第122話 紙を作ってみた
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今日は魔法省に出勤すると、ヘキサディス伯爵から手紙が届いていた。中身は、予想した通り、リゼルトアラが迷惑をかけたことへの、家としての謝罪だった。私としても、これ以上事を荒だてる気は全く無いから、あの件は終わりということで、謝罪を受け入れる手紙を書いた。
午後から精霊術士集中鍛錬の事前会議のため、精霊術士全員と関係者が会議室に集まった。まずは精霊課長から、概要の説明があった。
9月1日、前3時に魔法省庁舎を出発し、6台の馬車に乗ってウェルスカレン公爵王都邸まで前進し、到着後、私が転移門で西公府ウェルナードにあるウェルスカレン公爵本邸まで転移させる。1度に全員は無理なので、2回に分ける必要があるが、特に問題は無い。
転移後は各属性組に分かれ、鍛錬場所の案内人に会って、鍛錬期間中借用する馬車を掌握して、本邸から公府内の宿まで移動し、各人の荷物整理を行う。昼食を取った後、各属性の鍛錬場所を確認に行き、余裕があれば鍛錬内容を試すという流れになった。
2日から25日までは鍛錬期間で、最終日である26日は、朝から各宿で身辺整理を行い、前4時を目途にウェルスカレン公爵本邸に集合し、来た時と逆順で魔法省庁舎に到着し、終了するという予定だ。この際、25日夜は公爵本邸で、慰労会を開いて下さるそうだ。
公府の宿も精霊術士は属性組毎に分かれていて、組に付随する護衛やその他の職員が同じ宿になる。4つの宿は近傍にあるので、組の間の連絡は問題なく行える。また、移動時の荷物の運搬は、私が収納することで、簡略化する。庁舎出発前に、組毎に荷物を収納し、宿に到着後配分する予定だ。
なお、私と精霊課長、私の専属護衛であるレイテアは、ウェルスカレン公爵本邸に滞在する。私も宿の方に泊まりたかったが、貴族の慣例上、残念ながら公爵邸に泊まる以外の選択肢は無かった。
また、属性組毎に集まり、組長を選定した。火はコルテア、風はリゼルトアラ、水はマルロアーナ、地はメグルナリアになった。メグルナリアは鍛錬に積極的だから恐らく大丈夫だろうけれど、リゼルトアラは要注意だな。
具体的な鍛錬方法についても説明があった。火属性は火の近くで、風属性は風を受けながら、水属性は水に浸かりながら、地属性は土に埋まった状態で、属性のエネルギーを集め戻すことを、魔力の続く限り繰り返し、属性のエネルギーの感受性を高めるというのが、鍛錬の要領だ。
まだアンダラット法を習得していない者は、その練習も兼ねて行う。魔力量は各人毎に異なるので、早めに消耗した人は、体力錬成に切り替えて、組長の統制により、時間を合わせて終了することになった。
精霊術士は汚れても良い、運動の出来る服を準備し、水属性の者は、それに加えて水着も準備する必要がある。なかなか荷物が多くなりそうだ。その他、公府の概略の説明を行って、会議は終了した。後は組毎に話し合う時間になったので、私は会議室を出た。
私は、今回の鍛錬における個人的な課題を2つ考えている。1つ目は光魔法の検証を更に進めること、2つ目は発勁(仮)を再度検証することだ。現在いろいろ考えているので、実際に試してみようと思う。
それと、今回ウェルスカレン公爵から、領の経営に関し、何か新規事業が無いか助言を貰いたいという話があったので、こちらも検討しよう。一応、概略の領内の資料は既に頂いているので、行く前に読み込みつつ、新規事業の方向性を決めておこう。
ウェルスカレン領は基本的には温暖で、小麦と各種野菜、柑橘類などの果物、豚や鶏などの畜産が盛んだ。また、漁業も盛んで、色々な魚が獲れるが、特にイワシやカツオ、マグロは有名で、調理方法も様々なものがあり、こちらは特に助言できることはない。
その他、帝国との交易を行っているのが特徴だ。主な輸入品は、毛織物や刀剣、防具類だ。輸出品は茶や綿織物、工芸品の類だ。小麦が不作の時は、互いに融通し合うというようなこともやっているらしい。
予算の資料を読んでいると、1つ気になった所があった。伐採した樹木の処分に予算がかかっているのだ。ロイドステアは、比較的材木の所要が少ない。建物は魔法で作った石を使うし、燃料も魔法や石炭が主体なので、簡単な柵や小屋、家具や道具、馬車や船などの乗り物くらいにしか使っていない。
アルカドール領のような寒冷地では、暖をとる薪の使用が多いが、ウェルスカレンではさほど要らないだろう。日本の様に木造建築が主体であったら、このようなことはないだろうが、何とも勿体ない。精霊導師としては、この状況は看過できない。有効に活用できないものか、考えてみた。
一つ思い浮かんだのが、紙作りに使えないか、ということだ。現在は羊皮紙を使ったり、木綿を使って作っているが、高いのであまり流通していない。木をパルプにするのであれば、和紙のように種類を選ばなくても出来る筈だし、要は植物の繊維を取り出せれば良いのだから、魔法で出来る部分もある筈だ。
植物そのものは水属性と地属性が主体だった筈だが、繊維部分は恐らく地属性だろう。紙の作り方は、前世で社会見学で製紙工場に行った事があったが、木を細かく砕いて、水酸化ナトリウムなどのアルカリ性の物質を混ぜて高温・高圧で煮ると、木の繊維同士をくっつけている物質が溶けて繊維が分離するという話だった。その状態なら魔法で繊維を取り出せる可能性はある。
水酸化ナトリウムは……塩化ナトリウムを電気分解できればいいんだろうけど、現状では難しいな。石灰石で代用してみよう。石灰石は炭酸カルシウムだったから、熱すれば酸化カルシウム、つまり生石灰が出来る。これを水に溶かせば水酸化カルシウムになる。石灰石はウェルスカレン領でも採れているし、試しにやってみよう。
次の日、庁舎前の庭で、両手と地精霊を同化して、材料を地中から拾い、また、加熱するのに火属性のエネルギーがいるので、火成岩も地中から拾った。ついでに圧力なべのようなものを土から石にして作成してみた。繊維を広げるのに使う枠や、一旦繊維を洗う桶も幾つか作った。これらを収納して、人目のない屋上で実験をすることにした。
さて、まずは家から持って来た薪を1つ、粉々にしてみよう。これは地魔法で何とかなる筈……。
何とか細かいチップが出来たが、これはもしかすると、私なら出来るが、普通の人は魔法では厳しいかもしれない。水車か風車で砕く方が現実的かも。
次に、桶に水を入れて、この水に二酸化炭素を溶かし込む。これは、風魔法で重い空気を別の桶に集め、更にその空気を水に潜り込ませることで完成した。応用すれば、炭酸飲料水も作れる筈だが、それは別の機会かな。
その次に、石灰石を細かくして、圧力なべに入れた状態で直接火魔法で加熱して……と、こんなものかな。そこに、予め準備していた普通の水を入れる……おおっ、激しく反応している。入れ方が逆だとやはり危ない、気を付けよう。
では、これにチップを入れて、蓋をして、ひたすら強火で煮込む………………。暫くの間煮込んで、一旦加熱をやめ、様子を見て……しまった、蓋が開かない。作り方を工夫しないとな。今回は割るか。
蓋を割って、中を見てみると、何かドロドロだった。よし、この状態で、繊維を取り出そう。糸をイメージして……えいっ!
……出て来ない。もっと煮込む必要があるのか、イメージが悪いのか。今度は、水に濡れた綿をイメージして……えいっ!
おおっ、出た出た。こういうイメージを持てばいいのね。炭酸水に入れて、暫く魔法でかき混ぜて、と。もう1個桶を使って、普通の水を入れて、魔法で洗濯機の様に渦を作って洗おう。
では、水に濡れた綿を取り出す……えいっ!よし、きちんと移動できた。後はもう一度洗って、枠の中に移動。そこで、均質に広がる様に地魔法で押し広げる。これは地属性の物質の操作だから、重力魔法でなくても可能だ……よし、こんなものかな。後は、乾燥させて、出来上がりっと。……結構分厚い。分量を検討する必要があるな。
ということで、紙が作れることは分かった。後はインクがにじまないようにしたり、強度を上げる要領は木綿から作る時と同じ筈だし、その他道具や分量の調整をすれば、何とかなるだろう。
省定例会議において、精霊術士集中鍛錬の概要が周知された。初の事業だし、注目されているようだ。当然、全体会議でも発表するので、私にも何か質問が来るかも知れない。
と、意気込んだものの、全体会議での質問は、全て精霊課長が回答してしまった。責任者が優秀なことは結構なことなので、良しとしよう。
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