第121話 着々と準備が進んだ
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今日は朝から巡回組であった9名に対し、アンダラット法について講義を行った。あの3人は、特に表立って反抗はせず、それを他の6名が訝しがっていたところが見られたものの、基本的には問題なく終わり、先行して練習している他の精霊術士に混ざって練習を始めた。
そこまでは特に問題なかったのだが、私が書類業務を行っていると、農務省の農業課長が今から面会したいという話がニストラム秘書官からあった。特に大きな予定は入っていないので了承すると、暫くして農業課長が入って来て礼をしたので「どうぞ」と言って通した。
「お初にお目にかかります。私は農業課長のベルロアーズ子爵です」
なるほど、サーナフィアの父上か。まあ、王都に住んでいるなら、昨日のうちには手紙が届く筈だよね。
「農業課長殿が、私に何か御用でしょうか?」
「実は、私の業務とは直接関係ございませんが、娘の件で参りました」
「まあ。どのような内容でしょうか」
私に対しては、せいぜい挨拶しなかっただけだし、そこは不問にしているので、当人の間では終わったことだ。しかし、こういう場合、家として謝罪したという形を必要とすることがある。でないと、貴族社会から追い出される可能性すらある。その仕組みは解っていたので、形を作るために、敢えて手紙を出したのだ。
「導師様には、娘が色々ご面倒をおかけした様ですので、そのお詫びを申し上げに参りました」
ふむ、それならこちらとしても受け入れやすいかな。変に騒ぎ立てられても、事実関係の話とか色々絡んで、話が大きくなってしまう。規則通りに判断すれば、こちらは普通に勝てるが、書類手続きなどが入ると、時間がかかって面倒だ。ならばさっさと終わらせるのが得策だ。流石は課長を務めているだけのことはある。
「分かりましたわ。謝罪を受け入れましょう。後は、サーナフィア嬢の今後の勤務次第ですわね」
「導師様、御配慮頂き、有難うございます」
全く貴族社会は面倒だ。
業務が終了し、家に帰って来た。お祖父様を迎えに行くことになっているので、着替えてから転移門で本邸に移動した。既にお祖父様は談話室で待機しており、荷物もまとまっていた。私は荷物を収納して、お父様とお母様に挨拶した後、お祖父様を連れて王都に転移した。
お祖父様が来たことを知ったレイテアがやって来て
「グラスザルト様、此の度は私の為にお手数をお掛けします」
「いつもフィリスを護衛してくれておるし、アルカドール家の名を高めることにもなっておるのじゃから、当然じゃよ」
お祖父様は王都の知り合いが多いそうだ。というのは、お祖母様と結婚するべく、各方面に手を回していた際に色々とコネが出来たらしい。先王陛下や宰相閣下ともそれなりに付き合いがあるそうだ。なので、お父様は今でもお祖父様の伝手を頼ることがある。やはり人間関係は重要だ。
その日は夕食後に、レイテアの当座のお披露目をどうするかを、お兄様や王都邸の家令のカールダラスなども含めて話し合った。業者についてはカールダラスが既に手配しているらしい。その業者が来てから、色々な手続きやお披露目への招待者の選定、実際の会場の準備などを検討する、ということでその日は終わった。
私の役目はあまりないが、ドレスを作ったり、転移門で移動を支援したり、レイテアのダンスの練習に付き合ったりするなど、それなりに重要な所がある。この国では、宴は会話主体で、ダンスはあまりやる必要がないが、主賓だとそれなりの人と踊っている。
私も披露会の時などは、お父様やお兄様と踊った記憶がある。今回だと、レイテアの相手はお祖父様やレイテアのお父さん、後は招待者による、といった所だろうか。
なお、お祖父様は、私達の年末の帰省に合わせて帰ることになっている。この件が終わったら、帰省までにどこかに連れて行って貰うのも、面白いかもしれないな。
この週は基本的に業務的には平常運転だったが、週末に、メグルナリアの父上のボルドバーム子爵も私に面会に来た。わざわざデカントラル領から、ご苦労な事だ。ボルドバーム子爵は、デカントラルの行政官をやっているそうだ。
用件はベルロアーズ子爵と同様、謝罪に来たので、同様に受け入れて終了となったが、その後メグルナリアについて色々話して帰って行った。職員宿舎の方についても気になったので、いつもの様にパティの所を訪れたところ
「あれから変なことはされていないわよ。それに、熱心にアンダラット法の練習をしているし。フィリスの指導が相当効いたようだけれど……正直不気味ね」
『まあそう言わないで頂戴。今日、メグルナリアさんのお父上と話したのだけれど、婚姻先をかなり心配されているみたいでしたし、その分本人も悩んでいたのかもしれませんわ』
「なるほど。で、八つ当たりをされていたのが、私達地属性、というわけかしらね」
『その可能性もございますが……まあ、このまま本人に頑張って貰うのが一番ですわね』
「そうして貰えると、こちらも助かるわ」
その後は、パティと世間話をした。当座はとりあえず大丈夫そうだな。
週が明け、書類業務を行っていると、精霊課長が入って来た。
「導師様、精霊術士集中鍛錬ですが、9月1日から26日までの期間で実施いたします。参加者は精霊術士20名の他、私や総務班、資料班、警護班の数名と護衛達になります。導師様にも参加して頂いて宜しいでしょうか」
「勿論、参加させて頂きますわ。私も個人的に鍛錬したいことがございますので」
そう言うと、一瞬精霊課長が引き攣ったように見えたが、話は続いた。
「しかし宜しいのでしょうか。毒見や天気予測などをウォールレフテ国大使館の方にお願いして」
先日の収穫祭の時に、パットテルルロース様とお話しした時に、王都での業務の話になり、合宿の際は私がその都度転移門で様子を見ると言ったら、それならば、と快く引き受けて下さったのだ。
「何か精霊課としてお礼を考えた方が宜しいでしょうね。何かを贈るのであれば、蜂蜜はどうでしょうか。妖精族は、蜂蜜が大好物なのだそうですわ」
これも、先日の収穫祭の時に聞いた事だ。お菓子のテーブルを見てパットテルルロース様が、蜂蜜のお菓子が懐かしい、と言っていたので、その話を聞いたのだ。ウォールレフテでは、養蜂が盛んで、蜂蜜を使った料理やお菓子、蜂蜜酒などが定番だそうだ。確かに以前食べた料理には蜂蜜が入っていた。
「ほう、それならば、ウェルスカレンにも蜂蜜の産地がございますので、取り寄せましょう」
「それは喜ばれると思いますわ」
「あと、あちらは、妖精族への偏見を出来る限り無くしたいと考えていらっしゃるようですから、そういった面でも何か考えた方が宜しいと思いますわ」
「なるほど。そういう事であれば、我々精霊課が適任ですね。検討します」
その後も、幾つか業務の話をして、精霊課長は退室した。
私はその後、ウォールレフテ国大使館に顔を出し、パットテルルロース様に、合宿の日程が確定したことを伝えるとともに、色々引き受けて下さったことについて、改めてお礼を言った。
レイテアのお披露目などの話も、大分進んだ。披露会は、合宿の10日後、9月36日になる予定だ。まあ、休みじゃないと基本的に客側の対応が難しいからね。招待者は、王都では軍や騎士学校関連の要職の方を呼ぶことになった。また、レイテアの出身のトリセント領や、アルカドール領からも何人か呼ぶ予定だ。
アルカドール側の招待者は、私が前日に転移門で連れて来る予定だが、トリセント側にも、もし宜しければ、というレベルで話をしているようだ。トリセントの中心都市から王都まで馬車で来ると、片道6日かかるらしい。レイテアの御両親も当然来られるから、身体的負担を減らしたいのよね……。
ということで、レイテアは招待状の作成をやっていた。とは言っても、本文は業者に書いて貰い、サインを自分で書いているのだが。それでも慎重に書く必要があるので、割と時間がかかる。
そういえば、レイテアは、男爵になり、貴族名簿に記載された際に、名前が微妙に変わった。「レイテア・メリークス」から「レイテアーナ・メリークルス」だ。この国では、功績などにより爵位を得た際は、改名するのが通例となっている。名前だけでなく、名字についても、新規の家名として設定されるそうだ。
大抵は、元の名前に何字か付け足したものになるようだ。まあ、愛着もあるだろうし、由来も判るだろうからね……。ただし、家名については、同名の登録を避けないといけないので、被ってしまう時は一から考えることもあるそうだ。だから、従来の家名と特に関係が無いものもあるようだ。
例えば今の領名、つまり領主の家名は、基本的に建国の際に領地が定められ、初代領主が任じられた時に、その領主家が決定したそうだが、うちの御先祖様は、元々2つの領地「アルカリア領」「ドールザーラ領」だったから、合わせて「アルカドール領」にしたらしい。妥当な所だよね。逆に、ビースレクナ領などは、それまでの名前はカレンステア領だったのだが、カレンステアが王家の家名になったので、別の名前にしたわけだ。その由来は聞いていないが。
まあ、順調に準備が進んでいるようで、何よりだ。
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