第8話
一夏が初等部に所属してから10日が経ったある日の昼休み。友人の京篝と杉野亮二と昼飯を食っていた俺の元に、一夏が霊体化してあらゆる障害物をすり抜けながら大急ぎでやってきた。
「どうしたんだよそんなに急いで」
「大変なんだよ! あの子が……白髪で赤い目のあの子が…………いるんだよ!」
俺の中で白髪かつ赤眼で連想される存在はたった1人……俺を殺したあの少女だ。少女が魔術学園に現れた? 何のために? いや、そんなこと考える必要はない。俺を殺して一目惚れさせた相手がすぐそばまで来ているんだ。会いたい……今すぐに!
「わりぃこれ下げといてくれ!」
俺は半分も食べていない週替わり定食を2人に任せて食堂を飛び出し、初等部へ走った。
会える! ついに会える! 俺を殺し! 俺とアリスを再開させ! 一夏をガイストとして顕現させ! そして俺を魅了した少女に!
□
初等部に到着した。初等部の生徒たちから物珍しく見られているがそんなのどうだっていい。今はすぐにでもあの子に会うんだ!
廊下を疾走してたどり着いたのは初等部の生徒会室前だった。この中にあの子がいるのか?
ようやく顔を見ることができる。そう思うとなんか緊張してきた。心臓がすげーバクバクいってる。
「開けるよ?」
「おう」
一夏が生徒会室の扉を開けた。
5人の生徒会役員が楽しそうに談笑している最中だったようだが、突然扉を開けられたことに全員が驚いて俺たちの方を見た。
その中にいた! 5人のうち真ん中の女の子! 白い長髪に左目は眼帯をしているが右は紅い瞳だ! あのときのような神々しいオーラは感じられないが雰囲気はまったく同じ。
俺は少女の目の前まで行き、
「会いたか……」
その言葉を言い終える寸前、俺はあることに気づいた。この子はあのときの少女ではなかったのだ。
耳が尖っていない。この子の耳は一般的な丸い耳だ。髪の毛の色も瞳の色も体つきも雰囲気もまったく同じなのに……この子はあの子じゃない。耳の形とオーラが全く違う。
「あの……何か用ですか?」
子首を傾げつつ少女は鈴のような声音で言った。困り顔の少女に続いて真面目そうな男子生徒が、
「委員長に無許可で近づかないでください。それに勝手に生徒会室に入るのも非常識です。あなたは高等部の学生とお見受けしますが、ぜひ節度ある行動を意識するとともに常識を弁えてください。以上です。ご退出ください」
と言って俺の背中を押して部屋から追い出そうとしてくる。正論すぎて何も言い返せないし、こいつ初等部のくせに異常に力強くねーか?
「ちょっと待って。お2人がここに来たってことは何か用があるってことでしょ?」
少女がにこやかに言うと、
「しかし……」
少年は苦い顔でうなだれた。
「三鷹会長、私が同伴します」
「ぜひこちらをお持ちください」
丸メガネの女子が少女の服の袖を引き、四角メガネの男子が少女に拳銃を渡そうとする。どんだけ信用されてないんだよ俺。まあ無許可で侵入しちまったんだから仕方がないか。
「みんな心配しすぎ。大丈夫、わたしはとっても強いんだからっ!」
少女はえっへんと腰に手を当てながら胸を張った。そして俺と一夏の方を向いて、
「さあ、こちらへ」
少女はにっこり笑いながら俺たちを隣の応接室に案内してくれた。応接室は生徒会室の半分くらいの広さで、中央にはローテーブルと2つのソファーがある。
少女は手早く俺たちの紅茶とクッキーを用意してローテーブルに置き1人掛けソファーに座る。俺と一夏は少女の向かいの広めのソファーに腰を掛けた。
「このようなものでしかおもてなしできず申し訳ございません。わたしは初等部生徒会長の三鷹凛です。お2人の名前を教えてください」
「俺は品川隆臣」
「私は品川一夏だよ」
俺たちが名乗ると凛は少し考える素振りをしてすぐに口を開く。
「隆臣さん、一夏さん。お2人のことは予てから聞いております。学園での生活は慣れてきたでしょうか?」
凛は笑顔を絶やさず聞いてきた。すっごくいい子だ。言葉遣いが丁寧だし、社交辞令の笑顔もまだ初等部なのに非常に上手だ。おまけにこっちの心配までしてくれる。こんなに立派な初等部生はなかなかいないだろう。さすがは生徒会長。
「ああ、だいぶ慣れてきた」
「私も慣れてきたよ」
「それはよかったです。お2人がこれからもより良い学園生活を送れるようお祈り申し上げます」
凛はそう言って紅茶を1口飲んで左手に持つソーサーに置き、
「さて、お2人は今回どのようなご要件で?」
少し真剣な表情になった。
「単刀直入に聞くぜ。6月10日の満月の夜、お前は俺を殺したか?」
「え! 何をおっしゃっているのですか!? わたしは人殺しなんてしません! それにわたしは半年間イギリスに留学していたのですからアリバイもあるんです!」
さっきまではしっかり者って感じだったが一瞬で年齢相応の女の子のような反応をする。この反応……それに耳も尖ってない。やはりこの子じゃない。他人の空似だったのか。
「他人の空似ってわけでもないよ」
「え?」
俺は心を見透かされたことと空似ではないと言った一夏に驚いた。そっか、俺と一夏は一心同体。思ってることはすべて筒抜けなんだった。まあなぜか一夏の思ってることは俺にはわからないんだがな。一方的に心読まれるだけっていう……。
一夏の2つの瞳が海のような濃い青色から青空のような澄んだ水色に変わっている。第九感覚を発動したようだ。
「凛ちゃんの魔力はあの子の魔力と非常によく似ているんだよ。少なくとも他人ではない。きっと遠い親戚とかそんな関係性だと思う……」
一夏の第九感覚は超望遠や超顕微に加えて魔力の性質や量、流れまで読み取ることができる。それで得た情報はガイスト能力の応用によって保存され忘却することはない。一夏の言う通り凛とあの少女には何らかの関係性があることは間違いなさそうだ。
一夏は第九感を解除し紅茶を1口飲んで凛にこう尋ねた。
「凛ちゃんの親戚に耳がとんがった凛ちゃんによく似た女の子はいるかな?」
「耳が尖ってる? いますけど……それが何か?」
「いるのかよ!」
「いるんだ!?」
俺と一夏の声が見事にハモった。さすがは双子だ。
あまりにもサラッと告げられた事実に驚嘆しつつも、あの少女が実在するという真実に俺は喜び、達成感、緊張を同時に感じた。
「はい。わたしの31代前のリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタットさんです。ちょうど留学してたときにも会いましたよ」
リンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタット……それがあの子の名前か。やたらと長いな。
「しかしリンカさんは人を殺しません。そのような契約をしておりますので」
「契約とやらは知らないが俺は確実に殺された。一夏のガイスト能力で生き返ったに過ぎない」
「それはおそらく間違いです。生命の蘇生はガイスト能力では成し得ませんので。しかしどちらにせよリンカさんが隆臣さんに接触した可能性は消えませんね。リンカさんがアリバイをつくることは不可能なので」
「それはつまりリンカが犯人ってことか?」
「一夏さんの第九感でわたしと近似した魔力を持っているとの事ですし、その可能性は高いかと……」
ついに見つけたぞリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタット! 俺を殺し……そして魅力した少女!
雪原のような白銀の長髪と長いまつげ、整った顔立ちと真紅の瞳、大雪原のど真ん中にいる一人ぼっちのうさぎのような小さな体躯と月のように巨大であらゆる者を押し潰そうする神々しいオーラ……そのすべてが愛おしい。
たった一度たった一瞬見ただけなのに脳裏を離れない。16年間のどんな記憶よりも鮮明に刻みこまれた少女との記憶。
そんな少女の名はリンカ。何度でも呼びたい名前。かわいらしい名前。ああ、もう一度この目で……。
「リンカに会う方法はあるか?」
「リンカさんは7月28日に魔女集会で東京に来ます。そのときであれば会えると思います」
魔女集会…… これについては学園の図書館で調べたことがある。法院から招待された全世界の魔女が一堂に会する年に一度の大晩餐会のことだ。
「ちょうど夏休みか。会場は決まってるのか?」
「お台場の海上カジノとうかがっています。しかし隆臣さんは魔術学園の生徒とはいえ晩餐会に参加することはできません」
「どうすれば参加できる?」
「……基本的には参加できません」
「基本的にはだろ?」
「そんなに会いたいんですか? リンカさんに」
「ああ」
「また殺されるかもしれませんよ?」
「次は受けて止めてやる。そのためにこの学園に来た」
「殺されるよりも酷いことになる可能性があってもですか?」
「ああ」
俺が頷くと凛は紅茶を1口飲んでふぅと息を吐き、ソーサーごとローテーブルに置いて、
「……でしたらわたしと勝負してください」
と。
「「勝負?」」
俺と一夏は声を揃えて聞き返す。
「はい。隆臣さんと一夏さんがわたしの護衛に適する人物であれば、わたしは魔女としてサバトに参加します。そしたらお2人はわたしの護衛としてサバトに参加してください」
凛に勝つ? こんなちっちゃい女児相手に本気で戦えるわけないだろう。しかし……それも全部リンカに会うためだ。
「やろう」
言うと凛は壁掛け時計を確認し、
「お昼休みはそろそろ終わりですので、本日の放課後に高等部の闘技場でお会いしましょう。お2人との模擬戦、楽しみにしています」
口角をやや釣り上げて言った。
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