第2話
東京魔術学園……正式名称を東京イェルヴォリーノ魔術学園といい、前身は都立東京魔法学校。さらにその前は帝都魔法学校。
2024年に三菱魔法工業の出資によりイタリアの名門ローマイェルヴォリーノ魔術学院の姉妹校として創設された。幼稚園、初等部、中等部、高等部があり、文部科学省から与えられた必修科目の他に独自で魔法学と魔術実践という科目を設けており、魔法学では魔法、異能力、魔導具、吸血鬼、魔獣について学び、魔術実践では魔法学で学んだ内容の実践をするんだとか。
科学先進国の日本で魔法は不要だと思う。いや、日本だけじゃない。地球は科学が支配している。だから魔法は廃れた技術だ。魔法にできることは2037年現在の科学力でだいたい再現可能だし、実際魔法がなくてもなんにも不便していない。例えるなら科学がスマホで魔法がガラケーって感じ。普通の高校にいれば画期的なスマホについて学べたはずなのに、どうしてわざわざガラケーについて学ばないといけないのか……。
魔術学園のことは前から知っていたが、正直「時代錯誤な変人集団」だとバカにしていた。そんな俺がまさか魔術学園の生徒になるなんて……夢想だにしていなかった。
そんなことを思いながら魔術学園高等部の校舎を眺める。魔術学園とか言ってるくせにすごいモダンな建築様式だ。ハリポタのせいでもっと中世の城みたいなのをイメージしていたから拍子抜けだな。
「ほらボサっとしてないでさっさと入りなさい」
「おいこら! 転校そうそう汚れちまうだろ!」
俺はアリスにケツを蹴られながら正面玄関に入った。
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俺がいた築数十年の高校とはまるで違う。外もそうだけど中もめっちゃキレイ! 太陽光を取り入れるために大きな窓があったり、広場にはラウンジと室内にもかかわらず噴水が設置されている。もちろん空調は完備されていて常に快適な室温を保っている。高級なホテルと京都駅を足して2で割ったみたいな感じだね。
「意外に思ってるんでしょ? 魔術は科学を排斥しないわ。だって科学は便利で素晴らしいから」
アリスはそう言いながら俺をクラス分け試験の会場へと連れて行ってくれる。
「なあアリス。お前が魔術を学ぶ理由は何だ?」
問いかけるとアリスは歩みを止めて俺の方に振り返る。その表情はいたって平凡で、
「あたしはあんたの許嫁よ。みなまで言わせないで」
と。
よくそういうこと堂々と言えるよなぁ。俺なら絶対に無理。けどあきらかな好意を向けられるのは素直に嬉しい。普通の高校に通っていた頃の俺はサッカー部だったけど、マジでモテなかったからな。幼なじみとはいえこうまで言われるとアリスを異性として意識せざるを得なくなってしまう。
つり目がちなところはまさに性格が現れているし、瞳はルビーのように美しい。小学生のような体型なのに大人の女性のような長いまつ毛は不釣り合いだがそれがまた良い。魔術学園の特殊な制服も非常によく似合っていて、短いスカートからのぞく細いふとももは白くてきめ細やかな肌を伴い、見ていると少しドキドキしてしまう。フランスと日本のハーフだが髪の毛は大和なでしこのような濡羽色で、ポニーテールに結んでも腰まで届くくらい長い。つまり……
「かわいい」
「え?」
アリスは心底不思議そうな顔だ。
「いや、なんでもない」
つい本音が漏れてしまった。アリスはかわいいと思う。本当に。けど……あの子のことが忘れられない。満月の夜に出会ったあの白髪の少女。美貌だけでいえばアリスもあの子に匹敵するが、なぜかあの子には無限に惹きつけられるんだ。まるで引力のように。
□
「着いたわ」
アリスに案内されて到着したのは地下1階にあるかなり広い闘技場だった。
「まさかこれから戦うのか?」
「当然じゃない」
「聞いてないんだけど。なんで教えてくれなかったんだよ?」
「大丈夫。対戦相手はこのあたしよ。ですよね? 先生」
アリスが虚空に投げかけると、
「いやー、アリスちゃんはやっぱりすごいな。完全に気配を消していたつもりなのに、こう易々と見破られるとプライドっつーもんが傷ついちゃう」
俺の真後ろからテンション高めの若い男の声が聞こえてくる。振り返るとそこには身長190センチはありそうなす長身のイケメンが立っていた。
「君が品川隆臣君だね。アリスちゃんから話は聞いてるよ。おとといのアキバで通り魔に刺されたんだって? ハハハ! それは散々だったねぇ」
アリスが先生と呼んだ男は俺のことを観察しながら俺の周りを一周ぐるり。
「けど、もうそんなちっちゃいことに怯える必要はなくなる。何故なら君はこれから強くなるからだ。少なくとも低俗な犯罪者ごときに臆することはなくなるよ。僕は代々木響。君の試験官だ。よろしく」
と。
代々木先生は自分の挨拶が終わると俺の自己紹介も聞かずすぐにぱんと手を打ち鳴らし、
「さーてそれじゃあさっそくクラス分け試験を始めよー! 2人とも下に降りて」
俺とアリスは2人で闘技場の中央へと向かう。
てか失礼なヤツだな。こっちは刺されたのに「ハハハ」とか笑いやがって。まあ悪い先生ではなさそうだけど。
「陽気な先生だな」
「あたしの担任。バカでアホだけど実力は折り紙付きよ。そんなことよりあんた、あたしが女だからって手加減とかすんじゃないわよ。怪我をさせてもいいわ。あたしはどんな傷でも瞬時に治癒することができるんだから」
「無理だよ。お前と戦うなんて」
「これは代々木先生からの試練なのよ」
「試練?」
「この学園を卒業した後の進路は大きくわけて2つ。軍人として民間人を守るか、それとも一般人に戻るか。前者なら女や子どもでも悪ならば己の手で成敗しなければならない。たとえ家族や幼なじみでもね」
「……」
クラス分け試験……そっから既に教育は始まってるってことか。警察官だってそうだ。正義のためなら家族でさえ逮捕するくらいの気概が必要だもんな。それと同じってことかよ。
「アリス、先に謝っておく。すまん」
俺は2歩先を歩くアリスの小さな背中を眺めながら言う。幼なじみを殴りたくはないが、こんな運命になっちまったんだ。俺の気概というもんを見せてやるよ。
「ふふっ。あんたバカね。あんたは指1本さえ触れられないわ」
「なにぃ? お前俺をバカにしすぎじゃないか?」
そんな会話をしているといつの間にか闘技場の中央にいた。
代々木先生は観客席のベンチに座ってコンビニのアイスコーヒーを片手に、
「それじゃあ今から模擬戦を開始するね。制限時間は3分。先に相手にクリーンヒットを与えた方が勝ち! 2人とも準備はおっけー?」
テンション高めにルール説明をしてくれた。クリーンヒット1発か。ボコボコにせずに済んでよかった。
「早く始めてください。このあと隆臣に校内を案内したいので」
「お、そっかわかった。隆臣くんも準備はいいかな?」
「はい、大丈夫です」
俺が言うが早いか、
「それじゃあ隆臣君のクラス分け試験……スターット!」
模擬戦がスタートした。
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