第109話 堰の決壊をくい止めた
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さて、今日は砂糖を献上することになっている。いつもの魔力操作の練習の後、私は王城に行き、王家への献上品を担当する行政官に会い、砂糖を渡した。とりあえずは任務終了、と安心していたところ
「フィ、フィリストリア……これが……アルカドール侯爵の献上品の、砂糖でしょうか?」
と、王太子妃殿下がやって来た。物凄い反応速度だ。
「王太子妃殿下、ご機嫌麗しゅう。その通りでございますわ」
私がそのように言ったところ、殿下が
「これで……漸く……甘味のある暮らしが出来るのですね……」
いや、泣かないで下さい!どれだけお菓子が好きなんですか!
「そこまでお喜び頂けるとは……恐悦至極に存じます」
「フィリストリアは私の恩人ですわ!今度甘味を御馳走しますからね!」
「……楽しみにしております」
私は、殿下が落ち着くまで帰れなかった。担当行政官も、どう対応して良いか判らず、おろおろしていた。
なお、業務が終了して帰宅すると、お父様が
「陛下からお褒めの言葉を賜った。王都での販売も、今後問題なく出来るだろう」
と言っていたので、謁見は成功だったようだ。そのまま、お父様を本邸まで送り、王都に戻った。
その後暫く、通常の業務を送る日が続いたのだが、ある時、宰相閣下から緊急の呼び出しが入った。直ちに宰相府まで赴き、宰相閣下の所へ行くと
「導師殿、オクトウェスで大規模な洪水が発生する危険性がある。至急現場に赴き、対処して貰いたい」
「承知致しました、宰相閣下」
「詳細はその者が説明する。宜しく頼む」
すぐ退室し、宰相補佐官から話を聞く。オクトウェスはここ暫く長雨で、領内の灌漑用の貯水湖の水位が急上昇し、堰が決壊する可能性があるとのこと。地図を見せて貰いながら話をした。
「現状、どのように処置するのが、一番望ましいのでしょうか」
「こちらの方から堰を一旦切って、水を流すのが、一番被害が少ないと思われます」
「しかし、その場合でも一部の集落に被害が出ますわね……」
地図を見ながら検討していたが、あることに気づいた。
「補佐官殿、いっそのこと、貯水湖に流入する川の流れを変えてしまいましょう」
「は?そのようなことがすぐに可能なのでしょうか?」
「この貯水湖を避けて、このように水路を作り、ここで繋げると、どうでしょうか」
「そうですね……これならば流入を一旦止めて、水位が下がれば元に戻すことが可能です。また、現在の流量であれば、多少増えても下流に水害が発生することは無いでしょう。この方向で現地と調整してみます。ちなみに導師様?オクトウェスまでの移動時間と、現地での作業時間はどの程度でしょうか」
「流石にここからオクトウェスに行くには、移動に半日以上はかかりますわね。その後、少し休憩を頂いて状況を把握して……明日中には終了出来ると思いますが、それで間に合うでしょうか?」
「正直、難しいですね。それより転移門を使用した方が宜しいのでは?王都のオクトウェス伯爵邸から転移すれば、もう少し早く対処できませんか?」
「確かにその通りですわ。移動にも魔力は消費しますし、それならば転移門で移動した方が早いですわ」
「では、そのように今から掛け合いますので、導師様は今から準備して下さい。迎えに参ります」
「承知致しました。では、私は今すぐ準備致します」
直ちに魔法省へ戻り、導師服に着替え、ニストラム秘書官に簡単に説明して、玄関に移動すると、馬車がやって来た。補佐官殿も乗っていて、これでオクトウェス伯爵邸に送ってくれるようだ。今回は現地で単独行動となるため、レイテアは同行しない。伯爵邸に到着すると、執事のような人に転移門まで案内された。そこでオクトウェスに転移すると、転移門前に、誰かがいた。恐らくオクトウェス伯爵だろう。
「導師殿、宜しくお願いします」
「承りましたわ」
「導師様、こちらがオクトウェス内の地図です。領主邸はここで……」
執事のような人から、オクトウェス内の説明をしてくれた。ここからなら、走れば1時間で着くだろう。これなら、今日中に何とかなる。皆に軽く礼を言って、現地に向かった。
雨の中、精霊に案内して貰いながら、貯水湖の位置を見つけた。近づくと、誰かから声が掛かった。
「おい、そこの者、危険だから近づくな!」
「私は精霊導師のフィリストリア・アルカドールと申します!責任者はいらっしゃいますか!」
雨の中なので、大声で言うと、驚いたようだが
「っ、導師様ですか!すぐにご案内します」
と言って、責任者の所に案内してくれた。明かりのついたテントの中に入る。
「私は、精霊導師のフィリストリア・アルカドールですわ。現場責任者の方でしょうか?」
「導師様、私は騎士団オクトウェス領派遣隊長のサムスワルド・シンスグリムと申します。よくぞおいでなさいました。雨の中移動されて大丈夫でしたか?」
「問題ございませんわ。それよりも、現状をお聞かせ願えますか?」
導師服に魔力を込め、雨に濡れた体を乾燥させながら、派遣隊長の話を聞く。現在は、人力と魔法により、堰の補強を行っているところだという。また、堰の下にある集落などは既に避難を始めたそうだ。
「状況は把握しましたわ。あと、私が行う作業については、宰相補佐官殿からは確認されていますか?」
「はい、伺いましたが……本当に可能なのでしょうか?」
「今から現地の状況を確認して、問題なければ行います。無理であれば、別の手段を検討しますわ。作業中は危険ですので、他の方は近づかないよう、お願い致しますわ」
「承りました。今から堰の現場に向かい、皆に伝えます」
「有難うございます。……ところで派遣隊長殿?このような場で何ですが、貴方はもしや……」
「はい、以前導師様の護衛のメリークス殿と試合をして負けた者です」
「このような所でお会いするとは、奇遇ですわね」
「そうですね。今年こそは彼女ともう一度試合をしたかったのですが……今は任務が優先ですね。では」
……このまま堰が決壊すると、副団長、今は派遣隊長か……は来月の試合どころではないだろうな……これは是非とも決壊を防がないとね。
私は地図上で川を一時分岐させる所までやって来た。念のため、この付近を一旦魔法で固めよう。
その後、川を繋ぐ所まで降りた。概ね2キートほどの距離だな。ここから掘り進めるか。
【我が魂の同胞たる地精霊よ。我と共に在れ】
地精霊と和合し、水が通る道を作りながら移動していった。ただし、木を倒すのは忍びないので、株ごと移動させたのだが、それが結構骨で、結局2時間近くかかった。流石に魔力があまり残っていない。
様子を見に来たのだろうか、派遣隊長もこの場にやって来た。丁度良いので話しておく。
「これから、こちらに作った仮水路に水を流しますわ。元の川は一旦止めますが、貯水湖の水位が落ち着いたら、元に戻して下さいな」
そして、川の流れを変えた。水は水路の通りに流れ、貯水湖を超え、下流に合流した。
「……まさか本当に、このようなことをやってのけるとは……」
水と地の精霊にも確認したが、今は問題無さそうだったので、一旦先ほどのテントに戻り、体を浄化したり、異空間から食事を取り出して食べた後、仮眠を取らせて貰った。
起きてみると、既に翌日になっていた。魔力はそれなりに回復している。とりあえず、派遣隊長を探して、状況を確認する。
「導師様のおかげで、堰の決壊は防げそうです。雨も小降りになって来ましたし、堰の点検が終わったならば、こちらを撤収いたします。本当に有難うございました」
「それは宜しゅうございました。では、試合の方は、期待して宜しいのでしょうか?」
「勿論参加致します。しかし宜しいので?私がメリークス殿を倒してしまうかもしれませんよ?」
「彼女は貴方との再戦を望んでおりますし、私も楽しみにしておりますのよ」
「それならば、心置きなく戦うことが出来ます」
「では、王都でお待ちしておりますわ」
私は派遣隊長に別れを告げ、オクトウェス邸へ戻った。
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