
そして、精霊術士集中鍛錬が始まりました。初めの方こそ皆とまどいもあったものの、メグルナリアさんは、案外細やかに組長として私達を統制し、また、自ら積極的に鍛錬に励んでいたため、蟠りも解けていきました。まあ、導師様を苦手としているような所は、変わらなかったようですが。
その導師様の、人間離れ……と言っては失礼でしょうが、物凄い術?を見て、憧れる者、恐怖する者、様々な者がいましたが、パティについては更に熱心に鍛錬に励むようになりました。そして、一番最初に魔法強化を成功させたのです。
皆がパティを賞賛し、後に続こうと頑張りました。その甲斐あってか、私も魔法強化を成功させることが出来ました。先輩として負けていられませんからね。しかし、まさかメグルナリアさんまで成功させるとは思いませんでした。彼女は、西公領に来るまでアンダラット法を習得できていなかったのですから。その不利を覆し、成功させたのは、賞賛に値する出来事でしょう。
集中鍛錬最後の夜、西公邸で慰労会が行われました。事前に聞いていたので皆は盛装を持参し、着付け合って参加したのですが、流石と申しますか、導師様の美しさは群を抜いており、入場すると、皆が導師様に注目し、ざわめきすら止まってしまいました。気が付くと西公が話し出していたので、慌てて壇上を向きました。7才にして、陛下から「アルフラミスの蕾」と称された美貌、恐るべしです。
西公の次に課長が登壇し、公府の方々への御礼を述べた後、優秀な成果を上げた者を表彰すると仰いました。誰だろうと皆が注目する中、名前が挙がったのは、メグルナリアさんでした。
成程とは思いましたが、成果で言うなら最初に成功させて、更に実力を上げたパティも該当してもおかしくはない筈……ですが同等ならば、通常は組長としての功績を評価しますし、導師様も公私混同はしない、と仰っていましたから、仕方のないことなのかも、と思いました。パティは少し悔しそうでしたが、気持ちを切り替えたのか、慰労会開始とともに食事を取りに行きました。
メグルナリアさんは、最初は信じられないようでしたが、降壇して記念章を見て、実感が湧いたのか涙ぐんでいました。周囲の者は、そんなメグルナリアさんに祝福の言葉を贈っていました。
私も祝福の言葉をかけに行ったのですが、その際記念章を見て驚きました。小さいながら、台は金、地が紫水晶で出来ており、精霊課章が地の上に銀色の金属で描かれていたのです。そのまま商会に売っても非常に高値が付きそうな代物で、課の表彰で何故そんな高価な物を……と思ったのですが、元手をかけずにこれを準備出来る方がいることを思い出しました。あのような素晴らしい物を頂けるならば、今後は更に業務や鍛錬などに身が入るというものです。
魔法強化を実現させたことで、精霊術士は今後更に活躍の場が広がり、忙しくなりそうですが、これまでより解り易い形で貢献できますし、どのような業務を行うことになるのか、非常に楽しみです。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
評価、ブックマーク、いいね、誤字報告を頂ければとても助かります。
宜しくお願いします。