第二回:辺境惑星の訪問者に対する警戒度は非常に高い
あたしの故郷と同じ様なしょっぼい宇宙港の、殺風景な応接室にあたし達は通された。
年配の男性が三人、あたし達にソファを勧めてくれる。この安物感満載の硬さが故郷を思い出させる。
あたし達が座ると、その中で一番偉そうなおじいさんが正面に座った。
部屋まで案内してくれたお姉さんは、お茶を淹れてからそっと部屋を出て行ったから、それなりにそれなりなお話でもあるのかしらん?
我がチームの戦闘担当だけは、殺気に満ちた眼差しをあちこちに投げかけつつ、警戒警報発令中。
「本日はわざわざこの様な辺境惑星レムルスに帝国中央からの視察をいただき有難うございます。わたくし、レムルスの惑星統轄をしております、デュフォンと申します。皆様の視察に出来る限りお手伝いをさせていただければと思います」
「お申し出有難うございます。私はラウルベルト曹長。中央所属のプログラマーです。今回は自由視察なので、勝手に数日滞在させていただければ結構です。わざわざデュフォン総轄のお手は煩わせません」
営業スマイルを浮かべ、偽造身分証明書を見せながら答えるグリーン。
だけど……、これは、まずい。
言葉の選定がまずすぎる。
どれくらいまずいかというと、宇宙船から降りて来た初めて見るピカピカに輝いた洋服を着た人物達が、微笑みながらスラム街で子供達に無言でお菓子配るのと同じくらいまずい。
これは実際にあたしの故郷であった話なんだけど、あのときはあまりの胡散臭さにあたしは仲の良い友達とチームを組んで、謎の人物達を苦労して拘束して正体を確かめる事にした。
でもお菓子に目が眩んだ子供とその親達に妨害されて結構苦労したのよね。周りから人の愛を信じない阿呆みたいに言われて悔しい思いをしたっけ。
ったく、愛に満ち満ちた愛の象徴ぴんくちゃんに言う言葉じゃないわよねっ!
で、その素敵紳士たちの持っていた箱を開けたら……。案の定、他星系の奴隷商人だった。
子供たちの親が手のひら返してお礼を言いまくって来て、辺境のたった一人の医者であるあたしの機嫌を損ねたら拙いっていう雰囲気と、でも医者は仁者だから気にしないデスヨネっていうイヤラシイ雰囲気が漂いまくっていて大変不愉快だったのよねー。嫌味言いまくったけど。
はぁ。嫌なこと思い出しちゃった。
まあそれはそれとして、デュフォンさんと仲間達の笑顔は始めのうちは、グリーン得意な営業用と同じだったんだけど、そこに疑惑の表情が追加された。
デュフォンさん、すっごくまっとうな人なんだろうなー。身分証明カードはあっても滞在理由は秘密で現地の人の随行を拒否する。もしかすると偽造カードを持った悪者の可能性があるもんね。その疑念の眼差し、あたしには痛いほど分かる。
「あ、あたし防衛惑星ヴェルナ出身のドクター、マリア・フォフナーって言います。どうぞよろしくお願いします」
仕方がないのであたしはグリーンをフォローすることにした。いつもの患者さんに向ける笑顔で。
「えっと……、ですね。今回の自由視察なんですけど、レムルスの状況スナップを撮ったり、医療の状況を調べたり、故郷と比べてどんな感じなのかっていう、実際に目で見たことを報告書に書いたりするんですぅ」
デュフォンさん達の死角にいるブルーが、あたしに見える様に唇を動かした。
曰く『ばかみてぇな顔してるぞ』
お前、後で、絞める。
「そうでしたか」
デュフォンさん達の警戒が少しとけたみたい。
良かったー。辺境惑星仲間意識が少しでも生まれれば、警戒も少しは解けるはず。
「もしかして、レムルスにもちょっと危ない場所があるんですか?ヴェルナにはスラム街があって、別に暴力が振るわれたりする訳じゃないんですけど、やっぱり対外的にはちょっと感じが悪いんですよね。その日暮らしになりやすい方達もいらっしゃって」
「お恥ずかしい話ですが、レムルスにもスラム地区があります。中央では忌避されているかと思いまして……」
「やっぱりそうなんですねー」
「スラムですか?ですが今回はその様な事は問題になりませ「やっぱりどうしても難しい地区が出来ちゃいますよねー」」
デュフォンさんの恥ずかしげな照れ笑いに気づくそぶりもなく、グリーンが型通りの答えを返そうとした。
すかさず、あたしはグリーンの言葉に被せて続ける。
「あたしとしては、ただ荒れた場所があるだけなら気にしないんですけれど、危ない場所があるんだったらお手伝いの方がいると安心ですぅ!」
あっぶな!
せっかくいい雰囲気になりそうだったのに、グリーンがぶち壊しにしちゃうとこだった。
あたしは指でグリーンの背中に『黙れ』と文字をなぞる。あたしの苦労を無にするのは許さない。緑の愛想笑いはここでは通じないって、速やかに理解していただきたい。否、今すぐ分かれ。そして黙っとけ。
「決まったスケジュールだと自由視察の意味が薄れてしまうので、わざわざご用意いただかなくていいんですけどぉ、何かの理由で立ち入り禁止になっている場所がわかるようにしていただければ嬉しいですぅ」
「では案内人をつけましょう」
「案内人?いやそれよりもデータをいただ「案内人!」」
ごすっ!
デュフォンさん達の死角から、グリーンの腰に軽いちょっぷを入れる。指先を!めり込ませる様に!ブスッとな!
「助かりますぅ!」
腰の痛みに声を詰まらせているグリーンに代って、あたしはとびきりの笑顔でデュフォンさんの申し出に応えた。
「あたしたちの視察の公平性が保てるよう、そちらで厳選された方を是非」
「もちろんです。お任せください」
「あ、そういえば話が前後しちゃいましたけど、紹介しますね。こっちがメカニックのレイ・アシュリー曹長、こっちは護衛のアルベルト軍曹です」
レッドちゃんとブルーが頭を下げた。
◆
その後、デュフォンさん達と細かな打ち合わせをして、レムルスの一番立派なホテルを教えてもらった。
案内人は改めてホテルに来てくれるとの事。
あたし達はお船に搭載しておいたホバーカーを使う事にした。
「何で僕の話を何度も邪魔したんですか?」
ホバーカーに乗り込み、あたし達だけになった途端に、営業用の笑顔がすーっと消えて『僕はとにかく機嫌が悪いです』という表情になるグリーン。
いやぁん、可愛いぴんくちゃんに向けるお顔じゃないわよぉ、それ。
「あたしはレッドちゃんとあたしと、ついでに青緑達の為にごまかしてあげたのよ?感謝されてしかるべきだわ」
「正規任務でごまかす必要がどこにあるんです?」
「じゃあ何で偽造身分証明書があるのよ」
「僕達の身の安全の為ですよね。特にレッドさんには誘拐の危険もありますから」
助手席で周辺警戒中のブルーもあたしの話に興味があるらしく、ちらちらとこっちにも視線を送って来る。
「まあそれもそうだけど……。あのね、辺境惑星に中央の視察が入るとなったら大騒ぎになるの。悪い評価をされたら惑星ごと吹っ飛ばされる可能性だってあるのよ」
「そんな非人道的な事はありませんよ」
「ありますよ。辺境惑星の人は帝国を、中央の人間を物凄く警戒してるの。怖がってるの。疑ってるの。帝国の下士官の報告で惑星の命運が決まっちゃったりするんだから。確かに、ぽんぽん吹っ飛ばされてはいないけど、それは基本的に放っておかれてるからよ。だから普段は気にしてないけど、実際に来ちゃったらどかーんと最大警戒態勢になっちゃうわけよ」
「うーん。そうなのでしょうか」
『いまいち』どころか『いま二』『いま三』……、ううん、『いま百』くらいは分かっていない様子のグリーン。
「そうなのです」
あたしは最大級の真面目な表情を作った。
ま、真面目な顔をしても溢れかえる可愛らしさは隠せないけれどねっ。
「グリーンは帝国で基本的に素直な相手とばかり接して来たでしょ。お互い帝国のやり方を良くわかっていて、わざわざ無駄な邪推は必要無かった。けどね、それ、辺境では通用しないの。可哀想にデュフォンさん、グリーンの話の裏をわざわざ汲み取ろうと必死だったわよ」
「裏なんてありませんよ」
「ねぇな」
グリーンとブルーが同時に言葉を返して来る。
「うん、無いわ。こっちには無いけど、あると思ってたわよ。あっちは。最悪、偽造証明書を持った違法商売をしている悪人かもって疑ってた。こっちの疑念は解けたみたいだけどね。あたしの辺境ラヴリースマイルで」
くるくるっと顔の両側で人差し指をまわす。
「それ、何かの合図ですか?」
「違うわよ、ただ話すだけじゃ寂しいかなって思って」
「いらねぇ」
「うっさい。説明を続けるわ。デュフォンさんはグリーンの話をこう受け取ったの。帝国中央からきた視察隊は、現地の案内人を連れて歩きたくない。何故ならば、見せてもらえるものだけではなく、ランダムに抜き打ちであちこちを自由に歩き回りたいから。あたし達が何を見ようとしたり探したりしているかはわからないけれど、案内人を断るという事は秘密にしておきたい事があるようだ、知られると困る事があるようだ……、ってね」
やっとグリーンとブルーの顔にわかってきたようなそうでないような、微妙な表情が浮かび始めた。
あー、疲れる。
あたしは隣に座っているレッドちゃんをちらっと見た。
首を傾げてほんのちょっとだけ、唇の左側をあげている。
『続けて』という事ね
うんうん、わかるわ。レッドちゃんの言いたいことはちゃんと分かってる。
大丈夫。偉大な愛の力で、バカたれ青緑によって削られたあたしの精神がちょっと回復したわ。説明の続きも頑張っちゃうぞ。
「だからあたしが辺境出身だという事を言って、向こうの選ぶ案内人を頼んだの。別に案内人がいても大丈夫でしょ。基本的に怪しいとこが無いか見回るのがメインなんだから。反乱集団を見つけちゃえばこっちのものよ。生き別れの兄との再会みたいな嘘をぶっぱなしつつ、案内人を煙にまいて、現場から離しちゃえばいいんだから」
「かなり無茶言ってねぇか?」
「良いのよ。所詮世の中行き当たりばったりなんだから。特に辺境惑星では規律や規則やスケジュールがまともに働かなかったりするしね」
「スケジュールが?そんな事はあり得ま」
「あるの!ここは中央じゃないんだから!」
「まあ、辺境出身の桃色頭が言うんだからそうなのかも知れねぇな」
そこ、桃色頭発言禁止。
レッドちゃんはゆるゆると頷いている。
「疑われたままで、案内人無しにしたら、尾行されたり盗撮されたり盗聴されたりするかも知れないわよ。愛の妖精、可憐な天使、ぴんくちゃんが盗撮とかされたら可哀想でしょお?」
「可愛いピンクさんが盗撮されるのが可哀想かどうかは別ですが、レッドさんの職業が知られるのは危険ですね。案内人がどんな方かはわかりませんが、対応はピンクさんにお任せします。僕達よりも辺境の事情がおわかりですから」
「任せといて。あ、後それから、辺境惑星って言葉使わないでね。住人が使うのはいいんだけど、外から呼ばれるのに対しては田舎呼ばわりされてるとか、見下されてるっていう感じの抵抗感や反感を持つ人が多いから。帝国分類でいうところの『初期防衛惑星』ってやつにしといてね。防衛惑星って略しても良いけど」
「わかりました。もしかしてピンクさんも気にされてます?出身地」
「全然。どう呼ばれようが田舎は田舎だもん。辺境惑星で充分よぉ。だから今は何度も辺境って使ってるでしょ?」
「らしいな、桃色」
「いいかげん桃色は止めてねブルー」
と、そうだ。
「そんなことより、見て見て。これこれー」
あたしは宇宙港の到着ゲートの、と言っても出航も到着も兼ねててゲートは一つだけしか無かったんだけど、そこのラックに置いてあったパンフレットを出した。
「観光案内のパンフレットがあったのよ。せっかく来たんだから見所や名物を押さえときたいとこよね」
『ようこそ! 自然溢れる惑星、銀河の畔、輝く宝石レムルスへ』
表紙の画像は、きらきらと煌めく湖と緑溢れる森林が配されている。
ただの辺境惑星かと思ってたけど、パンフレットで紹介されるくらいだから、それっぽい見どころがあるのかも知れないわよね!
ぺらり。
掌よりふたまわりほど大きなそれの表紙をめくる。
『惑星レムルスってどんなところ?』
☆惑星レムルスは、銀河帝国アポロニアの防衛惑星です。
☆さらに、夜には衛星のガイストとブリーズ、沢山の星々が天空を飾ります。
『レムルスから一番近い他銀河系は蓬莱皇国です』
☆アポロニアと蓬莱皇国は不可侵条約を結んでいます。
☆レムルスに帝国民が入植して以来、蓬莱皇国とのトラブルはありません。
『大自然が貴方をお出迎え!』
☆何処までも広がる荒地の中心には、レムルスのテラフォーミングユニットがぽつんと佇んでいます。
色々な想いを巡らせるのにぴったり。
☆長い海岸線は、人の手が加えられていないダイナミックな佇まいです。
海の響きに身を任せてみては如何でしょうか。
☆広大な牧草地は何処までも走っていけます。
貴方の脚力の限界を試してみませんか?
『美味しい名物料理を開発中!』
☆地元の特産品で作る、名物料理を開発中です。
レシピのエントリー大歓迎!
……。
ぺむっ。
あたしはパンフレットを閉じた。
「誰よ!こんながっかりパンフレットを作ったのはっ!わざわざこんなのまで作ってるんだから、それはもう素敵なデートスポットとかを期待したのにっ!単にふつーの辺境にある風景をご丁寧にまとめただけじゃないっ!」
しくしくしくしく。
「辺境に期待する桃色頭が悪い」
「だって、パンフレットよ?『銀河の畔の輝く宝石』よ?こんな煽り文句を見たら、わざわざ紹介したい程の何かがあるんじゃないかと思うじゃないぃ。ううー」
誰よ誰よ、こんな無駄なものを作ったのはっ!
期待したのにっ! 期待したのにーっ!
あたしはパンフレットの奥付を確認した。
『監修:レムルス惑星統轄事務局コーディエ・ライト【ご意見ご感想お待ちしております】』
惑星統轄事務局って、さっきの人達ってことじゃないっ!観光客なんか来る筈もない田舎ってわかっててこんなもんを態々作って置くなんて!暇なの⁉︎ 暇なのね⁉︎ 暇にあかせて無駄に盛り上がって作っちゃったのね⁉︎
むっきー!あたしのトキメキを返してっ!