第010話 盗賊との戦い
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森に入ってみたが、周囲に動物はいなかった。魔物が出没して、逃げたのかもしれない。風精霊に、森に魔物がいるか聞いたところ、少し奥に入った所に犬の魔物、魔犬がいるようだ。1体で、大きさは私より少し大きい程度らしい。
魔犬は、牧畜犬などが逃げて野生に戻った野犬が、森などにたまに出現する魔素溜まりに中てられ、変化した魔物と言われている。かつては人間の友だった存在だが、魔物化した現在は人間の敵だ。襲って来る敵に情けを掛けてはいけない。私は平常心を保ちつつ、慎重に近づいて行った。
約90m、こちらの世界の単位で100クール程近づくと、魔犬は私を発見したらしく、走って接近してきた。私を襲うつもりだろう。しかしこの速度なら対処可能と判断し、迎撃を選択する。
改めて意識を丹田に向け、心を落ち着けつつ、魔力の流れを確認し、魔犬が間合いに入るのを待つ。魔物においても、魔力の流れが目で確認できることが判った。よし、やるぞ!
魔犬が大きく跳んで私に襲い掛かった。その瞬間、私は回転投げの応用で魔犬の左前脚を取って転換し、頭から地面に叩きつけた!魔犬の悲鳴とともに、首の骨の折れる鈍い音がした。残心をとったが、魔犬が動き出す様子はない。
初めての戦いに勝利したようだ。
平常心を保ったつもりだったが、少し体が強張っていたようで、緊張していたらしい。やはり、極めるためには数多くの実戦は必要不可欠だ。その後、動物がいない所に魔物がいるだろうと当たりを付けて捜索し、数体の魔犬を倒して、来た時と同様の要領で家に帰った。幸い、気づかれることはなかった。
こうして、週3回の森での魔物討伐、それ以外はイメトレを行うことで、経験を積み上げていった。
ただ、誤算だったのが冬だ。アルカドール領は結構雪が積もるので、流石に外での鍛錬はできない。仕方がないので、邸内で身体強化などの鍛錬を続けたのだが、たまにやり過ぎて物を壊し、母様に何度か叱られてしまった。とほほ。
春になり、魔物討伐を再開することができた。魔犬が多かったが、たまに魔鹿、魔猪も現れた。魔鹿は角を取ることができたので戦い易かったが、魔猪は苦労した。背後に岩を背負った上で突進を誘い、小手返しの応用で転換しながら鼻を落とし、そのまま突進の勢いを利用して岩にたたきつけ、何とか倒すことができた。この辺りは、もっと上手く戦えるようにと試行錯誤している。
こんな幼女らしくないことをやりながら過ごし、5才になった。とは言っても、相変わらずだ。
その日も街を抜け出し、森に向かっていたところ、案内している精霊とは別の風精霊がやって来た。北東街道のセイクル市から10キート程南に離れた所に小さい森があるのだが、どうやらそこで、馬車が盗賊に襲われているらしい。加勢できるかどうかは不明だが、行ってみることにした。
精霊に案内して貰い、現場近くに行くと、多くの人間が倒れている中、2人の盗賊らしい人間が、馬車の中に入ろうとしていた。その時、中の人間が魔法を使ったようで、盗賊は外に弾き飛ばされていたが、倒すには威力が足りなかったようで、再び馬車の中に入ろうとしていた。私は、服のフードを目深にかぶり、加勢に入った。
「おお、魔法だと思ってビビッたが、全然大したことねえじゃねえか」
「くっ、もう1度!」
「へっ、何度やっても効かねぇんだよ!さっさと死ねや!」
2人の盗賊は、馬車の中に気を取られていた。後ろの奴から倒すか。
「そいつを早く引きずりだせ……うわぁっ」
横から高速で近づいて、手を取って勢いを利用して呼吸投げの要領で地面に叩き付けた!
「何だぁ……何だお前は!この野郎!」
もう1人は剣を振り下ろそうとしたが、私は剣を持つ手を素早く取って、短刀取りから四方投げで地面に叩き付けた。2人とも気絶したようだ。
その他の人間も動いていない。調べたが、残念ながら全員事切れていた。気絶させた盗賊を、そいつらの物らしい縄で拘束していると、馬車から1人の少年が降りて来た。
「助けてくれて有難う……で、いいのかな」
少年は私に話しかけてきた。流石に警戒しているようだ。とりあえずフードを取るか。
「通りすがりの者です。お困りのようでしたので、加勢させて頂きました」
「……女の子……」
どうやら私が少女であることに驚いている様だ。
「訳あって名乗ることはできませんが、貴方様に仇なす存在ではございません」
恐らく貴族の子弟らしい少年に跪きながらそう言った。正直、無断外出はバレたくないし!
「……分かった、君の素性は聞かないよ。…………セイクル市に応援要請を出しているから、領兵がそのうち来る筈だけれど……皆、僕を守る為に神の御前に召されたのか……」
どうやら、馬車の車輪が盗賊に壊されたので、御者に命じて、馬を使ってセイクル市に救援を呼びに行かせたそうだ。それなら、あと30分程で来るだろう。
ふと、少年が腕に怪我をしているのが見えた。
「あら、右腕に怪我をなさっていますね」
「先ほど盗賊に少し腕を切られたんだ。止血はしたから大丈夫だよ」
「でも痛みはございますでしょう。宜しければ癒させて頂けませんか」
「いや、君は神官ではないし、僕は風属性だから無理だろう」
「属性ならば大丈夫ですわ、ほら」
私はそう言って近づき、右腕を取って傷口近くに魔力を流し始めた。これは魔力を流して自然治癒力を向上させ、傷を治す魔法だ。暫く魔力を流すことで、軽傷者であれば傷を癒すことが出来る。以前、兄様の魔力の滞留を治すために魔力を流したが、あれとやり方は同じだ。
「え、君は一体……!」
私を地属性だと勘違いしていたのか、少年は私の瞳をまじまじと見ている。流石に恥ずかしい。私の方も少年をよく見てみた。人形の様に整った顔、艶のある黒髪、鮮やかな緑色の瞳、かなりの美少年だった。
正直落ち着かないので、2人で馬車に乗って治療をしつつ、何となく話をすることになった。
少年は、セイクル市に用があって来たらしい。更に聞いてみると
「君も先ほど見てただろう。僕は貴族のくせに魔法の威力がないんだ。だから、少しでも魔法の実力を上げようと、最近王都で噂になっている、魔力の活性化要領を聞きに来たんだよ」
あれの為に盗賊に襲われてしまったとは……少々複雑な気分だ。
「では、アンダラット男爵様のところへ?」
「そうだよ。やっぱりこちらでは有名なのかな」
「そうですね。セイクル市の主だった方は、男爵様をお訪ねになっているようですね」
身バレ防止のため、暫く警戒しなければ。後は、少し激励してみようか。
「先ほど見ておりましたが、貴方様は魔法を短時間に連発されておりましたので、魔力操作が巧みな方だという印象を受けましたわ。伸ばせる才能がおありなら、それを伸ばし、速度や精度を更に高められれば威力を補える筈、どなたからも侮られることはありませんわ」
「……そうだね。魔力量が低いのは生来のものだけど、魔力操作は自身の努力で伸ばせるからね。アンダラット男爵に活性化要領を教えて貰い、頑張ってみるよ」
「それが宜しゅうございます。……あっ、どうやらそろそろ領兵の方々が到着されるようですわ。右腕の調子は如何ですか?」
「うん、もう痛みはないよ、本当に有難う」
「では、私はお暇させて頂きます。御前失礼します」
そう言って私は馬車を出て、森の方に隠れ、そのまま大回りをして家に帰ったが、今回も気付かれはしなかった。
次の日、父様の所に急な来客があった。家令のハルワナードに聞いてみると、昨日盗賊に襲われた公爵家の方を、迎えが来るまでの間、客人として迎えるとのことだった。まずい、その可能性があったか!
暫く家の中をうろつくのも危険だと思い、部屋に帰ろうとするも……。
「フィリス、丁度良かった。暫くうちで過ごして貰う方を紹介するよ」
もう遅かった。
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(石は移動しました)