第009話 身体強化して魔物退治に行こう
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先日の授業以降、魔法教育の実技内容は制限されたのだが、魔法の講義などはそのままアンダラット先生に教わっている。実際、魔法の話は、精霊に聞いても要領を得ないことが多いので、非常に有難い。
精霊は魔法を使う者ではなく、魔法という行為において、人の意識を世界に反映させる役割だから、そもそも観点が違う。誰かが魔法を使う時、付近を漂っていた精霊が突然その意志に従うように動き、事象を起こす。
その誰かというのが、精霊の動きが見える人間であるならば、奇妙な風景が見えていることだろう。こちらが見ている中、何故か視線を無視しつつ、それでも意志の通りに事象を起こすのだから。精霊術士があまり魔法を使わないのは、当然かも。
そういえば、以前から何となく気になっていたのだが、何故属性は4つなのか先生に聞いてみた。元素などの存在を考慮すると、4つは少なすぎるからだ。
先生の回答は
「神が定めた事ですから、我々の理解が及ぶところではございませんが、天地を創造する際には、十分だったのではないでしょうか」
だった。まあ、現実はこうあるのだから考えても意味がない、というところかな。
魔法の講義の中で、非常に興味のある話を聞いた。魔力操作を応用して、身体能力を強化することができるそうだ。これまでも合気道の鍛錬をやりたいところだったが、体が小さいため我慢していたのだが、身体強化ができるなら、その結果次第では、型稽古などを再開できるかもしれない。
早速先生にやり方を聞いて試してみたところ、すぐにできるようになった。暫くの間は、身体強化を中心に実技の自習だね。合気道の型稽古もできるし、一石二鳥だ。
また、魔道具についても教えてもらった。家の中にも、明かりや水道、トイレなどの魔道具があることを確認しているが、改めて概要を知ることができた。
魔道具は、魔石と呼ばれる、魔法士の意志を閉じ込められる石を使って、魔法を使うことができる道具だ。使用者が使用の都度、必要な魔力を流すことで、予め設定された魔法が発動する。
魔石は希少であるため、平民は殆ど使用しないそうだが、貴族社会では割と使用されているようだ。魔道具を作る人たちは魔技士と言われ、国家資格を取ると正式な魔技士に認定される。
魔石に意志を閉じ込めるには、非常に繊細な魔力操作が必要らしいので、魔力が高い私には不向きらしい。まあ性格的にも無理だろう。
魔道具など、各種機械や電子機器に代わる存在がフィアースにはあるわけだが、前世の世界の方が自然科学が発達していた分だけ、文明的に発展しているとは思う。例えば、この世界では魔法で氷を作れる人は殆どいないらしい。ただし、それは作り方を知らないだけだろう。水分子が規則的に並ぶイメージを浮かべて魔法を発動させると、普通に氷が出来たからだ。
暑い時に、飲み水の中に氷を作ったら、メイリースが驚いていたので、あまり頻繁にやるものではないようだが。
なお、私がやっていた活性化要領については、先生もできるようになったらしい。魔法の早期発動ができるようになったということで、改めて感謝された。私以外にも、兄様を含めて複数教え子がいるらしく、早速要領を教えているらしい。まあ、役に立つならいいけど。
各種教養や礼儀作法の授業も進んでいる。礼儀作法の方は、一通り覚えたので、反復して練習しているところだ。体に覚え込ませることで、優雅さが出て来るらしい。その辺りは、武道の型も似た様なものなので、日々真摯に取り組んでいるつもりだ。
教養方面については、最近両親の視察などに同行することが増えたせいか、国内、領内の地誌が特に気になっている。
アルカドール領はロイドステア国の最北東に位置する。ロイドステアは全体的には地球の区分で言う温帯だが、アルカドール領は冷帯に当たる。こちらの世界ではそういった分類はされていないので、特徴を聞いた限りで判断したのだが。
アルカドール領は概ね長方形に近い形で、最大幅はこちらの世界の単位でいうと、南北約325キート、東西約790キートだそうだ。1キートは0.9kmくらいらしいので、南北300km程度、東西700km程度だ。地図と現物を見比べて目分量で測っただけなので、詳しくは判らないが。
領の中心より王都よりの所に、私達の住むセイクル市があり、領内全体では、200程度の町村や集落がある。把握している限りでは、領内の人口は約100万人、セイクル市には約5万人が住んでいるらしい。私はこれまでセイクル市を出たことはないが、そのうち外を確認する機会もあるだろう。
領内には国が整備した大きい街道が1本、北東街道と呼ばれる街道があり、流通の中心だ。北東街道は、隣国であるノスフェトゥス国に行く主要道でもある。横に逸れて通る道もあるにはあるが、魔物に襲われる可能性が高くなるので、基本的には殆ど使用されない。
街道沿いなら、大体20~30キート毎に町や村があり、領兵も配置されているので、比較的安全に通ることができるようだ。ただし、移動の際に襲われた場合、基本的には自己責任で対処しなければならないので、護衛は必須らしいが。
このような感じでこの世界の事が解って来るに従い、私はこの世界で何をすれば良いのだろうか、と考えるようになった。少なくとも転生はメジャーな感じではなさそうなので、神様が何らかの意図をもって、私を転生させた可能性が高い。その場合、私である理由があるのか、ということも考慮する必要がある。ランダムというならもう少し転生者は多い筈で、そうでない以上は選定理由がある可能性は高い。
しかしながら、神様が直接私に目的や意志を伝達したことは無い。ならば、意思表示があるまでは、私がある程度自分の意思で好きにやってもいい筈だ。
と言っても、私にできることなどたかが知れている。文化面では……あまり貢献できる所がないな。多少変わった見方が出来るくらいか。何せ前世で、芸術関連は一切手を付けてない。料理くらいならお母さんに花嫁修業と称して一通りは習っていたが……前世では意味が無かったけれど。
文明面では……自然科学関連の貢献はできそうだが、時期と場所を選びそうな気がする。少なくとも子供のうちは……突然前世知識を語り出す子供とか、正直怖すぎる。考えるのを中断した。
前世を考慮して、私に出来るのは、合気道関連くらいだろう。
なので、神様がどう思っているかは知らないし、現状知りようがないが、個人的な人生の目標として、合気道をこの世界に合わせて改良し、修めることを掲げようと思う。
我ながら大言壮語にも感じるのだが、人生の大目標は大きくないとね。前世ではライフワークだったことだし、決めただけでも、これから生きるのが楽しくなって来る。
それに、前世の話だが、合気道の「気」の話をすると、合気道を知らない人達からは胡散臭い目でよく見られた。そりゃそうだ、「気」は概念上のものであって、実在しないのだから。体の重心、態勢、人体の構造などを総合的に判断して、最も合理的に人体を操作するための方便である、と私は理解していた。そしてそれは、鍛錬を積み重ねないと得られない経験則だから、聞いただけで理解されるわけがない、とも理解していた。
ところが、こちらの世界は、魔力が実在し、実際に感じることが出来る。これまでフィアースで生きて来て思ったのが、「気」を魔力の流れや分布などで近似できそうだ、ということ。
つまり、「気」を目で見て感じる事が出来るのだ。これを利用して、合気道をこちらの世界用にカスタマイズした上で極めてみたい、と、合気道女子?が考えるのは至極当然なわけで。
ある意味、良いチャンスだと思ってしまったのだ。
いずれはお父さんや、開祖をはじめとした先人達の域に到達したいものだ。とは言っても、独りだけで仕手の動作をやっても埒が明かない。受け、つまり相手がいないと熟達できるわけがないからだ。
合気道本来の考えとは外れるが、極めるためには積極的に対戦しなければならないだろう。ただ、今世の私は貴族令嬢なので、いきなり戦いだしたら、間違いなく周囲に止められる筈だ。申し訳ないとは思うが、当座は隠れてやっていくしかない。
現在考えているのが、こっそり街の外に出て魔物を倒そう、ということだ。セイクル市の北西、20キート程離れた所に森があり、魔物も出るらしい。こいつらと戦って技を磨こうと考えている。
今の所魔物は見たことがないが、聞いた感じでは、動物が凶暴化して、身体能力が上がった存在だそうだ。通常の動物は無闇に人間を襲うことはないが、魔物は人間を発見すると確実に襲い掛かって来る。特に異なる点は、動物は魔力の強い人間を恐れる傾向にあるが、それに対して魔物はおかまいなしに襲って来るそうだ。
ただ、この辺りの魔物はさほど強くないそうで、それなりの腕の大人なら対処できるそうなので、身体強化を上手く使えれば、何とかなるはずだ。
後は時間の捻出と、抜け出す要領だが、時間については魔法の実技の時間を利用したりすればいけるし、抜け出すのも、精霊に道案内をお願いして、身体強化で素早く出られれば、大丈夫だろうと考えた。
とは言っても、そもそもフィアースの動物とも戦ったことはないし、ましてや魔物だ。駄目そうなら逃げる。勝手に外に出た挙句、怪我や命に関わる結果を出して家族を悲しませるのは駄目だ。そこだけは絶対に守ろう。
その後、空き時間があればひたすら身体強化を鍛錬し、時速60キートくらいの速度で走れるようになったし、身体強化しながら型も自在に出せるようになった。そろそろ試しに森に行ってもいいだろうと、判断した。
週3回、半日ある魔法の鍛錬、現在身体強化の鍛錬に当てている時間、いつものように庭で行うことをメイリースに告げ、庭に出た。割と庭は広いので見つかり辛い上、緊急の用でもなければ鍛錬の邪魔なので人は基本的に来ない。少なくともこれまではそうだった。
風精霊に周りの警戒をお願いして、屋敷の壁を越え、一目散に街の外に向かった。人通りのない道を走り、街の外壁を飛び越え、外に出る事ができた。後はひたすら森に進むだけだ。セイクル市を出るのに約10分、出てから森まで約20分。帰りも同じくらいの時間なら、2時間程度ならこちらにいられるだろう。
こうして、私は初めて森を散策した。
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(石は移動しました)