第1話
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ある満月の夜、俺は少女に殺された。そして俺はその少女に恋をした。
少女の姿は満月のように美しく、しかしその紅い瞳は新月のように空っぽで虚ろだった。
雪原のような白銀の長髪は月光に輝いて粒子が舞っているようにさえ見え、特徴的な尖った耳は吸血鬼やエルフを彷彿とさせる。少女がまとうオーラは神々しく、おおよそこの世の存在とは思えない。直視するのが恐れ多く感じるほどだ。
だが少女に首を撥ねられるまでのしばらくの間、俺は少女をじっと見つめていた。天使のような美貌に見とれてしまっていたのである。
少女は握っていた月光に輝く剣から手を離す。剣は細かな粒子となって虚空に帰す。この動作が殺害完了を示すものだとわかったのは首のない自分をこの目で捉えたときだった。
死を悟ったと同時に俺はこう確信した。「一目惚れしてしまった」と。
少女に出会って殺されるまではおそらく1秒にも満たなかっただろう。しかし俺にはその1秒が16年間の人生そのものだと思えるほど濃密に感じられた。
もし可能なら……もし生き返れるのなら俺は強くなりたい。強くなって少女の攻撃を受止めてこの思いを伝えたい。「好きだ」という思いを。
□
気がつくと見知らぬ天井を眺めていた。ここは……たぶん病院だろう。
「おはよう」
聞き覚えるのある少女の声だ。家族のものではない。俺は半身を起こして声の主の方を見る。
濡羽色のポニーテールと燃えるような赤い瞳が印象的で、小動物のような愛くるしい見た目の少女。
「アリスか。全然変わんないな」
身長が……とまでは言わなかった。
が、
――ゴツン!
俺こと品川隆臣は黒髪の少女からの強烈なゲンコツをくらった。どうやら勝手に補完してしまったようだ。
「変わんないってどういうことよ! 心配してお見舞いに来てあげたっていうのに!」
アリスの両目がうるうるしている。声も少し震え気味だ。
こいつは神代アリス。幼なじみだが小学校の卒業式以来、3年と少しの間会っていなかった。アリスが中学の3年間祖父母のいるフランスにいたためだ。
「すまん……ありがとう」
謝罪の言葉と感謝の言葉を連続で言うなんか変な感じだな。だがこれが正解のはず。
「うるさいバカ! ほんとに……心配だったんだから!」
アリスはそう言って俺に背中を向けてしまった。相変わらずのつっけんどんだなぁ。
親しき仲にも礼儀ありっていうしな。謎の少女に首をちょん斬られて入院した俺を心配してお見舞いに来てくれたんだもんな。
ん……? 何か変だ。何かおかしい。首を切断されたはずなのになぜ俺は生きている。超すごい外科医が首と胴体を縫い合わせてくれたのか?
俺は自分の首を手で触ってみた。縫われたような跡はないし痛みもかゆみもない。
「なぁアリス。俺、なんで病院にいるんだ?」
「覚えてないの? あんた、きのう秋葉原で通り魔に刺されたのよ?」
「通り魔……?」
違う。俺の記憶と全然違う。
だが確かにお腹を刺されたようだ。包帯がぐるぐる巻きだし触ると痛い。
「そうよ。7人が死亡して10人が重軽傷を負ったわ。そのうちの1人があんたってわけ」
そもそもきのう俺は秋葉原には行っていない。部活が終わってまっすぐ家に帰ろうとして、その道中で少女に殺されたんだ。
もしかしてきのうのアレは夢だったのか? ありえない話ではない。お腹の痛みにうなされてあんな悪い夢を見たのか?
でもあの感覚……少女の神々しさから溢れ出す他のすべてを押し潰すような圧倒的強者のオーラ。あんなの夢で体験できるわけがない。それに首が飛んだ感覚も未だ鮮明に残っている。
「そういえばどうしてアリスが俺の見舞いに? しばらく会ってなかっただろ?」
きのうのアレが夢なのか現実なのかは定かではないが、今疑問に思ってることを1つ1つ解決していこう。
「ああ、そのことについてだけど。あんた、明日から東京魔術学園に来なさい」
「は?」
「もう手続きは済ませてあるわ。制服も教科書も、その他必要なものは全部うちに届いてるから。クラス分け試験も明日の1時間目が始まる前に設けてもらったし、問題ないでしょ?」
「大ありだよ!」
病院内にも関わらずつい叫んでしまった。何を言ってるんだコイツは……。
そして怪訝な顔をするな! 俺の方が不思議がりたいよ!
「まず! なんで急に転校することになってんだよ!」
「当然のことよ。あんたにはガイストが取り憑いているんだから。まだ具現化すらできてないみたいだけど」
「ガイスト……? なんだよそれ」
「守護霊……とだけ今は言っとくわ」
俺が霊に憑かれている? もしかしてきのうのアレはその霊が見せた夢なのか?
「じゃあ手続きは? 母さんと父さんは海外にいるんだぞ。それに俺は転校なんて同意してねぇ」
「あんたの両親には私から話をつけといたわ。2人とも快く許諾してくれた」
あのバカども……自分のことじゃないからってテキトー過ぎだろ! 無責任な両親だ……相変わらずだけど。
「それにあんたの意思なんてどうでもいいの」
「なんだと?」
「あんたはそんだけやばいもんに憑かれてるってことよ。少なくとも普通の高校にいていい存在じゃない。あんたにとっては守護霊かもしれないけど、あんたを守るためなら平気で他人を傷つけるかも知れない」
たしかにアリスの言う通りかもしれない。今まで通り普通の高校に通って、俺の守護霊がみんなを傷つけないという保証はない。だが魔術学園なら俺に守護霊の使役の仕方はきっちり教えてくれるだろう。
それに3年間フランスの魔術学院で学んできたアリスが言うんだ。俺に取り憑いている守護霊はおそらく相当ヤバいんだろうな。そしてあんな夢を見せるくらい性格が悪い。だが転校に賛成したわけじゃないぞ。
「聞きたいことはそれだけ? じゃあ帰るわよ」
アリスは言いながらナースコールを押す。
「もう? まだ起きたばかりなんだけど」
「いちいちうるさいわね。そんな傷大したことないわ」
アリスが近づいてきて、俺のお腹に手を当てた。
お腹のあたりがあたたかくなってきた。アリスの手の熱かと思ったがそれよりも遥かにあたたかい。まるで湯たんぽを乗っけているみたいだ。
「はい完了」
そう言ってお腹を軽く叩かれる。
「いたッ……くない? どうして」
「あたしの能力よ。まあ細かいことはまた後で話すわ。退院の手続きをしてくるから、あんたは着替えてなさい」
「おう。わかった」
アリスは黒のポニーテールを揺らしながら病室を出ていった。そのうしろ姿は3年前と変わらないはずなのに何故か以前よりも大きく感じられた。
□
「あのー、アリスさん?」
「なに?」
アリスからは冷たいが返事だけが返ってくる。
病院出発から15分くらいでタクシーは止まった。会計を済ませて外に出ると、そこにはおおよそ都内とは思えないような立派な豪邸が建っていた。
外観は超オシャレで窓から見える内装も同様だ。そして何よりデカい。超王御所の芸能人が住んでそうな邸宅だな。
「『なに?』じゃねーよ! どこだよここ!」
「あたしの家」
「どうしていち高校生が南麻布に家持ってんだよ!」
「どうしてって……買った以外に何があるの?」
フランスにいた3年間でこいつに何があった。それもあとで聞こうか。今はそれよりも……、
「なんでお前ん家なんだ? 俺ん家は田町の更木荘って言ったよな?」
「ああ、あのボロ屋ならあたしが解約しといたわよ。安心して、荷物は全部こっちに運んできたから」
「そういう問題じゃねー! 何勝手に解約してんだよ!」
「あーうるさいわねぇ。あんたはあたしに従ってればいいの! あんたは自分の守護霊を制御できない。いつ姿を顕すかもわからないし、暴走なんてされちゃああたしはあんたを殺さないといけない。そんなヤツを1人にしておけるわけないじゃない」
アリスはそう言って門を解錠し、玄関へ進む。
「いくらなんでも勝手過ぎるだろ! 学校のことも! アパートのことも! お前のせいで……もうどうすりゃいいかわかんねぇよ!」
苛立ちを抑えてはいたものの、耐えきれずついに爆発してしまった。俺は幼なじみを本気で睨みつける。
「大丈夫。あんたはあたしが絶対に幸せにする。だってあたしはあんたの許嫁なんだから」
アリスは真剣だった。幼なじみとはいえ、異性から面と向かって「幸せにする」とか言われると……どうも照れくさいな。
なんかもう……どうでもよくなってきた。なるようになっちまえ! ……まあ、今はこうやって開き直るしかないんだよ。
てか許嫁の話、まだ覚えてたんだな。あれは俺のオヤジが酔った勢いでテキトーに言っただけなのに。
とにもかくにも、どうやら俺は幼なじみの神代アリスと同居することになっちまったらしい。そして明日から始まる魔術学園での学校生活。先が思いやられる……。
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