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第9話

 放課後になった。

 高等部の闘技場には俺&一夏VS凛の対決を観るために多くの生徒たちがいた。さっき見た初等部生徒会の連中や俺のクラスメイトなんかもいる。よく見ると先生たちもいるぞ。

 三鷹凛初等部生徒会長は非常に優秀な生徒で、入学してから留学期間を除き一度も首席の座を譲ったことがないという。学力だけでなく運動神経や魔術の扱いも抜群で将来を有望視されている。

 そんな天才少女とつい1か月前まで民間人だった俺との対戦カード。明らかにお目当ては凛だな。

 というかまた女子との対決か。しかも今度は本当の初等部生。どうやって本気で戦えっつんだ。

 しかしそんな俺の心境なんてお構いなしに試合開始のゴングが場内に鳴り響いた。瞬間、さっきまでニコニコ笑顔だった凛の表情が突然無に変わる。目の前にいた俺はその豹変ぶりに若干の恐ろしささえ覚えた。

 凛は首にかけていたロザリオを服の中から取り出して左手に握り、その人差し指に銀色の指輪をはめる。なるほど凛は魔法を使って戦うタイプなのか。

 魔法を行使するには魔導具という魔法を導く道具と体内由来の魔力粒子――すなわち血液が必要だ。凛の魔導具はおそらくあのロザリオで、血を出すための道具があの銀の指輪だな。

 アクセサリーと小刀を収納した指輪を使うあたりは典型的な魔術師って感じだ。魔術師は魔道具を奪ってしまえば無力になる。俺の勝利条件は凛からロザリオを奪うことだ。よかった、女の子を傷つけなくても良さそうだ。まあロザリオがブラフという可能性も大いに有り得るから油断は禁物だがな。



「一夏、スポンジ剣を頼む」



「うん!」



 一夏は元気よく返事してスポンジ剣を複製し、ピカピカ笑顔で手渡ししてくれた。一夏の元気な笑顔を見てるとすげー癒されるし、俺もすげー元気になれる。よし! 頑張ろう!

 爺さん目白の道場に入門して約1ヶ月。普段は剣道ではなく実際に役立つ剣術や剣技を学んでいるんだが、門下生意外と戦うのは今日が初めて……すなわちこの戦いが俺にとっての初陣ってわけだ。

 まずは凛がどんな戦闘スタイルなのか見極めないとな。どんな魔法を使うのか。武器は所持しているのか。アサルトなのかカウンターなのか。

 俺はスポンジ剣を右手に握り凛を中心に反時計回りで距離を詰める。凛は左目に眼帯をしているので視界の左半分が見えない。敵の死角から攻撃するのが定石だと爺さん目白から教わったからな。実践でも活かさせてもらおう。

 俺は凛の左脚に攻撃を仕掛ける。もちろん力を抜いているがスポンジとはいえ当たったら少し痛いかもな。すまん。

 しかし、



 ――パッ!



 俺の心配はまったくの無用だった。凛は俺のスポンジ剣を踏みつけてその動きを止めていたのだ。

 死角である左側からの攻撃……しかも力を抜いていたとはいえそこそこの速さがあったはずのスポンジ剣を涼し気な顔して踏みつけて止める……。三鷹凛、こいつは只者じゃないぞ。

 依然無表情の凛はスポンジ剣を踏みつけたまま軽く腰を落として右の拳を握る。このままでは殴られてしまう。俺はスポンジ剣を放棄してバックステップで一夏のもとに戻る。

 凛はまだ魔法を使っていない。俺相手に魔法は使うまでもないってことか? いや……違う。凛の左手親指と手に持つロザリオから滴る血が砂の地面を点々と濡らしている。魔法はすでに使われた? だが何が起こった……まったくわからない。



「もっかいスポンジ剣を頼む」



「了解!」



 一夏は再びスポンジ剣を複製。俺はそれを受け取り再び腰を落とし、左足は母指球に右足は踵に体重を乗せる。これにより前後左右への回避行動の迅速化をはかり、攻撃モーションの初動を早くすることができる。

 さっきは凛に気を使ってかなり力を抜いてしまったが、おそらく凛は俺が本気を出しても怪我なんてしない。むしろ怪我するのは俺の方かもな。

 大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出し筋肉の緊張をほぐす。そして目を閉じてスポンジ剣を鞘に収めるように右手を左側の腰のところに持っていく。

 爺さん目白から教わった水府すいふ流剣術で最速の技――水府流抜刀。俺はまだまだ遅いがそれでも俺の使える技の中ではやはり最速。爺さん目白レベルになると抜刀の最高速度は音速にまで達する。

 三鷹凛、君は俺の水府流抜刀をどう受ける!

 踏み込みと抜刀を同時に行い、スポンジ剣は凛の右脇腹に最小の円弧を描いて進む。スポンジ剣と右脇腹までの距離はすでに10センチ。避けることも受け止めることもできない。魔術を使って受けるしかないぞ。これで凛の魔術が明らかになる。

 そう思ったと同時。



 ――シュン!



 スポンジ剣が空を斬った。目の前に凛はいないかった。

 何が起こったのか検討もつかない。スポンジ剣は確実に凛の右脇腹を捉えていたはず。なのに凛は何故か俺と一夏の後ろに立っている。観客も俺たちと同様に今起こった出来事を理解できていない様子でザワザワしている。

 凛がゆっくりと振り返るとそれに伴って白い長髪と短いスカートがふわっと揺れた。そして俺に向かって指をさす。その指先には青白い光の粒子が吸い込まれるように集結。

 これは……魔力弾! 体内由来の魔力粒子を指先に集中させてそれを意図的に空気中の魔力源由来の魔力粒子と反応させることで魔力を生み出す高等技術!

 魔力弾はみるみるうちに大きくなっていきバレーボールサイズにまで膨らんだ。しかも中心部が黒い――黒色化現象だ。これは本来水色の魔力粒子が圧縮されて色が濃く見える現象のこと。

 なんて才能なんだ。俺はまだ魔力操作すらまともにできないけど、高等部の連中でも魔力弾を形成できる人はほんのひと握り。先生方の中でもこれほど黒色化する人はなかなかいない。それを初等部生が意図も容易くやってしまうなんて……三鷹凛は相当な才能の持ち主だ。

 しかし魔力弾の最高速度はせいぜい時速100キロ程度。それに指のさした方向にしか飛ばせない。この距離なら発射された瞬間に避ければ余裕で躱せる!

 そう思っていた俺だったが、



「は?」



 瞬きをしたその刹那、俺のこめかみに凛の右手人さし指が突きつけられていた。

 いつの間に! これが三鷹凛の魔術ッ! 超スピード? 瞬間移動? よくわからないがいずれにせよ……強すぎるッ!

 だが俺も負けるわけにはいかない! 俺は負けず嫌いだからな。

 俺は首を前方に傾けると同時に右腕で凛の右手を払う。



 ――ドンッ!



 魔力弾は鈍い音を立てて闘技場の壁をへこませて消滅。あっぶねぇ。バレーボールサイズにしてくれたから殺傷能力はなかったとはいえ、当たってたら確実に頚椎やられてたぞ。

 さすがの凛も今の俺の行動には驚いたようで相変わらず無表情だったが目が一瞬だけ見開いた。

 生まれつき身体能力だけは良くてね。どんなスポーツをやっても誰にも負けなかったし、大人相手に連勝することもあった。そのおかげで爺さん目白の厳しい稽古もなんとかついていけている。爺さん目白いわく今までのどんな弟子よりも飲み込みが早いらしい。この身体能力は俺の唯一の自慢だよ。

 俺はすぐに体勢を立て直し左逆袈裟で凛に斬り掛かる。そして凛の背後から一夏がデタラメな構えだが凛にスポンジ剣を振るう。最高のタイミング! 挟み撃ちだ!



 ――ドッ!



 背中に鈍い痛みを感じた。



「くッ!」



 凛が魔術を使って俺の背中に回り込み、魔力弾を撃ち込んできたのだ。

 肺が圧迫されて呼吸がしにくい……が無理やり呼吸しろ。呼吸で痛みを散らし集中力を高めろ。

 俺は前方に倒れつつ地面に放置していた最初のスポンジ剣を左手で掴み、そのまま凛に向かって投げつける。

 凛はそれをヘッドスリップして避けるが、ほぼ同時に放たれた俺の逆袈裟。頭を下げた方向と逆袈裟のスポンジ剣の進行方向がぶつかる。だがこれは凛の魔術で簡単に避けられてしまうだろう。

 俺の予想は正しく凛は再び俺の真後ろに回り込んでいた。手にはスポンジ剣。今さっき凛が避けて後ろに逸れたはずのスポンジ剣がない地面にない。

 凛は俺の胸目掛けてスポンジ剣を突く。まさかスポンジ剣を取るとは思わなかったが大方作戦通り。俺は突かれたスポンジ剣を左手で掴み、右手に持つスポンジ剣で逆袈裟斬りを放つ。

 それと同時。霊体化していた一夏が浮遊した状態で現れ、大量のスポンジ剣を逃げ場がないように上から一斉に投射。

 逃げ場がない……のは俺だった。気づいた瞬間には四方八方から一夏が複製して放った分のスポンジ剣が飛んできていたのだ。



「強いな……」



 負けを確信した俺はそう呟いて大量のスポンジ剣をこの身に受けた。あーこりゃ不合格か? まさか凛がこんなに強いなんて想わなかったぜ。



「認めましょう。お2人はわたしの護衛として足る実力者です」



 認める……?



「てことは」



 無表情からニコニコ笑顔に戻った凛が目の前にやってきた。その表情とは裏腹にロザリオを握る左手は血だらけでかなり痛そうだ。魔術師は自らの血を使って魔術を行使するので必ず血を流す。とはいえこんなちっちゃな女の子までそんなことするのは尊敬を通り越して申し訳ない気持ちになる。

 


「合格です。隆臣さん、凛さん。お2人を第513回魔女集会における三鷹凛の護衛役に任命致します」

ご閲覧ありがとうございます!

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